2008年1月16日水曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第4号「オラたちの宝物」

 

目次

1. たったひとりだけ
2. 村のための、自分たちのための研修会
3. 村から村への共有 マーミディジョーラ村とゴトゥッパリ村へ
4. オラが地域の自治組織 パンチャヤート
5. パンチャヤートとの協同

1. たったひとりだけ



前号で、自分たちの村にはたくさんの資源があり、それは村の宝物であると気づいたポガダヴァリ村の人たち。そして、それを活用し次世代に残していくために、「植物図鑑」作りをしていくことを決めた。
どうやって図鑑を作っていくのか、データを集めるのかについて、研修をして欲しいと言った村の人たちのあつい要望に答えるべく、文房具や模造紙などを用意して、当日村まで行った我々スタッフ。

ところが・・・そこで目にしたものは、時間になっても一人しか参加者が来ていない、とてものどかな村の風景。
村の人たちは、将来的に、この図鑑作りを近隣の村々にも広めるべく、指導員としてもやる気のある人たち(読み書きできない人もいる)を自分たちで選び、2日間連続という研修日時と場所を決めたのは、村の人たち。そして前日にもスタッフに「絶対来てね」と言ってきたにも関わらず、その日その時間に、研修場所となるコミュニティ・ホールにいたのは一人だけ。

「やっぱりこんな感じですね、キョーコさん」と笑いかけるラマラジュさんと、「まぁもう少し待ってみましょう」と、のどかに会話する私をよそ目に、あわてて研修生を呼びに行こうと村の中へ駆け出していく他のスタッフたち。

「コラコラ、村の人たちが自分たちで日時と場所を指定して、研修して欲しいと言ったんだ。ボクたちから参加してくれと頼んだ訳じゃないんだから、ここでお前たちもおとなしく座って待ってなさい。」
このラマラジュさんの言葉の意味があまりよくわからないスタッフは、落ち着かない様子で、首を伸ばしながら待っている。
やがて、数人のオバチャンたちがやって来たが、それでも参加予定者10人の内の半分にもならない。1時間以上待ち、「じゃぁ、今日の研修は無し、ということで帰ろうか」とドッコイショと腰を上げた時、参加者の一人がワラワラと村人を連れて現れた。

「ハイ、これで10人です!遅くなってスミマセンでしたが、研修始めてください!」
なんや、ようわからんわ、という顔をしたオバチャンやオッチャンたち、中には身体の具合の悪そーな顔のおばあさんもいる。

「ワシ、昨日から熱が出てしんどいんだけどね、このニイチャンがここで座っててくれって言うから来たンだけど・・・ゴホゴホ。」
すぐに、事前に決めていた参加者以外の人たちには帰ってもらい(もちろん、このおばあさんも)、数人の参加者に向かって「研修とは何か」を伝える。

「いいですか、この研修は、あなたたちがして欲しいと言って、あなたたちが日時や場所も決めたんです。これは、一体誰のための研修なんですか?10人集まれば良い、というものではないのですよ。人数を集めてソムニード(現ムラのミライ)を喜ばせようとしても、ムダです。」

「自分たちで、参加者を選んだことは、とてもスバラシイことです。だから、きちんとその人たちが研修を受けないと、その意味がないのとちがいますか?」

「・・・その通りです。ボクたちが決めて、ボクたちが頼んだんだから、明日はその参加者全員で待っています。なので、明日も来てください。」

「今まで、他のNGOなんかは、人数が集まればそれで良かったの。興味のない人もそこにいて、なんか偉い人がチンプンカンプンな事をしゃべっているのを聞いているだけで、NGOの人たちは、嬉しそうだったから・・・」

「今晩、他の参加者に今日起こったことを伝えて、明日はきちんと待ってます。」
(この日の晩、村では大反省会が開かれたらしい・・・)


2. 村のための、自分たちのための研修会

そして翌日。

どうしても家の事情で出られないという一人を除いて、9人全員が時間前にきちんと集まっていた。その顔は、全員が「村のために、自分たちのために研修を受けるんだ」という輝きで満ちている。
以前に、スタッフが見本として作った図鑑の様式を、再度検討する参加者たち。



この図鑑の目的も、次世代に残すためだけでなく、植物をよりよく育て活用していくためのデータとすること、近隣の村との情報交換にも役立たせること、なども参加者自身で語られた。男女入り混じり、文字の読み書きができるできないに関係なく、二つのグループでより使いやすい様式にするべく討論をする参加者たち。何度も分類の仕方やイラスト、項目の順番などを確認し、最後にはそれをつき合わせて、変更・追加の内容を決め、模造紙に記入していく。
そして出来上がった「ポガダヴァリ村の植物図鑑」の様式。
ポガダヴァリ村の人たちによる、ポガダヴァリ村の人たちの、ポガダヴァリ村の人たちのための植物図鑑。

まずはその第一歩が踏み出されました!
そして探せば探すほどにでてくる宝物の中から、とくにこの図鑑に記録していく植物のリストを作る。全部でとりあえず99種を挙げ、2日目の研修から早速、カラー印刷された自分たちで作った様式にデータを埋めていく。

「唐突になんですが、ソムニードは、他にもマーミディジョーラ村、ゴトゥッパリ村で、やはりこれから3年間、JICAとその村の人たちと一緒に、村をこれからどうしていくか、ということを考えてそれを実行していこうとしているのですけれど、それでですね、」

「(続きの言葉を待たずに)そうですか!では、その村にも、この図鑑を広めていきましょうよ!」

「そうなんです、それを提案したかったのです。皆さんは、今すばらしい図鑑を作っているのですから、それを皆さんに他の村の人たちにも、紹介してもらいたいのですよ。」

「じゃぁ、全員で行くのは無理だから、その村に行く人を決めましょう!」
早速マーミディジョーラ村とゴトゥッパリ村の都合の良い日を聞きだし、役割分担を決めたポガダヴァリ村の人たち。

この参加者たちは、特に村の中で要職に就いているとか、目立っている人、とか言うのでもなく、ただ純粋に研修を受けたい、後々には、研修を受けたことを次の人に教えたいという野望(!)も持っている人たち。しかし、自分の口で自分の村以外の人たちに、何かを紹介するなんてしたこともない参加者。心臓をバクバク言わせながら、稲刈りの始まった田んぼを通り抜けて、稲束を天秤棒に担いで早足で道を歩く人たちを追い越しながら、マーミディジョーラ村へと向かった。


3. 村から村への共有 マーミディジョーラ村とゴトゥッパリ村へ

「皆さん、ナマスカーラム(州の言葉、テルグ語の挨拶。)!

私はポガダヴァリ村から来ました、パドマと言います。稲刈りで忙しい中、こんなにたくさんの人たちが集まってくれて、とてもうれしいです。今日は、私たちが村で始めた『ポガダヴァリ村の植物図鑑』について、皆さんにちょっと話を聞いてほしいと思います。」


そして、マーミディジョーラ村の40人以上の熱い視線を受けながら、どういう目的で始めて、図鑑の中には何を記録していこうとしているのか、といったことを、模造紙に印刷した自分たちの図鑑の様式を見せながら話した。
数日後に行ったゴトゥッパリ村では30人ほどの人たちが、やはり真剣に話を聞いていた。

「いやぁ、ワシはたくさんの人たちに見つめられて、ちょっと照れちまったよ。」
そして、ポガダヴァリ村の人たちに対して、マーミディジョーラ村でも、ゴトゥッパリ村でも、自分たちもこういう図鑑を作りたいから、今度きちんと教えて欲しい、という要望が!!

ゴトゥッパリ村からは、3つの村で一度、合同のミーティングを開こうという意見が出てさらに、マーミディジョーラ村では、こんな提案も飛び出した。

「同じ植物が多く重なるより、それぞれの村でしか育っていないような植物、使い方が違う植物なんかを、図鑑に記録していくって言うのはどうだろう?同じ植物については、3つの村から何人かが集まって、共同の図鑑にするっていうのはどうかな?」

「なるほど、それもいいアイデアかもしれませんね?」

「でもとりあえず、図鑑の作り方、植物の調べ方、書き方なんかの研修を先にしてよ。」

「いいですよ!やりましょう!」

12月から1月中旬にかけて、南インドの農村一帯では、稲刈り、脱穀、モミの貯蔵、ワラを集めて小山にする、等々の作業で大忙し。
機械を使う農家はほんの一握りで、ほとんどの人たちは自分の身体と牛を使って、作業をする。数株握ってざっくりと鎌で刈り取り、刈り取った稲束を少しずつまとめて天日で乾かす。乾かした後には一つにまとめて、その上を俵型の石を牛が引き回しながら脱穀する。モミに混ざった土や小石を、ザルでふるい落とす。隣近所で協力しながら、今日と明日は私んちの田んぼ、その次はあなたの田んぼ、というように順々に作業をするので、数日ごとに田んぼからキレイに稲が刈り取られていくのが、この時期の農村風景。

さて、こうした稲刈り作業に本格的に突入していく3つの村で、ポンガル祭り(1月13日~16日に行われる収穫祭)が終わったら、研修を始めることを約束し、最初の交流が終了した。
もう来週にはその研修が始まるのだが、その前に、「指導員としての研修をして?!」と頼んできたポガダヴァリ村の参加者に、まずは指導員研修をすることに。
さてさて、どんな指導員が誕生するやら。

新春特別増量バージョンの今回は(単に1月遅れた分が上乗せされているだけ?)、村の人たちの活躍だけでなく、スタッフたちの四苦八苦もご紹介。


4. オラが地域の自治組織 パンチャヤート


クリスマスの雰囲気を全くと言っていいほど味わえないビシャカパトナムに、特大クリスマスツリーがそびえる日本の空港から、年末年始にはるばるやって来てくださったのは、インドの村落自治組織「パンチャヤート」の専門家、アサノ先生

パンチャヤートに関しては、ほとんどゼロに近い知識を持つ筆者と、長年の経験から「パンチャヤートって、こんなもんじゃないの?」という感覚を持つインド人スタッフが、アサノ先生から講義を受けた。
「パンチ」とは、ヒンディー語で「5」を意味し、古くは「5人の代表による自治組織」という性質を持っていたため、「パンチャヤート」と呼ばれていた。そしてその名称は今でも使われているのだが、所によっては5人以上で組織されている村もある。ちなみに、パンチャヤートは農村部だけで、都市部ではミュニシパリティ(municipality)という自治体がある。

ほとんど全てが初耳の筆者にとっては、ヒンディー語なのかサンスクリット語なのか、テルグ語なのか、聞いただけでは意味も分からず、すぐに忘れそうな言葉をそのままエイヤッと受け止めて、理解していくのに必死。(こんな時、漢字って初めて目にする単語でも、なんとなく意味が分かるから便利だわ?と思ってしまう。)

法律のことなんてサッパリ知らなかったインド人スタッフは、「せやけど、実際にはこうでっせ」とアサノ先生に何度も食いかかり、「そうですね。だけど今は、法律ではこうなっています、という部分をきちんと押さえるのが必要です。それから、実際にはこうなっている、という現状を見ていきましょうね~」と、やんわりと諭される。

では、水、森、土、に関して、パンチャヤートはどのような権限を持って、何をしなければいけないんだろう、とワクワクしながらアサノ先生の言葉を待つ私たち。
ところが、期待に反して出てきた言葉は、「法律には、特に明記してありませんねぇ。あ、でも水に関してはチョコッとありますよ。」
なんじゃこりゃと拍子抜けしつつ、法律があいまいでも実際には何かしてるかも、と鼻息荒く、ポガダヴァリ村へ話を聞きに行ったアサノ先生と私たち。

ポガダヴァリ村は、周辺の大小26の村や集落と一緒に、ケラシンギという名の農村自治組織(パンチャヤート)に属している。ケラシンギ・パンチャヤートは12人で構成されており、その内2名が女性である。
教師が事故にあってしばらく休校中という村の学校の一室を借り(と言っても教室は一つしかない)、選挙で選ばれたパンチャヤート代表と、議員(メンバー)、そしてパンチャヤート事務所からやって来た事務官(役人)から、パンチャヤートの話を聞くことになった。
また、ミーティングには、同じ場所にパンチャヤートの議員ではない村の人たち数人も同席して、私たちのやり取りを聞いている。

まずはパンチャヤートの皆さんにソムニードの紹介をし、ケラシンギ・パンチャヤート内の他の村で、今まで何をしてきたのか、今はポガダヴァリ村で何をしようとしているのか、といったことを説明し、「あなたたちパンチャヤートの事について、今日は教えてください」と、軽い質問から始める。

「総会の前日には、村や集落を太鼓を鳴らしながら回って、皆さんに参加を呼びかけてますよ。」

「収入は、土地税や家の税、それに中央政府や州政府からの支援金なんかです。」

「出生・死亡登録や、結婚登録も、パンチャヤートでしています。」

「私(事務官)の仕事の内容ですか?朝の10時から夕方5時までで、苦情の対処をしたり、登録データの管理をしたり、マラリアとかの病気が発生したら保健局へ知らせたり・・・・・」

「中央政府による雇用確保事業への申請とかも、うちの事務所を通してしてもらい、それから私たち(代表や事務官)が郡の行政機関へと通達します。」
にこやかに答えてくれる、代表者や事務官、そしてメンバーたち。
この地域の森や水、土地に関して少しずつ触れていっても、相手はすんなりと胸の内を明かしてくれた。

「それぞれの村や集落で、森に関することや、井戸や水路に関して、色んな委員会や組織が作られてますけど、パンチャヤートとは何のつながりもありませんよ。」

「っていうか、地元のNGOにしろ、外国のNGOにしろ、中央の政策にしろ、何だっていいんだけど、コミュニティー・ホールとか、地域の井戸、とか色々作っていくよね。だけど、絶対にパンチャヤートには話をしてくれないんだよな。
もしも公共のモノだっていうなら、一言、事業に関して情報を共有してくれたら、将来それを維持管理できるように、パンチャヤートとしても考えても良いんだけど、はっきし言って、誰も言ってきたことがないよ。だから作った後の面倒を見るなんて、する気が起きないね。」

「まぁ、言ってきても、こっちには維持管理するだけの財源がないけど、でもNGOだって、永久にそこにいて作った物の維持とか、面倒を見るわけじゃないよね。」

それももっともなハナシと思いつつ、それでも例えば自分たちで資金を捻出するという考えは無いのかというと、近隣のパンチャヤートは、週一に開かれる市場から場所の使用料を取っているだの、川底の砂を建設用に売っているだの、「あそこのパンチャヤートは財源があっていいなぁ」という羨望があるのみ。しかも、自然資源の管理に関して、村や集落の人たちと一緒に考えることはあるのか、と聞くと、

「だって、大抵の人たちは無学で何も知らないでしょ」と答えるパンチャヤート関係者たち。
そしてラマラジュさんとポガダヴァリ村の人たちの反撃が始まる。

「何を言っているんですか。村の人たちは何でも知っていますよ。ボクらよりもはるかに森や水のことを知っていますよ。今、ポガダヴァリの人たちが何をしているか知っていますか?村の人たちは、とても賢いのですよ。」

「事務官さん、どうぞコレを見てください。ボクたちが作っている植物図鑑です。」

「図鑑の様式も、私たちが作ったんです。」
代表者も事務官も、メンバーたちもみんな驚きつつ、真剣に図鑑を読んでいく。メンバーの一人が言った。

「いや~、ビックリした。ホント、この村の人たちは賢いよ。私も、自分の村に帰ったら、ソムニードとポガダヴァリ村の人たちが何をしようとしているのか、そしてこの植物図鑑のことについて、みんなに話すよ」
パンチャヤート・メンバーたちが帰った後、ポガダヴァリ村のある人が嬉しそうに言っていた。


5. パンチャヤートとの協同

「いやぁ、今日のミーティングは面白かったねぇ。普段は、パンチャヤート・メンバーや事務官さんたちとはそんなに話ができないし、パンチャヤートについて今まで知りたくても知れなかった事も聞けたし。」
その言葉に止めを刺すように、村の人から聞いた話とメンバーたちから聞いた話とでは随分違う点が分かってきた。
パンチャヤートの事務所がどこにあるのか知らない人もいれば、知ってても行ったことがない、あるいは行く必要がない、という人がいた。

総会を知らせる太鼓の音は一度も聞いたことがなく、総会が終わった後に「こんなことを話したよ」と村からの代表メンバーが報告するのを聞いたことがある人が数人いた。
雇用確保事業への申請も、パンチャヤートの事務所に行くより、郡の行政機関の事務所に行く方が近いし、便利だからそっちに行くし、子どもが産まれたら、保健局のスタッフが記録を取ってくれる。
つまり、ほんとにパンチャヤートが村の人と協同して何かをする、ということはほとんど無い。
だけど、パンチャヤートは、「お金が無いからできない」と投げやりになったり、無視すべき組織では無い。
ポガダヴァリ村の人たちを通して、パンチャヤート・メンバーたちとも関係を築いていこうと、決意を新たにする私たちだった。


6. 注意書き

ポガダヴァリ村の人たち=ポガダヴァリ村には、ビシャカパトナムに事務所を持つSHG(女性自助グループ)の連合体組織VVKが、クラフト素材ビジネス(売ったり食べたり使った後などに残る不要なものを、クラフトや国際理解教育などの材料として販売する)のために、何度も訪れている。2007年11月にも、材料の発注のために同村を訪れたVVKのオバチャンたちは、都市部のビシャカでは四苦八苦しても集められなかった様々な植物が、そこら中にあるのを見て、「何ここは!宝の山じゃないの!」と興奮していた。(VVKに関しては、「プロジェクトの道のりPCUR-LINK便り (インド)」をご覧ください。)

キョーコさん=前川香子。昨年に一時帰国をし、2週間ほどの高山事務所勤務の際には、富士山が壁に描いてある銭湯に通い続けたこの通信の筆者。インドに戻ってからは、ポンガル祭り(1月中旬の収穫祭)の連休になるまでガマン、ガマンと、インド映画DVDを封印して、プロジェクト・マネージャーと休まずたゆまず働き続ける日々。

ラマラジュさん=村の人へのファシリテーションのほかにも、スタッフに喝を入れたり、建設中のトレーニングセンターの工事現場の監督をしたり、テルグ語レポートを英語に訳したり、実家の稲刈りを陣取ったりと、ポンガル休暇中にも休めない日々。

アサノ先生=浅野宜之。ソムニードの理事も務める某女子大の准教授。インド共和国憲法の全文を日本語に訳すという偉業を果たしたインドの法律専門家。今回の研修に持ってこられたスーツケースの大半は、パンチャヤート自治法に関する、枕にするには分厚すぎる本ばかりであった。
プロジェクト・マネージャー=原康子。村の人たちの行動を先読みして、スタッフに適時に指示を出す毎日。同時にVVKのオバチャンたちを陰から見守り、その3歩進んで1.5歩下がる状況を密かに楽しむ。