2008年10月8日水曜日

水・森・土・人 よもやま通信  第10号「七転び八起き、活動計画への道のり(1)」

 

目次

1. 活動計画は何のため
2. オラ達が作らずして誰が作る!?

雨季も半ばに入りかけた頃、ようやく降りだした雨に喜び、田植え作業にいそしむマーミディジョーラ村(以下、マ村)とポガダヴァリ村(以下、ポ村)の人たち。

村の中ではお互いに労働力を提供しあいながら田植えをする上、水路より離れた田んぼは水が十分に溜まるのも時間がかかるので、ほぼ一ヶ月間は田植えにかかりっきりになる。

村の人たちにとっては一年分の主食を確保するためにも重要な月だが、そんな超多忙な中、マ村からもポ村からも、予想以上に早いオジサンやオバチャンたちからの連絡に、ソムニード(現ムラのミライ)・スタッフは喜び勇んで村に向かうが、村の人たちがフリーになる時間は、一日の仕事が終わって夕飯を作り終える頃。

真っ暗闇の中の農道をゴトゴト車に揺られながらマ村に着くと、疲れきった顔のオジサンたちが迎えてくれた。「活動計画作りに必要なデータ集めについて、研修をしてほしい」との要請が!


1. 活動計画は何のため?



前回の研修に参加できなかった村の人たちもいるので、まずは研修に参加したオジサン数人から、チャタジーさんや黄門さまと何を話し合って、どんな課題を与えられたのか、他の人たちに話して聞かす。

「え~っと、ボクたちが今やっている事業は、ウォーター・・なんだっけ?」

「アレだよ、雨が降って、山のてっぺんからずっと田んぼまでの水の流れる範囲のことだよ。ね?ラマラジュさん

「そうですよ。英語では、マイクロ・ウォーターシェッドと言います。テルグ語では少し長くなりますね。」

「ほぉ~、うぉーたーしぇっどと言うのか。で、そこで何をするんだい?」

と、研修に参加していないオジサンたちから、ソボクな質問が飛び出す。
「えっ?なんだっけ?どうするんだっけ?」
と、事業名から今度は内容を思い出すのに目を白黒させている研修参加者のオジサンたち。

「山のてっぺんから田んぼまで、どういう風に分けるんでしたか?」

「水を上手に使うためには、どこの場所が一番大事なのですか?」

「植林をするには、いつの時期が良かったですか?」

「それで、作業を始めるためにいつまでに、何を作らなければならないのですか?」
と、おなじみ、質問を投げかけ続けるソムニードのスタッフ達。
研修を受けたオジサンたちも、ようように思い出し、「そうとなったら、早速、データを集めないと!」と、研修を受けていないオジサンたちもあせり始めるが、田植えが終わるもう少し先に、本格的に研修をスタートすることになった。

ポ村の人たちも、やはり田植えに忙しい。呼ばれて村に行ったものの、「やっぱり今日は無理」と言うことで、マ村と同じく少し先に延ばすことになった。
これが1年前のオジサンやオバチャンたちなら、田植え作業期間の真っ最中に、ソムニードに研修を開いてくれと連絡をすることはなかっただろう。
きっと、「ソムニードの方から来てくれるさ」「オラ達は、言われるままにすればええんだろうよ」と、のんびり構えていたに違いない。

この一年間、村の中に建てた施設や設備は一つもないし、プレゼントしたものも一つもない。ソムニードからしたことは、研修の一文字のみ。
オジサンやオバチャンたちも、一年間、モチベーションが上がったり下がったりしてきたが、意識の変化が明らかに目に見え始めている。


雨期の終わりごろ、少しは涼しくなり始めて田植えも終わり、まずはマ村の人たちと改めて今までのおさらいをした。
そして、活動計画をなぜ作らなければならないのか、そのために何を知らなければならないのか、オジサンやオバチャンたちと熱く議論を交わす。

「皆さんは、子どもの結婚式を行うことになったとき、まず何をしますか?」

「結婚式に、何がどれくらい必要か、何人の招待客が来そうか、お金はどれくらい必要か、計算するねぇ」

「で、借りて済むものは買わずにおくよ」

「そうですね、今、皆さんが作ろうとしている活動計画も、同じですよね。どれだけの水が必要なのか、そうした水を確保するために、どこに何が必要なのか、そのためにコストはいくらかかるのか、そうしたことが分からないままだと、何も作れないし買えないですね。」

そして、750万円が植林や構造物建設のために予算が組んであると聞いて、再び興奮する村の人たち。(一体、何回聞いたら驚かなくなるのだろうか?)

「よし、750万円を全部の村で使うために、活動計画を作るぞー!」

「おぉー!」
と、いきなりガンジーの顔が目にキラキラと映るオジサン・オバチャン。(※インドの紙幣は、ガンジーの肖像が使われているのです)

「ちょっと、ちょっと待ってください!一言、いいですか?」

「何ですか?キョーコさん

「750万円を使うために、活動計画を作るのですか?」

「へ?」

「今まで話してきたように、山のてっぺんから裾野の田んぼまで、みんなで水が使えるようになるために、活動計画を作るんじゃないんですか?」

「おぉ、そうか、そうだった。」

「みなさんは、お金を使うために子どもの結婚式を開くんですか?結婚式を開くから、そのために何がどれだけ必要で、いつ、何の準備をするか、費用はどれだけかかるか、そうやって計画を立てるんですよね?」

「そうだけど、750万円あるんだったら、一円も残さず何かに使わなくちゃ損よねぇ?」

「ねぇ?」
と、お金が目の前にちらつくと、変に計算を始めるたくましい村のオジサンやオバチャンたち。とにもかくにも、活動計画を作るための下準備が始まった。

村の人たちが挙げた集めるデータは、世帯毎に調査する森、湿地、乾燥地、焼畑などの土地の所有面積、所属する村の委員会やSHG(女性の自助グループ)、過去一年にかかった病気、シーズン毎の主食パターンなどなど。
そして、山のてっぺんから平野部まで3つに分けたゾーンごとの、灌漑施設の有無、作物の耕作パターン、果実の収穫パターンなどなど。

これらデータ項目も、オジサンやオバチャンたちが必死になって考えた。
「3年後、5年後、10年後に、2008年の今から、自分たちの村がどんな風に変わったか、これで分かるなあ」


そして、植物図鑑のためのデータ集めで、何人かはインタビューするのは経験済みなわけだが、まずは世帯毎に集めるデータについて、二人一組になって質問の仕方やデータの書き込み方を、何度も何度も練習した。

いつまで世帯毎のデータを集めるか、ゾーン毎のデータをいつから集めるか、村の集会をいつ開くのか、合間にどんな研修がいつ必要なのか、そうした向こう一ヶ月ほどのスケジュールを全部、村の人たちと一緒に立てると、オジサンもオバチャンもソムニード・スタッフも、気温のための暑さと研修の熱気にやられてもうヘトヘト。

マ村の人たちへの研修が終わると、数日置いて、同じテーマの研修をポ村のオジサン、オバチャンたちが受けた。ポ村のスケジュールも、マ村とほぼ同様なのだが、一点だけ違うのは、自分達の今の村の状況をミニチュアで作ることになったこと。

今の時代、グーグル・マップで自分達の村、その周辺の村々や山の形状がどうなっているか、一目でわかるし今までも何回か村の人たちと見てきたのだが、停電も多く、いつでも見れる状況ではない。けれど、研修を受けてきているポ村のオバチャンたちは、ソムニード・スタッフとやり取りする中で、こうした立体的な鳥瞰図があると、村の研修を受けてきていない人たちとも考え方を共有しやすい、と気づいたのだ。

村の三方を囲む山の形、集落の位置、田畑の位置など基本的な地形を一目で分かるようにして、集めたデータの結果をこのミニチュアに取り込もう、という計画である。しかも、粘土を購入しようと考えていた筆者たちに対して、ポ村の人たちは、自分達の森の粘土土に牛糞を混ぜて、表面にはなにやら加工した玉ねぎの皮を貼り付ければ、その上から絵の具も付けれると、まさに「自分達の村にあるもの」を最大限に活かしたミニチュア作りを提案してきた。


そうしてマ村もポ村も、活動計画作りに向けて走り出したわけだが、ここで、久しぶりにもう一つの村が再登場する。
読者の皆さんも、覚えていらっしゃるだろうか。よもやま通信第1号には、マ村、ポ村、そしてゴトゥッパリ村で登場し、第5号まではなんとかゴトゥッパリ村の文字も出てきたのだが、それ以降はほとんど、マ村とポ村の様子ばかりであった。マ村とポ村の人たちが研修を受ければ、ゴトゥッパリ村の人たちにもオジサンたちが電話などで共有してきたし、何度かソムニード・スタッフも村に赴いて、研修の日時を伝えたりしてきたのだが、サッパリ姿を見せなかった。ところが、「マ村とポ村が、今は活動計画作りを始めようとしている。ゴトゥッパリ村も合わせて、750万円が植林や構造物の建設費として予算がある」と言うことを伝えた途端、オズオズと研修への再参加を打診してきた。もちろん、私達にとってはウェルカムなのだが、今までマ村やポ村の人たちが必死になって受けてきた研修をすっ飛ばして、いきなり活動計画作りに取り掛からせるわけにはいかない。マ村の集会に呼ばれていた私達は、ゴトゥッパリ村からの研修生にも、そこにオブザーバーとして参加してもらうことにした。


2. オラ達が作らずして誰が作る!?

雨季も終わりになりかけたのに、低気圧が再び発達して大雨が降り続き、この区域にある貯水ダムの水位が危険水位をはるかに超えたこともあった。年々、天候がおかしくなっているのを感じるとオバチャンたちも言うが、今年はさらに、雨の降り方が奇妙だと言う。

そんな雨によってぬかるんだ道を、ひたすら歩き、岩だらけの山道を登り、蒸し暑さにフーフー言いながら一山超えると、マ村の中の一つの集落に到着する。マ村は、大小さまざまな集落が山頂から平野部まで点在しているのだが、研修に積極的に参加するのは裾野部の集落からで、山頂部の集落からは1~2人程度。

まずは、この集落の人たちにもこれまでの研修内容やこれからのスケジュールを共有するオジサンたち。すると、リーダー的存在であるオジサンが言った。

「活動計画ぅ?そんなもの、オラ達につくれるわけないだろうが。」

「そうそう、そういうのは、ソムニードが作るもんだろう?ワシらは言われた通りに、なんでも作るさ」

それを聞いて、この集落から毎回欠かさず研修に参加しているオジサンとオバチャンは真っ青になるが、どう反論していいものやら分からない。すると、ただ静かに座って聞いていた平野部の集落からのオジサン、名前をダンダシと言うのだが、彼が突然大声でしゃべりだした。

「まだ、何を言ってるんだ!いいか、これは、ワシらの事業なんだ。水は、山のてっぺんから下に流れてくる。この集落も、同じマ村のエリアなんだから、一緒に考えて事業をしなくちゃいけないんだ。ソムニードは、必要な研修をしてくれたり資金を提供してくれるだけで、何をするかはワシらが決めるんだ。
この集落からは、いつも研修には1人か2人だけで、しかも読み書きできる人は参加しない。ワシも読み書きはあまり得意じゃないけど、だけど、この集落からは記録をきちんと取れる人が参加しないから、この集落での共有がきちんとできないんだよ。だから、今でもそうやって、ソムニードの事業だなんて言ってるんだ。

これは、ワシらの事業だから、ワシらがこれから活動計画を作るんだ!」
ボーゼンとする、リーダーやその他オジサン・オバチャンたち。再度、このダンダシから今までの経過が話されると、読み書きできる若者から、

「植林が必要なら、一つの季節に集中して収穫する木ばかりじゃなく、一年を通して森から何かを収穫できるような計画を立てたほうが良いよね」

という意見も出て、また、彼が今後のスケジュールなども大きく模造紙に書いて、集会所となっている教会の壁に貼る準備をした。


それを見て、息巻いていたダンダシが彼に言った。

「お前、必ず次から研修に参加しなさい。もしも参加できなかったら、集落のリーダーは、罰金500ルピーだぁ!」

思わず周りのオジサンやオバチャンたちも笑い出すが、この日の集会が始まる前の雰囲気とは、違ったものが集会場に満ちていた。オブザーバーとして参加していたゴトゥッパリ村(以下、ゴ村)からのオジサンやオバチャンたちも、この迫力にビックリ。何しろ、自分達と同じく村の一人のオジサンが、「この事業はワシらの事業だ」と声を張り上げているのだ。

言葉少なめのゴ村からのオブザーバーたちだったが、「ボク達はちょっと遅れてしまっているけど、もう一度、マ村やポ村の人たちと一緒に、この研修に参加して行きたい」と言って、村に帰っていった。
実は以前、ダンダシはソムニード・スタッフにこう呟いていた。

「黄門様や、ソムニードのスタッフ達は、ワシらが理解できるのをずっと待っててくれたんだ、と言うのがようやく分かった。

これから何をしようとしているのか、そのために何を知っていなくてはいけないのか、そうした理解をするための時間が必要だったんですね。そして、それをプロセスと言うんでしょう?そして黄門様たちは、ずっとそれを待っていてくれたんですね。他のNGOや政府の人たちは、ワシらが理解しようとしまいと関係なく、とにかく事業をスタートして終わらせて、プロセスやワシらの理解度なんて見てもくれないけど、ソムニードのみなさんは、ずっと待っててくれた。それが、とても嬉しい。」

私達ソムニード・スタッフは、「プロセス」という言葉も、その意味も、村のオジサンやオバチャンたちに対して使ったことは無い。けれど、ダンダシは、1年前からずっとソムニードの研修に参加し続ける中で、そうした過程の重要性を感じ取っていたのだ。私達にとっても、この喜びに勝るものはない。

そして、マ村のオジサン、オバチャンたちの快進撃は続く。

数日後、マ村のエリアに属する全ての集落から数人ずつ集まり、山から雨水がどのように流れて集まるか、複数の集落で共有する山はどれか、どこに植林をすれば良いのか、それぞれの考えを出し合った。
自分の田んぼにどうしたら水が来るか、ではなく、村全体が水を有効に使えるようにするには、という視点で山から山へと歩き回るオジサンたち。


「ソムニードが活動計画を作るんだろう」と言っていたリーダーも、我先に先頭を歩き、山々の名前を聞かれればすぐに答える。
薬草に詳しいオジサンたちは、立ち止まっては効用を披露しあい、州の公用語テルグ語では○○だけど、ワシらの言葉サワラ語では△△だと言って、若者たちを指導する。

そうして何時間も歩いている中で、自分達の大切な財産でもあり、これからの収入源にもなりうる薬草園を作ろう、というアイデアも出てきた。そして、世帯毎のデータを集めたんだから、今度はこうしたゾーン毎の必要なデータを早く集めよう、とエンジンフル回転が止まらないマ村のオジサンたちは、ポ村も合同の研修日に、過去最大の19人編成(半分はオバチャンたち)で研修開始15分前に研修場所へと乗り込んできた。

そんな上昇気流に乗りに乗ったマ村の人たちと対照的なのが、ポ村の人たち。今までの過去最小の3人編成で、研修開始1時間後にやって来た。

ポ村では、今は雨季の影響もあって風邪やらマラリアやらで体調を崩している人も多く、また、様々な政府からの「プレゼント」を受け取るのに忙しく、最近はかつて研修を受けてきていたオジサンやオバチャンたちも、意気消沈気味。数ヶ月前までは、ポ村の勢いが強く、マ村は少しダレきっていたのが、今は全くの正反対。19人ものマ村のオジサン、オバチャンたちで熱気ムンムンの研修会場に、後ずさりをしてしまうが、「ワシらの村ももっとがんばらなアカンのう」と少しやる気を出した。

こっちが盛り上がればあっちが下がるという、シーソーのような二つの村だが、このマ村とポ村のオジサン、オバチャンの奮闘する姿がゴ村の士気も高めるのだ。

さてさて、これからゾーン毎の必要なデータを集めて分析し、活動計画作りへと突入していくのだが、マ村、ポ村、ゴ村のオジサン、オバチャンたちは、どこまでパワーアップしていくのか、次号乞うご期待!


3. 注意書き

黄門さま=和田信明。ソムニードの代表理事。

ラマジュさん=ソムニード・インディアのスタッフで村のオジサンたちの人気者。
キョーコさん=前川香子。この通信の筆者。10月17日に、念願の研修センター開所式を開催予定。お昼ごはんのメインのカレーはチキンね、デザートは何にしようかしら、と、準備に余念が無い。


2008年8月17日日曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第9号「一年後の再会;オラたちの今までとこれから」

 

目次

1. 土地の悲鳴を聞け
2. この1年、何をやってきたんだ?
3. オラたちで作る!

モンスーンがやって来たとは言いながら、低気圧の発達が遅れているために雨が降らない農村部。去年の今頃は、田んぼも耕し始めて、稲の苗床も準備していたのに、今年は一向に水が田んぼにたまらない。

そんな7月初めの頃、マーミディジョーラ村(以下、マ村)とポガダヴァリ村(以下、ポ村)では、自分達の村の構造物を再チェックしていた。構造物とは、灌漑用のため池から、土壌流出を防ぐ石垣や水の速度を弱めるチェックダムなどのことだが、これらの設備がいつ、誰が、どのような目的で作って、今は誰が(委員会など)どのように管理しているのか、調べていた。
合わせて植物図鑑完成に向けてまだまだ調査も続けている最中、水や土の専門家であるチャタジーさんが再び村にやってくるという報せを受けて、緊張し始めるオジサン、オバチャン
「また村に来てくれる!」と大喜びで、今までに集めた植物図鑑のデータや、自分達が考えている「森を育てて守っていく方法」、他の村へ視察に行って気づいたことで構造物を自分達で維持管理していくのに必要なことナドナドを、ファイルに綴じたり模造紙に書いたりと、準備に大わらわ。
ソムニード(現ムラのミライ)のスタッフ達も、この一年間どのようにファシリテーションをしてきたかをチャタジーさんと共有するための資料作りや宿泊の準備、食事の手配なんかで大わらわ。
村でも事務所でも準備に追われる中、チャタジーさんがのっそりと、そして黄門様も軽やかに、村へとやって来た。


1. 土地の悲鳴を聞け


最初に訪れたのはポ村だが、2日ほど前から断続的に雨が降っているために道がぬかるんで車が走れず、1キロほどを足を滑らせながらも歩いて到着。

「ほほ、皆の衆、久しぶりじゃの」

「はい、黄門様!お待ちしていました。チャタジーさんも、来てくださってありがとうございます!」
村にある小学校の教室が研修場所に用意されて、そこにひしめいて座っている30人ほどのポ村の老若男女が目を輝かせながら、何事も聞き逃すまいと身を乗り出している。
「今日は生憎の雨じゃのう。ところで、ワシ達が何者か、もうみんな知ってるじゃろ?知らなんだら自己紹介から始めるが?そうか、必要ないか。では、早速じゃが、お前さんたちお医者にはかかるか?」

「はぁ・・・(何が始まるんだ?)この近くに医者はいませんので、市場がある町に行きます。」

「お医者は何を知っておる?」

「身体のことです。身体の中の色んな部分のことを知っています。」

「そうじゃな、臓器の仕組みから身体の各部分がどのように機能しているか、知っておるのぅ。では、お医者は田植えについて知っておるか?」

「まさか!黄門様、田植えは私達が知ってますよ!」

「では、田植えをするために、あるいは農業をするために、お前さんたちは何を知らなければならないんじゃ?」

「土をいつ耕すかとか、どれだけの肥料をいつやるかとか、水はどれくらいやればいいいのかとか・・・」

「うんうん。では、雨の中に立つとまず雨を受けるのは身体のどこじゃ?」

「え~っと、頭?」

「そうじゃのぅ。頭から、どうやって雨水は伝っていく?」

「顔に流れてきたり、頭の後ろに流れたり。」

「では、お前さんたちの村で、頭に当たる場所はどこじゃ?」

「え~っと、え~っと、山!」

そう、山のてっぺんから雨水は流れて、途中で色んな道を辿って、裾野の田んぼまで来るんじゃな。この、水が流れてくる所から流れ出るところまでを、英語ではウォーターシェッドと言うんじゃ。頭のてっぺんで受けた雨が顔や後ろに分かれて流れるように、山もお前さんたち村の方へ流れるのと反対側へ流れるのとあるの。この、お前さんたち村側に流れてきて、お前さんたちの田んぼがあるところまでを、マイクロ・ウォーターシェッドと言って、去年からこの場所で、お前さんたちは植物図鑑やらなんやら頑張ってきた。」

「ほぉ~なるほど、うぉーたーしぇっど、と言うんですねぇ。テルグ語ではめちゃくちゃ長くなるから、英語で言うことにしよう」


外は雨で、この学校の場所に来るまでに雨にぬれた人も多く、黄門様の例え話で、自分の雨に濡れた状態から容易に村全体の雨水の流れ方へと理解ができる村の人たち。

「山のてっぺんから雨水が流れ落ちてくる。では、水の流れる速さはどうなるかの?」

「平らなところではゆっくりだけど、坂道では早くなる。」

「途中で貯水池があると、そこで止まります。」

「お医者は、飲んだ水がどのように身体の各部分に働いて、最後にションベンとなってでてくるか知っておる。お前さんたちは農業を知っておるが、どうやって雨水を上手に使うかを知らなければならん。

今まで、お前さんたちは植物図鑑を作りながら、植物資源のことを学んできた。では、土のことはどうじゃ?今日は、この土のことをチャタジー医者が診てくれるぞ。」

そこで登場するチャタジーさん。

「みなさんはお医者さんに行ったらまず何をしますか?お医者は何をしますか?」

「え~と、身体の悪いところを言って、診てもらいます。」

「お医者さんは、いろいろと質問してきます。何を食べたとか、いつから続いているンだとか」

「そうですね。患者の顔を見て、聞いて、時には触って調べますね。あなた達の土も同じように、どこがどのように病んでいるのか訴えていますよ」

「だけど、チャタジーさん。人間はしゃべれるけど、土はしゃべれんよ。」

「人間にも色んな言葉があるように、土にも土なりの言葉があるんですよ」

そう言って、その場所の保水力不足や養分不足がいわゆる初期症状なのか、かなり末期まで進んでいるのか、自分達でもチェックできる方法を、絵を描きながら説明する。

「もしも今日、こんなに雨が降っていなかったら外に出て、実際に土の声を聞くこともできたんですがね・・・」

「でも、チャタジーさん、教えてくれた方法の一つで、土地の表面がひび割れてきたら養分がなくなってきている印だとありましたが、私達は、ひびができる土地は雑穀を栽培するのに良い場所だ、としか思っていませんでした。」

「あなたたちの土地は、人間の身体と一緒で、肉もあれば骨もある。すりむいて血が出るくらいなら簡単に治せるけれど、骨が見えるくらいの怪我は簡単には治せません。山から流れてくる水を、きちんとコントロールできずにいると土はどうなりますか?」

「土が流されていきます。」

「そうですね。栄養のある土が流れていって、最後に残るのは栄養が無くなって骨と皮だけになった土地です。水の流れをコントロールするのも、土の状態を良くするのには必要なことですよ」

村の中の場所を思い浮かべてはそこの土がどんな状態だったか、思い出そうとするオジサンやオバチャンたち。

「ほほ、これで、どうやって母なる大地と対話をするかわかったの。では、対話をしてから病気の状態がわかったら、その原因が何なのかを突き止めねばならんの。そして、その原因に対して治療をせねばならん。」

「黄門さんのいうとおりですよ。そして、その治療方法となるものが、あなた達の作った植物図鑑の中にもあるのです。」

「えっ?!!ここに?」

興奮するオジサンたちをなだめながら、チャタジーさんは続けた。

「だけど、この植物図鑑に全てがあるというのではありません。他に、集めなければならないデータや、調査があります。だけど、それもすでに皆さんが知っていたり、経験してきていることです。

そして、それらを合わせて、土の保水力を強めたり、養分を回復したりするための植林を、皆さんの植物図鑑やこれから集めるデータから決めることができるのです。」

「分かりました、チャタジーさん、黄門様。まずは、いつも気をつけて土の声を聞きます!」

村での研修が終わって、フィールド事務所に帰ってくると、通訳に徹していたラマラジュが、興奮して言った。

キョーコさん、やっぱり黄門様とチャタジーさんはすごいですねぇ。全て、村の人たちの身近にあるものや出来事を例え話に使って、ポイントを伝えていましたよ」

「私もそう思いました。いつも、マイクロ・ウォーターシェッドの定義をどうやったら村のオジサンやオバチャンたちが理解できるか考えていたけど、今日の黄門様の例えは思い浮かばなかったですよ。それに、村の人たちも、いつも見ているものだけど、見方を変えると重要なメッセージをそこから見つけることができる、っていうのが分かったみたいですね。」

「このプログラムが終わったら、村の人たちが土の声を聞いてそれを分析できるように、研修を組んでいきましょう」

さぁ、お次はマ村へ向かう黄門様ご一行!
マ村では果たしてどんなやり取りがなされるのか?


2. この1年、何をやってきたんだ?

翌日は打って変わっての晴天となり、チャタジーさんと黄門様はマ村(マーミディジョーラ村)へと足を運んだ。
車が村に到着すると、いつもソムニードの研修を受けているオジサンたちが、集会場ではなくてある場所まで来て欲しいと、私達をそこまで案内した。
「ほほ、去年の今頃は、ここでチェックダムとは何ぞや、というデモンストレーションをやったのう。」

「そうですね、一年は早いですねぇ」(※よもやま通信第1号を参照)
と途中で和やかな会話をしながら歩く黄門様とチャタジーさんだが、数分後にはその顔から笑みが消えることを、村のオジサンたちはまだ知らない。

到着した場所は、山の中腹にあるチェックダム。

「たしか去年も、あなたたちはここに私達を連れてきましたね?」といぶかしむチャタジーさん。

「そうです。だけど、この場所は山の上から流れてくる水が一番たまりやすくって、でも、雨季にはこの水路の幅以上にあふれて水が流れるんです。だから、このチェックダムの壁をもっと高くしたいと思ってるんですけど、どうですか?ちなみに、このチェックダムはボクが子どもの頃だから・・・30年くらい前に作られました。当時は、2メートルくらい壁の高さはあったんです。」
必死になって説明する村のオジサンを横目に、1メートル弱の杖をそのダムの底へ突き刺す黄門様。みるみるうちにズブズブと泥の底に沈んでいく。その泥を掬い上げて、黄門様が尋ねた。


「これはなんじゃ?」

「・・泥です。」

「どこから流れてきた?」

「川の上流、かな」

「もしもこの壁を高くして、だけどその後にまた泥がたまって壁が低くなったら、どうする?」

「また壁を高くします。」

「そうやって、どんどん壁を作っていって、しまいにはあの山の高さと同じくらいになるのかのぅ?」

「そうですねぇ。ワッハッハハー・・・ハハ・・・ハ」(表情が凍りつくオジサン)

「泥を取り除くのが一番じゃ。」

「でも、またたまります。」

「なぜ定期的に取り除かないのじゃ?」
表情が険しくなりつつある黄門様をこれ以上興奮させないように、チャタジーさんが代わって質問をし始める。

「このチェックダムには一年間のうち、どれくらい水が流れていますか?」

「年中、流れています。乾季のときは少ないですが。なので、水をもっと溜められるように、壁を高くしたいんです。」

「去年、言いませんでしたかね?チェックダムは、水を溜めるためのものではなく、水の流れる速さをコントロールするものです。」
言い訳のように、ここに水がたまるとどれだけの土地に水が引けて、米の二期作ができるかを必死になって説明するオジサンたち。
そして、このチェックダムが建設された当時には山の頂上付近には深い森があって、地下水も豊富にあったこと、森の木々や積もった落ち葉も水の速さを弱めていたことを、あるオジサンは経験から思い出して一気にしゃべった。

「あなたたちは知ってるじゃないですか。森の役割、土の保水力の保ち方、そして水の流れを弱めるものが、何も大きな構造物だけじゃないってことも。」

「そうですけど、とりあえず今は、この下に広がる土地で二期作を・・・」
自分達で食べる米が足りないとか、どれだけの現金収入が足りないのかとか、そういう根拠も何もなく、とにかく二期作がしたいの一点張りでチェックダムに水を溜めたいオジサンたちに、いつもは穏やかな笑みを浮かべているチャタジーさんの一喝が入る。

「水が少なくても育つ農作物はあるでしょう!あなた達はそれを作っているじゃないですか。植え方などをちょっと工夫するだけで、収穫量も違うでしょう。そして、その方法は去年、伝えましたよ。この一年間、何をしていたんですか?こうやって、誰かが来て大きな設備を作ってくれるよう頼む時を待っていたんですか!?」
風に吹かれてなびくチャタジーさんの髪が、まるで怒りで舞い上がっているかのように、オジサンたちには見え始める。

「お前さんたち、このチェックダムの底の泥を取り除けば、お前さんたちに必要なだけの水はあるんじゃよ。ソムニードは、この一年間に、何かを作ってあげたりプレゼントを渡したりしたか?」

「いえ、ずっと研修をしてくれて、自分達の村にどれだけの植物資源があるのか気づかせてくれました。そして、自分達で水を上手に使っていくために何が必要なのか、自分達で考えていかなくてはいけないということにも気づきました。」

「そうじゃのう。ほほほ、チャタジーさんやワシが久しぶりに村にやって来るから、ちょっと興奮してしまったのか?」

翌日、ポ村(ポガダヴァリ村)の人たちも一緒になって研修を受けることになったマ村の人たち。
ちょっとションボリとしながら、黄門様ご一行が村を去るのを見送った。

「ラマラジュさん、マ村の人たちがあんなことを言うなんて、私はちょっとビックリしましたよ。今、オジサンたちが自分達で調べているけど、マ村の構造物の維持管理がどうなっているか、垣間見えましたね。」

「そうですねぇ、キョーコさん。でも、あのチェックダムの下流の土地で、潤うのは村の中でも数軒だけですけどね。」

「この事業は数人を対象にしたものではなくて、村全体、コミュニティ全体ですから、そのことも村の人たちはもう一回、気づかなければいけませんね」
さてさて、まるで仙人のように穏やかなチャタジーさんと朗らかな黄門様を、見事(?)興奮させてしまったマ村の人たち。次は、ポ村のオジサンやオバチャンたちと合流しての研修だが、どんな印籠が飛び出すか?


3. オラたちで作る!


翌日、コテンパンにやられたマ村(マーミディジョーラ村)のオジサンたちだが、研修開始10分前に会場へ到着。研修を受けるやる気は続いており、しかもホンモノらしい。
ポ村(ポガダヴァリ村)の人たちは、相変わらず研修開始時間の40分後にようやく到着。
まずはマ村からポ村へ遅刻に対する注意が入る。
そして黄門様から、この一年間で何をしてきたのか説明が求められ、マ村のオジサンが植物図鑑作りから始まって、それぞれの植物に対して、土や周りの植生などの状況についてのデータを集めてきたこと、こうした植物を守り、森を育てるにはどうすればいいのか考えたこと、近くの村に行って構造物を視察に行ったことなどを、順々に発表した。

「植物図鑑を作って、それに基づいていろんなデータを集めて、何が分かったかの?」

「自分達の村には植物資源があること、特に薬草が豊富なことです。」

「それに、市場で売れるもの、道具に使えるものなど、さまざまな使い道があるんだっていう可能性にもきづきました。」

「それは良いことじゃ。では、そうして集めたことを使って、これからどうするか、考えていかねばならんの?」
そう言って黄門さまは、黒板に2010年までの月をズラッと書いた。

「植林をするには、雨季に入りかけた頃がよい。6月から8月にかけてじゃな。その時期も考えて、活動計画をそれぞれの村で作りなさい。」

「かつどうけーかく???」

「今年の12月始めまでに、予算も含めて完成させなさい。もちろんソムニードのスタッフが、必要な研修は行う。本当に植林が必要ならば、どこにどんな木をどれくらい、そして何か構造物を作るのなら、どこにどれだけの大きさのものを、どんな材料を使ってするのか、植えたり作ったりした後は、どうやってモニターしたり管理していくのか、そういうことを全部含めて作るんじゃよ。」
しばしボーゼンとする村の人たちに、気合を入れさせる黄門様。

「ワシらは、ただ作ってその後は忘れ去る、というようなやり方はせん。これは、誰の事業じゃ?」

「私達のです。」

「では、お前さんたちで、計画を立てて、実行して、維持管理をしていかねばならんのではないか?
もしも、それがイヤだ、これは自分達の事業ではなくって、ソムニードやJICAだけの事業だと言うのなら、ここから立ち去っても結構。」

「いえいえ、そんな。ただ、そんなに細かい活動計画を作ったことが無いもので・・・」
そして、活動計画を立てるために、まずはウォーターシェッドとは何ぞや、ということの説明が再びチャタジーさんからあり、そして、この事業範囲となる山の頂上から平野部までが、3つのエリアに分けられた。


ポ村やマ村でのやり取りを思い出させながら、それぞれのエリアの特徴について、村のオジサンやオバチャンたちに説明する黄門様たち。

「すごいですねぇ、ラマラジュさん。またしても、黄門様やチャタジーさんは、難しい専門用語は使わずに、普段使っている言葉で問いかけ続けてますよ。」

「ほんとですね。そして、村の人たちは絶対にそれに答えることができるんですからね。ボク達も、普段の研修のテクニックをもっと磨いていかないといけませんよ、キョーコさん」

「いいですか、それぞれのエリアごとでその特徴を生かしながら、そして皆さんが感じている滅びかけている植物を守って増やしたり、土の保水力を強めたり、平野部の土地で水が有効に使えるために、何をしなければならないのか、それを考えるのですよ。」
とチャタジーさんが優しく微笑みながら、マ村とポ村の人たちを元気付ける。

「そのためには、各エリアの現状を詳しく知らなければならないのぅ。その現状は、植物図鑑や、今までに集めたデータからも分かるが、他にも必要なデータが出てくるじゃろう。そうしたデータを集めたり、調査をして、その事実に基づいて、活動計画を作るのじゃよ。お前さんたちの要請があれば、いつでもソムニードが研修をするから、安心せい」

「それに、マ村の人たちには伝えていませんが、ポ村の人たちは、土の声の聞き方を知っています。マ村の人たちも必要になったら、ポ村の人たちから土の声の聞き方を教えてもらうといいでしょう。」
そうして、これからの予定を共有したオジサンやオバチャンたちは、まずは他の村の人たちと、今回の研修で学んだこと、気づいたこと、そして活動計画作りのことを共有すべく、それぞれの村へと帰っていった。チャタジーさんも、ソムニード・スタッフに様々なアドバイスをして、黄門様と共に帰路へとついた。

後に残った私達は、各エリアごとで村の人たちが何を知らなければならないのか、そのためにはどんなデータが必要で、どうやって集められるかということを話し合った。そして、村の人たちからいつ要請が来てもいいように、準備をしながら待機していたのだった。
雨が降らない降らないと言い続けて皆が疲れ始めたころ、アーンドラ・プラデシュ州の首相がとうとう雨乞いの儀式を執り行った。雨が降り始めると、田植えで一ヶ月ほどは忙しくなるオジサン&オバチャンたち。その前に、一度でも要請は来るのか?それともそのまま一ヶ月ほどブランクが開いてしまうのか?
一ヶ月も何も研修をしないでいると、土の声の聞き方さえも忘れてしまうのが村の人たちだが、果たしてどうなる?
この後の様子については、次号に続く!


4. 注意書き

チャタジーさん=おなじみ、水と森と土の専門家で歩く大百科事典。絵も達者なことが今回判明。

黄門様=和田信明。ソムニードの代表理事。久しぶりに村を歩いてリフレッシュ。

ラマラジュ=ソムニード・インディアのスタッフで名ファシリテーター。チャタジーさんにも触発されて、最近のお気に入りの本は植物辞典。学術名まで覚え始める。

キョーコさん=前川香子。この通信の筆者。例え話の引き出しを増やそうと、生活の中からネタを探す毎日。

2008年7月11日金曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第8号「あぁ、もったいない~長く使い続けるにはどうするべ?」

 

目次

1. 他所の構造物から学ぶ
2. ポガダヴァリ村の視察
3. マーミディジョーラの視察
4. 長く使い続けるにはどうするべ

 

1. 他所の構造物から学ぶ

うだるような暑さから一転、モンスーンの到来とともに気温も下がりつつある農村部。
自分たちの村にある構造物(※)の管理で散々なものが多くても、自分に甘く他人に厳しいのが人の常。最初から自分の村の構造物を見ても、その状態を冷静に分析できないと判断したソムニード(現ムラのミライ)は、近隣の村の構造物をパートナーの村人たちに視察に行ってもらうことに。


※例えば、灌漑に使うものから、土砂の流出を防止する石垣のようなもの、雨水を貯め、土地の保水能力を高めるもの、などなどの総称。同事業では、住民が維持管理できるインフラ設置を目指す。

ポガダヴァリ村(以下、ポ村)からの視察を一日、マーミディジョーラ村(以下、マ村)からの視察を一日、と設定し、それぞれの村から10人前後が参加した。
この参加者たちも、オジサンやオバチャンたちで決めたのだが、今までの研修にずっと参加してきた人から初めて参加する人まで、新旧混ざり合い、しかも腰の曲がったジイチャンやバアチャンも、オートリキシャ(自動三輪タクシー)にゴトゴト揺られて視察の村までやってきた。

ラマラジュさん、いつもと同じメンバーだと思ったら、初めて来る人たちもいますね」

「そうですねぇ。やっぱりアレですよ、キョーコさん。この前の、村全体でのミーティングで、今までのソムニードの研修やらこれからの予定やら全てを、研修を受けてきたオジサンたちがみんなとシェアしたときに、研修を受けてきていない村の人たちから色んな質問とか意見が飛び出してきたのが効いたんですよ。ほら、彼も質問をした一人ですよ。(※前号参照)」

初めて参加する人たちの中には「他所の村の構造物を見て、自分たちにとってナンか良いことあるの?」とソボクな質問をいきなりしてきたオバチャンもいて、常連参加のオジサンが「自分たちの村にはない設備もあるかもしれないし、どういう場所に貯水池やチェックダムを作ってるとか参考になるだろう?それに、建設や修理の方法も何か分かるかもしれないし。」と、やんわりと応える。
加えて、私たちからヒントを与える。

「これから見るものは、全てが成功例ではないかもしれないですよ。」

「それに、構造物の作り方とか直し方とか以外にも、村の人たちが建設前、建設中、建設後にどうやって係ったのか知っていますか?」

「構造物の設置や維持管理が上手くできていない村からも学べることは無いんですか?」

「もしも維持管理が上手く出来ているならば、どのように村の人たちが維持管理をしているんでしょうか?何か組織があるのでしょうか?あるのならば、どのように運営されているのでしょうか?」

「今も維持管理がきちんとされている村と、そうでない村の違いはどこにあると思いますか?」


私達の質問にもタジタジになって答えられないオジサン&オバチャンたちは、ただ見て作り方を教えてもらうだけでは自分達の村に活かせないことに気づき、どういう質問をしようか考え始めた。


2. ポガダヴァリ村の視察

そうしてポ村が行った村は、約100メートル四方の貯水池を持つA村と、頂上から裾野まで約5キロメートルに渡って、土壌流出を防ぐための石垣をもつB村の二つ。
まずA村に行って、ポ村の一人からこの約1年間ソムニードと一緒にどんな活動をしてきたのか、どうして今回視察に来たのかを話す。
お互いに同じパンチャヤート(村落自治組織)に入っているので顔見知りではあるが、構造物について尋ねあったことはなく、両村のメンバー共にちょっと緊張気味の様子。


基本的に、この貯水池の場所は、山から流れてくる雨水が溜まるにはいい場所である。
しかし、無残にも堤防の壁は崩れかけている。
ポ村のメンバーが、次々とA村の人たちに質問をぶつける。

「堤防のところに土の小山が出来てますね。あれは何ですか?」

「池の深さが足りないから、雨季の間、堤から水が流れ出て行くんだよ。だから、池の底を掘ってその土を堤防に上乗せしようと思って。」

「誰がしているんですか?」

「オレが声かけて、政府から労賃もらって何人かの人たちと工事してるんだよ。」

「あなたの田畑もここから水を引いているんですね?」

「違うよ。オレ、土地ないし。工事してるのも、土地を持ってないヤツらばっかり。」

「じゃぁ、この貯水池の水を使っている土地持ちの人たちは、何してるんですか?」

「何も。声かけても反応ないんだよね~。」

「・・・・・・・・・」

「それよりソムニードさん、この貯水池をもっと大きくしてくれんかのぉ?」

「・・・・・・・・・」


他に、建設時に「管理費」として確保していた資金もほぼ手付かずで残っており、この貯水池や他の灌漑設備を管理する委員会もあるようで無いような、ということが分かるにつれて、うなだれていくポ村のメンバー。

「場所的にも大きさ的にも、けっこう良い貯水池だと思うんだけどなぁ。ハァ、もったいない。」
成功例ばかりではない、と事前に聞いてはいたものの、『きっと、スゴイ立派な設備がある村に視察に連れて行ってくれるのよ』と思い込んでいたポ村のオジサンやオバチャンたちは、首を傾げつつA村を後にし、B村へと向かった。

B村は傾斜30度くらいの山の斜面に、幅8~10メートルの石垣を斜面に垂直になるようにして設置している。この石垣が、頂上から裾野付近までずら~っと並んでいるのだ。

「この石垣を作る前と後では、どのように違いますか?」

「作る前は、雨季のときここは泥川のように土砂が流れていったけど、今は見ての通り、土も流れずに木を育てることが出来るんだよ。木があって、土が流れていかなければ水も溜まるだろう。」

「どうして石垣を作ろうと思ったんですか?」

「みんなで話をしたし、地元のNGOや政府から研修を受けて、石垣が良いってことになったんです。」

「私たちの村でも、同じように雨水が土砂と一緒に流れていく場所があるけど、こういう石垣って良いなぁ・・・」

「もしも作るなら、僕たちが建設のノウハウを教えてあげても良いよ。ハハハ。」

そして、修理のための委員会があること、議事録を付けていることが分かり、石垣が崩れたときは自分たちで直すこともできる、ということも知り、スゴイなぁと感心するポ村のメンバー。

「でも、カシューの木の育て方はなってないわね。私たちの方が上手いわ」


3. マーミディジョーラの視察

そしてマ村の視察は、低地に流れる川から高地にある田畑への灌漑のためのリフト式灌漑設備を持つC村と、貯水池を持つD村。C村では、建設にかかった材料の名前や量の一覧がエンジン室の壁に書いてあり、コストとどんな部品が必要なのか一目瞭然である。そして、C村の建設に携わった人たちは、この一覧表を見なくても1ルピー単位で必要経費を説明していた。

「すごくよく覚えているんですねぇ」

「ワシらが作ったからの。」

「もしもエンジンとかパイプとかが壊れたら、どうやってその修理費は出しているんですか?」

「維持管理用の資金があるから、そこから使ってるんです。」

「その資金はどこからもらっているんですか?」

「もらうもなにも、自分たちが使うときに、使用料を払っているんじゃよ。これを管理する村の委員会にな。」

「じゃぁ、その口座もあるんですか?」

「いや、担当者が持っておる。」

「へぇ?では、お金の出し入れの記録は書いているんですか?」

「村の集会の議事録に書いとるぞ。」

「へぇ~・・・?」
リフト式灌漑施設そのものの立派さはもちろんのこと、建設時の委員会メンバーの数人が維持管理委員会のメンバーとしても活動しており、自分たちで修理や運営をしていることに驚いたマ村のメンバー。


D村は、対照的にほぼ残骸となりつつある貯水池。

「あのぅ、この堤防や水路の入り口は、修理しなくていいんですか?」

「どこにカネがあるんじゃ?」

「この貯水池へ水が流れてくる経路も、断たれていませんか?」

「だれもカネをくれん。」

「C村では、使用料を集めて修理に充ててるようでしたけど。」

「あそこの村はえぇのう。川が割りと近かったから、リフト式灌漑も作れたんじゃよ。」

「・・・・・・・・・・」

「誰か別の場所に貯水池作ってくれんかのぅ?」

「・・・・・・・・・・」

帰り際、「きちんと修理していれば立派な貯水池のままだったろうに。ハァ、もったいない。」とため息をつくマ村のメンバー。

ポ村もマ村も、灌漑施設を良い状態で長年利用している村とそうでない村の両極端なケースを見たわけだが、ここから何を理解できたか、次の振り返り研修で確認をすることに。


4. 長く使い続けるにはどうするべ

朝9時に研修開始と言う場合、今までなら早くて10時、遅い場合には11時半にやってきていた村の人たち。ところが、マ村のメンバーたちは今回8時50分という最速記録を樹立。
10時近くにやって来たポ村のメンバーたちに、「時間通りに来てもらわないと困るんだよねぇ」と文句を言い、研修中もリーダーが時間を見ながら制限時間内にきちんと発表材料を整えるという、今までにないマ村の、特に常連メンバーたちの変わり様に驚く私たちとポ村のメンバー。

「それでは、視察でいろいろと見たり聞いたりしたと思うのですが、各村での良い点、悪い点は何でしたか?」

「A村の貯水池はダメで、B村の石垣は良かったです。」

「C村のリフト式灌漑施設はものすごく良くって、D村の貯水池は最悪でした。」

研修へ臨む姿勢は変わるものの、発表の中身は相変わらずのポ村とマ村。

そこでラマラジュと筆者でオジサンやオバチャンたちに問いかけて、自分達が4つの村で何を見て聞いてきたのか、思い出させる。その過程でも、「委員会がないっていうのは良くないよね」というメンバーに対して、「なぜですか?委員会があるとどういう利点があるのですか?」「何の委員会が必要なんですか?」と問い続け、どれだけ村の人たちが理解しているのかを測っていく私たち。
そうして、A村やD村で利用されている構造物が何故ダメになっていたのか、B村やC村では何故良い状態で使われていたのか、ほぼ同じ時期に建設されている4つの村で、まるで正反対の結果となっている理由は何か、ポ村とマ村のメンバー達はさらに詳しく考えていった。
そして最後には、メンバーたちは、「村の全体集会を開き全員の意見を取りまとめる」「建設実行委員会を作り、特定の口座をもつ」「活動内容を明確にして全員に知らせる」「議事録、帳簿、出席簿などを管理する」「建設後には維持管理委員会を作って、毎年メンバーを入れ替える」というような、構造物を長く運用するためのポイントを、今回の視察から掴み取った。


もしも視察をせずに、「村全体で集会を開いてみんなの意見を聞きなさいよ」「建設実行委員会を作りなさいよ」「定期的な委員会を開きなさいよ」「議事録などを付けなさいよ」とソムニードから言っていれば、オジサンやオバチャンたちは「なぜそれらが必要なのか」を理解しないまま、「言われた通りにやります」という待ちの姿勢になってしまう。けれど、オジサンやオバチャンたち自身が視察から理解できたからこそ、「まずは村の集会からきちんと実行しないと」と、今回やる気を見せた。
視察の思惑、いや目的が果たせてラマラジュとほくそ笑む筆者。
そして他人の村については、あーだこーだと散々言い尽くしてみたポ村とマ村のメンバーたち。

「では、あなたたちの村の構造物の状況は、どうなっていますか?」

「え~っと・・・・・」

ということで、マ村とポ村、それぞれが自分たちの村にある、チェックダムや貯水池、水路などなど灌漑設備について、どういう目的で建設して、今はどのように機能しているか(チェックダムとして建設したものが、今はそこで稲が育てられている所もあるのだ!)、どのようにメンテナンスをしているか等、自分たちで振り返ってみることにした。
はてさて、自分たちの村でも「もったいない」と、ため息をつかなければならないのか!?

そして同時に、自分たちの村にはどれだけの委員会や組織があり、メンバーは何人で、代表や書記は誰でどのような仕事をしているのか、議事録や帳簿はあるのか等々も自分たちで調べ始める。
長年、地元NGOや政策の恩恵を受けるために、多くの農村では雨後の竹の子のように委員会や組織を設立してきている。ポ村やマ村も例外ではない。

はてさて、一体いくつ委員会があって、どんな活動をしているのか!?やる気を見せつつも、一歩、研修会場を出ればそれが続くかどうかは別のこと。ましてや、田植えの準備も始めなければならない今の時期。

はてさて、マ村とポ村、どれだけ調べることができるのか!?
結果は、次号で!

 

5. 注意書き

ラマラジュ=植物図鑑の研修をしてからというもの薬草に興味を持ち、トレーニングセンター敷地内にある雑草が薬草かどうか確かめるのに楽しみを覚える。

キョーコさん=前川香子。この通信の筆者。トレーニングセンターの雑草が薬草と分かれば、肝臓が悪くないのに肝臓病に効くという草を試食し、ハゲてないのに育毛剤になるという草を持ち帰らされる。

パンチャヤート(村落自治組織)=「よもやま通信Vol.4」を参照。

2008年6月10日火曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第7号「必要なものとは、欲しいものリストではない」

 

目次

1. 必要なものとは、欲しいものリストではない!
2. みんなって、誰?

 

1. 必要なものとは、欲しいものリストではない!


インドの季節は、hot、hotter、hottestの3つだ、という言葉をどこかで耳にしたことがあるが、4月下旬から6月にかけての約1ヶ月間は、それこそhottestの時期になる。ポガダヴァリ村(以下、ポ村)やマーミディジョーラ村(以下、マ村)でも、日陰でさえも休まる気がしないほどに日中の気温は上がり続け、汗は流れる前に蒸発する。マンゴーで喉と心を潤したいのに、今年は不作なため欲しいときに市場にない。

そんな夏真っ盛りな中、ポ村とマ村からの研修参加者たちはお互いの村を訪ねて、宿題の結果を共有しあった。宿題とは、「土壌を良くする」「水源地を涵養する」「苗床を作る」「山火事から守る」と彼らが考える活動の中身を、はてどうするか、考えるというものだった。

ポ村では、研修参加者たちがまず村全体の景観を見渡しながら、山のどこから水が流れてきて、チェックダムやため池がどこにあって、そこからどうやって畑や田んぼに水を引いているか、マ村の研修参加者たちに説明したそしておもむろに一行をある場所まで連れて行き、宿題で考えたことを発表した。

「この斜面に、新しく石垣を作って土砂崩れを防ごうと思うの。」

「それで、斜面の下のほうにはため池を作ってそこから水路を引くと、荒地も田んぼに使えるし、水が土壌に染込んでいって、地下水が枯れるのも防げると思うの。」

「苗床は、あそこの土地に作ればいいかなぁ、なんて考えてるんだけど。」

「あそこってどこ?」と尋ねるラマラジュ

「あの山の向こう側に、村共有の土地があるんです。だけど、あそこまで行くにも、今日はもう陽が高くなっているのでやめましょう。」といって、ずーっと先の山の端の裏側を指すポ村のオジサン。

マ村でも、村人がまずは村の土地の景観を説明して、早速山登りが始まった。

マ村は4つの集落からなっているが、その内3つは山の頂上付近にある。といっても、山は一つだけでなく、一つの集落から次の集落へ行くときは、一つの山から次の山へ、という移動になるのだ。
3つの集落からの研修生が口をそろえて訴える。

「このチェックダムの水路を直せば下流部で畑が広げられるんだ、たぶん。」

「ここに石垣を作ってため池を作れば、もっとたくさんの水がチェックダムに流れる、ハズ。」

「ここにもため池を作れば、周りの田んぼが潤う、と思う。」
そして、4つめの集落からのオジサンが不満を言う。
「オラのとこには水が来ねえじゃねぇか」

こんな、「チキン・カレーが食べたい」「フライド・チキンも食べたい」「あと、魚のカレーも欲しいよね」という食べきれるかどうかも分からない状態、つまり、ほんとにソレが必要なのかどうかさえも分からないままの状態では、作った後で「やっぱり要りませんでした」と言うことになり、残骸が増えるだけのことになる。

「なんで、今まで作ってきたチェックダムやため池なんかが使えなくなってるのですか?」
キョーコさん、それはですね、私たちが作ったんじゃないからです。政策の一部で、役人が勝手に作って、私たちは単に言われるままに石を運んだり土を掘ったりしただけですから。」

「でも、それだけじゃないでしょう。役人が勝手に作ったとしても、上手く使い続けられることもあるだろうし、自分たちが作っても、ほとんどダメになってるため池もあったわけだし。」

「(ある集落のため池を思い出すオジサンたち)・・・・・・・」

村全体の地形と構造物の関係や、植物や水などの自然資源の状況をまだ全体的に掴めない村の人たちは、とりあえず、あったらいいかなぁというモノを考えていた。
そして、あったらいいかなぁという理由だけでは、ソムニード(現ムラのミライ)だって、JICAだって、好きなようにため池やチェックダムを作る支援はできない、けれど、750万円が3つの村で使えるように予算は作ってある、ということを伝える。

750万円というニンジンがいきなり目の前にぶら下がり、興奮状態に陥ったマ村とポ村の研修生たちは、もう一度宿題を考え直します、と鼻息荒く宣言してそれぞれの村に帰っていった。
再度開かれた宿題発表の日、意気揚々と集まったマ村とポ村の発表の中身は、要約すると次のようなものになった。
『100人の村人がちょっと良い感じの食堂でチキン・カレーを食べることが必要。』
なんかヘンな智恵を付けたな、と開いた口がふさがらないラマラジュと筆者。
しかも、村でミーティングをしての結果だと言う。
それなのに、今回初めて研修にやって来たポ村の数人は、今まで何が行われてきたのか知らんなぁ、と言う。
研修を受けた後には「村のみんなで共有しました」「村のみんなで話し合いました」と言ってきた研修生たち。
一体、村のミーティングとはどのようにしているのか、「みんな」ってどれくらい?と不思議になった私たちは、研修生たちに許可をもらい、村のミーティングを訪ねてみることにした。


2. みんなって、誰?

村に一番近い町にある温度計は50度を指すくらい、人も温度計も暑さにやられる夏も峠を過ぎ行く頃、順々に村や集落のミーティングを訪ねて回った。
早朝は農作業で大抵の村人が不在なため、夕飯が終わった頃に村に行くことに。


南インドの村や集落というのは、大抵、一つの場所に家々が固まって建てられている。幅2メートル強の道を挟んで、10軒くらいの家が一列になって、両側に軒を並べている。大きい村では、3列、4列と家々が立ち並ぶ。家というのは、うなぎの寝床のように横幅が狭く、縦に長い。長いと言っても、日本の感覚で言うと4畳半と6畳合わせて二部屋あるくらいなもので、その家に3世代6~8人が暮らす。

そして、村のみんなで集まるというときは、村の広場に丸く座ることが多い。しかしどこの村でも、NGOスタッフが来るということは、その人たちが最初から最後まで仕切るもんだ、と思っているため、村のミーティングであるにもかかわらず、私たち用のイスが用意されてそれに向き合うように人々が並んで座っている。
まずは、ミーティングを見させてもらうことの許可を取り、人々の円の外側にイスを持っていった。
今回のミーティングを見て分かったのは、今まで「みんなで話し合ったよ」と言ってきた「みんな」とは、隣の家の人たちだったり、男性たちのことだった。
今、オジサンやオバチャンたちが村からの代表として頑張って研修を受けてきているのは、村にある植物資源や水や土を上手く利用しつつ、子どもや孫の世代まで残していきたいと思っているからである。
だけど、今までに何が起こってこれから何をしようとしているのか、村の数人しか知らなければ、それは村の事業ではなく、その人たち数人の事業になってしまい、後々、「だって私たちは○○さんが言ったように石運びをしただけだし」と、今オジサンたちが言っているのと同じことが起きかねない。
「みんな」が知っているものだと思っていたことは、実はほとんどの人たちがよく知らなかったため、研修を受けてきた人は、ソムニード、JICAと事業をすることになった経緯から今まで受けてきた研修について順々に話をした。

それを、特にマ村のオバチャンたちは「へぇ~、へぇ~」と楽しそうに聞いていた。

そうした事情に加え、マ村のある集落内では、人々が多数派と少数派に分かれており、少数派からなんやかんやとイチャモンがつく。

ポ村では、酔っ払いのオヤジたちが野次を飛ばし、そのオヤジたちを黙らせるために、オバチャンたちが大声で叱り飛ばす。オヤジたちの野次とシャックリとオバチャンたちの怒鳴り声で、いつの間にやらミーティングは終わっていた。

マ村のある集落では朝にミーティングが行われ、グループ間の対立も酔っ払いもなく、平穏に進められたが、やはりオバチャンたちは今までの経緯や研修について何も知らされていなかった。

なので、この事業の始まりから、今までの研修の内容について、そしてソムニードやJICAは、他のNGOとは違って、ただ座って待ってるだけでは何もくれないということ、自分たちで考えて決めていくために研修を受けているということなどを、州の言葉(テルグ語)ではなく、自分たちの山岳少数民族の言葉(サワラ語)で、研修に参加してきた人が発表した。

「女性のみなさんは、田畑の仕事はしますか?」

「しますよ、キョーコさん。」、と答えるオジサンたちを黙らせて、オバチャンたちに答えてもらう。

「森に行って燃料を集めたり、井戸や池で水を汲んだり洗濯したりしますよね?」

「もちろん。」

「田畑に使う水はどこから来て、村の中にはどんな種類の木や植物があって、池や井戸の水がお嫁に来た頃より増えてるとか減ってるとか、色々と知ってるんじゃないんですか?」

「知ってます。」

「それじゃぁ、今進めている事業は、村の男性たちだけのための事業ですか?」

「違う、と思う。私たちも、山で仕事したり水を使ったりしてるし・・・」

まだまだ、男性の前で話をするということに慣れていない女性たちだが、オジサンたちは、なんとなく「オラたちだけが研修に参加するのは、間違ってるのかも。カアチャンたちも連れて行った方がいいのかも」と考えた。

そして、マ村の4つの集落のどのミーティングでも、「次の研修からは、アタシたちも参加します」とオバチャンたちは答えた。

イチャモンがついたり酔っ払いが騒いだり、色々と騒々しいミーティングだが、他の村人から研修生たちへ質問も出てきた。

「なんで、新しいものばかり作るんじゃなくて、今あるものを修理しないの?」

「うちの集落だけじゃなくて、全部の集落とか、もっと下流にある村のことも考えた方がいいんじゃないの?」

「水を皆が上手に使うには、他に、どんなものが作れるの?」

これらの質問に答えられない研修生たち。

そこで、マ村やポ村の周辺にも、さまざまな灌漑施設を持つ村がいくつかあることを知った村人たちは、自分たちの村にはどういう建造物が必要なのか考えるために、一度そうした建造物を見てみたい、と視察のリクエストを出してきた。

なにやら暴走気味のオジサンたちの思考回路を修正するためにも、私たちのこの視察の思惑、いや、目的は別にもあるのだが、オバチャンたちも参加すると言うこの視察、果たして、オジサンやオバチャンたちが見るものは!?

以下、次号に続く。


3. 注意書き

ラマラジュ=今年の夏は日中に停電が続くためインド人の彼もさすがにバテる。日本製のウチワは軽くてしなやかと、フィールド事務所の中ではウチワを扇いで暑さを凌ぐ努力をするが、とうとう暑さに敗北。

キョーコさん=前川香子。この通信の筆者。インドに持ってきた日本のウチワが、今年の夏ほど役に立ったことはない、と密かに感動しながら、涼しい場所とマンゴーを求めてさまよった夏。

2008年5月5日月曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第6号「オラたちの地図作り~色々分かった昔と今~」

 

目次

1. 「チキンカレーをつくるにはどうすればいいか?」
2. 村人たちの宿題発表にむけて

 

1. 「チキンカレーをつくるにはどうすればいいか?」

日本の春のように、3月から4月は南インドでもあちこちで花が咲き始めるが、大抵の人が一番気にするのはマンゴーの花。村の人も街の人も、気温が上昇するのに比例するように、花が咲き、実が成り、育ち熟していく過程への関心は高まっていく。
そんなマンゴーの花が咲き盛りの頃、地図作りに必要なデータを、それぞれの村で集めて、その結果を発表して共有するミーティングが開かれた。

予定していた日にちが一週間ずれたが、ポガダヴァリ村(以下、ポ村)とマーミディジョーラ村(以下、マ村)から、研修の参加者たちが集まった。今まではオジサンばかりが参加していたマ村も、今回はオバチャンたちもやって来た。
そして相変わらず、もう一つの村、ゴトゥッパリ村(以下、ゴ村)からは誰も来ない・・・・・



そこへ、黄門様ラマさんを連れてやって来た。
ラマさんが、オジサンやオバチャンたちの前に姿を現すのは数ヶ月ぶり!ラマさんがいる~、とみんなキンチョーしながらも、嬉しさは隠せない。
発表もあるしグループ作業もあるしで、机に向かい、イスに座っていたオバチャンたちとオジサンたちは、ものの十分ほどで、「もうダメ~。ラマラジュさん、やっぱり前回みたいにゴザの上に座りましょ~」と、慣れないイスを放り出し、車座になった。仕切り直して、黄門様から最初の一言。

「さてさて、まずは誰でもいいから、今までに何をやって来て何を話し合ってきたのか、説明してくれるかの。」
ソムニードの研修ではもう定番の、「いままでのお話」タイム。
インドのテレビ番組の連続ドラマのように、最初の数分間は、どういう登場人物がいてどんな山あり谷ありを経て、前回はどこで終わったのか、を今までの話を知らない人にも分かるように説明し、今回からでも十分に参加できるように共有する時間だ。
ポ村の人たちによる植物図鑑作りの研修に始まり、村独自の自然資源を記録し始めたこと、前回の合同ミーティングで、水や森や土の状況を載せた自分たちの村全体の地図を作ることになったこと、そのために必要なデータを、今回は薬草に限って集めることにしたことを、マ村のオジサンが話した。

「で、前回のミーティングが終わって村に帰ってからは、何をしたんだい?」と静かに質問を投げかけるラマさん。

「(ひぇ~;心の声)ポ村では全体会議を開いて、他の人たちにも地図作りのことやそのデータ収集のことを話しました。」

「マ村でも、他の人たちとミーティングの内容を共有しました!」
そして、地図作りに必要なデータである、「育成場所」「場所の特徴」「水資源の有無」「1平方mの植生密度」「土壌の質」「周りに生えている植物」について、集めた分を発表しあいました。

「お前さんたちこの作業をして、何がわかって、何が分からなかったのかの?」と問いかける黄門様。

「それぞれに、適した土の種類が赤土だったり黒土だったり違うんだなということが分かりました!」

「特定の薬草は、育成場所が限られているってことも、分かった。」

「薬草の一種は、大きな木の下で育つって事にも気づいたわ。」

「無くなりつつある薬草もあるんだよね。」

「植生密度っていうのも、どうやって測ればいいのかしら?平方メートルって何だかよく分からなかったわ。」

「それにね、村の他の人たちからは『薬草なんて、今時、そんな面倒くさいものを誰が使うかい?カプセルや錠剤といった薬の方が効き目が早いよ。こんなデータを集めて何になる?』って聞かれました。」

「だから、『こういうデータを集めることで滅びつつある植物を見つけることが出来るし、それを守ることもできる。木を守ることで、ダムにも水が来るようになるのよ』って答えたんだけど・・・」

「お前さんたちは、薬草を使うのと薬局の薬を使うのと、どっちがいいんだ?」
静かに尋ねるラマさんに、毅然として答える参加者たち。

「薬草です!」
そして、これら集めたデータの薬草や周りの植物を守り、更に増やしていくためには何が必要なのか、ということで話し合った結果、出てきたのは・・・・・

▲土壌を良くすること、
▲水資源を確保すること、
▲家畜が入らないような柵を作ること、
▲苗床を作ること、
▲山火事から守ること、
等々。

これらは、いわゆる「チキン・カレーを作りたい」と言っているようなもので、チキン・カレーを作るためにはどういった材料がどれだけ要り、何人分必要で、誰が何の役目をするのか、どこで作るのか、ということが明らかにならないまま「チキン・カレーを作りたい」と言っているようなものである。

なので、リソースマップに必要なデータを集めつつ、「土壌を良くする」「水を涵養する」「苗床を作る」「山火事から守る」
と言うことについて、どうすれば良いのか具体的に考える、と言うことが宿題に出された。

「え~、教えてくれないの~?」と言う村人たちに、喝を入れる黄門様。

「お前さんたちがどこまで知っているのかを、全員で確認するんじゃ。例えば、お前さんたちが100の内30まで知っているなら、わしらは31から教えてやるし、それに合う講師を連れてくることも出来るじゃろ!」
ということで、1ヶ月後に「チキン・カレーを作るにはどうすればいいか」、もとい、「自分たちで考える必要なことをするには、どうすればいいか」を共有することになった。


2. 村人たちの宿題発表にむけて

さて、村の人たちが宿題を考えている1ヶ月の間に、植物図鑑作りに掲載する植物の写真を撮りに出かけたキョーコとラマラジュ。

陽炎が揺らめき立つフィールドでは、日中は熱中症などの恐れもあるので出かけられず、早朝か夕方に村へ行く。もちろん、村の人たちもヒマワリの種を採ったりマンゴーの実を収穫したりという農作業がある時も、早朝か夕方に行う。


宿題にどんな答えを出しているかな~と、楽しみに出かけてみると、マ村はなにやら忙しげに出かける準備をする人たちでドタバタしている。それというのも、政治家のおエライ先生がやって来るから、会いに行かないと!ということなのだ。
これは政治家のキャンペーンの一つで、各村落自治組織(パンチャヤート)に政治家がやって来て、「何か困っていることはないですか?欲しいものはないですか?」と聞いてまわり、「ため池が欲しいでがんす」「野菜の種をください」と頼む人々に、色んなモノやお金をばら撒き、票稼ぎをする。

ポ村では、政策の一部である家をセメント製に建て替える作業で忙しく、「村の人たちが集まって話を聞いてくれないの~」と、研修に参加したオバチャンは涙目である。
目の前にお金がありプレゼントがあれば、「どうすればいいのか考えなさい」と言われるよりも、それに飛びつくのが人というもの。
だけど、そうやってプレゼントされてきたチェックダムや水路が数年で使われなくなっていたり、田んぼや畑に変わっていたりするのが現実で、また「チェックダムをくだせぇ」と頼むのがお決まりのパターンだ。
そうした村の人たちをどう変えるかは、研修を受けてきたオジサンやオバチャンたちの変わりたいと思う意思や、村や森を自分たちで守って、増やして、管理していきたいという思いの強さにもかかってくる。
私たちも戦略を考えつつ、宿題発表を見るために、村へといざ出発!

以下、次号へ!


3. 注意書き

黄門様=和田信明。当団体の共同代表理事の一人。村での仕事は息抜きの一つ。

ラマさん=ラマ・ラージュ。ソムニード・インディアの代表で、40年近くフィールド活動を行う。実家が農家のため、農業にも詳しく、村の人たちの行動パターンも巧みに読む。

ラマラジュさん=本通信でも毎回登場するファシリテーター。ラマさんと区別をつけるために、ジュニア・ラマラジュと呼ばれることもある。

キョーコさん=前川香子。この通信の筆者。毎月発行を目指しているが、隔月発行になりつつあり、危機感を覚え始める。また、4月からプロジェクト・マネージャーに就任いたしました。前プロマネの原康子は、「CBO(Community Based Organization)育成専門家」として、この事業に携わります。若輩者のプロマネですが、当通信へのコメント含めて、みなさまからご指導いただけますと大変嬉しく思います。もしかしたら、隔月発行が毎月発行へ戻るやもしれません。

2008年3月12日水曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第5号「オラが指導員&初めての地図作り」

 

目次

1.  オラが指導員!~村人から村人への技術移転~
1-1 マーミディジョーラ村のオヤジたち ~カアチャンたちは不在でオッケー?~
1-2 ゴトゥッパリ村のオバチャンたち ~アタシたちも色んなこと知ってるんだから!~
1-3 がんばったポガダヴァリ村の指導員
2.  初めての地図づくり
2-1 オラたちが話し合いでみつけた村の課題
2-2 人が生きていくには何が必要なんだ?
3.  オラたちの村へいらっしゃ~い

 

1. オラが指導員!~村人から村人への技術移転~



マーミディジョーラ村とゴトゥッパリ村の人たちも、図鑑作りに興味があるから作り方の研修をしてくれ、と言われたのを機に、前号で、指導員となる研修を受けることになったポガダヴァリ村の6名。

「私たちが指導員なんて、一体どんなことを話せばいいの?」

「みなさんは、どうして植物図鑑を作り始めたのですか?なぜ作るのか、どのように使うのか、まずはそれを振り返ってみましょう。」

「そうか、そういうことを、マーミディジョーラ村の人たちやゴトゥッパリ村の人たちにも伝えたらいいんだね。」

「でも、解説したらダメですよ。みなさんが考えたようなことを、彼らにも考えてもらうんです。」

「どうやって~~~???」
もしかしたら、図鑑作りの指示を待っているだけかもしれない(!)二つの村の人たちが、自分たちで作ろうと思うようになるには、どんな問いかけをすればいいのか、どういう時間配分にすればいいのか、考えるポガダヴァリ村の指導員たち。研修後には、隣近所の人たちを相手に、何十回もシミュレーションをして、あぁでもないこうでもないとお互いに試行錯誤して、準備は万端!


1-1 マーミディジョーラ村のオヤジたち ~カアチャンたちは不在でオッケー?~

最初の2日間は、マーミディジョーラ村。

3名の指導員が、研修に必要な模造紙や筆記具、ホワイトボードなどを、ソムニード(現ムラのミライ)オフィスで自分たちで準備して、いざ出発。

マーミディジョーラ村は、ポンガル祭り(収穫祭)の休暇明けで、子どもを寄宿学校へ送り届けるために、オカアチャンたちは大忙しで、研修場所に集まっているのはオジサンばかり。


「あの~、女性の研修生はいないのですか?」と聞くポガダヴァリ村の指導員。

「あぁ、だって、カアチャンたちは皆、子どもを寄宿舎まで送っていくのに忙しいからね。今日はムリ。でも、オレたちだけで大丈夫だから。ハハハー。」

「そうそう、またいつか、カアチャンたちも来るだろうから、今回はまぁいいんじゃないの?」
指導員たちは、なんとなく納得できないものの、気を取り直して最初の質問。

「あなたちは、なぜ植物図鑑を作りたいのですか?」

目をまん丸にして、(なぜって言われても・・・)と考えるマーミディジョーラ村のオジサンたち。

「あなたたちは、図鑑を作った後に、どのように活用するつもりですか?」

「どうやってって・・・、どうしよう?」と、考えるオジサンたち。
指導員は、ただ単に「こうやりなさい、ああしなさい」と言うのではなく、村の人たちが「やっぱり作りたい、だって図鑑があれば、アレもできるし、コレにも使えるし・・・」と、思って初めて、図鑑作りの細かな過程に入っていける。
そのために、何度も、オジサンたちに分かったかどうか確かめて、研修をすすめる指導員たち。見過ごしてきた植物、ジイチャンから聞いてるけど今もあるかどうかわからない植物、製薬のために仲買人に買われていくけど、どうやって薬にするのか知らない植物、市場で売ったり食用にする植物、etc、etc。
思いつくだけ挙げた、マーミディジョーラ村の植物図鑑に記録したい植物は110種類。まずは、その内20種類ほどを、マーミディジョーラ村用にさらに改良した図鑑の様式を使って、記録し始めることに。


1-2 ゴトゥッパリ村のオバチャンたち ~アタシたちも色んなこと知ってるんだから!~

所変わって、ゴトゥッパリ村。この村は山の裾野から頂上まで、20以上の集落が集まって構成されていて、今日の会場はその内の一つ、裾野から少し入ったところにあるプッラグダ集落。
右手と右足を同時に出しそうなほど緊張して、別の指導員3名がやって来た。そして、マーミディジョーラ村からも1人が参加することに。図らずしも、これが、3つの村(ポガダヴァリ村、マーミディジョーラ村、ゴトゥッパリ村)の人たちの、初顔合わせ!
女性と男性がほぼ半々に集まった外会場でも、やっぱり「なぜ作りたいのか」、「どうやって活用していくのか」という質問から始まる。


最初の自己紹介の時、自分の名前でさえもモゴモゴと呟いていた女性たちだが、ポガダヴァリ村の女性指導員の迫力に押されて、少しずつ喋り出す。
そして、どういう図鑑の様式にするか、何の植物を記録していくか、という議題に移ると、オバチャンたちのおしゃべりは止まらない。

「うちの子が熱出したらね、煎じて飲ませる植物があるのよ」

「あぁ、知ってるわ。○○っていう植物の葉っぱも、熱さましにいいのよ。」

「◆◆の実って、食後に食べさせると身体にいいって」
薬草に限らず、特に子どもの栄養になる植物について、名前に限らずその作り方なども話していく彼女たちを、感心して見つめるマーミディジョーラ村から参加したオジサン。

「オバチャンたちも、植物のことよく知ってるねー?」と水を向けると、

「そうですね、キョーコさん。カアチャンたちも、男性たちに負けず劣らず、色んなことを知っていて、そして話しますね。やっぱり、ボク達の村でも、カアチャンたちが参加したほうが良いですね。」と、マジメに答えるマーミディジョーラ村のオジサン。

ゴトゥッパリ村では、125種類のリストが挙がるが、隅っこでずっと、眠っているかのように研修を聞いていたご老人が、この時は堰が切れたように喋り出し、そして、ポガダヴァリ村でもマーミディジョーラ村でもわからなかった山岳少数民族の言葉、サワラ語での植物名を、次々と記憶の底から引っ張り出してくれた。


1-3 がんばったポガダヴァリ村の指導員

二つの村で、研修のファシリテーターを見事に務めたポガダヴァリ村の6名は、「キンチョーしたけど、とっても嬉しかった」と口々に言い、「今まで、他のNGOのミーティングとかだと、自分の名前を言うのすらオッカナビックリって感じだけど、この2日間は、自分が今まで習ったことを、他の人たちと共有することができて、ほんと楽しかったわ。」「でももっと、指導員として腕を磨いていかないと!」と満足気。

村から村への技術移転の第一弾が終わり、プロマネに研修の様子をラマラジュと報告すると、プロマネから一言(が、一言でなくなり・・・・・)。

「マーミディジョーラ村では、全くオバチャンたちの参加がなかったけど、ゴトゥッパリ村で、元気のいいオバチャンたちを見て、マーミディジョーラ村から来たオジサンが、自分で『オラの村でもゴトゥッパリ村のように、カアチャンたちも植物図鑑作りに参加してもらわんと』と言ったのは良かったね。
キョーコやラマラジュが、『女性の参加が必要だ』と100回言っても意味無いからねぇ。オジサンが、自分で気づくというのがいいよね。そんな風に水を向けたキョーコとラマラジュのファシリテーションがよかったねぇ。
それから、研修の日時や場所を、村の人たちが決めるのは最もだけど、今度からは、学校行事関係も確認しながら、オバチャンたちも参加できるように、日時を設定する、ということを忘れないようにしないとね。」
確かに、男性ばかりの参加者のマーミディジョーラ村から、ゴトゥッパリ村での研修に参加した村人が、自ずから「カアチャンたちも、研修に参加しないと」と気づいてもらったのは、大きな収穫だった。
また、とにかく「自分たちで決めさせる」ことばかりに気をとられていて、ミーティングの日が女性が参加できないような行事と重なることには気づかなかった筆者とラマラジュ。


2. 初めての地図づくり

そして、この植物図鑑について、3ヶ村合同ミーティングをしようではないか、という話が村から出て、調整に調整を重ねて、ついに開催。

2月末、だんだん気温が上がってきているのを感じながら、ミーティングも熱くなるか、と期待しながら、久しぶりに黄門様の登場です。
ミーティング場所となった建物「チャイタニヤ・バワン」の研修室の中は、黄門様用のひな壇と、それに向かい合って配列されたイスがズラーッと並んでいる。
とりあえず、ひな壇を撤収し、円を描く様に配置しなおしたイスに全員が座って、黄門様の一言。


「コレは、お前さんたちのミーティングじゃ。自分たちが、話しやすいように座れ。イスがいいか?ゴザの上がいいか?円になって話すか?」

「いや~、いつもゴザの上に胡坐をかいているから、その方が気楽に話せていいですよ。」
ウン、ウンとうなずきながら、全員でイスを撤収し、ゴザを敷き、胡坐をかいて、ほどよく緊張の解けた顔の参加者たち。


2-1 オラたちが話し合いでみつけた村の課題

「それじゃぁ、ゴトゥッパリ村の連中はまだ来ていないけど、マーミディジョーラ村とポガダヴァリ村の人たちで始めるとするかのう。では、誰でもいいから、今までに何をしてきたのか、ちょいと話してみてくれんかの?」
ドキドキしながら顔を見合わせる一同。ゴソゴソと模造紙を広げ始めたポガダヴァリ村から参加したオバチャン、パドマが「では、私が」、と話し始める。
7月のチャタジーさんの来訪から始まり、ソムニードスタッフから「植物のことを教えてほしい」と言ってきたこと、それから植物図鑑作りを始めて、指導員として研修にも行ったことなど、細かく模造紙に書いてきていた。

発表後、自然と拍手が沸き起こる。
ソムニードスタッフたちは、事前にプレゼン資料を用意しておくように彼女たちに言ったのかどうか、コソコソと確認しあうが、もちろんそんなことは無く、改めて、彼女を始めポガダヴァリ村の人たちの自発性と、プレゼン内容の凄さに脱帽する。

「ようわかった。では、今日は何についてこの場で話し合いたいのか、グループに分かれて、その議題を考えてみてくれるかの」

「(えっ、オラたちが、何を話し合うか決めるの?黄門様じゃなくて???)」
ドギマギしながら、ポガダヴァリで1グループとし、マーミディジョーラ村を二つに分けて、それぞれで、何について話し合おうかなぁ、と考える。



出てきた議題。

・ 植物図鑑の更なる改良について。

・ 土について。

・ 水について。

・ 森について。

・ 村の発展について。

「植物図鑑の更なる改良とは、どういうことじゃ?今までどのように使ってきておるのじゃ?」

「データを取り始めたのですが、村の色んな人たちにインタビューしている間、収入向上にどのように結びつくのか、とか、仲買人が製薬材料として買っていく植物の使い方が分かるようになるのか、とか、そういうことを聞かれて、どうすればいいのかわからないんです。」

「ふ~ん。なるほど。では、村の発展って、何じゃ?」

「えっと、村が発展することです。って、え~っと、その、あの、えっと何だっけ・・・・・」

「よし、では、今日は10時から3時までが良い、とお前さんたちは言っていたし、もう時間も過ぎていっているから、この短い時間に、今日の内に話し合いたいことは何か、今度は全員で決めなさい。だけど、今日話し合えない議題も、これから先、いつでもまた話し合えるんだから、心配しなくてもいいぞ。そうそう、まずは議長が必要だな?」

「議長って?」

「話し合いをする時に、誰も蚊帳の外になっていないかどうか目配りをするのが議長で、みんなは発言をしたいときには、議長に許可を求めるのじゃ。一度に何人もの人が話すと、何がなんだかわからなくなるじゃろう?」

「たしかに。じゃぁ、議長は・・・・・パドマさん、ぜひあなたがしてください」

「そうそう、今までやってきた事についても、さっきはすごく堂々と発表していたし。あなたが良いですよ。」
男性しか参加していないマーミディジョーラ村の参加者たちから推薦されて、うれしハズカシそうに真ん中に座るパドマ。

書記も決まり、早速話し合いが進む。議長のパドマも、彼女をぐるりと囲んで座る参加者たちも、議長だ書記だ、という役割が割り振られてのミーティングは初めてで、ぎこちなく手を挙げてみては「やっぱ、後にする」と手を降ろす人も。
だんだんと話が熱くなってきて、あっちからもこっちからも意見を言い合い、ギャーギャーと騒がしくなっては、「はっ、そうだ。手を挙げて、議長に許可をもらわないと!」と気付くのだけど、再び、あっちでこっちで話し込む。

NGOのおエライさんがいても、ひな壇は無しで、おエライさんの話を聞くのではなく、自分たちの話しやすい場を自分たちで設定して、話し合う中身も自分たちで決める、というミーティングの場を体験している村の人たち。
そして、議長によって話し合いを進めるというミーティングの形式を初めてまかされたのだから、いきなり全員が「ハイ!議長、意見がアリマス!」なんて挙手をしながら話し合えるハズがない。
今日のところは、「議長って何だ?」という体験ができたので良し。


2-2 人が生きていくには何が必要なんだ?

そして決まった今日の議題。

(1)植物図鑑の詳細について

(2)村の発展について

(3)土について
さっきは答えられなかった「村の発展とはなんぞや?」と言う問いに、今度は「植物図鑑から、収入向上とか耕作の改良とかできたら、みんなの暮らしも良くなるし、村がもっと良くなるかなって思います。」と答える。
それを補足するように「そのために図鑑に必要な項目が、もしかしてあるのかもしれないし、今度は土について考えようかと思って・・・」と別の人が続けた。

「人が生きていくには何が必要かの?」と、問いかける黄門様。「(いったい何の話!?)」と、ビックリのオジサンたちとオバチャンたち。

「食べ物、水、服・・・」

「家も!」

「そうじゃな、家もあった方がいいな。で、人間が飲む以外にも、食べ物を作るのにも水が要るな。土もいる。服を作る材料にも、家を作るのにも水や土はいるな。」

「(ウン、ウンとうなずく参加者たち)」

「植物も同じじゃよ。食べ物、水、服、家、そういうのは育つのに必要じゃな。植物の服って何じゃ?家って何じゃ?」

「(お互いを見渡し、首をかしげる参加者たち)」

「服っていうのは、葉っぱや花や実に当たらんかの?家っていうのは、その植物が育つのに適した場所じゃないかの?」

「そうですね~」と声を揃える参加者たち。

「で、人間がよく働くためには、食べ物と言っても栄養のあるものを食べんといかんじゃろう?だけど、食べ過ぎても、糖尿病や高血圧なんかの病気になってしまう。植物も一緒じゃ。栄養のある食べ物を、必要なときに必要な量をとらねばならん。では、植物の栄養ってどこから採る?」

「土です。」「太陽の光も。」

「そうじゃな。実がたくさんなって高く売れて収入が増えて・・・と植物の育て方を考えたいなら、植物そのものがどうやって育つか、というのを見なくては何も始まらん。そして、どうやって育つか、というのはお前さんたちが作っている植物図鑑から分かるじゃろう」

「でも、山の下の方では、上から流れ落ちて来る雨水が溜まるから良いけど、斜面とかだと、水と土が一緒に流れていって、育つにも育たないですよ」

「そうそう、オラのところでもそう!」

「だから、灌漑設備も作りたいんです。ため池とか、土砂が流れるのを防ぐものとか」

「ええかの、土壌が流れるのを止めるやり方は、何通りもある。潅木を斜面の上側に育てて自然の柵を作るやり方、植物の周りに半月状の堤をつくってせき止めるやり方、他にも場所によって状況によって違う、というのは分かるかの?水を溜めるのもそうじゃよ。何通りもやり方はある。」

「分かってます・・・」

「じゃぁ、どこの場所にどのやり方をすればいいのか、わかるかの?」

「分かりません・・・」

「そこでじゃ、お前さんたちの村の中のどこにどういう植物が生えているのか、一目で分かる地図を作ってみてはどうだろうかの?」

「地図!?」

「そうじゃ。山の上から裾野まで、どこにその植物があって、そして水はどこからどのように流れていっているのか、そういうのが分かる地図があると、お前さんたちが言う灌漑施設やら土壌の流出を防ぐやり方やらも、見えてくるんじゃないかの?」

「おぉ、なるほど。いいですね~」

「作りましょう!で、どうやって作るんですか?」

「いきなり全部の植物について地図に書くのは大変じゃから、まずは植物図鑑にも書いている用途の中で、どの植物について地図を作るかの?」

「では、薬になる植物について!!で、どうやって作るんですか?」

「そうじゃの、では、薬になる植物について、水の流れや土の様子もわかる地図を描くために、どういう作業が必要か、考えてみてくれるか?」

「は?????」

「お前さんたちは、真っ白な模造紙を目の前にして、すぐに地図が描けるのか?」

「(首を横に振る参加者たち)」

「じゃぁ、どういうことをすれば、あるいは用意すれば、地図が描けるかの?」
再びパドマを議長にして、頭を抱え、挙手して発言することも忘れて、話し合う参加者たち。

「村でまずみんなと共有して、薬の植物をリストアップして、地図を描くための作業に誰がするのか役割分担を決めて、フツーの紙より丈夫な分厚い紙を用意して・・・・・」

「ちょっとええかの。そういうことも、必要じゃ。だけど、例えば、郡の地図に小学校の位置を書く時、小学校の近くにバス停はあるのかとか、目印にどんな建物があるのかとか、そういうのがあると便利じゃの?薬になる植物の地図も、その植物の周りがどうなっているか、そういうことも描いておくといいんじゃないか?」

「(そういうもんか・・・)」

「ところで、チャタジーさんを覚えておるか?チャタジーさんは、いわば植物のお医者さんじゃ。お前さんたちが知りたがっている、どうやって植物を上手に育てるか、植物に必要な栄養をどうやって与えるか、ということを教えてくれる。だけど、お前さんたちは、自分の身体のどこがどう調子が悪いのか良いのか、分からないままに医者に行って、『薬をくれ』、と言うか?」

「言わないね~」

「これも同じじゃ。植物がどういう状態でどこに生えているのか知らないままに、チャタジーさんに何か頼めるかの?」

「(首を振る参加者たち)」

「この地図は、お前さんたちの村の中で、植物やその周りがどういう状態なのかを知るためのものじゃの。」
そして、黄門様から、各植物ごとに状態を知るための調査項目の提案があった。

「へ~、なるほど。これを調べれば確かに、地図が描けそうな気がする!」
と、意気込む参加者たち。

「この作業をしていると、地図に載せるべき必要な情報は何か、見えてくるかもしれんの。ホホ。だけど、ワシが出した項目が、必要ないと思ったり、他に必要なものが出てきたら、またそれはお前さんたちで変えてくれ。」
20日間あれば、すでに植物図鑑にリストアップした薬に使う植物30~40種類について、黄門様が提案した項目を調べられると豪語する参加者たち。
途中でソムニードのアドバイスや手助けが必要になったら、いつでも呼んでくれというメッセージを伝え、会場を後にする黄門様とスタッフ。

植物図鑑作りを通して、自分たちの植物資源を一つひとつ、改めて見つめなおした村の人たちだが、今度は少し視野を広げて、その植物資源のまわりを見ることになる。
今までは、座って一部を見ていたような感じだが、今度は鳥の目で全体を見て、灌漑施設や土壌の改善などの必要性を村の人たちで探り、そこから再び、一つひとつ、自分たちの村の、森や土や水をどうやって使って、創って、守っていくのかを、考えていくのだ。

「オラたちがやった」と言い切る植物図鑑。

お米の収穫作業も一段落し、農作業も特に忙しくないこの時期は、夏の始まりをジワジワと感じ始める時期でもある。気温の上昇と共に、村の人たちのやる気もグングン上がりつつあるが、はてさて20日後、どのような地図作りの材料が集まるか!?


3. オラたちの村へいらっしゃ~い

2月のとある涼しい日。ポガダヴァリ村へ、日本から若者たちが10名近くやって来た。名古屋NGOセンターが主催する研修の一環だが、「あなたの村のことを教えてください!」と鼻息荒く村人たちの前に座るNGOスタッフを目指す彼らに、村が今までどのように変わってきたか、話していた。

老若男女、何人かが若者たちの質問に答え、植物図鑑についても、「ボクたちが作ったんです!」と、どうして図鑑を作り始めたのか、中には何を記録しているのか、これからどうやって使っていくのかを、自信満々に伝えるポガダヴァリ村の人たち。

「アタシん家、寄って行きなさい~」

「コレ、食べてごらんよ」と、村の中をあっちこっち見せてもらいながら、「この村の人たちは、ナゼこんなにハッキリと自信有り気に話ができるんだろう?」と考え続けた若者たち。
もう、当たり前のように、誰にでも植物図鑑を紹介できる村の人たちですが、誰でもオラたちの村へおいで、と腕を広げて待ってます。


4. 注意書き

キョーコさん=前川香子。新しい枕で寝たら、顔をダニに噛まれた、この便りの筆者。今までどんなに古臭いマットや枕で寝ようともなんともなかったのに、インド生活初のダニ体験。

プロまね=原康子。筆者からインド映画DVDを押し付けられても、見る暇も無い忙しい日々。アイスだチョコだインドのお菓子だと食べ続け、とうとうインドのお菓子で甘さ控えめと感じるようになった、驚異の舌の持ち主。

ラマラジュ=家を引っ越したばかりで、上を下への大騒ぎな家の中。しかし、仕事関係のものは真っ先にきちんとスペースを確保して、インド映画をネットでダウンロードしては、筆者に情報提供をしてくれるいい人。

黄門様=和田信明。泣く子も黙る巧みな会話術が、ソムニードのフィールド事務所の番犬バンティ(生後約10ヶ月)には、まだ通じないことが判明。ソムニードの共同代表。

チャイタニヤ・バワン=チャイタニヤ・バヴァン。「プロジェクトの道のりPCUR-LINK便り(インド)」に登場するSHG(女性自助グループ)の連合体VVKと村の人たちで名付けた、農村部に建てられた生産・物流センター。センター内の一室を、様々な研修に使用している。

チャタジーさん=本通信の第1号から登場する、歩く百科事典のような、水・森・土に関する専門家。インド国内の言葉の多くを操り、日本語も堪能で、デスクトップ並みに重いノートブック・パソコンを軽々と肩に担ぐスゴイ人。

2008年1月16日水曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第4号「オラたちの宝物」

 

目次

1. たったひとりだけ
2. 村のための、自分たちのための研修会
3. 村から村への共有 マーミディジョーラ村とゴトゥッパリ村へ
4. オラが地域の自治組織 パンチャヤート
5. パンチャヤートとの協同

1. たったひとりだけ



前号で、自分たちの村にはたくさんの資源があり、それは村の宝物であると気づいたポガダヴァリ村の人たち。そして、それを活用し次世代に残していくために、「植物図鑑」作りをしていくことを決めた。
どうやって図鑑を作っていくのか、データを集めるのかについて、研修をして欲しいと言った村の人たちのあつい要望に答えるべく、文房具や模造紙などを用意して、当日村まで行った我々スタッフ。

ところが・・・そこで目にしたものは、時間になっても一人しか参加者が来ていない、とてものどかな村の風景。
村の人たちは、将来的に、この図鑑作りを近隣の村々にも広めるべく、指導員としてもやる気のある人たち(読み書きできない人もいる)を自分たちで選び、2日間連続という研修日時と場所を決めたのは、村の人たち。そして前日にもスタッフに「絶対来てね」と言ってきたにも関わらず、その日その時間に、研修場所となるコミュニティ・ホールにいたのは一人だけ。

「やっぱりこんな感じですね、キョーコさん」と笑いかけるラマラジュさんと、「まぁもう少し待ってみましょう」と、のどかに会話する私をよそ目に、あわてて研修生を呼びに行こうと村の中へ駆け出していく他のスタッフたち。

「コラコラ、村の人たちが自分たちで日時と場所を指定して、研修して欲しいと言ったんだ。ボクたちから参加してくれと頼んだ訳じゃないんだから、ここでお前たちもおとなしく座って待ってなさい。」
このラマラジュさんの言葉の意味があまりよくわからないスタッフは、落ち着かない様子で、首を伸ばしながら待っている。
やがて、数人のオバチャンたちがやって来たが、それでも参加予定者10人の内の半分にもならない。1時間以上待ち、「じゃぁ、今日の研修は無し、ということで帰ろうか」とドッコイショと腰を上げた時、参加者の一人がワラワラと村人を連れて現れた。

「ハイ、これで10人です!遅くなってスミマセンでしたが、研修始めてください!」
なんや、ようわからんわ、という顔をしたオバチャンやオッチャンたち、中には身体の具合の悪そーな顔のおばあさんもいる。

「ワシ、昨日から熱が出てしんどいんだけどね、このニイチャンがここで座っててくれって言うから来たンだけど・・・ゴホゴホ。」
すぐに、事前に決めていた参加者以外の人たちには帰ってもらい(もちろん、このおばあさんも)、数人の参加者に向かって「研修とは何か」を伝える。

「いいですか、この研修は、あなたたちがして欲しいと言って、あなたたちが日時や場所も決めたんです。これは、一体誰のための研修なんですか?10人集まれば良い、というものではないのですよ。人数を集めてソムニード(現ムラのミライ)を喜ばせようとしても、ムダです。」

「自分たちで、参加者を選んだことは、とてもスバラシイことです。だから、きちんとその人たちが研修を受けないと、その意味がないのとちがいますか?」

「・・・その通りです。ボクたちが決めて、ボクたちが頼んだんだから、明日はその参加者全員で待っています。なので、明日も来てください。」

「今まで、他のNGOなんかは、人数が集まればそれで良かったの。興味のない人もそこにいて、なんか偉い人がチンプンカンプンな事をしゃべっているのを聞いているだけで、NGOの人たちは、嬉しそうだったから・・・」

「今晩、他の参加者に今日起こったことを伝えて、明日はきちんと待ってます。」
(この日の晩、村では大反省会が開かれたらしい・・・)


2. 村のための、自分たちのための研修会

そして翌日。

どうしても家の事情で出られないという一人を除いて、9人全員が時間前にきちんと集まっていた。その顔は、全員が「村のために、自分たちのために研修を受けるんだ」という輝きで満ちている。
以前に、スタッフが見本として作った図鑑の様式を、再度検討する参加者たち。



この図鑑の目的も、次世代に残すためだけでなく、植物をよりよく育て活用していくためのデータとすること、近隣の村との情報交換にも役立たせること、なども参加者自身で語られた。男女入り混じり、文字の読み書きができるできないに関係なく、二つのグループでより使いやすい様式にするべく討論をする参加者たち。何度も分類の仕方やイラスト、項目の順番などを確認し、最後にはそれをつき合わせて、変更・追加の内容を決め、模造紙に記入していく。
そして出来上がった「ポガダヴァリ村の植物図鑑」の様式。
ポガダヴァリ村の人たちによる、ポガダヴァリ村の人たちの、ポガダヴァリ村の人たちのための植物図鑑。

まずはその第一歩が踏み出されました!
そして探せば探すほどにでてくる宝物の中から、とくにこの図鑑に記録していく植物のリストを作る。全部でとりあえず99種を挙げ、2日目の研修から早速、カラー印刷された自分たちで作った様式にデータを埋めていく。

「唐突になんですが、ソムニードは、他にもマーミディジョーラ村、ゴトゥッパリ村で、やはりこれから3年間、JICAとその村の人たちと一緒に、村をこれからどうしていくか、ということを考えてそれを実行していこうとしているのですけれど、それでですね、」

「(続きの言葉を待たずに)そうですか!では、その村にも、この図鑑を広めていきましょうよ!」

「そうなんです、それを提案したかったのです。皆さんは、今すばらしい図鑑を作っているのですから、それを皆さんに他の村の人たちにも、紹介してもらいたいのですよ。」

「じゃぁ、全員で行くのは無理だから、その村に行く人を決めましょう!」
早速マーミディジョーラ村とゴトゥッパリ村の都合の良い日を聞きだし、役割分担を決めたポガダヴァリ村の人たち。

この参加者たちは、特に村の中で要職に就いているとか、目立っている人、とか言うのでもなく、ただ純粋に研修を受けたい、後々には、研修を受けたことを次の人に教えたいという野望(!)も持っている人たち。しかし、自分の口で自分の村以外の人たちに、何かを紹介するなんてしたこともない参加者。心臓をバクバク言わせながら、稲刈りの始まった田んぼを通り抜けて、稲束を天秤棒に担いで早足で道を歩く人たちを追い越しながら、マーミディジョーラ村へと向かった。


3. 村から村への共有 マーミディジョーラ村とゴトゥッパリ村へ

「皆さん、ナマスカーラム(州の言葉、テルグ語の挨拶。)!

私はポガダヴァリ村から来ました、パドマと言います。稲刈りで忙しい中、こんなにたくさんの人たちが集まってくれて、とてもうれしいです。今日は、私たちが村で始めた『ポガダヴァリ村の植物図鑑』について、皆さんにちょっと話を聞いてほしいと思います。」


そして、マーミディジョーラ村の40人以上の熱い視線を受けながら、どういう目的で始めて、図鑑の中には何を記録していこうとしているのか、といったことを、模造紙に印刷した自分たちの図鑑の様式を見せながら話した。
数日後に行ったゴトゥッパリ村では30人ほどの人たちが、やはり真剣に話を聞いていた。

「いやぁ、ワシはたくさんの人たちに見つめられて、ちょっと照れちまったよ。」
そして、ポガダヴァリ村の人たちに対して、マーミディジョーラ村でも、ゴトゥッパリ村でも、自分たちもこういう図鑑を作りたいから、今度きちんと教えて欲しい、という要望が!!

ゴトゥッパリ村からは、3つの村で一度、合同のミーティングを開こうという意見が出てさらに、マーミディジョーラ村では、こんな提案も飛び出した。

「同じ植物が多く重なるより、それぞれの村でしか育っていないような植物、使い方が違う植物なんかを、図鑑に記録していくって言うのはどうだろう?同じ植物については、3つの村から何人かが集まって、共同の図鑑にするっていうのはどうかな?」

「なるほど、それもいいアイデアかもしれませんね?」

「でもとりあえず、図鑑の作り方、植物の調べ方、書き方なんかの研修を先にしてよ。」

「いいですよ!やりましょう!」

12月から1月中旬にかけて、南インドの農村一帯では、稲刈り、脱穀、モミの貯蔵、ワラを集めて小山にする、等々の作業で大忙し。
機械を使う農家はほんの一握りで、ほとんどの人たちは自分の身体と牛を使って、作業をする。数株握ってざっくりと鎌で刈り取り、刈り取った稲束を少しずつまとめて天日で乾かす。乾かした後には一つにまとめて、その上を俵型の石を牛が引き回しながら脱穀する。モミに混ざった土や小石を、ザルでふるい落とす。隣近所で協力しながら、今日と明日は私んちの田んぼ、その次はあなたの田んぼ、というように順々に作業をするので、数日ごとに田んぼからキレイに稲が刈り取られていくのが、この時期の農村風景。

さて、こうした稲刈り作業に本格的に突入していく3つの村で、ポンガル祭り(1月13日~16日に行われる収穫祭)が終わったら、研修を始めることを約束し、最初の交流が終了した。
もう来週にはその研修が始まるのだが、その前に、「指導員としての研修をして?!」と頼んできたポガダヴァリ村の参加者に、まずは指導員研修をすることに。
さてさて、どんな指導員が誕生するやら。

新春特別増量バージョンの今回は(単に1月遅れた分が上乗せされているだけ?)、村の人たちの活躍だけでなく、スタッフたちの四苦八苦もご紹介。


4. オラが地域の自治組織 パンチャヤート


クリスマスの雰囲気を全くと言っていいほど味わえないビシャカパトナムに、特大クリスマスツリーがそびえる日本の空港から、年末年始にはるばるやって来てくださったのは、インドの村落自治組織「パンチャヤート」の専門家、アサノ先生

パンチャヤートに関しては、ほとんどゼロに近い知識を持つ筆者と、長年の経験から「パンチャヤートって、こんなもんじゃないの?」という感覚を持つインド人スタッフが、アサノ先生から講義を受けた。
「パンチ」とは、ヒンディー語で「5」を意味し、古くは「5人の代表による自治組織」という性質を持っていたため、「パンチャヤート」と呼ばれていた。そしてその名称は今でも使われているのだが、所によっては5人以上で組織されている村もある。ちなみに、パンチャヤートは農村部だけで、都市部ではミュニシパリティ(municipality)という自治体がある。

ほとんど全てが初耳の筆者にとっては、ヒンディー語なのかサンスクリット語なのか、テルグ語なのか、聞いただけでは意味も分からず、すぐに忘れそうな言葉をそのままエイヤッと受け止めて、理解していくのに必死。(こんな時、漢字って初めて目にする単語でも、なんとなく意味が分かるから便利だわ?と思ってしまう。)

法律のことなんてサッパリ知らなかったインド人スタッフは、「せやけど、実際にはこうでっせ」とアサノ先生に何度も食いかかり、「そうですね。だけど今は、法律ではこうなっています、という部分をきちんと押さえるのが必要です。それから、実際にはこうなっている、という現状を見ていきましょうね~」と、やんわりと諭される。

では、水、森、土、に関して、パンチャヤートはどのような権限を持って、何をしなければいけないんだろう、とワクワクしながらアサノ先生の言葉を待つ私たち。
ところが、期待に反して出てきた言葉は、「法律には、特に明記してありませんねぇ。あ、でも水に関してはチョコッとありますよ。」
なんじゃこりゃと拍子抜けしつつ、法律があいまいでも実際には何かしてるかも、と鼻息荒く、ポガダヴァリ村へ話を聞きに行ったアサノ先生と私たち。

ポガダヴァリ村は、周辺の大小26の村や集落と一緒に、ケラシンギという名の農村自治組織(パンチャヤート)に属している。ケラシンギ・パンチャヤートは12人で構成されており、その内2名が女性である。
教師が事故にあってしばらく休校中という村の学校の一室を借り(と言っても教室は一つしかない)、選挙で選ばれたパンチャヤート代表と、議員(メンバー)、そしてパンチャヤート事務所からやって来た事務官(役人)から、パンチャヤートの話を聞くことになった。
また、ミーティングには、同じ場所にパンチャヤートの議員ではない村の人たち数人も同席して、私たちのやり取りを聞いている。

まずはパンチャヤートの皆さんにソムニードの紹介をし、ケラシンギ・パンチャヤート内の他の村で、今まで何をしてきたのか、今はポガダヴァリ村で何をしようとしているのか、といったことを説明し、「あなたたちパンチャヤートの事について、今日は教えてください」と、軽い質問から始める。

「総会の前日には、村や集落を太鼓を鳴らしながら回って、皆さんに参加を呼びかけてますよ。」

「収入は、土地税や家の税、それに中央政府や州政府からの支援金なんかです。」

「出生・死亡登録や、結婚登録も、パンチャヤートでしています。」

「私(事務官)の仕事の内容ですか?朝の10時から夕方5時までで、苦情の対処をしたり、登録データの管理をしたり、マラリアとかの病気が発生したら保健局へ知らせたり・・・・・」

「中央政府による雇用確保事業への申請とかも、うちの事務所を通してしてもらい、それから私たち(代表や事務官)が郡の行政機関へと通達します。」
にこやかに答えてくれる、代表者や事務官、そしてメンバーたち。
この地域の森や水、土地に関して少しずつ触れていっても、相手はすんなりと胸の内を明かしてくれた。

「それぞれの村や集落で、森に関することや、井戸や水路に関して、色んな委員会や組織が作られてますけど、パンチャヤートとは何のつながりもありませんよ。」

「っていうか、地元のNGOにしろ、外国のNGOにしろ、中央の政策にしろ、何だっていいんだけど、コミュニティー・ホールとか、地域の井戸、とか色々作っていくよね。だけど、絶対にパンチャヤートには話をしてくれないんだよな。
もしも公共のモノだっていうなら、一言、事業に関して情報を共有してくれたら、将来それを維持管理できるように、パンチャヤートとしても考えても良いんだけど、はっきし言って、誰も言ってきたことがないよ。だから作った後の面倒を見るなんて、する気が起きないね。」

「まぁ、言ってきても、こっちには維持管理するだけの財源がないけど、でもNGOだって、永久にそこにいて作った物の維持とか、面倒を見るわけじゃないよね。」

それももっともなハナシと思いつつ、それでも例えば自分たちで資金を捻出するという考えは無いのかというと、近隣のパンチャヤートは、週一に開かれる市場から場所の使用料を取っているだの、川底の砂を建設用に売っているだの、「あそこのパンチャヤートは財源があっていいなぁ」という羨望があるのみ。しかも、自然資源の管理に関して、村や集落の人たちと一緒に考えることはあるのか、と聞くと、

「だって、大抵の人たちは無学で何も知らないでしょ」と答えるパンチャヤート関係者たち。
そしてラマラジュさんとポガダヴァリ村の人たちの反撃が始まる。

「何を言っているんですか。村の人たちは何でも知っていますよ。ボクらよりもはるかに森や水のことを知っていますよ。今、ポガダヴァリの人たちが何をしているか知っていますか?村の人たちは、とても賢いのですよ。」

「事務官さん、どうぞコレを見てください。ボクたちが作っている植物図鑑です。」

「図鑑の様式も、私たちが作ったんです。」
代表者も事務官も、メンバーたちもみんな驚きつつ、真剣に図鑑を読んでいく。メンバーの一人が言った。

「いや~、ビックリした。ホント、この村の人たちは賢いよ。私も、自分の村に帰ったら、ソムニードとポガダヴァリ村の人たちが何をしようとしているのか、そしてこの植物図鑑のことについて、みんなに話すよ」
パンチャヤート・メンバーたちが帰った後、ポガダヴァリ村のある人が嬉しそうに言っていた。


5. パンチャヤートとの協同

「いやぁ、今日のミーティングは面白かったねぇ。普段は、パンチャヤート・メンバーや事務官さんたちとはそんなに話ができないし、パンチャヤートについて今まで知りたくても知れなかった事も聞けたし。」
その言葉に止めを刺すように、村の人から聞いた話とメンバーたちから聞いた話とでは随分違う点が分かってきた。
パンチャヤートの事務所がどこにあるのか知らない人もいれば、知ってても行ったことがない、あるいは行く必要がない、という人がいた。

総会を知らせる太鼓の音は一度も聞いたことがなく、総会が終わった後に「こんなことを話したよ」と村からの代表メンバーが報告するのを聞いたことがある人が数人いた。
雇用確保事業への申請も、パンチャヤートの事務所に行くより、郡の行政機関の事務所に行く方が近いし、便利だからそっちに行くし、子どもが産まれたら、保健局のスタッフが記録を取ってくれる。
つまり、ほんとにパンチャヤートが村の人と協同して何かをする、ということはほとんど無い。
だけど、パンチャヤートは、「お金が無いからできない」と投げやりになったり、無視すべき組織では無い。
ポガダヴァリ村の人たちを通して、パンチャヤート・メンバーたちとも関係を築いていこうと、決意を新たにする私たちだった。


6. 注意書き

ポガダヴァリ村の人たち=ポガダヴァリ村には、ビシャカパトナムに事務所を持つSHG(女性自助グループ)の連合体組織VVKが、クラフト素材ビジネス(売ったり食べたり使った後などに残る不要なものを、クラフトや国際理解教育などの材料として販売する)のために、何度も訪れている。2007年11月にも、材料の発注のために同村を訪れたVVKのオバチャンたちは、都市部のビシャカでは四苦八苦しても集められなかった様々な植物が、そこら中にあるのを見て、「何ここは!宝の山じゃないの!」と興奮していた。(VVKに関しては、「プロジェクトの道のりPCUR-LINK便り (インド)」をご覧ください。)

キョーコさん=前川香子。昨年に一時帰国をし、2週間ほどの高山事務所勤務の際には、富士山が壁に描いてある銭湯に通い続けたこの通信の筆者。インドに戻ってからは、ポンガル祭り(1月中旬の収穫祭)の連休になるまでガマン、ガマンと、インド映画DVDを封印して、プロジェクト・マネージャーと休まずたゆまず働き続ける日々。

ラマラジュさん=村の人へのファシリテーションのほかにも、スタッフに喝を入れたり、建設中のトレーニングセンターの工事現場の監督をしたり、テルグ語レポートを英語に訳したり、実家の稲刈りを陣取ったりと、ポンガル休暇中にも休めない日々。

アサノ先生=浅野宜之。ソムニードの理事も務める某女子大の准教授。インド共和国憲法の全文を日本語に訳すという偉業を果たしたインドの法律専門家。今回の研修に持ってこられたスーツケースの大半は、パンチャヤート自治法に関する、枕にするには分厚すぎる本ばかりであった。
プロジェクト・マネージャー=原康子。村の人たちの行動を先読みして、スタッフに適時に指示を出す毎日。同時にVVKのオバチャンたちを陰から見守り、その3歩進んで1.5歩下がる状況を密かに楽しむ。