2019年12月20日金曜日

名前とアイデンティティー

皆様、Nanga def? (ウォロフ語:お元気ですか?)
ここ1ヶ月ほどセネガルで過ごし、だんだん長い挨拶もスムーズに対応できるようになってきました。(第一回参照)

初対面の方と挨拶するとき名前を聞かれた後よく「名字は?」と聞かれることがあり、不思議に思っていました。今まで訪れた国の中でこんなに名字まで聞かれたことがなかったからです。

セネガルにはウォロフ族、セレール族、プル族、その他の民族、さらに近隣国からの移民と多くの民族が暮らしています。それぞれの民族によって特有の名字があり、名字を聞けばどの民族かだいたい分かるそうです。
もしかしたら、名字まで確認することは無意識にその人のバックグラウンドを確かめるために聞いているのかもしれません。
また、名前にも宗教的な要素が反映されており、例えばイスラム教の男性だったらママドゥ、女性だったらアイシャなどイスラム教関係の名前をつけることがよくあるそうです。

先日、赤ん坊が生まれて1周間後に行うイスラム教の命名式(ngente)に参加してきました。
会場となる家の前には華やかに着飾った人が50人以上集まっていました。

子供の名前は親が親族や親しい友人の名前から選んでつけるそうで、選ばれたその人は赤ん坊の経済的・精神的な支えとなるそうです。ウォロフ語には自分と同じ名前の人のことを「サマ トゥール ンドゥール」「サマ トーマ」という専用の言葉があることから、それが重要な意味を持つことが伺えます。

命名後、集まった人たちにイスラム教指導者がコーラン(イスラム教の聖典)に書かれている、“みんなで子どもたちをどう守り、育むか”を解説していました。たくさんの人が生まれてきた赤ちゃんを祝福し、みんなで成長を見守ろうとすることに心が暖かくなりました。

セネガルの方にとって、名前は民族・宗教・家族などのアイデンティティーに加え、揺るぎない繋がりを感じられる大切なものだとわかりました。セネガルの人の明るく穏やかな情緒は、そうしたなかで育まれたものだと思います。
(ちなみに私の名前は愛子なのでセネガルネームはアイダです。)
(加藤愛子 ムラのミライ インターン)



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2019年12月4日水曜日

自分の畑を知ること

こんにちは。セネガル駐在員の菊地綾乃です。

日本では本格的な冬が始まる12月、セネガルでは短い雨季が終わり、また長い乾季が始まっています。
セネガルの9ヶ月ほど続く乾季には、雨がほとんど降りません。ですので、雨季の雨がとてもとても貴重です。

雨季には人々が広い農地で、雨水で育つ穀物を中心とした栽培を行います。ヒエ、モロコシ、落花生、豆、とうもろこしなどの畑が大地いっぱいに広がります。
一方で乾季には雨がないので、作物を育てるには水やりをしなくてはいけません。ただ、この水やりが農民にとっては悩みの種です。


過去二年間のセネガルの降水量はそれ以前に比べて少なく、雨季の栽培だけでなく、乾季の水源確保にも影響を与えました。というのも、セネガルの村の農業は井戸を主な水源としています。この井戸にどれだけ水が溜まるかというのが、農業を成功させるカギとなるのです。

さて、この「水」ですが、いったいどこから来るのでしょうか?

セネガルの信仰深い人であれば「神からの恵み」と言うかもしれません。たしかに、セネガル人の前でそれは否めません。ただ、シンプルに理科の知識で考えると、水は循環していると言えます。そして、地表を潤す水は、空から雨として降ってくるのです。

単純には、この水をどれだけ地中に蓄えられるかがポイントになります。なぜなら、地表に降ってきた水はその後、川に合流して海に流れていくか、蒸発または蒸散によって空気中に放出されるか、地中に浸み込んで地下水となるかのいずれかですので、地中に浸み込む量が多くなれば良いのですね。

ムラのミライのセネガル研修では、そういった水の動きや土の役割を説明しながら、村の現状を村人とともに歩いてたしかめていきました。そうすると、雨水の多くが地中に浸み込まないで流れ、あるいは蒸発してしまっている状況が見えてきました。これは地表に草木がなく大地が剥き出しになっていたり、土が長い間かけて劣化したりした結果だということを説明しながら、研修生の村人と気づきを共有していきます。

ここで気づいたこと、理解したことを研修生たちが自分たちの畑で実践していました。

それまでは刈っていた雑草を刈らずに土の保水性を上げようとした人、小さな土手を作って流水を食い止めようとした人、そして、水やりの水が蒸発しにくいように藁で地表を覆いながら栽培をしている人。少しずつですが、新しいことに挑戦したり、栽培の方法を少しずつかえたりして、研修で理解したことを自分のものにしようとする研修生たちの姿がありました。


私たちはその他にも、研修生がしている栽培状況を把握するための収支計算や、収支計算に必要な畑の測量、病気や不作を防ぐため植物の科の知識、土の栄養素の知識について、研修生たちがしてきたことを振り返りながら確認しました。

このようなこと総合的に考えることができれば、自分の畑の状況を把握することができる。把握ができれば、どれだけの収穫量を得るためにどれだけの投資をすべきか、計画することができる。計画ができれば、自分たちの生活を回していくための見通しができる。見通しができればたくさんの選択肢が生まれる・・・

自分の現状に気づくことが、自分たちの生活ひいては子供たちの生活、そして「村の未来」を作っていく大きな可能性を持っています。

研修を受けたある村人が言いました。
「いままでは市場の価格に左右されて栽培する作物を決めていました。でも研修を受けてからは、自分の畑でよく育つものを考えて計画をした作物を栽培しています」

自分の畑を知ることは、主体性を生み出す。

ムラのミライはこうした主体性を引き出すことを、小さな気づきをもたらすところから始めます。
いつかこの気づきが、時代を先見する大きな動きになっていくことを信じて。

今後も日本のみなさんとセネガルでの体験を分かち合いながら、双方向の気づきが生まれることを願っています。


(セネガル事務所 菊地綾乃)


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2019年11月20日水曜日

アフリカ発祥オクラとスープカンジャ

アッサラームアライクム!(こんにちは!)
※セネガルはイスラム教の方が多い国です

日本でも食べられているオクラ、実はアフリカが原産らしいです。
日本から13,682km離れたセネガルではどうやって食べられているかご紹介します。
セネガルで多く話されているウォロフ語でオクラはkanja(カンジャ)といいます。

みんな大好きSoupkanja(スープカンジャ)


魚介の出汁が効いたオクラのネバネバ料理。ご飯にかけて頂きます。
味に深みがあって美味しく、日本人の舌にも合う味です。

材料:オクラ、オクラパウダー、玉ねぎ、ピーマン、苦ナス、生の魚、にんにく、干した魚、塩漬けした魚、干した貝、発行させた豆、エビパウダー、唐辛子、ブイヨン、パーム油

作り方
1.オクラを薄く切って杵と臼で潰します
2.切ったオクラ以外の材料を切り鍋に入れて煮込みます
3.3から魚のみ取り出して骨を取る
4.2に1の潰したオクラを入れて煮込む
5.最後にパーム油を入れて完成

大皿に盛ったご飯にかけて、みんなで食べます。

海に面し豊富に魚介が採れるセネガルと日本、干した魚を出汁に使うことや発酵させた豆を使うところが似ていて、日本人の味覚にも合うのかもしれません。
一方、乾燥地帯にあるセネガルは油を多く使った料理が多いと感じました。
料理にもその国の気候や環境が反映されていますね!

「農村部で採れた野菜がどのよう調理され、消費されているか観察する必要がある」と、ここ2週間完全セネガルご飯で生活していますが、いっこうに飽きが来ないほど美味しいです。(ただ食べたいだけでしょ?とは言ってはいけない)



(加藤愛子 ムラのミライ インターン)


ムラのミライの農業プロジェクト地で栽培されたオクラ



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2019年11月12日火曜日

“jamm”の国 セネガル

こんにちは!
ムラのミライでインターンをさせて頂いています、加藤愛子です。
セネガルで行われている農業プロジェクトの様子やセネガルの様子を発信していきます!

私がセネガルに来てまず一番印象的だったことは、とにかく“jamm=平和・安らぎ”が大切なこと。
現地のウォロフ語を覚える中で一番最初に覚えたことは、”jamm”がたくさん出てくる長い挨拶でした。
よくあるウォロフ語の挨拶を紹介します。

Nanga def?ナンガ デフ?(どうしてる?) 
Mangi fii rekkマンギ フィ レック(元気だよ)
Yangi noos? ヤンギ ノース?(生活は順調?)
Mangi noosマンギ ノース(順調だよ)
Mbaa yaangi ci jamm? ンバー ヤーンギ チ ジャム?(生活は平穏ですか?)
Mangi ci Jammマンギ チ ジャム(平和です)
Sa yaram jamm? サ ヤラム ジャム?(体の調子はどぉ?)
Jamm rekkジャム レック(好調です)
Yendul ak jamm! イェンドゥル アク ジャム(よい1日を平和とともに)

とにかく、みんなが平和でいる(jammである)ことを確認し、願います。



初日にも、「ここではみんなお互いにリスペクトはあるけど、ヒエラルキー(上下関係)はないんだ。だからリラックスしてハッピーに過ごしてね!」「セネガルではみんな笑顔なんだ。だから君も笑顔で過ごせますように」と言われたことに感激しました。
そして言葉からだけでなく、彼らの屈託のない笑顔からもそれは伝わってきます。
セネガルの雰囲気に身を委ねて心はゆるゆるとリラックスしていきました。

毎日の挨拶から平和を意味する”jamm”を口にすることで、セネガルの方の意識の中に“平穏”であることが根付いているなぁと実感した最初の1週間。
この先も素敵な滞在になること間違いなしです!

(加藤愛子 ムラのミライ インターン)





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2019年11月5日火曜日

異文化交流のシンプルな方法って…

去年の夏から冬まで、アメリカ東海岸沿いのニューヨーク州に留学していました。
寮の2人部屋に暮らしており、アメリカ人のルームメイトがいました。(彼女のことをRとします)
始めの一ヶ月ほど、私は人とうまく英語での会話のキャッチボールが出来ず、授業の課題も忙しく、Rともほぼ話せ(
し)ませんでした。

架空のルームメイト像

私は、そのとき「言葉」を使わず「視覚」で彼女を判断していました。
はじめて一緒の部屋に暮らすアメリカ人。
始めこそ、よくパーティーに行き夜中に帰ってきたり、部屋でスマホを触っている顔がなんだか怖かったりして(美人さんだったので・・・笑)
「私とは話したがらないのかも」と、架空の彼女の像を抱いてしまっていました。

シンプルに、でも詳しく

私が徐々に会話に慣れるにつれ、Rと2人で話す機会が増えました。
私の英語は完璧ではなく、聞き落とす情報も、知らないことも沢山あります。
完璧ではないからこそ、会話はとてもシンプルかつ、詳しく聞こうとするものでした。
Rが「明日プレゼンをするの」と言えば、「何について?一人?」「いつからそれを学んでたの?」という風に。

時間が経つにつれ、今まで知らなかったRのたくさんの顔を知ることができました。
家族思いで、とても面倒見がよく
(助けられてばかりでした)、勉強熱心。
R自身、他国で生まれアメリカに来た背景があり、移民問題を熟知し、主観的に考えていました。
「無知でいることが耐えられない」Rの学ぶ姿勢にはいつも刺激を受けました。

留学先 紅葉のキャンパス

私も怖かった

私はあるときRに、「始めの頃、全てのことに緊張していて、あなたともあまり話さなかったけれど、それを後悔している」と言いました。
「私も怖かった」とRは答えました。
視界が開けた気持ちでした。
私は、自分だけが異文化に囲まれて緊張しているという思い込みをしていたのです。
実際はRも、英語が完璧ではない日本人とルームメイトになり、不安を抱いていたのに。
私はRと対話しようとせず、私だけが、自分のことをRより劣等な立場にあると、知らず知らずにみなしていたのです。

対話のもたらすもの

私が留学で得た、最も価値あることの一つが、対話することの可能性です。
自分と向き合い、相手の立場に立ち、会話することで、私はたくさんの自分の思い込みに気づきました。
異文化交流は難解に思えるけれど、シンプルに、相手を知るためにたくさん会話をして、また自分を伝える努力ということだと気づきました。



(笠見 友香 ムラのミライインターン)




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2019年10月12日土曜日

地域で助け合う、子育ての輪_第6話_産前産後のカップルに届けたい「パートナーシップ講座」

 【記録】産前産後のカップルに届けたい「パートナーシップ講座」(プロジェクトの記録 第6話)

In 608プロジェクト通信 西宮「地域で助け合う、子育ての輪」 by master2019年10月12日

「西宮で広げる、地域で助け合う 子育ての輪プロジェクト」の記録

第6話(2019年11月12日号)産前産後のカップルに届けたい「パートナーシップ講座」

執筆=原康子 ムラのミライ研修事業チーフ

10月の度重なる災害により亡くなられた方々のご冥福をお祈りしますととともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。避難所や被災したご自宅で、小さなお子さんと一緒にご苦労されている方々がまだまだいらっしゃるかと思います。一日も早く、おだやかな生活がもどってくることを願ってやみません。
第6話で、皆さんにご報告するのは、産前産後のカップルを対象にした「パートナーシップと子育てのよい関係」講座(以下略「パートナーシップ講座」)についてです。

目次

「アウェイ育児」と西宮プロジェクト
「パートナーシップ講座」で伝えたいこと
「夫婦だけで産後を乗り切らなくていい方法」有ります
パートナーシップ講座の課題

「アウェイ育児」と西宮プロジェクト

ところで「アウェイ育児」というのをご存じの方はいらっしゃいますか?『見知らぬ土地への転勤と激務で帰らぬ夫「アウェイ育児」に苦しむ妻』というネット記事によれば、「自分の育った市町村以外で子どもを育てること」だそうです。
*記事 11月5日付Yahoo!ニュース特集 取材:伊澤理江

この記事に登場する薫さん(30代・仮名)は、おそらく西宮市(もしくはその近郊)に夫の転勤で暮らすようになった女性です。2017年8月、全然泣き止まない生後6か月の息子さんを「もう、いい加減にして!」と叫びながら、1メートルほどの高さから薄い肌掛け布団めがけて投げつけてしまったそうです。

“見知らぬ土地での慣れない子育て。夫は激務で帰りが遅く、頼れる知人もいない。「アウェイ育児」に追い込まれた末のことだった”とこの記事は始まります。


もうすこし記事のご紹介を続けます。夫の転勤で引っ越してから、息子さんと二人だけで過ごす日々が続き、だんだん薫さんは育児ノイローゼになっていきます。6ヵ月健診、小児科、託児所などで、薫さんは何度も「このままでは息子を傷つけてしまう、誰か助けて」というSOSを発しますが、適切な支援には結びつかず、1年後にこの「赤ちゃん投げつけ事件」が起きました。

幸い、薫さんは、やっとのことでたどり着いたとある児童館で支援を受けることができ、今では保育園に子どもを預けながら働いているそうです。

復職後の薫さんの次の二つのコメントが印象的でした。一つ目は、“出産前には赤ちゃんのお風呂の入れ方やマタニティーヨガではなく、出産後にはこんな過酷な日々が待ち受けている、って教えてもらいたかった。泣きやまない子もいるんだよ、って。本やネットの情報に振り回されて比較しちゃいけない、って”。

二つ目は、 “仕事で帰れなかった夫に対しては、今も恨んでいます(中略)あの一番苦しいとき、家に帰ってきて助けてほしかった。あの恨みは一生消えないと思います”。
児童館で支援を受ける前の薫さんのような女性はまだまだたくさん西宮やその他の地域にいて、今この時も苦しんでいるかと思うと胸が痛みます。西宮プロジェクトは、薫さんのような女性を一人でも減らし、「大丈夫、大丈夫」と声をかけ合いながら、ご近所さん同士で子育て仲間を増やしていくプロジェクトなのだと改めてその重要性を実感しました。

今回、ご紹介する産前産後のカップルを対象にした「パートナーシップ講座」は、まさにこの記事に登場する薫さんとそのパートナーのような方たちに、産前や産後に参加してほしい講座です。もし、薫さんとそのパートナーがこの講座に参加していたら、赤ちゃんの世話が一番大変な時期を夫婦で一緒に、ときにはご近所さんの助けも借りて、乗り越えることが出来たのではないか、パートナーに対して「あの恨みは一生消えない」と言わなくても済んだのではないか、と思うのです。

まずは「パートナーシップ講座」とはどんな講座なのか、プロジェクト開始時からの経過と今年度の講座についてお伝えします。

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「パートナーシップ講座」で伝えたいこと

西宮プロジェクトの初年度(2018年度)は、妊娠中から出産後(6カ月くらい)のご家族、延べ33名に計3回のパートナーシップ講座にご参加いただきました。西宮市在住の助産師やア・リトルのメンバーのヨガインストラクターゆうこさんとやよいさんが講師となり、夫婦で一緒にバースプランを作ったり、産後のバースレビューをすることが主なテーマでした。

参加者からは
「パートナーの本音が聞けた」
「産後のよその家族のことがわかった」
「講座参加後に家庭で夫婦の会話が増えた」
「2人だけでは行き詰っていたことが解決できた」
とのお声をいただきました。


3回の講座を通じて、産前産後の夫婦の実情も見えてきました。それは、出産や産後の生活に関して夫婦間で情報格差が大きいこと(情報収集や準備の負担が妊婦に偏る)、産後をパートナーと二人だけで(プラス遠方に暮らす実母)乗り切ろうとしていることなどが明らかになりました。

そこで、本連載第4回でお伝えした調査結果も踏まえ、2019年度は産前のカップルには「産前産後を夫婦だけで乗り切ろうとしないこと、そのために産前から出来る準備は何があるか」ということを考えるワークを行うことになりました。 産後のカップルには「赤ちゃん中心の生活から立ち止まって、夫婦でゆっくり今の暮らしや夫婦関係を振り返る時間を持つこと」を講座の内容に含めました
産前、産後の講座共に一回3時間ですが、産後の講座では、同じ会場内の別室で託児を行います。この託児担当も西宮市内に住んでいる方たちです。

さてここでは、産前の講座のトピックについて、その資料も踏まえながらご紹介しましょう。

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「夫婦だけで産後を乗り切らなくていい方法」有ります

2019年度のパートナーシップ講座の講師はア・リトルのメンバーです。 写真はア・リトルのオリジナル教材、「産前産後リアル!事件簿ファイル」です。

前述の2018年度の講座参加者のコメントにあるように、なかなか他の家庭の産後の実情はわかりません。そこで2019年の講座では、ア・リトルのメンバー4人が自らの妊娠、出産、産後のことを
①妊娠中(初期、安定期、後期)
②出産(分娩前後の入院期間)
③産後1(退院から1カ月間)
④産後2(産後2カ月から1年)
に分けて、どんな出来事があったのか、そのときどんな気持ちだったのかをまとめたものを事件簿ファイルとして、講座の資料にしました。


4人とも全く異なる妊娠、出産、産後を過ごしているのが分かります。この教材を元に、参加者は4人から直接、それぞれの妊娠中から産後1年の間に実際に起きたことを聞きます。4人のなかには、実際に西宮で妊娠、出産を経験したばかりのメンバーもいました。

西宮で利用できる公的機関や民間団体の産後のサポートを総動員し、産後1カ月の産褥期にしっかり体を休めることができた、というア・リトルのメンバーの話は、出産後の子育てを西宮で予定しているカップルにはとても実践的です。参加者に産後のイメージを具体的にもってもらうことが出来たら、続いて夫婦でバースプランを作る時間が始まります。

出産はひとりひとり異なるものですが、産前から準備できることには共通のものがかなりあります。
このスコア表では「今できている準備」と「できていない準備」が一目で分かるようになっています。たとえこの講座を受けた時点で、とても低い点数だったとしても(例:ベビー用品をそろえただけの準備状態)、大丈夫です。なぜなら、出産までに出来る準備を夫婦で話し合い、「準備することリスト」の欄を一緒に埋めていけば、出産予定日1カ月前にもう一度、スコア表をつけてみたとき、必ず高得点になっているからです。高得点ということはそれだけ、産後の暮らしを夫婦や家族だけでなく、様々なサポートしてもらう体制が出来ている、ということになります。


2019年度の産前と産後の講座のご報告は、ア・リトルのサイトからご覧いただけます。

ア・リトルが西宮市と共催するイベント、「もうひとつの両親学級(2019年11月30日)」では、このア・リトルならではのスコア表の短縮バージョンを使った「バースプラン」のワークショップを行います。
*あと少し残席がありますので、ご参加をご希望される方は、リンク先からお申込みください。

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パートナーシップ講座の課題

この「もうひとつの両親学級」は、2018年度から続けてきた西宮プロジェクトの実績が西宮市に認められ、初めて同市との共催で実施することが出来た講座で、ア・リトルとムラのミライだけで情報発信していたときの何倍、何十倍の人たちに講座のご案内ができることになりました。一組でも多くの産前のカップルにこの講座を知っていただき、最初にご紹介した記事の薫さんのように一人で、そして夫婦二人だけで子育てに悩むことが減っていけばと、願っています。

一方で、「パートナーシップ講座」は、なかなか産前のカップルに開催についての情報をお届けできていないのが現状で、毎回参加者集めに苦労しています。今年はあと2回講座を予定していますし(参加お申込みはページ文末のフォームから)、2020年度も継続してゆく予定です。

あなたの近くにたくさん隠れている第2、第3の薫さんに「産前産後に一人で、夫婦だけで、悩まなくてもいいですよ。西宮には、あなたとあなたの家族と一緒に、ときには笑ったり、ときには泣いたりして子育てをしたい、という人がいますよ」ということを伝えるために記事&講座案内シェア、大歓迎です。


*バースプランとは:お産の計画や要望のこと。妊婦とそのパートナーが希望する出産の計画をたて、妊娠から産後の生活までを夫婦で話し合う材料とする
*バースレビューとは:出産体験を振り返ること。自分の出産体験を自由に語ってもらい、傾聴を基本的姿勢として受け止めていく援助のひとつ

2019年度のスケジュール

【産前講座】 2020年2/29(土)
【産後講座】 2020年3/7(日)
【申し込み先】フォームにご記入ください。


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プロジェクト通信 第1話へ
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2019年9月26日木曜日

地域で助け合う、子育ての輪_第5話_1.5kmの助け合いの輪を実現する「地域子育てサポーター養成講座」

【記録】1.5kmの助け合いの輪を実現する「地域子育てサポーター養成講座」(プロジェクトの記録 第5話)

In 608プロジェクト通信 西宮「地域で助け合う、子育ての輪」 by master2019年9月26日

「西宮で広げる、地域で助け合う 子育ての輪プロジェクト」の記録

第5話(2019年9月26日号)1.5kmの助け合いの輪を実現する「地域子育てサポーター養成講座」

執筆=山岡美翔 ムラのミライ理事

今年の夏は猛暑となりましたが、みなさんお変わりなかったでしょうか。ようやくクーラーをつけなくても快適な気温になり、子ども園からの帰り道で、娘と小さな秋を探すのが楽しみです。
ア・リトルとムラのミライは、第4話でご紹介した子育て実態調査の結果から得られた学びを2019年度の活動に反映させました。それは自宅から半径1.5キロ圏内のつながりを作ってゆけるような仕組みを生み出す講座や取り組みです。
例えば、産前産後のカップルを対象にしたパートナーシップ講座、そして地域子育てサポーター養成連続講座、そしてその両方の講座参加者をつなぐ「ファミリースタート」という産前・産後の方のご家庭を訪問する活動です。

目次

子育て中の「SOS」を受け止められる人を増やすために
地域子育てサポーターとは、「助けて」と言える人
「一日、一つ助けてもらう練習」
「助けて」と言う練習が、「向き合う」余裕に繋がる
1.5kmの助け合いの輪を実現する知識と技術が詰まった講座
産後の実態とサポートの使い方
家事・子育ては家族だけでは、何とかならない
妊娠から、出産、子育てを伴走するために
頑張りすぎない暮らしは、今の暮らしにもとづくケアプランづくりから
自分のことは後回しになるからこそ、わたしの暮らしに寄り添う人を増やしたい
受講生のこれから
*2018年度プレ講座の詳しい内容はこちらから
*2019年7月講座の詳しい実施報告はこちらから
*2020年2月に実施する地域子育てサポーター養成講座へのお申し込みはこちらから

子育て中の「SOS」を受け止められる人を増やすために

2018年度の調査で得た子育て中の「助けて」の声を受け止め、具体的に産前産後の家庭をサポートできる人材を養成したいと、2018年度から「地域子育てサポーター養成講座」を試験的に始めました。
8回連続講座として実施したプレ講座に、地域活動に興味がある方のほか、家族や友人の力になりたい方、ご自身のために産前産後に関わる知識を深めたい方など延べ138名が参加しました。

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地域子育てサポーターとは、「助けて」と言える人

プレ講座では、各講座の終わりに講師と参加者で「地域子育てサポーター」とはどんな人かを考えました。
その答えに共通していたのは、地域子育てサポーターとはただ助けるだけではなく、「助けられる」ことも快く受け入れられる人であること。
なぜなら、助けられることで助けられる側の気持ちを理解でき、また自分の暮らしにも余裕が持てるからです。
そうは言っても、私は家族にすら「助けて」というのが苦手です。

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「一日、一つ助けてもらう練習」

プレ講座全8回終了後のミーティングでは、a little(ア・リトル)のようこさん、ゆうこさん、きょうこさん、原も、実は自分が助けられることにハードルを感じるという話になり、ある約束をしました。
それは、『一日、一つ誰かに助けてもらう練習』をすることです。
家族や友人にちょっとしたことでも「助けて」と言う練習をすると、助けられる成功体験を積む(時には断られてもそれが断られる練習にもなる)ことができ、本当に余裕がない時にも「助けてもらう」ハードルを下げることができます。




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「助けて」と言う練習が、「向き合う」余裕に繋がる

おかげで私は、平日はいつも私が担当していた食後のお皿洗い(自分がやらなきゃ子どもの寝る時間が遅くなる~と頑張りすぎていた)や、週末の子どもとのお出かけ(休日だから、子どもとは一緒にいなきゃ~とこれまた頑張りすぎていた)も、月に数回は家族に任せられるようになりました。
小さなことですが、この一つ一つの積み重ねが、暮らしの余裕に繋がり、近くで困っている人、友人や家族、そして自分自身と向き合う時間をつくっていることを実感しています。

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1.5Kmの助け合いの輪を実現する知識と技術が詰まった講座

2019年度は7月と2月に地域子育てサポーター養成講座を行います。
7月の4回連続講座の参加者は延べ53名。
参加者は西宮市在住の2歳のお子さんを育てている方、子育てがひと段落した方、ご自身も産後に孤独な経験をされた方などでした。


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産後の実態とサポートの使い方

昨年の調査で、『多くの人が、子育て支援サービスについて知っていても、活用していない』という実態が明らかになったことを受けて、7月の連続講座の一つに、西宮市や民間団体が提供する子育て支援サービスの活用方法と産後のケアプラン作りに特化した新しい講座を加えました。
講師は、a little(ア・リトル)で家事サポートスタッフとして家事・子育て支援経験が豊富で、昨年から地域子育てサポーター養成講座のディレクターを担当しているきょうこさんです。

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家事・子育ては家族だけでは、何とかならない

きょうこさんの講座では、子育てを『夫婦や家族だけで何とかしようとしている』実態を明らかにした調査結果の共有がありました。
私もa little(ア・リトル)のみなさんと出会うまでは、子育てや家事を家族以外の人とシェアするという発想がまるでなかったことを思い出しました。
実際、私が子育て支援として利用したことがあるのは、サークル活動や相談支援といった支援だけです。


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妊娠、出産、子育てを伴走する

介護分野ではケアプランづくりが支援の前提となる一方、子育て支援を行う際には、1人ひとりの生活に基づくケアプランがありません。私も復職してから、家族では手一杯になり、行政サービスの利用を試みたことがありますが、一回、一回の手続きが煩雑で利用を断念しました。だからこそ今年度の講座では、妊娠期から一人ひとりの状況に合わせたケアプランづくりができる人材を育成するプログラムになっています。

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頑張りすぎない暮らしは、今の暮らしにもとづくケアプランづくりから

きょうこさんの講座の最後には、スタッフが妊婦役、参加者がケアマネージャー役となり、妊娠の状況や今の暮らしを聞き、いつ、どのような外部サポートを利用すれば産後1カ月、赤ちゃんのお世話と自分の養生に集中できるかといった情報提供を行いながら、ケアプランを作成しました。

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自分のことは後回しになるからこそ、わたしの暮らしに寄り添う人を増やしたい

このケアプランづくりが、ちょうど今第二子を妊娠している私にとっては、第一子のときのように誰にも「助けて」と言えず、しんどい産後を過ごさないための情報収集を始めるきっかけになりました。そんなとき、a little(ア・リトル)のゆうこさんから「一緒に産後ケアプランづくりをしませんか」と嬉しいお誘いがありました。今の私がそうであるように、産前は、赤ちゃんがただ無事に生まれてくれればいいという思いで過ごしていて、自分のことは後回しになります。産後も子どもの生活が優先になり、自分の暮らしを振り返る時間を持つにはエネルギーがいります。
でも、もし1.5kmという身近なところに、自分の暮らしに寄り添い、一緒に頑張りすぎない暮らしを考えてくれる人がいたら。そんな人を養成できるプログラムがまずは西宮から、そしてこの通信を読んで下さっている皆さんの地域でも、広がっていくようプロジェクトを進めています。


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受講生のこれから

8月には、実地研修として連続受講者の自宅で家事サポート実地研修を実施。9月からはいよいよ産前産後から子育て中のお宅に、訪問ボランティアや家事サポートスタッフとしての活動を開始する予定です。活動の様子については、また冬頃にご報告します。


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プロジェクト通信 第1話へ
プロジェクト通信 第2話へ
プロジェクト通信 第3話へ
プロジェクト通信 第4話
プロジェクト概要へ

*2019年講座の詳しい実施報告は以下講座タイトルをクリックいただくと、a little(ア・リトル)のホームページからお読みいただけます。
1)産前産後ケアと赤ちゃんの発達講座 (森田輝・助産師)
2)シンプルな質問で身につくわかりあう対話術(山岡美翔・ムラのミライ)
3)産前産後の行政・民間サービスと実際の現場の様子について(坂本恭子・a little)
4)産前産後の女性の心の変化(藤澤真理・臨床心理士)
*2020年2月に実施する地域子育てサポーター養成講座へのお申し込みはこちらから

2019年9月20日金曜日

モノを入り口に、相手を知る

ある日の研修会場。
参加者同士で自己紹介も済ませ、最初の1時間半ほどが終わり、休憩時間となりました。
トイレに行って、席に戻ってきて、ちょっと手持無沙汰です。
隣の席のAさんに何か話しかけようかな・・・と、ふと見ると、Aさんの座っている机の上には、研修資料の他に、ペンケースと眼鏡ケースが出してあります。素材は異なりますが、どちらも色は赤だと気づきました。

私        ペンケースもメガネケースも赤なんですね。赤が好きなんですか?
Aさん    うーん、特に赤が好きということはないですね・・・
私        ・・・あ、そうなんですね・・・
(沈黙)

「二つも赤いグッズを持っているから、赤が好きなのに違いない」「持ち物を選ぶ時に、好みを優先して選ぶに違いない」という、私の思い込みが反映された質問です。結果、それらの思い込みは当たっておらず、どうも話は弾まずに終わってしまいました。

では、事実質問を使って「経緯を時系列でさかのぼる」ことをしてみましょう。

私        ペンケースもメガネケースも赤なんですね。このペンケースは、ご自身で買われたんですか?
Aさん    いえ、これは2年ほど前にプレゼントでもらったんです。
私        そうですか。

まずペンケースに対象を絞って、そのペンケースがAさんの元にやってきた経緯を聞きました。
そうすると、プレゼントでもらったという事実が出てきました。
いつ誰にプレゼントされたのかを聞いて行ってもいいですが、ここではまず、「Aさんのペンケースの歴史」の方を聞いてみることにします。

私        そうですか。その前は、別のペンケースをお使いでしたか?
Aさん    はい、十年以上、黒の革のペンケースを・・・結構良いやつです。それは今も自宅にあります。
(あ、という表情になって)そうそう、黒の方はとても気に入ってるんですけど、これ(赤いペンケース)をもらった時「せっかく頂いたんだし・・・」と思って、外出する時に一度使ってみたんです。
そしたら、カバンから取り出すとき、赤が目立って取り出しやすいなってことに気づいて・・・それ以来、意識して赤い小物をいくつか買いました。
このメガネケースもそうなんですよ・・・

「取り出しやすい色か~なるほどね!」と、自分も使えそうな知恵を手に入れることができました。

モノを入り口にして事実質問をする時、何度も買い替えてきた可能性がありそうなモノの場合は、この事例のように「今のコレ、の前に使っていたモノ」についても聞いてみます。
眼鏡、名刺入れ、ランニングシューズ、パソコンなど・・・替えることを検討し始めた時、決断した時、購入した(もらった/支給された)時、使い始めた時・・・それぞれ、いつ、誰と(どこで)、何を検討材料としたのか、あるいは替えることを余儀なくされたのか・・・使うモノを替えた時に、相手がどんな物事に影響されて、何を考えて替えたのか。
相手自身も忘れていたような、その人なりの工夫や発見を思い出すことにつながると楽しいですね。

宮下和佳 ムラのミライ専務理事)


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2019年8月21日水曜日

セネガルからのお便り 〜プロジェクト&研修報告以外のお話編 その2

最先端の働き方〜アンテルモンドの事務所


原康子が2019年7月2日から8月28日までNGOスタディという研修制度で訪れているセネガルからお伝えしているシリーズ記事です。(その1はこちら

綾乃さんのお休みはいつ?

夜の9時を過ぎると会社中の電気が消えたり、休日にパソコンにアクセスしようとしても自動でログインできないという話を聞いたことがあるという方は多いのではないでしょうか。

ムラのミライでは、以前から日本とセネガルとの時差9時間に関わらず、日本が昼間の時間に綾乃さんからメールが来るのを不思議に思っていました。セネガルなら、真夜中とか早朝とかの時間なのです。

「一体、いつ休んでいるのかしら?」

1人だけの駐在員で、セネガルの皆さんとの仕事、日本語での報告の仕事も、何もかもやらねばいけない状況ではあるものの、働き過ぎが以前から心配されていました。

今回の私に与えられたセネガルでの裏ミッションは、綾乃さんの働き過ぎを阻止することも含まれていました。

ムラのミライは、セネガルのカウンターパートNGO「アンテルモンド」の事務所を間借りしているのですが、綾乃さんの部屋ではいつもパチパチパチとパソコンをタイプする音が聞こえてきます。しかし、他の6部屋からは、話し声ばかりが聞こえてきます。

アンテルモンド事務所の入り口
2階が事務所になっていて、会議室を含めて6部屋あります。綾乃さんの部屋はメラニーさんという女性スタッフ(アンテルモンド副代表)と一緒です。

パソコンに集中する綾乃さんに、メラニーさんをはじめ、ママドゥさん(アンテルモンド代表)、その他のスタッフもしょっちゅう、声をかけてくるそうです。
 「あやの、5分に1回は他のスタッフと話さないとだめだよ。」
 「パソコンばっかりみてないで、散歩でもしておいで。」
 「あやの、ご飯できたよ。」
 「ちょっとランチに行くなら、僕の分もついでに運んできて」
 「今日は夜遅くに3階のゲストルームにお客さんが来るから、綾乃も一緒にいて、話しを待っていてよ」などなど。

綾乃さんは、かなり早い時間に事務所にやってきて、かなり遅くまで事務所で働いている唯一のスタッフ。ママドゥさん、メラニーさんからのあれこれ相談を受けて、頼りにされているだけでなく、会計担当スタッフ、警備員さん、運転手さん、料理担当のスタッフまでみんなが綾乃さんを頼りにしている様子でした。

これが実は彼女の仕事時間を長くしている一因でもありそうですが、それはともかく、アンテルモンドの最先端の働き方をご紹介します。

最先端のアンテルモンドの働き方


まず、何時から何時まで終業時間、お昼みは何時間という決まった勤務時間がありません。

代表のママドゥさんが、たった1人で暗くなるまで、残業しているような、新聞を読んでいるような感じで事務所に残っていても、他のスタッフはさっさと好きな時間に帰宅します。

午前10時頃に出勤し、お昼休みもなく夕方まで仕事をする人もいれば、午前11時頃に出勤してきて、半分仕事の話をして、あとの半分は政治と親戚の話をして、午後2時には帰宅してしまうスタッフもいます。毎日1人1人の働き方が、バラバラなのです。

私も、アンテルモンドの運転手さんに「今、ちょっとプールに入っているから、迎えに行くの30分後にしてね」と言われたり、メラニーさんに「今日は親戚のお祝いパーティがあるから、帰りにみんなで寄っていきしょう」と言われ、突然パーティに連れて行ってもらったりしました。

この自由な働き方、私には最先端に思えたのです。

インドとも、ネパールとも違う、アンテルモンドの働き方の自由さは突出していました。

特に3年間日本で暮らし、久しぶりに2カ月間という長い期間、セネガルに滞在しているから余計そう思えるのかもしれません。連日のように日本のニュースで耳にする長時間労働、過労、孤独などの言葉を忘れてしまうようなアンテルモンドの働き方です。

あるとき、日本からアンテルモンドを訪れた人が「何時に帰宅されるのですか?」と何気なくママドゥさんに聞いたら、「疲れたときに帰ります。」との返事。

また「昼ご飯は何時に食べるのですか?」と聞いたら、「お腹が空いたときに食べます」との答え。
こうした答えはまさに「その通り!」と思いました。

アンテルモンド事務所の会議室でママドゥさんとミーティング

綾乃さんのお休みをつくる

そんな自由な働き方のアンテルモンドの中でも、というかそんなアンテルモンドだからこそ、なかなか綾乃さんの仕事が減りません。

働き方最先端のような自由なアンテルモンドのスタッフのようにはいかなくても、何事も「やってみせる」ことが大事だと、率先して綾乃さんと一緒に息抜きをすることにしました。買い物に行ったり、海で泳いだり、おいしいものを食べたりなど、休む、休む、働く、休む、休む、働くというのを、徹底的に肩の力を抜いてやってみました。

ひと月近く経ったある日、綾乃さんがつぶやきました。

「あるとき久しぶりにセネガルの音楽を聴いたらですね、音楽があることを忘れて仕事してた自分に気づいてしまったことがあったのですよ。音楽っていいなあ〜としみじみ思ったのです。私、そんなに肩に力を入れて、仕事しなくてもいいんだな、と原さんの働き方をみて、音楽に気づいたときのことを思い出しました」

「おお〜肩の力を抜くというのをやってみせた甲斐があった!」と喜びつつ、20数年前、1人でインドに駐在していた頃の私の姿がまた重なりました。インドでの駐在をはじめて、最初の5〜6年間は綾乃さんのように仕事、仕事、仕事という時期がありました(今の綾乃さんの5分の1の仕事量やスピードだったかもしれませんが、私にしては猛烈な仕事量、高速スピードでした)。今の駐在2年目の綾乃さんの「頑張ってしまう」働き方は、身に覚えのあることなのです。

その当時の反省から、数年かけて、一生懸命、肩の力を入れないようにしてきましたので、50歳に近づいた現在では、かなり肩の力を抜くことが出来るようになりました。しかし、今度は一体どこに力をいれるかわからなかったり、力を入れたいときには肩こりがひどかったりと、脱力状態が続いています。

セネガルに来て、少し脱力状態から回復するかな、と期待したのですが、アンテルモンドの最先端の働き方を見せられ、「私などまだまだ〜」と実感。さらなる脱力状態を目指そうと思っているところです。


(ムラのミライ 研修事業チーフ 原康子

2019年8月15日木曜日

セネガルからのお便り 〜プロジェクト&研修報告以外のお話編 その1

はじめに:「報告書」ではない理由を800字以内で述べる


皆さん、こんにちは。

このお便りは私、原康子が7月2日から8月28日までNGOスタディ(注1)という研修制度 で訪れているセネガルからお伝えしています。
アフリカ大陸最西端の地が見えるところにも行きました
もう帰国してしまってから、皆さんにお便りしている可能性大なのですが、そこはセネガルと日本の1万4千キロという距離と、時差(注2)のせいということにしておいてください。

「NGOスタディって何?」
「セネガルで何の研修を受けているの?」
「研修とか言って、ホントは、夏休み(ヴァカンス)なんじゃないの?」
という疑問をお持ちの方もおられると思います。

帰国後、真っ黒に日焼けした私の姿をみた方は、その疑問が確信に変わるかもしれませんが、研修のお話は追々することにして、今回はセネガルでの研修やプロジェクト報告以外のお便りを中心にお伝えします。

それには理由が2つあります。

一つ目の理由は、日本も暑いでしょうし、セネガルも暑いので、ちょっといつもの報告以外の、のんびりとしたお話を夏休みスペシャルでお伝えしたかったという点。
スーパーの魚売り場の氷に突き刺さるセネガル国旗カラーのパプリカ


二つ目は、私の反省からくるものです。

インドやネパールにいた頃から、そしてどこの国に仕事に出かけても、「ワタシは○○プロジェクトの担当でこの国にいるのだから」と、プロジェクトのことばかり書いていましたし、プロジェクトのことで本まで出していました(注3)。

「○○プロジェクトでその国に行っているのに、それ以外のことをやっているのではないか?」と思われてはダメだとか、「仕事をしている(研修に参加している)アピールをしなければいけない」とか、自分でプロジェクト以外のことを書くこと、写真を撮ることなどに、勝手にブレーキをかけていました。もちろんそれは、税金や寄付金を使わせていただいているプロジェクトであれば、当然のことです。今回のセネガルでの研修もきちんと研修報告書を提出し、公開もする予定です 。(注4)

しかし、その国に行ってみなければわからない、見たこと聞いたこと、出会った人のことなどは、こうした報告書には全く書けません。

というのも報告書というは、事前に枚数や字数が決まっていて、さらに渡航する前から計画書が決まっていて、さらにその計画書にあること以外を書くのは歓迎されないことが多いのです。

長年、そんな報告書ばかり書いてきたものですから、プロジェクトや研修報告以外のことは書かないようにしようという体質になってしまったのだと思います。そんな反省から、今回はいさぎよくプロジェクトでもなく、研修でもない、セネガルで見聞きしたことをお伝えしようと思ったのです。

注1 外務省「NGOスタディ」というNGOスタッフへの研修制度があり、それに応募したところ「アンテルモンド」というセネガルの団体で、「循環型有機農業をテーマにした住民参加型の研修が組み立てられるようになる実地研修」を受講できることになりました。セネガル滞在中はダカールから車で2時間ほどのンブール県内の民宿に滞在しながら、アンテルモンドが所有する3ヘクタールの農場に通っています。

注2 セネガルと日本の時差は9時間。日本のお昼の12時は、セネガルの午前3時です。

注3 原康子著「南国港町おばちゃん信金〜支援って何?おまけ組共生コミュニティの創り方〜」新評論2014年

注4 NGOスタディの報告書は外務省のページで公開予定です。

1)やっと本題、セネガル便り:最初の3回は綾乃さんのこと

前置きが長すぎまして、読者の皆さんがお疲れになったような気がします。お待たせしました、やっと本題です。最初にご紹介するのは、菊地綾乃さんのお話です。

2017年5月からムラのミライのセネガル駐在員としてダカールで暮らしつつ、プロジェクト地のンブール県まで車やバスやタクシーや馬などを乗り継いで通っています。

秋田県の出身で、イギリスの大学院の修士号を持ち、ベナンやバングラデシュでの海外経験があり、福島の障害を持つ方の施設でのボランティア経験があり、フランス語、英語、ウォルフ語(セネガルで使われている現地語)、秋田弁を巧みに操り、関西弁リスニングを難なくこなします。

年間330日ほどセネガルに赴任しているので、京都に住んでいる私はこれまでなかなか綾乃さんと一緒になる機会がありませんでした。私はセネガルのプロジェクト担当でもないので、綾乃さんとメールでやりとりすることも少なく、年に1回の総会前後の会議で会うくらいでした。

こちらに来て、1日、2日と綾乃さんと一緒にいる時間が長くなりにつれ、「なんと、素敵なひと!」ということがわかり、まず3回にわたって綾乃さんのことをお伝えします。その1は、「通訳と綾乃さん」です。その2は「小銭入れと綾乃さん」、その3「バッグと綾乃さん」と続きます。

1−1)通訳と綾乃さん


言葉が出来ない私


セネガルでは、フランス語が公用語です。

しかし、私はフランス語がさっぱりできません。

「そんな地で研修なんて出来るの?」と呆れる方もおられるでしょうが、研修中は通訳してもらっているので安心です。問題は、それ以外のときです。

滞在中の民宿のスタッフにちょっとした相談があるとき「ガラスのコップを割ってしまったのでホウキとちりとりを貸してほしい」とか、アンテルモンドのスタッフに「A4サイズの紙がほしい」などの用事を頼むとき、お店で「おつりがどうも少ない?」と感じたときなど、そばに綾乃さんがいると、ウォルフ語に通訳してもらうことになります。通訳してもらいながら、ふと自分がインドに駐在していた頃を思い出しました。

蘇る20数年前の私


当時、ちょうど今の綾乃さんの年齢くらいだった私は、インドのムラのミライのプロジェクト地を訪れる日本人の方の通訳をすることがたびたびありました。よくテルグ語(インドで使っていた現地の言葉。日本でも公開されたテルグ映画「バーフバリ」で使われている言葉)や英語で通訳していました。綾乃さんの流暢なウォルフ語に比べれば、かなりいい加減な英語やテルグ語でしたが。

綾乃さんは会う度に、セネガルのカラフルな民族衣装を着ているのですが、そんな民族衣装を着て、通訳してくれる姿も、インドの民族衣装(サリーとかパンジャビドレスという上下)ばかりを着ていた当時の自分の姿に重なります。洗濯の繰り返しで、色の褪せた民族衣装のよれっとした感じ、現地の食べ物ばかりをモリモリと食べる姿も自分の姿と重なるのです。

ただ、つるつると小麦色に焼けた綾乃さんの姿と、カサカサと日焼けした現在の私の姿はさっぱり重ならないのですが、それはさておき。
アフリカの布を使った服を着る綾乃さん
上の写真に並べて「20年前のインドの民族衣装を着る筆者」の
写真を載せようとしましたが、デジタル写真でないのと
その他の理由で思いとどまりました


20数年前の自分の姿が綾乃さんに重なると同時に、私に通訳されていた日本から訪問者の方たちの姿は、現在の自分に重なります。

「ああ〜日々の小さなことが、なかなか相手に伝わらなくてもどかしい〜。」という一方で、「あれこれ面倒な交渉も、言葉が出来ないと、通訳さんに頼れて、楽ちんだなあ」とか。

今更どうにもなりませんが、綾乃さんに通訳してもらいながら、反省もします。

水のボトル一本という買い物も、お店まで一緒に付いてきてくれて、丁寧に通訳してくれる綾乃さん。彼女が私にしてくれるように、20数年前、日本からの訪問者の皆さんに通訳できていただろうかと。今後、セネガルで私が綾乃さんに通訳することはないでしょうから、日本や他の国に行って通訳をすることになったときは、綾乃さんを思い出そうと思うのでした。

携帯電話で日本語


綾乃さんはセネガル赴任してから習い始めたというウォルフ語が、とても流暢です。彼女の携帯電話は鳴りっぱなし。かかってくる電話の9割くらいは、ウォルフ語でやりとりをしています。

あるとき、珍しく日本語で電話をかけているのを見ました。「こんにちは、ムラのミライのきくちあやのです」と言いたかったようなのですが、舌を噛んでしまい「けくちあやのです」と言っていました。「ウォルフ語にない発音が、難しくなってるんだ」と、とても感心しました。「セネガルの人には、Kが続くKIKUCHIという発音が難しくて、なかなか名字は覚えてらえないんですよ〜」と話していたのを思い出したからです。

私が一緒のときは、なるべくウォルフ語と日本語の通訳をしてもらって、日本語を思い出してもらおうと思いました。「要するに、フランス語もウォルフ語を覚えるのが面倒なのでしょう?」という読者がいたら、それは考え過ぎというものです。
綾乃さんに村で通訳してもらう筆者

本屋でウォルフ語の辞書を見つけて、嬉しそうな綾乃さん


1−2)小銭入れと綾乃さん

ある日、ダカール市郊外にあるアンテルモンドの事務所に向かう途中、大渋滞に巻き込まれました。クーラーの効かない車の窓を全開にして、少しでも風が入ってこないかと外を見ていると、渋滞で数センチずつしか動かない車と車の間をぬうようにして、次から次へ物を売りの人たちがやってきました。売っているものは、バナナ、みかん、カシューナッツ、車のワイパー、ティッシュペーパー、水、大きめの扇子、USBケーブル、洗剤など様々です。どんな商品が売られているのかと、飽きずに見ていたのですが、言葉が出来るわけでないので、ただ見ているだけです。

インドにいた頃など、物売りの人と目が合おうものなら、ものすごい勢いで「買え、買え」と迫られ、買うまで車のあとを付いてこられることもしばしばだったので、なるべく物売りの人と目を合わせないように、最初は商品を見てないふりをして、見ていました。しかし、セネガルの物売りの人たちは、物静かに「買ってくれないかな?」という感じで近づいてきて、2回ほど「いまは要らないです」と手振りで伝えれば、すぐに次のお客さんを探しに行くので、とてもあっさりしていました。

綾乃さんは、物売りの人たちに話しかけられれば、「みかんは1キロいくら?」とか「このUSBメモリーはどこの国の製品?」「この扇子は素敵だけど、大きすぎて、バッグに入らないから要らない」など、ウォルフ語で話し始めます。渋滞を利用しておしゃべりを楽しんでいるかのようでした。

こうした物売りの人たちに混じって、子どもの物乞いがヨーグルトの空き容器を片手に、車の窓から小銭や食べ物を恵んでほしい、と綾乃さんに話しかけてきました。話しかけれてすぐ、小銭入れをカバンから取り出し、子どもに小銭を渡す綾乃さん。小銭をもらって去っていく子どもの背中に向かって「車があぶないから気を付けなさいね」と一声かけ、また小銭入れをバックに戻したのです。この一連の流れに全くのムダがなく、あまりに自然な動きで、私は心を打たれたのでした。最後の一声など、まるで知り合いの子どもに声をかけるような様子でした。


物乞いする少年の後ろ姿(注:ダカール市内の渋滞のときではありません)

その後、その小銭入れが素敵だったことを思い出し、後日、見せてもらいました。2011年の東日本大地震の後、福島の障害者の方の施設でボランティアをしていた際、その施設で作られた小銭入れを買ったのだそうです。

思えば、2019年6月、ムラのミライの2018年度活動報告会のときも、綾乃さんの、ぽつりとつぶやくひと言に感動したことがありました。報告会は綾乃さんのセネガル事業の報告から始まったのですが、小さなお子さんが椅子に座っているのに退屈し、会場内をよちよちと歩き始めたのでした。その時もサラリと「今日は、小さいお子さんにも参加してもらえて、心が癒されます」と一声添えてから活動報告を始めたのでした。そのあまりに自然なひと言に、他の参加者もほっとして、報告会が和やかな雰囲気で始まったのでした。

さて綾乃さんが小銭を少年に渡した自然な姿に感動して以降、自分も実践しているかというと、そういうわけではなく、小銭をあちらのカバンのポケットに入れてはなくし、こちらの服のポケットに入れてはなくし、という具合に、まず小銭がなくなる状態をなんとかせねばなりません。おそらく小銭入れを持ったら、その小銭入れをなくしそうです。ムダのない動きで、物乞いの少年に小銭を渡し、「気をつけなさいよ」と声をかけられるようにはなかなか時間がかかりそうです。しかし、物乞いの少年から「おばちゃん、ちゃんと同じところに小銭をしまっておかないとダメだよ」と注意される日は近そうです。
綾乃さんの小銭入れ

1−3)バッグと綾乃さん

ムラのミライのスタッフとしては1人でセネガルに駐在する綾乃さんは、やっぱり仕事が多くなってしまいます。もちろん綾乃さんだけがセネガルの事業をしているわけでなく、アンテルモンドのスタッフもファーマーズスクール(私が研修で通っているところです)のスタッフもとてもたくさんの仕事を同時にこなしています。

しかし、フランス語、ウォルフ語、日本語を扱い、パソコンもスマホも使いこなせる人は綾乃さん以外におらず、結果、1人で何役もこなすことになっています。

おそらくアンテルモンドの事務所中で一番忙しい人ではないかと思いますし、ムラのミライのスタッフの中でも抜群に仕事量の多い人です。一方、抜群に仕事量が少ない代わりに、抜群に口数が多い私。研修の合間をみつけては、何かと綾乃さんを手伝おうとするのですが、手より口が動いてしまい、綾乃さんの仕事を減らすどころか、逆に増やしてしまっている感が大です。

それはさておき、綾乃さんの仕事量の多さは持ち運ぶバッグの数からも伺えます。

最初の写真は、8月に一緒に村に行った時のことです。ファーマーズスクールのスタッフが綾乃さんと同じ村に行く、というので私も付いて行きました。その時の荷物の数が3つ。
荷物が3つのとき

これまでの20数年間、私も様々な国で、何人もの人たちと村を訪れましたが、畑の中で村人の話を聞くという日に、3つの荷物を抱えて行く人は綾乃さんが初めてでした。

「何が入っているの?」を聞くと、「もしものときに、この書類も、あの書類も必要なるかもしれないから」と、書類棚ひと棚分相当のファイルや書類をバッグに入れて持ち歩いているようなのです。この日は、荷物が3つでしたが、畑を歩く予定だったので、綾乃さん的には少なめの日だったそうです。

小柄な綾乃さんなのですが、軽々と3つの荷物を肩にかけて、畑を歩いているのをみて、「1つ持とうか?」と気軽に声をかけたのですが、肩にぐっと紐が食い込む重さで、断念。綾乃さんは「大丈夫、大丈夫、今日はそんなに重くないですから」と言うのを、今度は村の人が見かねたのか、1つ持ってくれました。

話はそれますが、セネガルに来てからというもの、何かと相手を見上げて話しをする機会が増えました。「実は、私も小柄な方だったのだ」と人生で初めて思う日々です(筆者の身長は170センチ)。

話を元に戻して、次の写真はこれからンブールの宿を発って、セネガルに戻るという日の綾乃さんの写真です。
荷物が6つのとき

この姿をみて、畑を歩いていたとき、「今日はそんなに重くないですから」というひと言に納得。私にはとても重そうなこの大荷物なのですが、この日も、荷物を6つも持っていているのに、なんとも爽やかに、軽々と歩いていく姿をみて「ただ者ではない綾乃さん」としみじみと思いました。

さて、ここまで、綾乃さんのことを3回続けてお知らせしましたが、続いて綾乃さんには登場してもらいつつ、今度はアンテルモンドのスタッフの皆さんのことをご紹介しましょう。テーマは「働き方改革」です。

(ムラのミライ 研修事業チーフ 原康子