2023年7月11日火曜日

メタファシリテーションのできるまで(13)

運命の2002年、というと大げさですが、この年がメタファシリテーションの誕生の年だと言っても過言ではありません。より正確に言えば、私が生み出した「職人技」が、皆が学べる体系化、理論化された手法となるその一歩を決定的に歩み出した年と言えます。


さて、その2002年に何が起こったのか、中田さんの語るところによるとこうです。2002年の初め頃、バングラデシュでシャプラニール(日本の草分けのNGOの一つで、中田さんもそのバングラデシュ駐在員を1986年から1989年まで務めていた)の現地スタッフに対して「和田のインタビュー術」の研修をすることになった中田さんに突如啓示があったのです。「私はまだその時分では仕組みを解明できていなかったのだが、ここは何とかやるしかないと腹を括って彼女らの前に立ったところ、次のようなやり取りのアイデアがふと頭に浮かんできた…」(「途上国の人々との話し方-国際協力のためのメタファシリテーションの手法-」みずのわ出版2010年p28)


この「ふと頭に浮かんできた」アイデアが、その後メタファシリテーションの研修では必ずと言っていいほど出てくる次の3つの質問です。

「朝ごはんには、あなたは何が好きですか」
「普段、あなたは(朝ごはんに)何を食べていますか」
「今朝、何を食べましたか」


この時、中田さんはこの3つの質問のうち「事実を聞いている質問」はどれですか、と尋ねています。いうまでもなく、事実を聞いているのは3番目の質問です。ただここで中田さんにとって決定的だったのは、「事実を聞く質問」と「事実を聞いていない質問」を区別することができるようになったことです。つまり「事実を聞いていない質問」とは何かということを明確に認識できたということが重要なのです。


前回も書きましたが、私のインタビューが事実を聞く質問で成り立っているということは、実は中田さんはすでに分かっていました。もう一度その部分を引用すると、「とにかく和田のインタビューは、シンプルだった。単純な事実を芋づる式に一問一答の形でただ聞いていくだけだ…」(「前掲書p21)と2001年のインドネシアでの観察をもとにすでに「単純な事実」をと書いています。ただ、私がしていたのが事実を聞く質問だったとして、では自分が質問をするとき、果たして自分が事実を聞いているかどうか、それをどのように即座に判断するか、その判断の基準は何か、それが中田さんの課題ではなかったかと、この「途上国の人々との話し方」のこの部分を読み返してみて思うのです。そしてその答えをゆくりなくも見つけたのが、この啓示とも思える瞬間、上記の三つの質問を思いついた瞬間だったと思うわけです。


それが心理学の本を読んで得た知識の、たまたまの援用であったわけですが、質問をこのような形で解析した例を私は他に知らないので、これはまさに中田さんの慧眼であったというほかないわけです。しかし、我ながら間の抜けた疑問だと思いますが、では私はこのような知識も慧眼もなく、なぜ「単純な事実」を延々と聞くというような芸当ができたのでしょうか。いまさらでお恥ずかしいのですが、この本を読み返してみるまで自分でこんなことを考えたことは今までなかったのです。無意識にやってしまうのが、恐らく中田さんの言う「職人技」という事なのでしょうが、そもそもなぜこういうことができるようになったのか、ということを考えたとき、行き着くのはこの連載の第6回に書いた村人へのインタビューです。この一連のインタビューを始めるにあたって私が心したことを、このように書いています。

「私がこの時心に決めていたことは、知らないことは虚心坦懐に聞くこと。聞いたことがある程度で知っているつもりにならないこと。曖昧なところは、相手が不快にならない限りははっきりするまで確かめること。」(メタファシリテーションができるまで 6

これはいわば心構えであって、では実際にこれをどうやって実現したかというと、知らないことを聞くということは、自分だったらどうするのか、どのような手順で何をするのか、ということを聞くようにしたということです。例えば田植え。田植えという言葉は、日本人なら誰しも生まれてから恐らく数え切れないくらい耳にする言葉です。で、5月あたりになると、田植えをする。田植えとは、田んぼに水を入れて苗を植える。そんなことを知っています。そのような映像をテレビで見る、いわゆるその季節になるとニュースで流される定番の年中行事の一つ、そう言っていいでしょう。でも、いざ自分で田植えをすると想像してみると、何から手をつけていいのか分からない。朝起きて、田んぼに出かける前に準備することは何でしょう?道具は?一反当たりどのくらいの苗を準備する?そもそも、何時頃田んぼに出かける?やったことがないのだから、知らないことだらけ、というより、ほとんど何も知らないと言ってもいいくらいです。そういうことを一つ一つ、田植えの前、田植えの最中、田植えが終わってから、という順で聞いていきます。このとき行うのが、「田植え」というイベントを細部にわたって分解するということです。分解できるのは、当然ながら行為です。感情や考えは、分解できません。また、分解するとなると、「普通何時に出かけますか」などという一般的な聞き方もできません。つまり、一つ一つ事実を聞いていく以外の選択肢はないのです、というより、私の場合は、本人はそれと自覚せず(そんなことを考えたこともなかったので)「自動的」に事実のみを聞く質問をしていたわけです。


このようなことをやり始めた頃は、即座に分解して質問を繰り出すなんてことはできません。ところが、幸運なことに村でのインタビューは通訳を介してのインタビューで、質問をする、通訳が入る、答えがくる、またまた通訳が入るというやり取りでしたので、分解して次の質問を考える間が持てたのです。もちろん、相手の答えで次の質問も変わってくるわけですから、答えが予想通りでその答えに対して用意していた質問がそのまま使えたなんてことがそうそうあるわけではありません。だから、そんなに余裕があったわけではないのですが、それにしてもあまり焦らなくていい程度の間がありました。しかし、だんだん慣れてくると、即座に分解でき、そして相手の答えもいくつか予想し、それに対して質問もいくつか用意しておく、なんてことができるようになってきました。そうなると、インタビューもスムーズに運ぶようになります。そのようなスムーズに運んだ例の一つを、中田さんは次のように紹介しています。


「私たちは、南スラウェシのある村で、農家の若い奥さんを相手に、マイクロ・クレジットの使用状況などについてひとしきり聞き取りを行った。…和田は、例によって事細かな質問を重ねていった。…彼女が、借りたお金をどのように使い、そこからどのような利益があったのかなかったのかが、具体的に浮かび上がってきた…インタビューを切り上げる際に、和田は(彼女に)ねぎらいの言葉をかけた……すると彼女は…私のことを聞いてもらって本当に嬉しかった…と嬉々とした顔で応えた。…和田は、このやり取りを、現地語と日本語の通訳を介して行っていたのだが、通訳を務めてくれた現地出身の大学の先生が、その後、私に陶然とした表情でこう漏らした。『なんてすごいインタビューなんでしょう。まるで二人の間に私がいないみたい』通訳たる自分の存在を、彼女自身が忘れるほどに、二人のやり取りが自然でスムーズだったということなのだろう。」(同p20)


会心のインタビューなんて、そんなにいつもできるわけではありませんが、こんなこともあるのです。しかし、会心とまではいかなくとも、相手の答えに対して連続して質問を繰り出すということは、練習を重ねればできるようになると確信をもって言うことができます。


次回は、インタビューを超えたメタファシリテーションの技術へ至る道です。

和田信明(ムラのミライ インハウスコンサルタント)