2015年8月25日火曜日

「知らない」ということに気がつく

対話型ファシリテーションを初めて知ってからはや2年、事実質問の練習というと、「他人の相談に乗る」をしがちな私ですが、最近、モノについて質問をすることのおもしろさを噛み締めるできごとを体験しました。

それは、大阪府箕面市に住む私が、近所の商店街に行ったときのこと。個人経営の酒屋さんで買い物をしようとしてレジに行くと、そこで「粟生間谷産のハチミツ」という文字が目に飛び込みました。すぐ近くの地域の名前なのですが、こんな近所で養蜂をしているとは聞いたことがなかったので、思わず「これ、粟生間谷のどこで作ったものですか?」と尋ねました。
「あぁそれ、お寺に向かう道の近くに橋があるでしょ。あの近くなんですよ」
「へぇ~、箕面でもハチミツを作ってるところがあったんですね。初めて知りました」
こうやって話をしながら、レジのおばちゃんに、4月から7月の間に絞った、6種類のハチミツを味見させてもらいました。
「全部おいしいけど、どれも個性があって同じものはない、おもしろいですね~。」
という感想を述べると、
「これは△月だから、○○の花が満開に咲いてる時期でね。こっちは□□の花でね・・・。」
と教えてくれるおばちゃん。
楽しそうに話しをしてくれたので、その流れで、
「いつから作ってらっしゃるんですか?」
「蜂はどこから手にいれられたんですか?」
「何月から何月まで蜜が採れるんですか?」
と、細かく質問をしていくと、旦那さんや息子さんも店の奥から出てきて、我先にと答えてくれました。
そして、「蜜を絞る」工程についての質問にさしかかったとき、ハタと気が付きました。
「私、そもそも『ハチミツを絞る』ってどうやってやるのかまったく想像がつかない!」
完全防備をした人間がハチの沢山ついた巣を取り出す・・・という場面だけはテレビで目にすることはあっても、その前後に、いったいどんな過程があってハチミツができているか、知らないどころか考えてみたこともありませんでした。
そして、「知らない」ということに気がつくと、知りたくて仕方がなくなります。
「取り出した巣に群がっている大量の蜂はどうするの?」
「巣の中にある卵や幼虫は?」
「何人で、どんな道具を使って作業するの?」
「蜜を取った後の巣はどうするの?」
 そんな疑問をひとつずつ解消するために質問を重ねていくと、最終的に、1時間ほど喋り通して、気がつけば閉店時間を30分も過ぎていました。
最初は単に、「どこまで事実質問で会話をつなげられるか試してみよう」という気持ちで始めました。それが、「自分は、普段の生活で使っているモノやそれがどういう過程を経て存在するか、何も知らないんだ」ということに気づくきっかけになりました。

帰った後に『途上国の人々との話し方』を読み返し、こんな記述を見つけました。
「事実質問を行うことは、物事の多様な側面についての知識と各要素間の相関関係への理解を深めるための絶好の訓練になる。その積み重ねが、ものごとへの理解を飛躍的に高めてくれること、請け合いである。」
うーん、物事の多様な側面についての知識・・・、相関関係への理解・・・、それが「分かった!」とはまだ到底言えないけど、それまで当たり前に使っていた「ハチミツ」について、今まで見えていなかった景色が少し見えたという感覚はありました。

「他人の気づきを促す」なんて言う前に、まず自分が気がつかないといけないことが、まだまだ沢山ある!と喝を入れつつ、これからも「自分は知らない」という心持ちで事実質問を続けていこうと、気持ちを新たにしました。

みなさんも、身の回りにあるもので試してみてはいかがでしょうか?


(海外事業コーディネーター、コミュニケーション 近藤 美沙子

2015年8月15日土曜日

でこぼこ通信_第20号_「メニューじゃなくて、どうやって料理するかを知りたいんです」2015年9月15日発行

でこぼこ通信第20号「メニューじゃなくて、どうやって料理するかを知りたいんです」2015年9月15日発行

In 601プロジェクト通信 ネパール「バグマティ川再生 でこぼこ通信」 by master

 

目次

1.はじめに
2.3年間の先生たちの活動から生まれた副読本
3.副読本を活用した授業プランを作ってみる、だけど…
4.メニューじゃなくて、どうやって料理するかを知りたいんです
5.相手の立場になって考える
 

1.はじめに

ネパールの季節は大きく分けて雨期(6~9月ごろ)と乾期(10~5月ごろ)。
雨期が終われば、カトマンズは怒涛のお祭りシーズンが始まる。お祭りでしょっちゅう休日になるので、お祭りのない日=休日でない日を探すほうが大変なくらいだ。
なかでもネパール最大のお祭りが10月にあるダサイン(収穫を祝うお祭り)。ダサインのあいだは約1週間の休日となる。その前後も含めると、月の半分以上はなんだかんだでお休みモードが続くため、「この仕事、ダサイン前に片づけてしまいましょうね!」が口癖になりつつある今日この頃。

そんな雨期の終わりにさしかかった8月、ネパールオフィスもいよいよ本格的に活動を再開した。今回のプロジェクト通信では、現在カトマンズで実施している2つのプロジェクトのうち、環境教育プロジェクトでのようすをお伝えしたい。

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2.3年間の先生たちの活動から生まれた副読本

先生たちやチャタジー公子さんと1年間かけてコンテンツを作り上げた、環境副読本Bagmati ji: We learn and Act With the Bagmati River(バグマティさん―バグマティ川と学び活動する)。この副読本は、いわば、これまでの3年にわたる先生たちの活動の成果。英語・ネパール語版の2種類を制作し、ムラのミライの研修を受けた先生たちに配布している。
「この環境副読本を活用しながら、今度は自分たち自身でバグマティ川を知る授業を企画・実施してみたいですね」
と、配布先の先生たちからも前向きなコメントをもらっていた。

ムラのミライで働くようになってから約2年。実は和田さんによる研修をフルで見るのは今回が初めてだ。だが、ソムニード・ネパールのスタッフにとっては慣れたもので、プロジェクト通信でもおなじみのウジャールが、「研修の準備は任せて!」と前日にササッと必要な機材や文房具の準備を済ませた。当日も早めにオフィスに来て記録の準備をしていた。

研修開始の時間になって先生たちが集まり、和田さんの横にディベンドラが並んで英語・ネパール語通訳の準備も万端。「そうそう、この光景を写真でみたな~」と、初めての研修にワクワク感いっぱいで席につく。同じく和田さんの研修は初めて見るというムラのミライスタッフのミッシーとともに、人手の必要なところはサポートしながら、研修を追っていった。


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3.副読本を活用した授業プランを作ってみる、だけど…

まずは参加者の自己紹介と副読本を読んだ感想を一人ひとりに聞いていく。
その後、和田さんから先生たちに、こんな質問が投げかけられた。
和田「これまで、ムラのミライの研修はどんな方法でやってきたでしょうか?
今みたいに、質問を投げかけることをしてきましたね。この副読本も同じ方法論で作られています。みなさん気づきましたか?つまり、本のなかでたくさんの質問を投げかけています。明確な答えのない質問もありましたし、生徒たちが自分で答えを見つけなければならないものもありましたね。ここで、また、みなさんに質問を投げかけたいと思います。
教育において大切な要素は何でしょうか?」
先生「好奇心?」
「実践的であること?」
「楽しいこと!」
「生活で使えること」・・・
和田「答えは一つではないと思いますが、私がそう問われたなら、疑問を持つ(give chance to pose the question)機会を与えることが一番大切だと答えますね。」

ムラのミライの研修の特徴は、一方的にファシリテーターが話して終わるのではなく、質問を投げかけて、もしくは参加者自身が何か疑問をもったことについて、脳みそが沸騰するくらい考え抜いて自分で答えを見つけていくこと。
これが教育でも大切なんだということを、先生たちと確認してからグループワークに移った。

グループワークでは、6人でグループをつくり「環境副読本を活用した授業プラン」をつくる。副読本の活用といっても、「あれをやりましょう、これをやりましょう」と事細かにムラのミライやソムニード・ネパールから提案することはしない。先生たちからの授業プランの提案があって、はじめて私たちも授業をサポートすることができる。そのためのグループワークだ。
和田さんから先生たちに、以下の4つのポイントについて考え、模造紙に書き込むように指示がでる。

1.授業を実施するために必要な時間を割り出す
2.1.の時間割に沿って授業トピックを考える
副読本の内容からいくつかピックアップしても、トピック同士をくっつけてもOK
3.2.について、どんなふうに授業を進めていくのか考える
最初の質問は?次は何をする?絵を描いてみる?などを書き込む
4.授業実施にあたり、どんな道具や材料が必要かを考える
USBメモリ、紙など必要なものをすべてリストアップする

副読本を片手に、あれこれディスカッションをしながら作業を進めていく先生たち。
お昼休憩をはさみつつもグループワークを始めてから1時間半ほどたったころに、ウジャールが和田さんのところにやってきた。
「あそこのグループはもう授業プランができあがっていますよ。あっちのグループももう少しでできあがりそうです。各グループで作ったプランの発表は15分後に始めませんか?」
というウジャールに対して、
「え?そんな短時間でできたの?本当に?」という和田さん。


そのやり取りを聞いていて、
「たしかに、上の4つのポイントを押さえつつ授業プランを作るとなると、ましてやグループワークなのだから、まずはお互いの興味・関心・目的をすり合わせていく必要もあるから時間がかかるだろうなー。でも、先生たちは授業プランが出来上がってリラックスモードに入っている。一通りの授業の流れは網羅してあるようだけど…」
と、後からふりかえると、この時の和田さんの発言の意図からややズレたところを、あれこれ気にしていた筆者。


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4.メニューじゃなくて、どうやって料理するかを知りたいんです

約15分後。
「もう各グループの発表を始めても大丈夫ですか?」と聞く和田さんに対し、「準備万端ですよ~」という顔の先生たち。最初のグループが発表を始めた。
先生「全体の授業時間は40時間で…最初は導入としてバグマティ川について知る時間を設けます。それから…」
と順を追って自分たちが考えたプランを披露し、最後まで終わると、グループの面々は「やりきった!」という表情。

それまでじっと先生たちの発表を聞いていた和田さん。
和田「じゃあ、このグループのプランについて、一つずつ確認したいんですが…まずは導入でバグマティ川がどこからどこへ流れているかを知る。それからモデル・レッスンは一日かけてやるんですね。スンダリジャルからチョバールまで訪問する。それで、その次の“Map Work”は…」
先生「ああ、それはここに挙げた4つのテーマを、1回(1時間)1テーマで勉強していくんです」
和田「となると、最初の1時間は“Study Map(地図について学ぶ)”ですか?この授業では何をするんですか?」
先生「モデル・レッスンで行った場所を地図上で確認するんです。」
和田「それなら5分で終わりませんか?1時間も必要ですか?ここのポイントは何ですか?」
先生「地理的情報を得るんです」
和田「地理的情報って?」
先生「緯度や経度ですよ。」
和田「生徒が地図を見て、モデル・レッスンで訪れた場所の緯度や経度を知ってどうするんですか?この授業のポイントは?」
先生「バグマティ川がどこから流れてどこにいくか…」
和田「それだったら、導入の授業で終わっているでしょう。」
この、和田さんからのツッコミを聞いて、グループのメンバーだけでなく、他の先生も一斉にあれこれと言い始めてトレーニングルームが一気に騒がしくなる。
(ちなみにネパール語初級者の私には、詳しい内容まではわからない。)

先生「ネパールの地図を書いてここがバグマティ川…と確認していくんです。」

和田「だから生徒たちは退屈になるんじゃないですか。あなたたちは(1時間も地図で場所を確認するだけの授業は)退屈じゃないですか?観察地点はどこか、バグマティ川がどこから流れてきているのかは、モデル・レッスンの準備として取り扱えばいいのではないですか?(モデル・レッスンが終わった次の)ここでは、自分たちが何を経験したのかをふりかえるべきなのでは?
たとえば地図を見て、トポグラフィー(地勢図)を見て、スンダリジャルで経験したことを思い出してもらう。
彼らがすでに学んだことをさらに深めるには、どう地図を読めばいいのか、そのやり方を教えるべきでしょう。どんな人が住んでいるのか、農業は、水の供給は…(中略)たとえば、パシュパティナート付近ではすでに川が「死んだ」状態になっていることが水質検査でわかったけれど、地図からはどんな情報が読み取れるだろうか?」



ここで研修序盤の和田さんと先生たちとのやり取りが生きてくる。そう、「教育において大切な要素は何か?」という和田さんの問いかけだ。
先生たちのプラン、特に和田さんが指摘した箇所はおおざっぱなトピックだけが決まっていて、「はじめに●●をやって、次に××をやる。どんな質問を投げかければ興味をもつか、こういう方法を使えば楽しいだろうか…」と生徒の立場になって、プロセスを具体的にイメージしてもいないし、生徒自身が考えて自分で答えを見つけていくような内容にもなっていない。つまり、研修序盤で確認した「教育で大切なこと=疑問を持つ機会を与える」が全く生かされてないし、そもそも先生たち自身が授業プランを作るにあたって、表面をなぞらえるだけで考え抜いていない。そこを和田さんは鋭くキリキリと先生たちにツッコミをいれているのだ。

そんな和田さんからツッコまれてあれこれ言い出したり、しどろもどろになっている先生たちと自分の姿が重なる。
これまで、私も仕事でイベントやセミナー、ときには研修のプランづくりを担当することがあった。そこで何をするか、何を得てもらうかを、相手の立場にたって具体的に考えることなく、トピックだけなぞって、結果、出来上がるのはリアリティのない自己満足の企画。そんな失敗もよくある。(私の場合、ここまでキリキリとツッコまれたら早々に音を上げてしまうが、先生たちはタフだ。)
ネパール人だとか、日本人だとかは関係なく、落とし穴は同じなのだ。

ここまで読んでいて、「あれ?ずっと前にも和田さんと先生たちのあいだで、こんなやりとり見たことあるぞ?」と思った読者の方々。お察しのとおり、ほぼ同じやり取りが過去にもあったのだ

和田「これだとトピックを挙げているだけですよね。例えるなら、私はメニューが知りたいんじゃないんです。“どうやって料理するか”を知りたいんですよ。」
先生「えーっ、それならもっと時間が必要ですよ!」(他の先生たちが一斉に笑う)
和田「いや、だから「もう発表を始めても大丈夫なのか」と聞いたんです。今度はどれか一つのトピックでいいです。ひとつひとつを詳細に考えて。生徒が退屈しないように。授業が生き生きしたものになるようなプランを考えてみてくださいよ。」

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5.相手の立場になって考える

さて、やり直しを命じられた先生たち。もう一度授業プランを練り直す。

そんな先生たちのようすを見ながら、和田さんが話してくれたこと。
「相手の立場になって、どんなトピックだったら楽しいだろう、どう進めれば興味を持ってもらえるだろうってことを常に考えないと、ああいう授業プランが出てきてしまう。自分に引き付けて考えるというのは、メタファシリテーションにも通じるんだよね」(ここの会話は日本語)

そう、メタファシリテーションで重要なことの一つは、「自分が相手の立場であればどうか」を常に意識すること。
例えば、初対面の人に、いきなり「あなたの収入はいくらですか」と聞かれて答えるかどうか?日本人同士なら、まずそんなことは聞かない。でも、「国際援助」や「調査」と名がつくと、そうした想像力が働かなくなり、自分の聞きたいことを優先してしまう。つい初対面の村人に「あなたの収入はいくらですか?」と聞いてしまいがち。(このあたりは『途上国の人々との話し方』、その英語版『Reaching Out to Field Reality』を参照されたい。)
そんな落とし穴は、人と人が関わる場なら、どこにでもぽっかりと広がっているのだ。

さて、限られた時間ながら、和田さんに指摘された点を入れ込んだ授業プランを作った先生たち。
和田「だいぶよくなりましたね。一つコメントしたいのが、ここの「バグマティ川について知っていることを挙げる」というところですが、私からのアドバイスは、リストアップする数を決めるということです。10個でも20個でもいい。そうしないと、人間の心理として、一般的なことから取り上げがち。例えば「バグマティ川は聖なる川だ」など。そうした一般的なことが2~3個並んで終わってしまいます。一般的なことではなくて、その人の具体的な体験を引き出すのがポイントです。・・・今日の私のコメントはここまで。研修を終了します。みなさんの授業プランはタイピングしてメールで共有しますね。」

同じ失敗を繰り返しつつも、少しずつ歩みを進めている先生たち。
先生たちがそれぞれの学校でどんな授業プランをつくり、実践していくのか。
そのようすは、次号以降のプロジェクト通信でお伝えできると期待している。

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注意書き

チャタジー公子(さとこ)さん:環境教育の専門家として、副読本作成の側面から本プロジェクトのサポートをしていただいた。
でこぼこ通信14号第14号 「私のゴミの行方」(2014年10月29日発行)より
http://muranomirai.org/dekoboko-14

和田さん:ムラのミライ設立者、海外事業統括の和田信明。おなじみムラのミライの名ファシリテーター。
http://muranomirai.org/about/staff#a22

ミッシー:ムラのミライスタッフ、近藤美沙子。現在、ネパール事務所に長期出張中。本人たっての希望により、ニックネームのミッシーの名で本通信に初登場。
http://muranomirai.org/about/staff#a14

スンダリジャルからチョバールまで訪問する:モデル・レッスンでは上流のスンダリジャルから下流のチョバールまでの4~5か所で川を観察し、水質検査をおこなう。
モデル・レッスンのようすは、
でこぼこ通信第8号「マジシャンとファシリテーター」http://muranomirai.org/dekoboko-8を参照されたい。

『途上国の人々との話し方』『Reaching Out to Field Reality』:
ムラのミライ流ファシリテーションをまとめた書籍。ムラのミライスタッフ必読書。
購入はこちらから。http://muranomirai.org/bookorder

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2015年8月11日火曜日

要はどういうこと?

前回の私の記事では、「ことばを噛み砕くこと」のエピソードについて書きましたが、今回は、「要はどういうこと?をおさえること」についてです。

舞台のA村は、2012年から流域管理の活動に参加し、これまで隣のP村の指導員たちから流域管理のコンセプトと計画、実践について習ってきました。そして、そのモニタリングのために、私もA村には何度も足を運びました。
6月末日、事業評価のために2名のJICAスタッフの方と、和田元代表が事業地に訪れました。これまでの活動を紹介するA村の村人たち、話のなかでは「ウォーターシェッド(流域)」という言葉が飛び交います。そこで、和田さんがこんな質問をしました。

「ウォーターシェッドとは何だい?」
すると、若い村人たちがA村の模型を指さしながらしきりに説明します。
「ここに雨が降って、水が山をつたって川に流れて、、、」
「三つのゾーンに分かれて、、、」
和田さんは、続けます。
「ウォーターシェッドってのは何だい?」
今度は別の村人がウォーターシェッドについて同じような説明します。それでも、まだ和田さんは、「ウォーターシェッドとは何だ?」と質問を繰り返します。
 また若い村人たちが説明をくりかえし、年配の村人たちは黙っています。すると、和田さんが1人の村人にたとえ話を始めました。
「山に農作業に行って、すごく喉が渇いているとき、そこに小川を見つけたらどうやって水を飲む?」※
オッチャンは両手を合わせて、水をすくうしぐさをしました。そのとき
「それがウォーターシェッドだ。」
和田さんがそう言った瞬間、村人は皆
「はー」
と、村人たちは、何かが頭の中にストンッ、と入ってきた表情を見せました。そのとき私も村人たちと同じ顔をしていたに違いありません。
この一連の対話の更にすごいところは、「ウォーターシェッドって、要はなんだ?」ということA村の人たちに理解させるのと同時に、モニタリングを行ってきた私自身が、「要はどういうこと?」を上手くおさえることが出来ていなかったことに気付かせる点です。このやりとりを見ながら、私は途上国の人々の話し方で登場するクマールさんのことを考えていました。
村の若者たちが話した「ウォーターシェッド」の定義が、全て間違っていたわけではありません。A村にも、良く理解して説明できる村人はいます。ただ、このコンセプトを10歳のこどもから80歳のお年寄りまでが共有して、村全体での継続的な活動につなげるには、辞書の定義やプロジェクトの言葉ではなく、本当の意味で「ウォーターシェッドとは何だ?」「それはあなたにとって何だ?」ということに、気付いてもらう必要があります。そして、そのためには、まず自分自身が「要はどういうこと?」を理解していることが大前提です。
 前回の「ことばを噛み砕くこと」に加えて、「要はどういうことか?をおさえること」この二つは常に意識して活動を続けていきます。


文字数の関係でやりとりを短くしています。

(海外事業コーディネーター 實方

このインドでのプロジェクト通信はこちらから

2015年8月4日火曜日

ファシリテーション手順 その1

前回の記事中田さんは、対話型ファシリテーションをマスターするには日頃の練習が大切だとおっしゃっていました。会話を途切らせることなく事実質問を繰り返し、相手の課題を解決するにはどういう方向に質問をもっていけばいいのか、ファシリテーションの具体的な手順を今回から数回に分けてもう一度復習したいと思います。

I:セルフエスティームが上がるようなエントリーポイント(話しのきっかけとなるもの)をみつける
 →身の周りのものを褒める

相手が身につけている物の中から意味のありそうなものを見つけ、「それは何ですか」「その帽子おしゃれですね。いつ購入したのですか」とセルフエスティームが上がりそうな簡単な質問をします。話しを始めた直後に課題に関する質問をすることは避け、相手との信頼関係を築きます。事実質問の種類としては、大きく2つに分かれます。①「いつ」「どこ」「誰」「何」の簡単な疑問詞での質問 ②「〜したことがありますか」と相手の経験を尋ねる、「〜がありますか?」と存在や物事の有無を聞く、「〜を知っていますか」と相手の知識を問う質問です。この2種類の質問を駆使出来るようになると、長時間会話をすることができます。必ずしも最初に選んだエントリーポイントから話しが展開できるとは限りません。その場合は何度もエントリーポイントに戻っては進むことを繰り返し、次の段階へ入っていきましょう。

II:課題を整理する

相手の課題が出てきたら「それが原因でどんな困ったことがあったか」を尋ね、相手の言う課題が本当に課題なのかを明確にします。会話の途中で「これは問題かどうか」と疑問が出てきたら、「その問題に対しどんな処置をしてきたのか」「それが原因で誰がどのように困っているのか」を質問します。もし、これらの問題に対して何も手を打っていなければ、それは問題解決への意思がないとし、またそれによって誰も具体的に困っていなければ、その課題は対処を要さないと判断しましょう。

いかがでしたか?今回は8つあるファシリテーション手順の中から2つ目まで紹介しました。それ以降の手順については、数週後にまた更新したいと思います。
詳しいファイシリテーション技法は書籍「途上国の人々との話し方」をご覧下さい。

引用
「途上国の人々との話し方」p293p297

インターン 池田)

でこぼこ通信_第19号_ 「ネパール地震、その後のその後」2015年8月4日発行

 第19号 「ネパール地震、その後のその後」2015年8月4日発行

In 601プロジェクト通信 ネパール「バグマティ川再生 でこぼこ通信」 by master

 

目次

1.はじめに
2.マノッジ先生の学校
3.壊れたDEWATSは誰が修理するの?

1. はじめに

2015年6月中旬のカトマンズ・トリブバン空港
相変わらず流暢な日本語をあやつるタクシーの客引きにつかまりそうになりながら、空港を出て、その“相変わらず”ぶりにちょっと安心した私(注1)。
前号まで「でこぼこ通信」を執筆していた、ショーコ(池崎翔子)の後を引き継ぎ、今回から三代目語り手こと私(田中十紀恵)が通信をお届けすることになりました。
あれこれと言ってみては、和田(注2)に代わってネパール人スタッフたちから「トキエさん、いやいやそれは…」と諭される、ヒヨッコもいいところですが、スッタモンダや失敗談、和田の名ファシリテーション、ネパール人スタッフたちの奮闘、そして時にはネパールの魅力も交えつつ、プロジェクトの様子をお届けできればと考えています。

さて、ネパールオフィスは5月からオフィス業務を再開。自身も被災しながら緊急支援活動に動いていたスタッフたちですが、私がカトマンズに到着する頃には、以前と変わらぬ様子が戻っていました。地震後、日本からスタッフ全員の無事を確認していたものの、実際この目で、一人も欠けることなく無事な姿を見て一安心。
今回の通信では、ネパール到着後1ヶ月のあいだに、ネパールオフィス新米の私が、現場についていって見聞きしたことをご紹介します。

  




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2.マノッジ先生の学校

震災後、カトマンズの多くの学校は6月から授業を再開しました。オフィスのあるボーダでも、朝夕に制服を着て歩く子どもたちの姿をよく見かけます。
カトマンズに到着して間もなく、ディベンドラ(注3)の案内で、昨年度に実施した訪日プログラムの参加者の一人、マノッジ先生の学校を訪問させてもらいました。
「ナマステ、マノッジジ。サンチャイフヌフンチャ?(こんにちは、マノッジさん。お元気ですか?)」とカタコトのネパール語で話しかけると
「サンチャイ(元気ですよ)」と答えてくれたマノッジ先生。久しぶりの再会です。
…とはいっても、最初に訪れたのはもともと学校があった場所とは別の仮校舎。
マノッジ先生をはじめ、その時に勤務していた先生たちに地震後の学校の状況について話を聞きました。
もともとあった校舎は地震による倒壊は免れたものの、建物に大きくヒビが入り、現在はトタンで作った仮校舎で授業をしています。仮校舎であることを除けば、普段と変わらないようにも見えましたが、8割の生徒の家が地震の被害にあい、親せきの家などに避難しているそうです。また、山あいにある地域のため、地震のあとに地滑りも起こったことで、この地域を離れる人々も多く、地震前と比べて生徒数は約6割に減っているとのこと。

  


その後、もともとの校舎にも案内してもらいました。現在、校舎は閉鎖されています。政府による「安全でない建物」の赤いステッカーが貼られていて、建物を利用することができないからです。中に入れてもらってぱっと目に入ったのが、壁に入った大きなヒビ。確かにこれでは今にも崩れそうで授業どころではない。


マノッジ先生によると、学校にPCや液晶モニターなどを導入して、これから設備を充実させていこうとしていた矢先の地震。仮校舎には電源がないので、敷地内にはこうした機材もそのまま置かれていました。
訪問したときには笑顔を見せてくれたマノッジ先生でしたが、今後のことを聞くと、
「仮校舎での授業は6ヶ月間の予定です。その後はこの土地で再開するのか、新しい場所に移転するかになるだろうけれど、政府の方針(注4)が決まっていないので先行きがわからないんですよ。」と。そう言って肩を落とすマノッジ先生にかけられる言葉もなく、その日は「案内してくれてありがとうございました」とお礼を言うしかできずに帰りました。

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3.壊れたDEWATSは誰が修理するの?

カトマンズ郊外の村ながら、政府からの十分な支援が届かず、雨除けのテントシートや水を配布したデシェ村。7月初めの天気のよい日、「デシェ村とDEWATSを見せてもらいたい」とお願いして、DEWATS建設の現場監督をしていたラングーと、緊急支援物資を運びずっと村の状況を見てきたウジャールに、デシェ村まで連れてきてもらいました。
ネワールの人たちが住むデシェ村。各地でネワール建築の建物が大きな被害を受けていますが、ここでも昔ながらの家は大きく損壊していて、テントやトタン板を使った仮設住宅に住んでいる人たちも見られました。また、比較的新しい家でも内部が壊れていて住めなくなっている家もありました。


DEWATSにたどり着くと、ラングーがさっそくDEWATSを歩き回って破損状況をチェック。地震によって破損した箇所が大きくなってきているとのこと。今のままでもDEWATSに流れ込んだ家庭排水はある程度はキレイになりますが、修繕しなければその能力を最大限に発揮することはできません。




その後、家庭排水をDEWATSにつなぐパイプラインに沿って村を歩きましたが、パイプラインもところどころ壊れています。
「パイプラインから水が漏れてて、臭いがひどいんだけど!」という村の人も。
その後も村を歩き回っていて、ふと(こういうことを私たちに言うということは、村の人たちによるDEWATS全体の破損状況のチェックはまだ?地震後で当然かもしれないけど。)と思い、
「ねえ、ウジャールさん、村の人たちは破損の状況をチェックしたのかな。これまでに「破損の状況を●●さんがチェックした」とかそんな話を村の人たちから聞いたことある?何か知ってます?」と聞いてみると、
「うーん、具体的な話は聞いてない。DEWATSのメンテナンス担当者を決めて、その人を中心にやっていこうとしていたんだけど、そんな時に地震が来て。その後は自分の生活を立て直すのに必死だったからね。」と、ある意味で予想していた答えが返ってきました。
2月に竣工式をおこない、デシェの人たちに引き渡したDEWATS。自分たちの手で本格稼働・運用し始めた、そんな間もないころに起こった地震。

地震から自分たちの生活を立て直すことで精一杯で、DEWATSの修理に目を向けられていなかったように見えたデシェ村の人たちではありますが、数日たって、ソムニード・ネパールのスタッフが管理組合メンバーから呼び出されて修理について相談を受けるようになりました。
“自分たちのDEWATS”を復活させるために、いつ、どこで誰が何をやるか?コストはいくらかかるのか?そのお金はどこから調達してくるのか?そんな彼ら自身のアクションプランを作って実行する…という私の理想。ではありますが、「「工事にかかる費用をソムニードからも出してもらえないだろうか」なんて発言がいきなり飛び出してきたよ…」というスタッフからの報告(現実)の前では、私の理想などいとも簡単に吹き飛んでしまう。
本格運用が始まり、村人たちの手で維持・管理を始めようとしたところでの、“重い”課題をどうデシェの人たちと乗り越えていくか。いきなりの正念場です。

マノッジ先生の学校やデシェ村がどうなるのか、再開したプロジェクトがどう動くのか…については、次回以降のプロジェクト通信でお伝えしたいと思います。乞うご期待!

※注
注1 私:本通信の3代目語り手の田中十紀恵。6月中旬に関西オフィス→ネパールオフィスに移動。覚えたてのネパール語を嬉しがって披露すると、ネパール人スタッフたちが練習に付き合ってくれるものの、彼らの話すネパール語に全く返答できず、結局はジェスチャーで乗り切る日々。

注2 和田:ムラのミライ設立者の和田信明。過去の通信をお読みの方にはおなじみの名ファシリテーター。日本に一時帰国中であるが、右も左もわからない筆者にメール、スカイプとあらゆる手段でネパールから追いかけられる日々。

注3 ディベンドラ、ウジャール、ラングー:ムラのミライの現地パートナー、ソムニード・ネパールのスタッフたち。

注4 マノッジ先生の働く学校は公立学校。