2008年6月10日火曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第7号「必要なものとは、欲しいものリストではない」

 

目次

1. 必要なものとは、欲しいものリストではない!
2. みんなって、誰?

 

1. 必要なものとは、欲しいものリストではない!


インドの季節は、hot、hotter、hottestの3つだ、という言葉をどこかで耳にしたことがあるが、4月下旬から6月にかけての約1ヶ月間は、それこそhottestの時期になる。ポガダヴァリ村(以下、ポ村)やマーミディジョーラ村(以下、マ村)でも、日陰でさえも休まる気がしないほどに日中の気温は上がり続け、汗は流れる前に蒸発する。マンゴーで喉と心を潤したいのに、今年は不作なため欲しいときに市場にない。

そんな夏真っ盛りな中、ポ村とマ村からの研修参加者たちはお互いの村を訪ねて、宿題の結果を共有しあった。宿題とは、「土壌を良くする」「水源地を涵養する」「苗床を作る」「山火事から守る」と彼らが考える活動の中身を、はてどうするか、考えるというものだった。

ポ村では、研修参加者たちがまず村全体の景観を見渡しながら、山のどこから水が流れてきて、チェックダムやため池がどこにあって、そこからどうやって畑や田んぼに水を引いているか、マ村の研修参加者たちに説明したそしておもむろに一行をある場所まで連れて行き、宿題で考えたことを発表した。

「この斜面に、新しく石垣を作って土砂崩れを防ごうと思うの。」

「それで、斜面の下のほうにはため池を作ってそこから水路を引くと、荒地も田んぼに使えるし、水が土壌に染込んでいって、地下水が枯れるのも防げると思うの。」

「苗床は、あそこの土地に作ればいいかなぁ、なんて考えてるんだけど。」

「あそこってどこ?」と尋ねるラマラジュ

「あの山の向こう側に、村共有の土地があるんです。だけど、あそこまで行くにも、今日はもう陽が高くなっているのでやめましょう。」といって、ずーっと先の山の端の裏側を指すポ村のオジサン。

マ村でも、村人がまずは村の土地の景観を説明して、早速山登りが始まった。

マ村は4つの集落からなっているが、その内3つは山の頂上付近にある。といっても、山は一つだけでなく、一つの集落から次の集落へ行くときは、一つの山から次の山へ、という移動になるのだ。
3つの集落からの研修生が口をそろえて訴える。

「このチェックダムの水路を直せば下流部で畑が広げられるんだ、たぶん。」

「ここに石垣を作ってため池を作れば、もっとたくさんの水がチェックダムに流れる、ハズ。」

「ここにもため池を作れば、周りの田んぼが潤う、と思う。」
そして、4つめの集落からのオジサンが不満を言う。
「オラのとこには水が来ねえじゃねぇか」

こんな、「チキン・カレーが食べたい」「フライド・チキンも食べたい」「あと、魚のカレーも欲しいよね」という食べきれるかどうかも分からない状態、つまり、ほんとにソレが必要なのかどうかさえも分からないままの状態では、作った後で「やっぱり要りませんでした」と言うことになり、残骸が増えるだけのことになる。

「なんで、今まで作ってきたチェックダムやため池なんかが使えなくなってるのですか?」
キョーコさん、それはですね、私たちが作ったんじゃないからです。政策の一部で、役人が勝手に作って、私たちは単に言われるままに石を運んだり土を掘ったりしただけですから。」

「でも、それだけじゃないでしょう。役人が勝手に作ったとしても、上手く使い続けられることもあるだろうし、自分たちが作っても、ほとんどダメになってるため池もあったわけだし。」

「(ある集落のため池を思い出すオジサンたち)・・・・・・・」

村全体の地形と構造物の関係や、植物や水などの自然資源の状況をまだ全体的に掴めない村の人たちは、とりあえず、あったらいいかなぁというモノを考えていた。
そして、あったらいいかなぁという理由だけでは、ソムニード(現ムラのミライ)だって、JICAだって、好きなようにため池やチェックダムを作る支援はできない、けれど、750万円が3つの村で使えるように予算は作ってある、ということを伝える。

750万円というニンジンがいきなり目の前にぶら下がり、興奮状態に陥ったマ村とポ村の研修生たちは、もう一度宿題を考え直します、と鼻息荒く宣言してそれぞれの村に帰っていった。
再度開かれた宿題発表の日、意気揚々と集まったマ村とポ村の発表の中身は、要約すると次のようなものになった。
『100人の村人がちょっと良い感じの食堂でチキン・カレーを食べることが必要。』
なんかヘンな智恵を付けたな、と開いた口がふさがらないラマラジュと筆者。
しかも、村でミーティングをしての結果だと言う。
それなのに、今回初めて研修にやって来たポ村の数人は、今まで何が行われてきたのか知らんなぁ、と言う。
研修を受けた後には「村のみんなで共有しました」「村のみんなで話し合いました」と言ってきた研修生たち。
一体、村のミーティングとはどのようにしているのか、「みんな」ってどれくらい?と不思議になった私たちは、研修生たちに許可をもらい、村のミーティングを訪ねてみることにした。


2. みんなって、誰?

村に一番近い町にある温度計は50度を指すくらい、人も温度計も暑さにやられる夏も峠を過ぎ行く頃、順々に村や集落のミーティングを訪ねて回った。
早朝は農作業で大抵の村人が不在なため、夕飯が終わった頃に村に行くことに。


南インドの村や集落というのは、大抵、一つの場所に家々が固まって建てられている。幅2メートル強の道を挟んで、10軒くらいの家が一列になって、両側に軒を並べている。大きい村では、3列、4列と家々が立ち並ぶ。家というのは、うなぎの寝床のように横幅が狭く、縦に長い。長いと言っても、日本の感覚で言うと4畳半と6畳合わせて二部屋あるくらいなもので、その家に3世代6~8人が暮らす。

そして、村のみんなで集まるというときは、村の広場に丸く座ることが多い。しかしどこの村でも、NGOスタッフが来るということは、その人たちが最初から最後まで仕切るもんだ、と思っているため、村のミーティングであるにもかかわらず、私たち用のイスが用意されてそれに向き合うように人々が並んで座っている。
まずは、ミーティングを見させてもらうことの許可を取り、人々の円の外側にイスを持っていった。
今回のミーティングを見て分かったのは、今まで「みんなで話し合ったよ」と言ってきた「みんな」とは、隣の家の人たちだったり、男性たちのことだった。
今、オジサンやオバチャンたちが村からの代表として頑張って研修を受けてきているのは、村にある植物資源や水や土を上手く利用しつつ、子どもや孫の世代まで残していきたいと思っているからである。
だけど、今までに何が起こってこれから何をしようとしているのか、村の数人しか知らなければ、それは村の事業ではなく、その人たち数人の事業になってしまい、後々、「だって私たちは○○さんが言ったように石運びをしただけだし」と、今オジサンたちが言っているのと同じことが起きかねない。
「みんな」が知っているものだと思っていたことは、実はほとんどの人たちがよく知らなかったため、研修を受けてきた人は、ソムニード、JICAと事業をすることになった経緯から今まで受けてきた研修について順々に話をした。

それを、特にマ村のオバチャンたちは「へぇ~、へぇ~」と楽しそうに聞いていた。

そうした事情に加え、マ村のある集落内では、人々が多数派と少数派に分かれており、少数派からなんやかんやとイチャモンがつく。

ポ村では、酔っ払いのオヤジたちが野次を飛ばし、そのオヤジたちを黙らせるために、オバチャンたちが大声で叱り飛ばす。オヤジたちの野次とシャックリとオバチャンたちの怒鳴り声で、いつの間にやらミーティングは終わっていた。

マ村のある集落では朝にミーティングが行われ、グループ間の対立も酔っ払いもなく、平穏に進められたが、やはりオバチャンたちは今までの経緯や研修について何も知らされていなかった。

なので、この事業の始まりから、今までの研修の内容について、そしてソムニードやJICAは、他のNGOとは違って、ただ座って待ってるだけでは何もくれないということ、自分たちで考えて決めていくために研修を受けているということなどを、州の言葉(テルグ語)ではなく、自分たちの山岳少数民族の言葉(サワラ語)で、研修に参加してきた人が発表した。

「女性のみなさんは、田畑の仕事はしますか?」

「しますよ、キョーコさん。」、と答えるオジサンたちを黙らせて、オバチャンたちに答えてもらう。

「森に行って燃料を集めたり、井戸や池で水を汲んだり洗濯したりしますよね?」

「もちろん。」

「田畑に使う水はどこから来て、村の中にはどんな種類の木や植物があって、池や井戸の水がお嫁に来た頃より増えてるとか減ってるとか、色々と知ってるんじゃないんですか?」

「知ってます。」

「それじゃぁ、今進めている事業は、村の男性たちだけのための事業ですか?」

「違う、と思う。私たちも、山で仕事したり水を使ったりしてるし・・・」

まだまだ、男性の前で話をするということに慣れていない女性たちだが、オジサンたちは、なんとなく「オラたちだけが研修に参加するのは、間違ってるのかも。カアチャンたちも連れて行った方がいいのかも」と考えた。

そして、マ村の4つの集落のどのミーティングでも、「次の研修からは、アタシたちも参加します」とオバチャンたちは答えた。

イチャモンがついたり酔っ払いが騒いだり、色々と騒々しいミーティングだが、他の村人から研修生たちへ質問も出てきた。

「なんで、新しいものばかり作るんじゃなくて、今あるものを修理しないの?」

「うちの集落だけじゃなくて、全部の集落とか、もっと下流にある村のことも考えた方がいいんじゃないの?」

「水を皆が上手に使うには、他に、どんなものが作れるの?」

これらの質問に答えられない研修生たち。

そこで、マ村やポ村の周辺にも、さまざまな灌漑施設を持つ村がいくつかあることを知った村人たちは、自分たちの村にはどういう建造物が必要なのか考えるために、一度そうした建造物を見てみたい、と視察のリクエストを出してきた。

なにやら暴走気味のオジサンたちの思考回路を修正するためにも、私たちのこの視察の思惑、いや、目的は別にもあるのだが、オバチャンたちも参加すると言うこの視察、果たして、オジサンやオバチャンたちが見るものは!?

以下、次号に続く。


3. 注意書き

ラマラジュ=今年の夏は日中に停電が続くためインド人の彼もさすがにバテる。日本製のウチワは軽くてしなやかと、フィールド事務所の中ではウチワを扇いで暑さを凌ぐ努力をするが、とうとう暑さに敗北。

キョーコさん=前川香子。この通信の筆者。インドに持ってきた日本のウチワが、今年の夏ほど役に立ったことはない、と密かに感動しながら、涼しい場所とマンゴーを求めてさまよった夏。