2010年5月24日月曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第21号「オラ達の村の進む道」

 

目次

1. 総会が始まる
2. ポガダヴァリ村の場合
3. ゴトッゥパリ村の場合
4. マーミディジョーラ村の場合
5. 促すことと待つこと

 

1. 総会が始まる

マンゴーの実が大きくなり、そろそろ熟し始めるかという4月終わり頃から、マーミディジョーラ村(以下、マ村)、ポガダヴァリ村(ポ村)、ゴトッゥパリ村(以下、ゴ村)の各地では、村の総会が続々と開かれた。

去年までの構造物の建設作業や植林作業の労賃から一定額を貯めて、村の共同資金を作ってきたことは、これまで何度か通信でもお伝えしてきた。そしてそれら資金を運用し、オラたちの村を描いた「理想の村」に近付けるための活動を行う母体となる組織も、村のオジサン・オバチャンたちが立ち上げた。

研修を受けてきた村のオジサン・オバチャンたちが中心になって、組織形態や意思決定の方法、資金集めやその運用など規則案を作ってきたが、それらを村全体で承認して正式に活動を開始しようというのが、第一回目の総会目的。
気温が40度近くになり熱風が吹く昼日中は、とてもじゃないが座っていることもできないので、夕方か朝に設定された総会。


2. ポガダヴァリ村の場合


第一陣はポ村。

畑仕事にも賃労働にも行かず村にいるように、ソメーシュやパドマが5日前から村の人たちに言っていたこともあり、各世帯からほぼ2人ずつ集まったポ村の総会第一回目。議長も選び、研修中に考えた組織名や規則を順々に披露するソメーシュ。
「これまで、石垣やため池を作ったり植林をしてきましたが、これらを放っておかず僕たちでメンテナンスしながら、村を良くしていくために、組織を立ち上げましょう。名前は、グラマ・チャイタニヤ・サンガム!他に何か良い名前はありますか?」
「さんせーい!」
そして、グラマ・チャイタニヤ・サンガムが目指すポガダヴァリ村の姿として、「都会に出稼ぎにいかなくても暮らしていける」「すべての子どもたちが読み書きできる」「役人や外部組織などに依存しない」などが、村の人たちの間で共有された。続けて、メンバーは各世帯から男女1名ずつ、18歳から60歳までと決め、年会費や入会費なども設定。
活動を実際に動かしていく執行委員会には男女合わせて15名が選ばれ、その中から代表を選出する事に。

「代表は誰が良いですか?立候補は?」という議長の問いかけに、
「ソメーシュだ」という声があちこちから挙がる。

残念ながらパドマは事情があって今回の総会に出席できなかったが、オバチャンたちからは「パドマよ」という声も出てくる。この3年間、村を引っ張ってきた2人。黄門様から突っ込まれるたびに成長してきた。
最終的に初代代表にはソメーシュが選ばれ、パドマは代表委員会のメンバーの一人になり、共同資金の収入源や活動内容など、次々と自分たちの規則が決まっていく。

こうして、ポ村の理想の村へ向けての第一歩が、踏み出された。


3. ゴトッゥパリ村の場合


所変わってゴ村。

ゴ村では夕方に時間設定がされ、三々五々山や畑から戻ってきた村人たちが集会場所にそろったのは、日が暮れきってから。ようやく第一回目の総会が始まった。

「え~っと、では僕たちの村の組織の名前は・・・・・・・」
議長をするモハーンがもったいぶっているのかと思いきや、すっかり忘れてしまった様子。あたふたと研修記録を読み返し、「グラマ・アビブルディ・サンガム」と発表する。

「え~っと、メンバーは各世帯から1名ずつ」
「違うよ、モハーン。2名ずつだよ」

初めての総会ですっかり記憶が白紙状態になってしまったモハーン。
メンバー構成、年会費、総会や定期集会の開催月、そしてため池の底の定期的な泥の除去作業の活動など、研修記録を淡々と読み上げていく。
最後に規則案作りの研修をしたのが1月だったこともあり、研修に参加したオジサンたちですら「ほほぉ~」と、初めて聞くような顔をしている。

「ちょっと一言いいですか?」
「どうぞどうぞ、ラマラジュさん」
「そもそもなぜこのような組織を立ち上げて、規則を作るのですか?」

『研修記録があるから』総会で諸々を承認するではなく、このような村の組織が必要なのかどうか、組織を作って何をしていくのか、村の人たちに考えを促す。
「え~っと、今まで作って来た石垣とか、メンテナンスするため?」
「メンテナンスするだけですか?」

すると、「それだけじゃありません、キョーコさん」と、モハーンの片腕的存在の青年が、突如勢いよくしゃべりだした。
「みんなも知ってるよね?近くに村があるじゃないか。もう誰も寄り付かない村が。政府の援助で学校を建てたものの、そこの村の人たちが建物のメンテナンスはおろか、子ども達のための活動に無関心で教師にも協力しないから、もう教師も来ないし、自分たちで何もしようとしない。政府やNGOどころか他の村の人たちも、そこの人たちと一緒に何かしようとは思ってないんだよね。ただ学校の建物があるばかり。そんな村には、僕はしたくないよ。」

すると、モハーンがつぶやいた。
「僕たちも、石垣作って、木を植えて、ため池掘って、その後何もしないままなら、全てがダメになって組織の預金通帳が残るだけ。」
「やっぱり、メンテはしていかないと」
「資金も、この事業の労賃から集めるだけなら、8月からはどこからもお金が入らない!」
「そうすると、通帳が残るだけ」
(どうやら、モハーンはこのフレーズが気に入った様子)
「じゃぁ、どうすればいい?」
「誰も村に寄り付かないんじゃなくて、自分たちで石垣づくりや植林作業を続けて、周りの村の人たちから『教えて』と言われるような、そんな村になる!」
「収入には、年会費、村の木のタマリンドの売上と、各自が持つカシューナッツの収穫から1キロ分の売上、労賃の一部」
「さんせーい!」

そして、代表委員会には、他の村に行って流域管理の方法など教えることができるオジサン・オバチャンたちが、村の人たちによって選ばれ、その中から改めてモハーンが代表になった。


4. マーミディジョーラ村の場合

そしてマ村では・・・

長年の夢を自ら叶えて作った村の集会場で、初めての総会。ダンダシを筆頭に70人近い村のオジサン・オバチャンたちが集まったが、結局、「誰それさんが協力しない」だの「アンタが悪いのよ」と、オバチャンたちの喧嘩も始まり、かろうじて代表委員会など役員が決定したのみで、肝心の中身は後日に延期。ダンダシは代表には就かず、新しく代表になったオジサンを支え、組織を見守っていくことになったが、果たしてどのようになるか。


同じマ村の流域で、山頂付近にあるガンガイヤ率いる集落には、ビシャカパトナム市内にある女性自助グループ(SHG)の連合体、VVKからも3人のメンバーがオブザーバーとしてやってきた。この集落の集会のスタイルを踏襲し、年長者たちが他の村人たちと向き合うようにして会場の最前列に座り、その横でガンガイヤともう一人の青年が総会を取り仕切る。
ここでも同様に、今までの研修で考えてきた案を他の村の人たちと共有し、決定していくのだが、一人がテルグ語で読み上げそれをガンガイヤがサワラ語に訳していった。

ビジョンの一つに、「今後3年間で、全ての田んぼにいつも灌漑できるようにする」ということを掲げていたが、それを聞いてオバチャンの一人がするどい質問をした。
「今までずっとできなかったことが、なんで3年間でできるようになるのよ?」

すると、ガンガイヤが即答する。
「これまで僕たちがしてきた作業は、水資源を守り、地下に深く広く浸透させ、そしてみんなの田んぼのエリアまで保湿できるようにするためなんだよ。だからそれを実現するためにも、これからメンテナンスしていかなくちゃいけないし、去年までにできなかった残りの場所にも同じように作っていかないといけないんだ。そうすれば、僕たちの田んぼは全て、水に困らなくなる」

3年間でできるかどうかはともかくも、ガンガイヤは今まで自分たちでしてきたことに自信を持っており、誰よりも堂々として見えた。

VVKの新代表は、ガンガイヤ達の第一回目総会を見て、こんな感想を伝えた。
「みなさんは何よりも、この組織の目的や将来図をみんなで描き、共有しているから、初めての総会でも、このように真剣に活発に話し合うことができるのだと感じました。素晴らしい総会でした。」

別の山の頂上付近にある集落でも、同じように総会が開かれたが、そこでは集落の年長リーダー的存在のオジサンから総会の最初にあいさつがあった。
「この事業が始まってから今までにワシたちがしてきたことは、これからもずっと続けていかなければならない。これからこの集落を率いていくのは、新しい知識も得た若者たちである。ワシは、この若者たちに堂々とこの集落を引っ張っていってほしい」


5. 促すことと待つこと

どの村でも、まだまだ詰めが必要なのは、ラマラジュも筆者も承知している。

だが、村のオジサン、オバチャンたちは、今までにないくらいに堂々と、そして誇らしげに自分たちで話し合って考案して決めている。
この事業が始まる前にも、村では同じように石垣やらため池やらチェックダムやらと、色々と援助を受けて作ってきた。しかしそれらはお金を出す側が「ここに作れ」「○○を作れ」と指示を出し、「委員会を作りなさい。代表は○さんが良いだろう。資金は・・・」と、組織の立ち上げもほんの数人の村人と話すくらいだった。

この3年間、特に最初のころ、村の人たちは研修への参加者や作業の内容や進め方についても、何度となくソムニード(現ムラのミライ)からの指示を求めた。
「どうすればいいでしょう?」

その度にソムニードはこのように答えてきた。
「どうしたい?」

そしてオジサンやオバチャンたちがその答えを見つけられるように、自ら動き出せるように促し、時にはじれったくなるくらい待った。この総会で、その成果が現れていると、筆者たちは感じた。

しかしこれは決してゴールではない。

これから、村のオジサン・オバチャンたちが、本当の意味で、自ら動き出して実行していかなければならないのだ。だから、まずは今回決めた規則でやってみる。自分たちでやってみて、不十分なところを自ら発見し、そして改良していけばいい。


「オラ達の村の進む道」
今回決まった村のビジョンと、それに向けての活動や組織体制について記した各村オリジナルのいわば村の憲章。その初版を、テルグ語そしてサワラ語で来月には発行する。
そして、雨期が来れば、まず最初に「理想の森」づくりに向けて植林が始まる。

そう、オジサン・オバチャンたちの進む道は、果てしないのだ。

まだまだ続く。


注意書き

黄門様=和田信明、ソムニードの代表理事
ラマラジュ=ソムニード・インディアの名ファシリテーター。
キョーコ=前川香子。本通信の筆者。
VVK=2004年~07年のJICA草の根技術協力事業を実施する中で、ビシャカパトナム市内・郊外のオバチャンたちが結成したSHG(女性自助グループ)連合体で、銀行業を実施している。日本で使用する「クラフト素材」として、村のオバチャンたちと連携してマンゴーやカシューの葉、ターメリックのヒゲ根などを集めて売るクラフトビジネスも、細々と展開中。詳しくは、「PCUR-LINK便り」「その後のVVKオバチャン便り」バックナンバーをご覧ください。

2010年4月29日木曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第20号「これがオラたちのウォーターシェッド」

目次

1. オラ達のウォーターシェッド
2. 理想の森のその先の為に
3. リーダーの成長

今年の気温の上昇は凄まじい。
3月下旬で、すでに40度に達した日があり、4月に入って少しは下がったものの、それでも平年より4~5度高いという報道が連日流れている。

マーミディジョーラ村(以下、マ村)、ポガダヴァリ村(以下、ポ村)、ゴットゥパリ村 (以下、ゴ村)では、4月に入ってカシューナッツの実が収穫期を迎え、山の中は熟したカシューの果実で甘い匂いが充満している。マンゴーも実がだいぶ大きくなってきた。

去年、初めて活動計画なるものを作ったオジサンたち。今年はさすがに何を書けばいいのかは分かっているが、重要なのは、何をしなければいけないのか。それが分からなければ計画も作れない。

1. オラ達のウォーターシェッド

前号でお伝えした「理想の森」を描いたあと、ラマラジュが、村のオジサンやオバチャンたちに聞いた。
「これからこの理想の森をつくるだけで十分ですか?他にする作業はありますか?」

「土が流れていくのを止める石垣や、雨期の川の水流を弱める石堤もまだ作らないと」
鼻息荒く答えるオジサンたち。

「どこに?どれだけ?」畳み掛けるように尋ねるラマラジュ。
「去年はどこに作ったっけ?」

村の中でも、全員がすぐに答えられるわけではない。
そこで、自分たちの流域、すなわち山の頂上から田んぼまでを、粘土を使って再現することにした。
山のでこぼこ、川の走り方、集落がどこにあって、井戸や池はどこにいくつあるのか・・・


去年設置した石垣を山の斜面に、石堤を小川の中に、小石や実で粘土の山に載せていった。生まれてからずっと暮らしている村だからこそ、意識しないことが多く、意外に難しい村の再現作業。

「この川は、この山からこう流れてきて、この溜め池に入って、そしてまたこっちに流れていく・・・」
「キノシン山は、もっとなだらかだよ」
と、オジサンやオバチャンたちが口に出して確かめながら、自分たちの村を、縦30センチ横50センチの板の上に作っていく。

ほぼ出来上がったときに、聞いてみた。
「今までも、何度か”ウォーターシェッド”とみなさんも何気なく言ってましたけど、皆さんの”ウォーターシェッド”って、どこですか?」

一瞬の沈黙の後、あるオジサンが我が意を得たりとばかりに言った。
「そうか、これがオラたちのウォーターシェッドか」。


2. 理想の森のその先の為に

「何ナニ?どういうこと?」
せっつくように尋ねるオバチャンたちに、できたばかりの村の模型で説明するオジサン。

「ほら、雨の中に立った時、雨水は頭の上から伝って足まで流れてくるって、黄門様やチャタジーさんがいつか話してた、アレだよ(よもやま通信第9号を参照)。
村をぐるりと囲むこの山のてっぺんが頭で、ここから、去年作ったこの溜め池の水路や田んぼを通って、村の外にこうやって水が流れていく。これが、そうなんだよ。」
「おぉ、なるほど。」
「じゃぁ、こっちに流れてる小川は、皆さんのウォーターシェッドですか?」
「いやいや、キョーコさん、これは隣村になりますよ。アレ?じゃぁワシらは隣村のためにこの石堤を作ってしまってたのか?」

なんとも親切な村の人たちだが、自分たちの村、すなわち自分たちの生きる場所である山から田んぼまでの全てを、前回と同じ様に、自分たちで視覚化することで、自ら再確認し落とし込むことができるようになった。

この模型に全ての要素、たとえば岩だらけの山肌だとか田んぼの位置の高低などを表すことはできないけれど、それでも、自分たちの村を山がどのように取り囲み、どの田んぼに水が引きにくくなっているか、そして、なによりも自分たちが去年成し遂げたことを、一目で多くの人たちと共有する事ができるようになった。

「オラたちは去年色々やったけど、まだまだ一部だけだったんだなぁ」
「では、これからあなた達のウォーターシェッドで、何をしていかなければならないのですか?」

模型を前に、アレコレと話し合うオジサン、オバチャンたち。今回は、1年間だけでなく、3年間という長期間の計画を考える。
そして前回で作った理想の森を、この模型に移し変えた。


「薪に使う木は、集落の裏側の山にたくさんあった方がいいわ」
「ちょっとアンタ、山のてっぺんに家畜の餌を植えてどうするの!」
ツッコミも入りながら、赤や黄や緑と、前回の5色のピンが粘土の山にカラフルに突き刺さっていく。

そうして今までに作ったもの、これからしなければいけない3年間の計画を、自分たちで考えて描いていった。


3. リーダーの成長

そして、3年間でする計画の内、2010年度でやるべきことを活動計画として書き出し、黄門様にとうとう発表。

先行はポ村のソメーシュ。
去年できなかった場所での石垣作りの提案を始め、新たに溜め池をつくったりチェックダムの建設を言ってきた。

「一つ、聞いてもええかの?」
「ナンでしょう?黄門様」
「この場所には、すでに何年か前にチェックダムを作っていなかったかの?」
すると、研修に来ていた年長のオジサンが口を開いた。
「はぁ、だけどいろいろあって役に立たないし、新しいのをと思って・・・」
「お前さんたちは、また『役人の言いなりになって』と言い訳を言うつもりか?それでも役人の言うことに『はい、はい』と言ってきたのはお前さんたちじゃろ?」
「でも、埋まったりしてもう使えないし・・・」

去年、どこかの村で聞いた事があるような会話がまた繰り返されるかと思ったとき、ソメーシュがきっぱりと言った。
「わかりました、黄門様」

村の人たちの意見をひとつにまとめるというのは、生半可なことではない。
ソメーシュなりに、年長者の意見にも耳を傾けつつ、そしてソムニード(現ムラのミライ)から考える力という技術を身につけながら、村の目指す方向へまい進している。

他の村も同じである。

そして考えるだけでなく、模型を作るだけでなく、これからすべき活動をきちんと実行していくために、各村で村の組織の総会を行なうことになった。初代代表を選出し、執行委員会を形成し、基金の運用を開始していく。

果たして、どんな総会になるのか?


続きは次号で。


注意書き

ラマラジュ=ソムニード・インディアの名ファシリテーター。
黄門様=和田信明、(特活)ソムニード(現ムラのミライ)の代表理事
キョーコ=前川香子。本通信の筆者。

2010年3月1日月曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第19号「オラたちの山、理想の山」

 

目次

1. 収穫が終わって研修が始まった
2. 山の現状の共通理解と分析
3. 理想の山の姿
4. 独自のアイデアも

1. 収穫が終わって研修が始まった


マーミディジョーラ村(以下、マ村)、ポガダヴァリ村(以下、ポ村)、ゴットゥパリ村(以下、ゴ村)の村の人たちには、一年を通してとても重要な時期が2回ある。

7月から8月にかけての雨期。
それは村の人たちが総出で繰り広げる田植えの時期である。今までも何度か書いてきたが、毎日空を見上げては祈り、雨が降り始めると村から人はいなくなり、水田はどこもかしこもオバチャンたちのカラフルなサリーの色が緑の田んぼに広がっている。

そして12月から2月上旬にかけての収穫・脱穀時。
黄金色の田んぼに、鎌を持った村の人たちが列になってひたすら刈り込み、牛が引き回す円筒状の石で脱穀する。収穫した稲束の山、そして脱穀した籾の詰まった袋を見て、村の人たちはこの1年間も無事に過ごせるだろうという安心感を味わうのだ。

なので、この2つの時期には、筆者たちも村には行けない。
村の人たちも、この時期には絶対に研修の要請もしない。

だからこれまでも、田植えや収穫が終わった後の研修は、半ば振り出しに戻る覚悟で筆者たちも臨んできたのだが、今年は少し違っていた。
収穫時期の前に、村のルールづくりをしながら、次の雨期の植林計画も立て始めていたのだが、この通信でもおなじみの専門家、チャタジーさんが1月下旬に再び村にやって来て、植林計画の考え方と苗床作りを指導してくれた。
収穫祭を楽しんだ後に、頭を使うルール作りの研修はあまり乗り気じゃないけど、土と身体を使う研修なら出てもいいかな、と1月下旬の脱穀に忙しい時期に、オジサン・オバチャンたちは研修にやって来た。

「植物って一体何だね?」
いきなりの禅問答のような質問から始まったチャタジーさんの研修。

自分たちの収入や消費を満たすためだけでなく、土壌の流出を防ぐことや、土中の保湿効果を高めること、野生の動物や家畜への食糧も視野にいれるよう、今回も、繰り返し繰り返し言われた村の人たち。

チャタジーさんの、百科事典並みの植物に関する知識の量に圧倒されたオジサンたちだったが、チャタジーさんから課せられた「一目でわかる木々の年間利用カレンダーを作る」という宿題をやり遂げ、雨期の植林に間に合わすため、2月から各村で怒涛の研修が始まった。


2. 山の現状の共通理解と分析

「毎週の買出しに行った時、市場で適当に、豆を5キロ、ターメリックの粉は1キロって買いますか?」
ゴ村の研修場に集まったモハーンや青年、オバチャン、お年寄りと20人近い村人たちに問いかけるラマラジュ

「いやいや、買い物に行く前に、家に何があって何が足りないのか、まずチェックするよ」
「どれだけあるのかも見るわよ、もちろん」
オジサン、オバチャンから即答が返ってくる。

「植林も同じですよね。今、山に何のための植物がどれだけ、どこにあるのかを知らなければ、これから何をどれだけ植えなければいけないのかが、わかりませんよね?」
「ホントだ!」

ということで、まずは自分たちの生活で主に利用している、食糧・薪・飼料・木材・薬の5分野で、いつ何の植物を山から採ってきているのか、カレンダーに書き込んでいった。

と同時に、山頂・中腹・裾野の3ゾーンに分けた発泡スチロール製の山を用意し、また、5分野ごとに色分けし、木・潅木・草・つる性植物と、特徴が分かるようにしたスティックを使って、自分たちの山の利用状況が一目で分かるよう、視覚化する作業も進めていった。



「牛の餌には・・・・・」
とオジサンが言い出すと、
「シャムナーラにボタンティミ、ラヴィ、アンジラン、それに」
とオバチャンたちが、次々に挙げていく。

「薪には・・・・」
「ターダ、シリシミ、ショーダ・・・夏の始まりくらいに集めるわよね」
と、これもまたオバチャンたちがオジサンたちに負けじと、指折り数えていく。

青年1人がカレンダーに書き込む傍ら、オバチャンやオジサンたちは、山の模型にスティックをブスブスと差し込んでいった。

「牛の餌に使う木だから、青色のスティック」
「中腹ゾーンから採ってるわね」
「この潅木は、薪用に採っているから赤の短いスティックか」
「山頂付近まで行かないと、無いよね」

普段利用している山だが、どのシーズンに集中的に利用しているのか、あるいは何も収穫・収集できない時期なのか、そして一体どこのゾーンに依存しているのか、今までは個人個人で感覚的に認識していた状況だった。そして今、このカレンダー作りと山の模型を使う作業をすることで、初めて全員が「共通の理解」を持つことができた。

さらに、5つの利用目的全てのスティックが刺さり終り、出来上がった山を見て、現状を分析する。


「山頂からは、薪と木材用に木を使っています」
「食糧は、山腹付近が多いね」
「村から無くなった植物も、山頂と裾野のゾーンに集中してる」
「つる性の植物で、家畜の餌になるものが、山頂にたくさんあるわ」

「山頂から、薪や木材の木を取ってきているということは、つまり、木をどうしているということですか?」
「枝を切ったり、時々は木を切っているんです、キョーコさん」
「薪は毎日の料理でも必要ですよね?このまま、山頂から使い続けると、どうなりますか?」
「山頂には木がなくなって、中腹からもっと木を使うことになるのか・・・」
つぶやく青年。
「それより、私はいつもいつも山の上まで登って、重たい薪の束を運んでくるのがしんどいのよ!」
と、息巻くオバチャンたち。
「では、どのような山であったら良いのですか?」

木が無くなるだけでなく、土も流され、小川の水源地も枯渇してしまうのを避けるために、山頂はどのような状態であったら良いのか、生活に必要な植物を、中腹や裾野からどうやって利用し且つ再生産していけばいいのか、事業開始から今までチャタジーさんを始め色んな専門家から受けた研修を思い出す村の人たち。


3. 理想の山の姿

ゴ村だけでなく、マ村の山頂付近の集落でも、今月はオバチャンたちの勢いが凄かった。

ゴ村と同じように、今現在の山を表現した後、「理想の山」として、同じように模型の山にスティックを差していくのだが、山頂付近は家畜の侵入を阻止し、人の利用も最小限にして、常に木々で覆い尽くすために、特に用途は無いけれど樹齢の長い大きな木が必要なので、更に1色を足し、合計6色で理想の山を描き出した。

「え~っと、木材のいくつかは山頂から‥」とスティックを挿そうとするオジサンから「さっき何聞いてたのよ!」と、取り上げて中腹ゾーンに差し替えるオバチャン。
「○○の木はこの辺でいっか」と、薪のスティックを中腹ゾーンの高地に挿そうとする青年に、
「取りに行くのが大変じゃない!」と、集落近くに差し替えるよう指示するオバチャン。
「家畜の餌になる草は、裾野にたくさんあったらいいよね」と、ブスブス適当に挿しまくるオジサンに、
「田んぼの畦に植えたら、畦も崩れにくくなるじゃない。考えなさいよ!」と、突っ込みを入れるオバチャン。

 

4. 独自のアイデアも

ある集落では、山頂付近への家畜の侵入を防ぐためにも、棘のある潅木をフェンスとして植えれば良いと、独自のアイデアを盛り込んだ。

実はこのフェンスとしての植林方法は、”更なる考え方”としてチャタジーさんはスタッフに対してはアイデアをくれていたのだが、村の人たちへはまだ言っていなかった。

つまり、この集落の人たちは各ゾーンの特徴を捉え、どのように維持していくのかを理解して落とし込んだからこそ、自ら発案してきたのだ。筆者もラマラジュも、彼らの作業を見て心の中でガッツポーズをしていたのは、言うまでもない。

ポ村では、この作業を通じて、村から消滅した薬となるある木が、ポガダヴァリ村の名前の由来となる木だった事が判明。青年ソメーシュは、自分の名前の元でもあるソームという木も復活させたいと目論んでいる。

ダンダシ率いるマ村は、前号で、感動の集会場の建設をやり遂げたのだが、最後の仕上げがまだ出来ず、利用できない状態が続いている。脱穀作業が忙しいのを口実に、集会場も完成させず研修もやり遂げないままなのだが、他の村がどんどんと先に進むのを見て、ようやく焦りだした。

マ村以外では、どうしたら「理想の山」ができるのか、植林計画を作り始めた。

ゴ村・ポ村、そしてマ村の山頂付近の集落で、合計120種類強の植物が挙げられたのだが、山岳少数民族の言葉サワラ語でしか分からない植物もたくさんある。

去年に植えた樹種も考えながら、木だけでなく潅木、草、つる性植物と、これから何の植物をどこにどれだけ植えていけばいいのか、栽培方法は何が適しているのか、種はどこでいつ入手できるのか、その保存方法は、等々、オジサン・オバチャンたちが知っている限りの情報を、自分たちで記録していった。


そして、理想の山は半年や1年でできる作業ではない。
木を植えたらできるものでもない。

土壌の流出を堰き止める石垣や、土中への水の浸透を高める堤など、村の人たちがこの1年の間に作ってきた様々な構造物も、きちんとメンテしながら使っていくことで、理想の山はできるのだ。

木・土・水が、山頂から裾野まで、循環しながら利用できるようになるには、何年もかかる。その何年もかかる作業を、活動計画としてまとめることにしたオジサン・オバチャンたち。同時に、村のルールづくりも再開する。
まずはこれから3年間の活動計画作りだと、意気揚々と研修日を設定する村の人たちだが、果たしてどこまで気合が続くか!?

続きは次号で。


注意書き

ラマラジュ=ソムニード・インディアの名ファシリテーター。
キョーコ=前川香子。本通信の筆者。

2010年1月11日月曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第18号「なが~い道のりの第一歩;オラたちの村の未来予想図」

目次

1. モデル村を目指して
2. 本当に必要なら自力で
3. 組織作りが始まった
4. 日本から来た研修生

11月も半ばになると気温が一気に下がり、耳当てをしている村の人たちをよく見かけるようになる。この耳当ても、余談だが、去年まではなかったヘッドフォンタイプのデザインで、子どもから老人まで使用している今年のヒットアイテムのようだ。

そんな朝晩は寒さが厳しくなる時期に、マーミディジョーラ村(以下、マ村)、ポガダヴァリ村(以下、ポ村)、ゴットゥパリ村(以下、ゴ村)では、石垣やら溜め池やらを作りながらも、村の共同資金をどのように使っていくのかルール作りに取り組んでいた。

 

1. モデル村を目指して

とある日のポ村の研修の様子。まずは共同資金の使い途についての話し合い。

「共同資金、やっぱり溜め池の堤防とか石垣とか、今作ってる設備だけじゃなくって前からある設備の点検作業や修理にも使おうよ」
「例えば井戸とか?」
「村の中の外灯の整備にもいいんじゃない?」
「子どもの教育費とか急に具合が悪くなった時には使えないかなぁ?」
「村のみんなの田んぼの耕作費に使っていくのもいいんじゃないかしら?」
「村のお祭りでのごちそう作りにもいるよ」


20人ほど集まった村のオジサン、オバチャンたちは、お金の使い道ならすぐにアイデアが浮かんでくるのだが、まるで天からお金が降ってくるかのごとく、そして村の隅から隅までに使ってしまえと言わんばかりに、アレもコレもと挙げていく。

「ちょっといいですか?共同資金を使って、何をするのが目的なんですか?」
ラマラジュの質問に、ピタッと議論が止まるオジサンたち。

「え~っと、村をよくするため?」
「村を良くするって、どういうことですか?」
「この郡の中の、モデル村になりたいんです」と、立ち上がってきっぱりと宣言する青年リーダー、ソメーシュ。

「ぼく達は、村の将来をこんな風にしていきたいんだ。山から田畑まで水が潤い、木も農作物も丈夫に育ってる。今まで作った構造物の点検とか修理はもちろん、それまでに作ってきた設備も自分たちで管理していって、みんなが村で生活できるように、誰も出稼ぎにいかなくても良いようにする。そして村の子どもたちの中で読み書きができない子はゼロにする。そのために必要な作業に、共同資金を使っていくんだ」

そして20点近く挙げた項目は、単なる欲しいものリストであることに気付いたソメーシュは、アレもコレもと挙げていたリストから、行政と一緒にすること、単に資金をあげるのではなくローンとして使うもの、各家庭で当たり前にしなくてはいけないことなど、彼が中心になって議論をまとめ直していった。
その中で、資金の使用を誰がどのようにして認めるのか、共同資金の口座を誰が管理するのか、それらをチェックするのは誰か等々、必然的に母体となる組織を立ち上げることになった。

「でも、村には村落委員会とか、なんとか委員会とか、組織がたくさんありましたよね?」
「あのですね、キョーコさん。そういうのは過去に事業を始めるときに作らされた委員会で、今はナニもしていないんですよ」
と、活動停止状態の委員会の状況を、恥らうことなく堂々と説明してくれる村のオジサン。
「それに、そうした委員会は、村の中の何人かだけが集めさせられたんです。だけど、今から作る組織は、村の人たち全員が関わらないといけないんです。村のこれからのことだから」
別の青年もソメーシュに触発されて熱くなっていき、外の涼しい空気とは反対に、熱中していくオジサンオバチャンたち。

村の組織の名前も考え、メンバーとなる村人の構成(年齢、各世帯からの参加人数)、会費なども話し合い、組織の中の役割も考えていくと、すでに頭は飽和状態。ぐったりと壁にもたれるオバチャンもでてきたため、次回の研修で続けることになった。


2. 本当に必要なら自力で


そして場所は変わって、ダンダシ率いるマ村。
マ村では、以前に「研修に来てくれ」と指定された日時に行っても、家の建設作業に村人ほぼ総出で取り掛かっていて、結局研修を中止にしたこともあったので、研修予定日の朝にも必ず電話で確かめるようになったスタッフ。

今日こそはあるということで、村に行ってみると、ダンダシが泣きそうな顔で出迎えてくれた。
「学校の先生が、教室を貸してくれないんです」

授業があるから当たり前の話だが、実は今までにも1~2回ほど事前にダンダシが頼んで、教室や3畳ほどの入り口の軒下を借りて研修してきた。というのも、マ村はポ村やゴ村と違って、集会場が無いのだ。今まで、マ村の集会といえば広場に集まっての青空集会(大抵は夜)が主だが、その広場も収穫した米が積み上げられ、しかも模造紙を使っての話し合いができない。じゃぁここで、と連れて行かれたのは、建設途中の家。床は砂漠のように砂が積もり、外からの明かりは入ってこず薄暗い。しかも10人すらも入りきれない。ソムニード(現ムラのミライ)スタッフたちの無言の視線を受け止めて、「やっぱりダメっすよね」と、次に向かったのは、「ここの軒下が一番長いから」と、村の端っこにある4軒の家が連なった仕切りのない軒下。ところが、そこでよちよち歩きの子どもたちの世話をしていたバアチャンは、「アタシがなんで動かなアカンの」と、これまた当たり前の話だが、場所を譲ってくれない。

「あなたたちは、この状況を何とかしようと思わないんですか」
と、一喝するラマラジュ。
「これまで学校の先生や子どもたちに迷惑をかけてきて、他の家の人たちに無理を言ってきていますが、ポ村やゴ村、マ村の他の集落ではどのように研修をしているか、ダンダシも知っているでしょう?」

マ村は今まで「集会場が欲しい」と、何年も誰かが集会場をプレゼントしてくれるのを待っていた。研修だけでなく村の行事や祭りにも使える集会場が欲しいとずっと思い続けている。だけど、コンクリートでなくても竹や木材など彼らの山には建設資材もあるのに、ただ座って手を差し出して待ってるだけじゃ集会場はできない。
「共同資金のルール作りの研修が本当にしたいなら、自分たちで研修場を用意しなさい。できるまで、研修はしません」


しょげ返る村のオジサンたちだが、モノをもらうことに慣れすぎている村の人たちは、本当に必要で自分たちでできることは自分たちでやっていくという、これまた当たり前の事に気付いて実践していかなければならない。
『カワイソウに集会場がないのね、じゃぁ建ててあげましょう』ということにはならないのが、ソムニードなのだ。

集会場が無い事が村の問題なのではない。だからソムニードは集会場を建てない。ソムニードは、何年間も何もせずただ待ち続けているだけの村人たちの意識を変えていく。
それから数日後、ダンダシではなく別の青年からオフィスに電話がかかってきた。
「これから、村の集会場を建てる事にしました。多分2週間くらいでできると思います。完成したら連絡するので、また研修をしてください」

結局、本格的な稲刈りが始まってしまい、集会場はまだ建設途中だが、優に40人くらいは入れる大きさの小屋ができつつある。この集会場は、自分たちの山から梁や柱、屋根枠などに使う最低限の木材や細竹を自分たちで集め、労働力を無償で提供して、建設している。すべて、マ村にあるもので作っている。
そう、やればできるのだ。オジサンたちは。


3. 組織作りが始まった

そして、場所は再び変わってマ村の中でも山頂付近にある集落。
青年ガンガイヤが引っ張るこの集落でも、ポ村と同様に共同資金の使い方、村の組織について研修が進んでいる。

「共同資金を扱う組織は、やっぱり村の全世帯がメンバーとなるようにして、組織には、代表、書記、会計、会計補佐、そして代表委員会みたいなのがあればいいんじゃないかと思ってます」
と、彼らの山岳少数民族の言葉であるサワラ語での話し合いの途中経過を、発表するガンガイヤ。


「代表とか、代表委員会とか、各役割に就いた人は何年間その仕事をするんですか?」
と質問する筆者に、1年とか2年とか口々に言う村の人たち。

「オバチャンたちの何人かは会った事があると思いますが、ビシャカパトナム市で活動するSHG(女性自助グループ)の連合体VVKでは、代表や書記といった役職は年に2回開く会員総会で決めていて、代表委員会など委員会メンバーは、10人の内5人だけが最初の1年で交代して、いわば先輩・新人メンバーで常に構成しているようになっています」
と、ラマラジュがVVKの紹介もすると、それは良い考えだと、ガンガイヤたちも役割についてさらに話し合いを進めていく。
ちなみに、各村で作っている村のルールの骨組みは、組織形態も含めて主に次の要素で成り立っている。

組織名、共同資金の使用目的、具体的な活動内容、組織の構成員、各役職とその任期、意思決定の仕組み(総会・委員会等)、資金の収入源等々。
ゴ村でも同じように話し合いが進むが、同時に稲刈り作業も全ての村で本格的になり、1月中旬にある収穫祭に向けて村の人たちの心も浮き足立ってきた。
村ごとで山あり谷ありの研修の日々だが、村の人たちの言う「村の将来」に向けて、再び活動計画作りが待ち構えている。

はてさて、どんなルールができて、どんな将来図が描かれるのか。

収穫祭が終われば気温も再び上がり始め、村の人たちの熱気も比例するようにあがっていく・・・・・ハズ。

続きは次号で。


4. 日本からの研修生

クリスチャンの村ではクリスマスのお祝い準備でも忙しい12月末、マ村、ポ村、ゴ村を、日本から来た若者たちが訪れた。
彼らはソムニードの研修を受けるために来たのだが、村のオジサン、オバチャンたちから農村に対する固定観念を払拭させられることしばしば。

「私たちはお金がなくても生きていけるけど、あなた達はお金がないと生きていけないのね」と、村のオバチャンは、堂々と日本人研修生たちに言った。


 

『村は貧しい』と思ってやって来た若者たちは、電気もありテレビがある家もあり、携帯電話を持つ若者もいる村の姿に衝撃を受け、だけどそういう便利さを追求するのではなく、「山と田畑に水があり、作物が十分に実り、家畜が丈夫に育っている村で、いつまでも村の人たちが生きていけるようにする」という青年リーダーの言葉の意味を考えた。

そして村の人たちは、活動計画を見せ、何故このような活動をしているのかを自分の言葉で話した。
「これからのメンテナンスのためにも、今、村の共同資金のルール作りの研修をしているんですよ」
と、研修日に労賃の支払い予定がなければ姿を見せないような、現金なオジサンまでもが言ってのける。

『私は知っているようで、ホントは知らなかった。現場を知るっていうことが、どういうことか分かった』
『村の人たちに活動の始まりも終わりもない。だってこれは村のオジサンやオバチャンたちがしていくものだから』

10日間の研修中、村の様子を観察し、村の人たちに質問をして、そして自分でも村の生活を体験していった日本の若者たち。

「ぼく達の村に、日本人研修生をいつでも連れて来て下さい」と、ポ村のソメーシュたちは言っている。それは、自分たちの生き方に誇りを持ち、日本の若者たちとも共有したいからなのだ。


注意書き

ラマラジュ=ソムニード・インディアの名ファシリテーター。
キョーコ=前川香子。本通信の筆者。
VVK=2004年~07年のJICA草の根技術協力事業を実施する中で、ビシャカパトナム市内・郊外のオバチャンたちが結成したSHG(女性自助グループ)連合体で、銀行業を実施している。日本で使用する「クラフト素材」として、村のオバチャンたちと連携してマンゴーやカシューの葉、ターメリックのヒゲ根などを集めて売るクラフトビジネスも、細々と展開中。詳しくは、「PCUR-LINK便り」「その後のVVKオバチャン便り」バックナンバーをご覧ください。
ソムニードの研修=2009年12月末にソムニードがマ村・ポ村・ゴ村も舞台に実施した「コミュニティ開発研修」。


2009年11月23日月曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第17号「なが~い道のりの第一歩;オラたちの村のルール作り」


目次

1. 集めたお金は何のため?
2. ルールを村の憲法に
3. 石橋を叩くことをためらう
4. 初めての○○

1. 集めたお金は何のため?

10月も終りになると、朝晩の気温が一気に下がり、といっても20度はあるのだが、それでも朝もやが立ち込めはじめ、市場へ野菜を売りに行く村の人たちの服装も、長袖シャツに耳当てという重装備に変わる。

昼間は相変わらず汗が流れるほどに暑い陽射しの中、マーミディジョーラ村(以下、マ村)、ポガダヴァリ村(以下、ポ村)、ゴットゥパリ村(以下、ゴ村)のオジサン、オバチャンたちは灌漑設備や土砂崩れ防止の石垣を作る作業にまい進していた。


今までお伝えしてきたように、オジサンやオバチャンたちは植林作業や貯水池造成など土木作業にこの数ヶ月は集中してきていたのだが、その労賃の中から定額を村の共同資金として自発的に納めてきた。

何に使うのか?

なんとな~く、「今作っている灌漑設備なんかの将来のメンテのため?」という感覚的な目的はあるものの、「コレコレの目的のためです」とはっきりと言える人はほとんどいない。

だけど、金額的にも大きくなってくるし、なんだかよくわかんないけどチョビチョビ使い始めている村もあり、村人の中には「はっきりさせい」と言って来る人も出始め、
「共同資金のルール作りについて、研修をしてください」
と、ソムニード(現ムラのミライ)に依頼が来た。

各村を回って、村の人たちの意見を引き出しながら、それぞれの村独自のルールを作り上げていく。

それは、単なるお金の出し入れの決まりごとではなく、「どういう村にしたいのか」というビジョンを掲げ、それに向かってどんな活動をしていくのかを具体的にし、そうした意思決定の場と時期、役割なども決めていく過程となっていく。


2. ルールを村の憲法に

ポ村のオジサンの一人が言った。

「コレが出来上がれば、ポガダヴァリ村の憲法になる!」

言葉としては大げさに聞こえるかもしれないが、まさに「オラたちのオラたちによるオラたちのための村の規則」を、オジサンやオバチャンたちは初めて自分たちで作っていく。
オジサンやオバチャンたちがやってきた植林作業や建設作業、これらがきちんと管理され、さらに発展させられなければ、村は住めない場所となり、人が居なくなり、近い将来になくなってしまうだろう。
オジサンたちは「ずっと村に居続けたい、もっと良い村にしたい」という気持ちがあるからこそ、再び脳みそを沸騰させながら、共同資金を貯めるだけでなく、その運用の規則作り、そしてそれを実行する組織作りの研修に自ら挑み始めた。

牛のように消化するには時間がかかるが、牛と同様、走り出すと結構早い、そんなオジサン、オバチャンたちの山あり谷ありの過程を今号からお伝えする。


3. 石橋を叩くことをためらう

今月はゴ村でのよもやま話をご紹介しよう。

ゴ村は、モハーンという青年のリーダーシップで徐々に動き出し、植林も見事にやり遂げたことは読者の皆さんのご記憶にも新しいかもしれない(よもやま通信第15号参照)。

そのゴ村も、マ村やポ村と同様、村の共同資金の運用についてルール作りを始めたわけだが、何しろ今まで他の村のように大きな建設作業もなかったため、ポ村の共同資金の4分の1も資金は貯まっていない。
それに土砂崩れ防止の石垣作りなど建設作業をもう始めてもいい時期なのに、誰も始めようとはしていない。

金銭出納簿の付け方やルール作りの考え方など、少し先をリードするポ村からソメーシュともう一人の若者がゴ村にアドバイザーとして、研修について来ていたが、ゴ村のそんな様子を見て唖然としている。

「ゴ村の人たちは、ソムニードから自分たちにこんなに意思決定の自由を与えてもらって作業も任せてもらっているのに、しかも支払いもきちんとしてくれるのに、なんでもっと積極的に動かないんでしょうね?」
と、不思議がるソメーシュ。

そんな彼から、ポ村の活動計画から今まで実施した作業、支払われた賃金、村の共同資金に集まった金額などが、ゴ村のオジサンたちに共有されると、一斉に上がる驚きの声。
「おぉー、スゴーイ」

さらに、ポ村が考えている村の共同資金の使い方を披露し始めると、ゴ村の人たちのソメーシュを見る目は、尊敬の眼差しでキラキラ光り始めている。
「おぉー、カッコイー」

「ラマラジュさん、もしかしたら、ポ村やマ村のいくつかの集落に視察に行って、作業の内容や方法を見たりルール作りの案を共有したりすると、ゴ村の人たちにとって良い刺激になるかもしれませんよ」
「そうですね、キョーコさん。マ村の中にはゴ村と同じサワラ語(少数民族の言葉)を話す集落がありますから、より気軽に色々と話せるでしょうし、提案してみますか」

ということで、ゴ村の人たちに提案してみると否応なくうなずくオジサンたち。

5人がマ村の山頂付近にある集落2つを視察することになった。その内一つは、最近よく登場する青年ガンガイヤが率いる集落である。


満々と水を湛える貯水池や水門、貯水池からまっすぐに伸びる水路などを目の当たりにし、ゴ村の青年たちは言葉も出ない。

さらに、もう一つの集落の青年たちとも一緒に、自分たちの活動計画や今までに完成させた構造物、これからの計画も共有していた。
「この事業では、何をしたいか、何をするべきか、ボク達が決められるんだ。誰かに言われてするんじゃないんだよ。しかも、労賃の支払いも、ボク達がソムニードに連絡すれば必ず来てくれる。政府のスキームじゃこうはいかない。
だから、作業記録や領収書の準備もしなくちゃいけないけど、これも僕らの責任の一つだからね。」
ゴ村の作業状況や研修の遅れを聞いたガンガイヤも、自分たちの経験を熱く語る。

ゴ村の人たちは、石橋を叩いて渡るというより、叩くことさえもためらっていた。ソムニードを疑ってはいないけど、「これからする作業は金額的にも大きいし、支払いもきちんとしてくれるよね?」と、他の村より作業経験が少ないゴ村の人たちは、多少不安に思っていたらしい。

だが、実際に他の村の実績を自分たちの目で確かめ、直に聞いて、激励されて、ゴ村の青年たちの目の色が変わった。

それと平行して、ルール作りの研修もエンジンがかかり、最初の案で出た共同資金の使い道は「クリスマスの集まりに必要な経費」の1点だけだったのが(ゴ村はクリスチャンの村)、今は構造物のメンテなど他にもポツポツと出始めている。

「ルールの一つに、『緊急の場合』と書いているね」
「そうです」
「じゃぁ、今日がこの映画の最終日で絶対に見なくちゃいけないから、チケット代と交通費と昼食代も出して、と言ったらくれるのか?」
「そんな無茶な」
「それじゃぁ、緊急の場合って何?」
「え~っと・・・」

こんなやり取りが何度も何度もあるわけだが、ソメーシュやガンガイヤ達に刺激を受けて本気モードになり始めたゴ村の人たち。

「そもそも、活動計画の作業を進めていかないと、構造物もナニもないよ」
「それに、村の共同資金も、建設作業をしないと貯まらない!」
と、作業スピードも一気に加速した。


4. 初めての○○

ゴ村がようやく歩み始めた頃、ソメーシュやガンガイヤの村は、すでに共同資金を扱う村の組織の骨組みを考え始めていた。

ポ村のある研修日、こちらの問題で30分ほど到着が遅れてしまったが、集まっていた村の人たちは、開口一番、こう言った。

「この事業が始まってから2年以上、今回初めて、ソムニードの皆さんは時間に遅れましたよ」
もちろん最初に謝ったが、村の人たちのこのような姿勢に、私たちは一種の感動を覚えた。

そんなポ村やマ村の「オラたちの村のルール作り」は、次号からお伝えしよう。


注意書き

ラマラジュ=ソムニード・インディアの名ファシリテーター。
キョーコ=前川香子。本通信の筆者。




2009年10月1日木曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第16号「結局は、労賃目当て!?」

目次

1. 建設作業ははかどるが
2. 不安ゆえの計画案
3. 彼らは無力ではないし、ソムニード(現ムラのミライ)もサンタクロースではない

雨期到来の遅さ、降雨量不足は、毎年のように報じられているが、今年もやはりインド各地はもとより、アーンドラ・プラデシュ州でも8月になっても雨が降らず、田植えができなかったり去年より遅くなったりしていた。

マーミディジョーラ村(以下、マ村)、ポガダヴァリ村(以下、ポ村)、ゴトゥッパリ村 (以下、ゴ村)でも、延々と雨雲を待ち望んだ果てに、オジサン・オバチャンたちの祈りが通じたのか、ようやく雨が降り出し田植えができるようになったのも8月半ばから下旬にかけて。

青年ガンガイヤ率いるマ村のある集落で建設した貯水池は(※よもやま通信第14号参照)、一滴一滴、雨水をしっかりと溜め込め、周囲の木々を美しく水面に映している。水門の開け閉めを管理しながら、田んぼに常時水が張ってある様子は、去年までは見られなかった風景だ。

1. 建設作業ははかどるが

そんなマ村と対照的に、ポ村では雨は降るものの全く足りず、稲の苗が植える前に乾ききってしまう水田もあったが、辛抱強く時を待つ間、村の人たちは活動計画を前倒しにしながら、山の斜面に石垣を建設したり、小川に石堤を作ったりと、着々と建設作業を進めていた。

7月下旬に、作業の進捗状況を見ようと、再びポ村へとやって来た森林・水利事業の専門家チャタジー氏(※よもやま通信第1号第9号に登場)から、石堤の形や大きさにちょっとした改善点をアドバイスしてもらい、喜び勇んでその作業にも村人総出で取り組んだ。


そして9月半ばに入って、計画していた建設作業のほとんどが予定よりも早く終わりそうなのに気付いたオジサンたち。植林作業への支払いを終えて帰ろうとする筆者たちを呼び止めて、ためらいがちに話し出した。

「黄門様に、新しく貯水池や石垣を建設する許可をもらいたいんですけど、いいですかね?ラマラジュさん」

「許可をもらえるかどうかはわかんないけど、活動計画はちゃんと作らなきゃダメだよ」すると、自信満々にジャジャーンと模造紙を広げるオジサンたち。とりあえずは、作業名や作業責任者、期間、場所、大きさ、なぜそれが必要なのか、必要経費、という項目が、きちんと書き込まれている。

「灌漑したいから5000立方メートルの貯水池って書いてますけど、なぜ4500や6000立方メートルじゃダメなんですか?」
「それはですね、キョーコさん、その土地の縦横の最大限の大きさがそれだけで、深さもそれくらいあればまぁ十分かな、って感じで・・・」
「黄門様に突っ込まれますよ。あと、なぜこの作業を今の活動計画に盛り込んでおかなかったのか、って聞かれますよ」
「なんでって、なんででしょう?ラマラジュさん?」

黄門様に見せる前に、予想外に色々と突っ込まれてアワアワと慌てふためくポ村のオジサンたち。とにかく、もう少し活動計画を詰め直して、黄門様に掛け合うことにしたようだ。

一方、マ村のダンダシたちは、中央政府スキームでの賃労働もなくなり、田植えも終わりかけたしで、そろそろ懐が寂しくなり始めたぜ、とばかりにイソイソとソムニードを訪ねてきた。
「お久しぶりです。マ村は何の作業を始めさせてもらったらいいでしょうか?」
と、揉み手をするオジサンたちに雷が落ちる。

「阿呆!お前さんたちが作った活動計画だろう、ワシらに聞いてどうする?何の作業があるかなんて、お前さんらが知っとるじゃろうが」
「それがですねぇ・・・隣の州に出稼ぎにいった村人が、荷物と一緒に活動計画も持っていってしまって、村に無いんです」
エヘヘと頭をかくオジサンたちに、開いた口が塞がらない黄門様。

自分たちで何の作業をするのか決めてから出直して来い、と一喝を食らい、事務所にあるコピーをもらってスゴスゴと村に帰っていったオジサンたちは、数日後に再びやって来た。

オジサンたちが口を開く前に、黄門様からお達しが。
「一度に色々と作業を始めてはいかん。一つの作業をまずはやり通してからじゃないと、労賃も支払わない。お前さんたちのやる気を見せろ」

ははーっと印籠にひれ伏すオジサンたちは、雨で土が柔らかくなっている今しかできない作業、来年の植林準備のための作業を自分たちで決めて、黙々とやり始めた。

4つの山が活動計画に挙げられているのだが、ダンダシのリーダーシップは再び発揮されていくのか、オジサンたちのやる気はホンモノなのか、筆者たちも見守っている。


2. 不安ゆえの計画案


そして、再びポ村。

オジサンたちは、練り直した活動計画と共に黄門様を村で迎えて、貯水池やら石垣やらどこにどんな大きさで造りたいのか、切々と語り始めた。
結局は、今年は田植えが少ししかできず収穫も見込めない、イコール、現金収入が減るという不安と、もう活動計画のほとんどの作業が終わりかけている、イコール、労賃収入がこの先なくなるという不安、色々な不安が重なっての思いつくままの計画案だった。

「黄門様、お願いですぅ。貯水池を造らせてくださいよ」
「地形的には、水を集めやすく良い場所だが、かんがい用にするには水田から遠すぎる。それより、ここに保水効果を高める池を造った方がよかろう。」
と、代替案を提案する黄門様。

「でも、それじゃぁ労賃が足りません。このままじゃぁ、ワシら、出稼ぎに行ってしまいますよ」
「労賃がもらえなくなったら、ワシら、食うものも困ります」
「収入がなければ、子どもらも学校に行かせられん」
「やっぱり、出稼ぎに行かないと。そうなりゃ、村からは男が居なくなるぞ」
「おぉ、困った、困った」
と、お涙頂戴作戦に乗り出すオジサンたち。

「おぉ、出稼ぎに行きたきゃ行きゃいいさ。ワシらは、活用できないようなものは造らせん」
「そんなご無体な、黄門様ぁ」

そして一喝とともに飛び出す印籠。
「なにを勘違いしておるか!ワシらはお前さんたちに何を教えた?何が必要かを探り、それを実行するために必要な活動計画作りと言うものを教えたろうが。労賃を恵んでやるための活動計画とは違うぞ。
貯水池だけじゃなく、石垣だろうがナンだろうが、それが必要なら資金源はいくらでもあるじゃないか。ソムニード、中央政府、州政府、少数民族対象事業・・・
自分たちの将来の活動計画じゃろう。どこと何の活動をするのか、自分たちで決めるのが活動計画じゃ。ただの労賃稼ぎのためではないぞ」

黄門様の言わんとすることが分かる青年リーダー、ソメーシュは、年長の村人たちを前にして決断した。
「わかりました。色々と新しく計画を立てましたが、黄門さまのアドバイスどおり、無理なかんがい用の貯水池は造らないことにします」


3. 彼らは無力ではなく、ソムニードもサンタクロースではない


ポ村は、田植えが上手く進んでいれば、決してこのような新しい活動計画は提案してこなかっただろう。

マ村やゴ村は、運よくそこそこ田植えができているから、ポ村のような要請はでてこない。

彼らの現金収入減少の不安は良く分かる。
だけど、ソムニードそしてこの事業は、サンタクロースのように欲しいままのプレゼントを単純にあげるものではないし、オジサンやオバチャンたちも、手を差し出してただ待っているだけの村人ではもう決してないのだ。

ポ村も、労働に携わった全ての村人たちが、貴重な労賃から今まで一定金額を、将来村全体で使えるようにと共同の資金として貯蓄してきた。マ村、ゴ村も同様に貯蓄してきているが、これからどのように使っていくのか、収入源は労賃の一部だけに頼っていいのか、オジサン・オバチャンたちは考え始めている。
そして、そろそろ、事業が終わってからでも続く村の将来のための活動計画を作る、準備体操が始まる。

肉体労働が多かったこの2・3ヶ月とは対照的に、これからは久しぶりに脳みそ沸騰の研修が待ち受ける。

続きは次号で。


注意書き

黄門様=和田信明。特定非営利活動法人ソムニード(現ムラのミライ)の代表理事。
ラマラジュ=ソムニード・インディアの名ファシリテーター。

キョーコ=前川香子。本通信の筆者。 



2009年8月1日土曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第15号「オラたちの自慢のリーダー!」


目次

1. 共有されていた活動計画
2. ソムニード(現ムラのミライ)の役割

日本各地で大雨情報が伝えられている頃、南インドでは雨が足りず、マーミディジョーラ村(以下、マ村)、ポガダヴァリ村(以下ポ村)、ゴットゥパリ村(以下、ゴ村)のオジサン・オバチャンたちは、毎日のように空を流れる雲を見つめては、雨が降るよう念じていた。

この時期、南インドでは田植えの時期に当たるが、ほとんどの村では雨のみに頼っているため、田んぼに十分に雨水が溜まってからでないと、苗が植えられない。

しかし、前号で登場したガンガイヤ率いるマ村の集落では、雨が降り始める前に溜め池や水路を作り上げたので、なんとか田植えができるだけの水を貯水池に溜めておくことができている。

一方で、ポ村やゴ村では、そうした灌漑設備の整備がまだ進行中で、十分に水を溜められず、今年の田植えができるかどうか、ビミョーな状況が続いていた。
それでも、田植えと同じくらいに重要な植林も、オジサン・オバチャンたちは忘れてはいなかった。

「この2~3日の雨で、土が掘りやすくなったので、さっそく山頂での植林を始めます!」
と、電話連絡をしてきたのは、ゴ村の青年、モハーン。

今号では、ゴ村での植林作業を中心に、ご紹介しよう。

 

1. 共有されていた活動計画

今回の植林は、どの村でも、二つの方法ですることになっている。

山頂付近では、種を直接埋め込むか、バラバラと撒くやり方。
中腹付近では、苗木を植えるやり方。
山頂付近はほとんど表土が流れ落ちているため、わずかな土でも生存しやすいように、苗木ではなく種を使用する。そうすることで、ゆっくりと時間をかけて発芽し、苗木を植えるよりも根付きやすくなるのだ。

そのため、活動計画を作り始めているときから、自分たちの山で種を集めていたのだが、セメントを使う作業がないゴ村では、ガンガイヤたちが貯水池を整備している間、自発的に苗床を作り苗木を育てていた。

これには、黄門様もビックリである。



ラマラジュさん、キョーコさん、見てください。ボク達が作った苗木です」
と、少し恥ずかしげに苗床を紹介してくれるモハーンを初めとするゴ村の青年たち。

マ村やポ村の建設作業のモニタリングや資材調達なんかで、ほとんどゴ村には足を運ぶコトができずにいたのだが、モハーンたちは植林作業に向けて、自分たちで考えながら黙々と準備を進めていたのだ。

読者のみなさんもすでにお気付きのように、ゴ村は通信の中ではほとんど脇役のようにひっそりとしていて、今まではマ村やポ村についての記述が大半である。
というのも、ゴ村は研修参加頻度も人数も少なく、そして目立って発言するようなこともなく、静かに研修を受けては片道3時間かけて帰っていく、というのがモハーンたちだった。そんなゴ村が、活動計画通りに各家で種を集め、さらに苗床を育てていたのだから、驚く以外のなにものでもない。

ゴ村を囲む山をふもとの村から見上げると、焼畑をしていた場所でもあるので、遠くからでも茶色い地肌がくっきりわかる。土を掘る道具に数キロの種、飲み水をたっぷり入れた水がめと、身軽ではない村の人たちは、とても身軽な筆者を尻目に、ヒョイヒョイと山を登っていく。

表土がすっかり流れ落ちている山肌は石と砂でざらざらしており、非常に足元がおぼつかない上、斜面が急なのでちょっと強い風が吹くと危うく転げ落ちそうになる。


石と石の間に残っている土を軽く掘り、種を埋める。また歩いて、場所を探して、掘って、種を埋める。
この作業の繰り返し。

種を埋めると、斜面上方から雨で流されてくる土や水を受け止められるよう、U字型に小石を積んでおく。そうした作業を邪魔しないようにしつつ、ある青年に尋ねてみた。

「この植林計画は、誰が作ったんですか?」
「モハーンたちが、黄門様から研修を受けて、活動計画を作ったんだよ。その中に植林もあるのさ。」

「あなたは何をしてきたんですか?」
「ボクも、1回くらい研修に出たことあるけど、後は、モハーンが集会で研修の内容を話してくれるのを聞いてたのさ」

「活動計画って、どんなものですか?」
「植林とか、石垣つくりとか、何をいつするのか書いてあって、それに必要な資金も計算してあるんだよ」

別のオバチャンに聞いてみた。このオバチャンも、一度も研修には姿を見せたことはない。

「どうして、山のてっぺんにこうして種を埋めるのですか?去年か一昨年は、自分たちで調達して山の麓にマンゴーの苗木を植えたんですよね?」
「だって、山の上にも木があれば、川にも地下水にも水が流れるようになるじゃない。それに、土が流れ落ちなくなるって言うし。なによりも、子どもたちに木を残さないと。だから、山のてっぺんだけじゃなくて中腹にも、苗木を植えるのさ。」

そばで聞いていた別のオバチャンが、自慢げにさらに付け加える。
「ほら、この向かい側にも山があるだろ?で、大きなマンゴーの木がポツンと見えるかい?あそこから、ずーっと向こうの焼畑地の端っこまで、同じようにモハーンたちのグループが作業してるよ」

なんと青年もオバチャンたちも、活動計画やら植林の目的やら植林の場所を、研修に参加していないのに、きちんと理解して自分の言葉でしゃべっている!
そして他のオジサンやオバチャンたちも、この植林作業を通じて、今までモハーンたちが受けてきた地味な研修の過程がどんなものだったのかを、身体で感じていた。時には前日から研修センターに泊り込んで研修を受けてきたモハーン。寡黙だけれどしっかりと村を引っ張っている若手リーダーの出現に、私たちは嬉しくてたまらない。


朝は曇り空だったのが、昼前には太陽がすっかり顔を出して気温が上がる中、山の峰を伝い、岩をよじ登り、谷底まで降りて再び斜面を上りながら、一日かけて種を全て埋め込んだ。

「よしッ、次は苗木を植えるぞ!」と、ゴ村の人たちの士気は上がる一方。

ところがゴ村の人たちのやる気とは裏腹に、遠慮がちにシトシト降る雨はまだ苗木を植えるには十分ではない。
しかし、苗木は森林局の苗床から次々とソムニードの研修センターへ運ばれてくる。
太陽に照らされて苗木が萎れないように朝夕に水遣りをしながら、雨よ降れ降れとさらに念じる。

村の人たちも田植えを始めないと、という気持ちの焦りが募り始め、中には「植林よりも来年のオラたちのメシとなる田植えの方が優先じゃ」と言う村人も出始めた。
そうした祈りというか執念が通じたのか、まとまった雨がようやく降り始めて数日。各村から一斉に植林作業開始の電話連絡が入ってきて、研修センターの警備スタッフも動員しての苗木の運搬作業となった。

ゴ村に植林作業の様子を見に行くと、村の人たちはもう山に登っていて、村では学校から子どもたちの声が聞こえてくるばかり。一度に苗木を持って上がることはできないから、誰かがまた山から降りてきたら様子を聞いてみようと、しばらく麓から山を見上げて待っていた。

すると、先日山のてっぺんで植林するワケを話してくれたオバチャンが苗木を取りにやって来て、今度は中腹にどうやって苗木を植えているか教えてやるからついて来いと、自信満々である。
再び、時々石に足を滑らせながら山を登ると、すでに植わった苗木を指差しながら自ら説明を始めた。

「中腹といってもね、山の下側、村に近い側にグアバとかジャックフルーツ、カシューナッツとかサポタとかフルーツのなる木を植えて、手入れがしやすいようにするの。他の種類の木は、あまり世話をかけなくてもいいから山の上側に植えるのよ」


2. ソムニードの役割

こうした苗木の植える配置とかU字型に石を置くとか、村の人たちは、いろんなことを知っている。種の採取の仕方、苗木の植え方ももちろん知っている。

だから、ソムニードの役割というのは、単に苗木を与えたり植林の方法を教えたりすることではなく、村全体でどのような森を作り、どうやって育てていくのか、オジサンやオバチャンたちが考えて実践するための技術を研修で身に付けさせることだ。
それが、活動計画作りであり、この後につづくモニタリングである。そしてそうした技術を身に付け始め、ゴ村の人たちを引っ張っているのが、モハーンであり、ゴ村の人たちもモハーンに全幅の信頼を寄せている。

こうしてゴ村だけでなく、ポ村、マ村でも数日かけて、数千本の苗木を植えた。

植えている最中は順調に降っていた雨も、ここ最近はまた快晴の日々が続いている。
とにかく今は、どれだけの種が発芽し、苗木が根付くか、様子を見守るしかない。

オジサン・オバチャンたちは、「次の作業はナンだっけ」と、自然と活動計画をチェックするようになってきた。

8月は田植えで多忙な時期になるハズなのだが、空模様はいかに!?
そして、村の人たちはこのまま順調に作業を進めていけるのか!?

続きは次号で。


注意書き

黄門様=和田信明。特定非営利活動法人ソムニード(現ムラのミライ)の代表理事。村の人たちが作業の完了報告を労働日数(mandays)で答えるようになり、「こんな村のオヤジたち、他にいないよねぇ」と思わずニヤリ。
ラマラジュ=ソムニード・インディアの名ファシリテーター。苗木運搬の前日の大雨には夜も眠れないほどに緊張。
キョーコ=前川香子。本通信の筆者。今回初めて植林作業のイロハを体感し、森で生きる村の人たちの凄さに改めて脱帽。

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