2020年10月26日、愛知県のとある山を車で走っていると、以前は茅葺屋根であったであろう家が密集している集落が見えてきました(茅葺屋根の上からトタンでカバーしてある屋根)。
道路沿いに茅葺き屋根がそのまま見える状態の家が1軒だけ残っていたので、写真を撮ろうとカメラを持って車を降りました。
その家は空き家のようで、写真を撮ろうと周りを見ていた時に、近くを犬の散歩をしていたおじいさんが声をかけてくださいました。
おじいさん(以下Sさん):いいカメラ持ってるね。なんかの取材?
私:いえ、通りがかりに趣きのあるお家を見つけたので思わず車を停めてしまいました。ここは写真をとっても大丈夫かご存知ですか?(私有地の看板がたっていた)
Sさん:大丈夫だよ!奥にもっと立派な古民家があるよ。ついて行ってあげるから、写真とったらいいよ。
私:ありがとうございます。お願いします。私は〇〇市からドライブで来た加藤愛子といいますが、お名前を伺ってもいいですか?
Sさん:Sだよ。この家は10年以上前に市が家主から譲り受けて、改装して宿泊施設にしたんだ。手前の建物はコミュニティセンターで地域の野菜も売っていたんだよ。茅葺屋根が珍しくて、雪が降ったときなんか写真家の人がたくさん来たり、一時期は観光客がたくさん来たんだけどね。10年前くらいに相続の関係で元の家主が返して欲しいと言ったもんで閉鎖したんだ。
私:そうですか、こんなにいいお家をそのままにするなんてもったいないですね。
Sさん:そうだよ。ここの屋根なんて杉で作った明治くらいの様式だよ。
私:詳しいですね。失礼ですがSさんはおいくつなんですか?
Sさん:今年76になるね。君のおじいさんくらいだな。
私:そうですか。とってもお元気でお若いですね!生まれも育ちもこちらの集落ですか?
Sさん:そうだよ。ここから数軒隣の家だよ。ほら、あそこに見えるのは僕の畑だよ。(畑の周りを囲ってある金属の柵が目に飛び込んできたので、獣害について聞いてみたいと思った)
私:広い畑ですね!今あの畑には何の野菜が育っていますか?
Sさん:今はネギ、玉ねぎ、大根、人参、白菜くらいかな。
私:Sさんが育てられたのですか?
S:そうだよ。僕が全部やってるんだ。
私:たくさん育てられてすごいですね。あの畑の周りの柵もSさんが取り付けたのですか?
Sさん:うん、まぁね。
私:いつ取り付けたんですか?
Sさん:5~6年前かな。市役所に申請すると補助金をだしてくれるようになったもんで。
私:そうなんですね。その前は何も囲いはしていなかったのですか?
Sさん:そうだね、お金も手間もかかるから。5~6年前に補助が受けられることになって、ありがたい。
私:市役所は設置する時何を補助してくれたのですか?
Sさん:柵の費用と設置も手伝ってくれたな。
私:そうですか。あの柵には電気が通っていますか?
S:いや、あれは通っていない。猿が出る地域ではもっと目が細かくて上からも侵入できないような電気柵を使ってると思うけど。ここでは鹿や猪が出るよ。鹿なんかしょっちゅうで、よく道を歩いてるよ。
私:そうなんですか!最近ではいつ鹿を見ましたか?
Sさん:今日のお昼頃も道歩いとったよ。
私:昼間から歩いているんですか!ここ最近で何か捕まえた動物はいましたか?
Sさん:つい今さっき家の裏に仕掛けたかごにアライグマがかかってたよ。(日付時刻入りの写真を見せてくれた)
私:すごい!今このアライグマはどこにいるんですか?
Sさん:まだ家の裏にいるよ。
私:まだいるんですね!罠に餌は何を入れたんですか?私の祖父も畑で捕まえようとしたのですが、だめだったんです。
Sさん:(自慢気に)魚肉ソーセージを入れたんだよ~。
私:そうですか!それはいいことを聞きました。私の祖父にも伝えておきます。そういえば、さっき鹿が昼間から歩いているのを見たと言われていましたが、Sさんが小学生くらいの時には見かけたか覚えていますか?
Sさん:いや、その頃はないね~。だんだん鹿の鳴き声が家にいても聞こえるようになってきたんだよね。夜8時にもなると山から雄鹿が求愛する声が聞こえるんだよ。
私:聞こえるようになってきたのはいつごろか覚えていますか?
Sさん:たしか僕が40歳くらいのときだったから、36年位前かな。
私:よく覚えていらっしゃいますね。その時期にこの地域で地域開発事業や大きな出来事があったのですか?(これは曖昧質問かも。そして私の憶測が色濃く反映された質問。)
Sさん:どうだったかなぁ、、、。じつは40歳ごろ市役所の地域観光課にちょうど務めていて、鹿の声を利用して、「鹿の声を聞く会」といったツアー旅行を企画したんだ。当時は鹿の声なんて珍しいから50人くらい人が集まって、名古屋から観光バスでお客さんが来たんだよね。その時は鹿がうまく鳴いてくれるように祈ったもんだよ。結局ちゃんと鳴いてくれてお客さんは喜んでくれたからよかった。そんな事があったから、鹿が降りてくるようになったタイミングは印象深く覚えているんだ。
私:そうでしたか~。面白いですね!他にもそういったツアーを企画されたことはありましたか?
Sさん:夏には「カジカガエルの声を聞く会」を企画したら、これもたくさん人が集まったんだよ!
私:カジカガエルって私は初めて聞きましたけど、最近でもこの辺りで見られたことありますか?
Sさん:うん、見てはないけど今年の夏も声が聞こえたからまだいるんじゃないかな。
ここでSさんの連れていた老犬がクンクン吠えて早く帰りたそうだったので、お礼を言って別れました。
10分くらいしか立ち話できませんでしたが、「いつ?」と聞いていくとアライグマをついさっき捕まえたことや昔ツアーを企画したエピソードなど、予想もしなかった話題が飛び出してきてとても興味深かったです。
この会話を書き出したのは対話から3週間経ったころでしたが、事実質問で質問を繋げていくと、その時どんな質問をしてどんな会話の流れになったか、メモを取らなくても後から鮮明に思い出せました。
また、こう書き出してみると、もっと深堀りして質問できたポイントがたくさんあると気づきました。
◆この地域の茅葺屋根の家
→この地域やSさん自身の住環境、生活様式、自然資源の変化が聞けたかも
◆Sさんの畑
→Sさんの畑や周囲の畑の栽培作物の歴史、地域の産業が聞けたかも
→何か地域で環境に変化を与えるきっかけとなる出来事があったか聞けたかも
◆獣害の実際の被害
→実際にいつ、誰が、どれだけの被害にあったか、被害の状況を聞けたかも
◆柵の設置、捕獲用の罠、捕獲後の動物への対応
→行政がいつから、どんな経緯で、どんなサポートをしてきたか聞けたかも
◆地域に生息している動物(カジカガエルは固有種、アライグマは外来種)
→昔はいたのに見かけなくなった生物、昔はいなかったのに今では見かける生物やその時期を聞くと周辺地域からのモノ・人の行き来による環境変化が聞けたかも
この場面に遭遇したときに聞けるエントリーポイントはたくさんありましたが、自分は何を知りたいのか、そのためには何を聞くべきか、限られた時間の中で瞬時に判断できる観察力と瞬発力を磨きたいです。
(加藤愛子 ムラのミライ 研修事業コーディネーター)
これは私の祖父が自宅の畑に埋めておいた筒状の罠でモグラを捕獲した時の様子。 ちなみにアライグマの罠には、知人からのアドバイスで「あんドーナツ」を餌にした そうですが、猫がかかったそうです。あんドーナツが餌なら私が罠にかかってもおかしくないかも。 |