夜8時のとある空港の出口。冷房の効いた空港建物を一歩出ると、なま暖かい南国の風が頬をなで、ふと下を見ると、私のスーツケースの脇をゆったりと子猫がすり抜けていきました。到着した人、出迎える人などの騒がしい話し声などお構いなしに気持ちよさそうに眠る犬、そこはかとなく漂ってくる甘いような辛いような食べ物の臭い。とても初めて訪れた国とは思えないお馴染み[1]の空気感と気温28度の心地良さ。メタファシリテーション講座のお仕事で、やってきたのはカンボジア王国首都プノンペン。
気温0度の冷たい風が顔に突き刺さる早朝の京都を発ったのはわずか12時間前のことですが、すでに遠い昔のことに思えてきます。「寒くない」喜びを噛みしめながら、空港から市内に向かうタクシーに乗りました。
プノンペンでの3日間のメタファシリテーション基礎講座の参加者は、在カンボジアNGO日本人ネットワーク(以下略JNNC)加盟団体のNGO職員15人(クメール人9名・日本人6名)です[2]。プノンペンやシェムリアップで定期的に開かれるJNNCのミーティングで挙がった「コミュニケーションスキルの不足がプロジェクト推進の課題となっている。一度、ムラのミライの和田信明氏によるメタファシリテーション基礎講座を受講してみたい」というリクエストが始まりでした。
和田だけの講師派遣かと思いきや「アシスタントも同時派遣可」と言われ、我先にと手を挙げました。それに「研修アシスタント」というのも一見気楽そうです。実際に「原は気楽にしていた」という言う参加者も多いでしょう。しかし「ここからは君がワークショップをやりなさい」といつふられるのか全くわからないのが和田のアシスタント。気楽で脳天気そうな私の外見からは想像するのは難しいでしょうが、どんなタイミングでもすぐにワークショップができるよう、常に集中して「自分ならどう進めるか」と3日間、神経を張り詰めていたのです。さらに、カンボジアでは、午前7時半から午後5時半(途中に2時間の昼休み)というのが一般的な就業時間で、毎日朝が早かったので、眠ってしまわないよう、いつも以上に神経を集中させて目を開けていなければなりませんでした。
1日目にメタファシリテーション基礎を教室で学び、2日目に集落を歩いて、参加者が村人に事実質問でインタビューを実践し、3日目にまとめ、という3日間の講座です。
さて1日目、参加者全員の自己紹介の後、講座が始まりました。「事実質問とそうでない質問の見分け方」「事実質問はどういうときに使うのか」「事実だけで聞いてゆく方法」についての講義と演習を繰り返しました。
2日目は、プノンペンからバスで1時間半ほどの郊外にある集落で、事実質問や集落を観察する練習です。集落を歩き始める前に、和田が参加者に聞きました。
「最初に訪れた村でやることは何ですか?」
読者の皆さんも一緒に考えてみてください。
次の質問は「村で生きるために必須のものは何でしょう?
」です。
和田の答えは次の通りでした。
「最も大事なのは土と水という資源です。
水と土の管理に関する『今』『昔』を知ることです。もうひとつ、村人に話を聞く前に必ず『なぜ』この村に来たのか、自己紹介をするのを忘れずにしてください。謙虚な姿勢で『自分が知らないこと』『知っているつもりになっていること』を聞いてみてください。カンボジアだけでなくて、どこの国でも『村のリアリティ』を理解する第一歩がこれです。」
和田の話を聞きながら、この「当たり前の第一歩」を自然に踏み出し、事実だけで何時間でも質問をつなげてゆけるようになるまでに、いったい何百回、何千回と「援助する側の上から目線」で村を訪れ、村人の話を聞いたつもりになっていたことか、と我が身を振り返りました。
私も集落を歩く参加者について回ったのですが、この「当たり前」のことは、なかなか出来ない様子でした。「いつもはどうですか」「他の皆さんはどうですか」「今月の収入はいくらですか」と聞いてしまう人ばかりで、なかなかその人・その村の具体的な話は浮かび上がってきません。何度も参加者に頼まれてもいない助言をしたくなり、自分で村人にインタビューしたくなったのですが、この日はまず参加者1人1人が「事実質問だけで聞いてみる」という練習でしたので、黙って見ていました。
~最終日、和田が参加者にかけた言葉とは…次週へ続く~
[1] 筆者(原康子)は長年のインド・ネパールに暮らしと夏の国ばかりでの短期の仕事のせいで、気温30〜40度の南国慣れはしていますが、16年ぶりに体験する毎日10度以下という京都の冬にはなかなか馴染めず、すっかり震え上がっています。
[2] JICAカンボジア事務所 NGO-JICAジャパンデスク「2016 年度 NGO 等活動支援事業」というスキームで実施されました。
(原 康子 ムラノミライ認定メタファシリテーション講師)
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