前回、前々回より連載3回目の今回は、多数を相手にどのように対話を行っていくのかをお伝えいたします。
今から10年ほど前のことでしょうか。インドはアッサム州のある村でのことです。私と中田さんは、国際協力銀行の森林関係のプロジェクトのある調査のために、インド人の専門家たちとチームを組んでその村を訪れていました。このとき、アッサム州政府で私たちのカウンターパート、つまり行動を共にするのは森林局でした。他にも沢山の村を訪れましたが、この村は、特に印象に残っています。村に着くと、出迎えた村人たちが、いきなり鉦や太鼓で踊り出したからです。その賑やかさは、徳島の阿波踊りを思い浮かべて頂くとかなり近いものがあります。
この調査いかんでは、森林局に大型のプロジェクトがやってきます。私たちを最大限もてなす、森林局の演出だったのでしょう。村人がかり出されているのは明らかですが、しかしながら、踊りそのものは、気合いが入っているというか、それはそれとして心から楽しんでいるというか、私たちや森林局へのお付き合い、というレベルを超えた熱気でした。
その、老若男女が、いわば踊り狂っている中で、私の目を一際引いたのは、あるおばあさん。失礼ながら、相当のお歳とお見受けしたのですが、その踊り狂う様が半端ではない。心から踊りを楽しんでいる様子がよく分かる。その体のこなしが、若い者たちに負けていないのです。
この踊りによる「歓迎」、正直言って、調査に入った私たちとしては、のっけからこの調子では、とてもまともな聞き取りなどできないのではないか、このまま集会に移行すれば、しゃんしゃん、で終わってしまうのではないかという、そんな気配が濃厚でした。しかしながら、踊るおばあさんは、強く印象として私の中に残っていました。果たして、彼女はどんな人生を歩んできたのだろうか、そんなことをぼんやり考えながら、私は集会所へ歩いていました。
やがて、私たち調査団のメンバーと森林局のお役人たち、そして村人が集会所に落ち着くと、歓迎式というのでしょうか、が始まりました。私たちは、もちろんひな壇に並んで座っています。そして、政治家やお役人、村の有力者たちのスピーチが次々に始まります。スピーチは、土地の言葉で語られているので、私には分かりませんが、敢えて通訳を付けてもらう必要もありません。内容が分かったところで、大したことはないし、また、何となく何を話しているかも分かります。そんなとき、私は目の前にいる集会所を埋め尽くす村人たちの表情をじっくりと観察します。すると、後ろの方に例のダンシングおばあさんがいました。こうなるとしめたものです。このおばあさんに、今日の私の話の「マクラ」になってもらおうと決めました。
さて、私がスピーチをする番になって、まず話したのは、村に着いてすぐに始まった群舞のことです。それがいかに印象深いものであったか。ここで、後ろに座っていた例のおばあさんを手招きして、前の方に座ってもらいます。そして、特にこのおばあさんの踊りに感心したことを語ります。このとき、おばあさんに、この踊りは誰から習ったのか、どんなときに踊るのかなど、村の慣習に係わる話しを聞いていきます。これは、メタファシリテーションの基本、相手のセルフエスティームを上げる、ということの応用ですね。
ここまで来ると、集会所全体の注意はわたしに集まっています。ここで私は、村人全体に問いかけます。
「踊り以外に、あなたたちが昔から知っている、できることはありますか?」
すると、稲作から畑作、その他いろいろ出てきます。さらに問いを重ねます。
「森はどのような利用の仕方をしていますか?」
これに対しても、いろいろな答が出てきます。ここで、これまで出てきた話を確認しながら、今ここに集う人たちが覚えている限りで、森や田圃、畑にどんな変化があったのかを確認していきます。そうすると、耕作地の拡大、森の減少、井戸を掘ってはつぎつぎに枯れていく、などの話が出てきます。
もう、10年前の話なのでよく覚えていませんが、ここまでで十分村人たちが話にのってきたので、あとは調査団のメンバーそれぞれに引き継ぎました。最初は、歓迎行事的なムードだったのが、この時点では完全にこちらが知りたいことと村人たちの知りたいことの接点ができ、村人が積極的に参加する調査が順調にできたということです。
さあ、これまでの経過で分かるように、多数を相手にしても手順は同じです。まず、観察、そして相手のセルフエスティームを上げる。後は事実を一つ一つ丁寧に聞いていく。そういうチャンスがあったら試してみてください。
(和田信明)
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