2021年3月17日水曜日

「生きづらさ」の、外に出る

生きづらいという言葉がここ数年、メディアで良く聞かれます。
背景には色々とあるでしょうが、私はその原因の一つに、なんでも二極化して判断する社会の構図があると思っています。儲かるか儲からないか、好きか嫌いか、男か女か、若いかそうでないか、勝ち組か負け組か。
そうやって決めてしまった方が、敵味方が明確で戦いやすいし、何より、それ以外の色んなことを考えなくていい。その波にうまく乗れず、半ば諦観していた私に「おまけ組」の存在を示してくれたのが本著です。


20歳を過ぎてくらいから徐々に、世の中の理不尽や自分の現状への不満みたいなものと戦うよりも諦観する方向に気が向き始めていました。
小さい頃からクラスのグループやらヒエラルキーやらに順応できなかったり、高偏差値主義の高校生活についていけなかったり。大学に入れば、SDGsの授業でジェンダーについて討論した後に「それでも生む機能があるのなら使ってほしい」と言ってくる男子学生。家では、毎日見聞きする「家事を手伝ってますよ」レベルから深まらないジェンダー論議。就活では、今や新卒は神話と言われて中途で受けるも職歴や専門性で他と劣ると言われ、若いから新卒へと言われて行くと大卒と比べ若くないと言われ。
そうやって波に上手く乗れないでいると、いくら自分に信念があっても、ずっと揺らがず立ち続ける事は簡単なことではありません。就職エージェントに相談しても、私のことを聞こうとも理解しようともせず、「○○と○○のどっちかしかない」、もしくは「早くどちらかになれないなんてヤバくない?」と感じさせてくるのはなぜ?人はもっとグラデーションで、その度合いを見ようとしなくちゃ互いの存在を認めあえないのではないか。
ちょっと熱くなりました、すみません。本当は○○組とかはなくて、あるのはあなたと私という存在なんだ。おばちゃん信金で語られる「おまけ組」は、ずっとモヤモヤを抱えて、おかしいと感じることに対して立ち続けることを投げ捨てようとしていた私に、それを言語化して、もう一度自分を肯定する勇気を与えてくれました。


私はインドに縁もゆかりもなく、行ったこともないのですが、きっと日本社会よりも過酷な社会の仕組みの一番下の方で生活しているおばちゃん達が、原さん達との対話の中で、少しずつ自分たちの存在を肯定し、力を付けて、勝ち組でも負け組でもない、自分達の存在を勝ち取っていく姿は清々しいもので、こちらの気持ちまでさわやかになりました。
また、長らく経済的に苦しい環境に加え、外から持ち込まれた貧困の指標や支援のものさしで良いように計られてしまってきたがために培ってしまった“生きる術”を持つおばちゃん達に対して、その術を当然のことだと肯定し、常におばちゃん達と事実を確認しながら、おばちゃん達の可能性を見守っていた原さん達の我慢から、何が誠実なのかを考えました。
原さん達が指示をするわけでも提案をするわけでもないのにおばちゃん達が信金を設立して運営しているのは、それが、おばちゃん達が必要だと思うおばちゃん達の物だからです。そんな当たり前のことなんだけれども、社会のあらゆる関係性や構造の中で忘れ去られてしまうことを、既存の開発支援の定説や制約の中でも貫こうとする原さん達の姿勢に、また頑張ってみようというエネルギーをもらえました。

本書の内容とは別に、原さんの語り口や伝え方にも心の温かみや勇気をもらえる人は多いと思います。まず、途上国での支援という一見壮大で難しいテーマですが、ニュースの討論コーナーで専門家が話しているような専門用語とか理論解説などはほぼ出てこず、終始、原さん達とおばちゃん達による無声映画に原さんが活弁しているという感じで、途上国支援に馴染みのない人にも楽しめます。
そんな調子で、大学院で学んだ原さんが理論武装をしたまま現場を求め、たくさんの失敗をしたことをベースに話が語られていきます。失敗した自分を下げすぎず、開き直るわけでもなく、失敗からの改善を高らかに誇示するでもない。おばちゃん達の会話が、便宜上、岐阜弁で語られていることも、このおばちゃん達が良い人達とも悪い人達とも映らない、身近な人達の会話のように迫ってくるものがあります。そのような伝え方だからこそ、国際協力や開発をやろうとして前のめりになっている人には、じわじわと身につまされる思いがしてきて、結果として自分を振り返る機会を与えてくれます。そして、自分がどのくらい前のめりになっているかどうかを確認できるでしょう。
もちろん、支援に対しては、様々な立場での様々な考え方はあるでしょうが、自分がどう受益者の人達と関わっているのかを振り返る指標には成り得ます。そうして、いつでも帰ってきたくなるバイブルになっていくことと思います。私にとってもそのような作品になっています。
私はこの全体としてバランスの良い伝え方がとても好きなので、いつか自分もこのように伝えられる人になりたいと思います。

(田中沙知 メタファシリテーション講座修了生)