プログラムの進め方について、試行と錯誤を文字通り重ねつつよろよろと(やり方がよく分からないのと資金が常に足りないという二重苦によって)進んでいた頃、とにかく確かな拠り所が欲しいということで「数字に凝った」ことは、前回お話ししました。同時に、村人たちとのやり取りは次第に自由自在という具合になっていった頃で、これはこれで楽しくて仕方ないというレベルになりつつありました。何せ、話すごとに新しい世界が広がっていくのですから。ただ、この村人とのやり取りとプログラムの組み立てがうまく噛み合わない、結びつかないというのが当時の悩みでした。
村を構成する要素が見えてくる
ところで、村人の話を聞くつどに世界が広がる、というかどんどん村というジグソーパズルのピースが埋まっていくような感覚を持つようになっていた私は、自分でも気づかないうちに対話のコツを方法論的なものにまで高めていました。と言って、それをちゃんと言語化していた訳ではありません。あくまでも手順というか、こう質問してこう答えが来たら、次はこう聞く、みたいなものが整理されていったと言った方が正しいでしょう。
以下は、これまでにもいろいろなところで紹介されている例ですが、分かりやすいのでここでも取り上げてみましょう。「鉈」です。村を歩いていると、よく腰のあたりに鉈をぶら下げた男たちに行きあいます。そんな時は、すかさず鉈を入り口にいろいろ話を聞いていきます。少々長くなりますが、お付き合いください。
私:あなたの腰に下げているそれ、なんですか?
村のおじさんA(以下A):これか?鉈だ。
私:ほう、それはなんに使うのですか?
A:主に山仕事だな。枝を払ったり、蔓を払ったり、草刈ったり、いろいろだな。
私:その鉈、買われたんですか、それともご自分で作られた?
A:鍛冶屋に頼むのよ。
私:鍛冶屋さんは、この村にあるのですか?
A:いや、あそこに鍛冶屋の村があるだろうが。XX村だよ。
私:今使っている鉈を、XX村で作ったのはいつ頃だったか覚えてますか?
A:さぁて、いつ頃だったかな、10年前くらいかな。
私:XX村のどなたに注文されたんですか?
A:Bさんだよ。いつも彼女に頼んでいるんだ。
私:そうですか。最近、何かBさんに頼んだことはありましたか。
A:鋤の具合が悪くなったんで、新しく鋤を頼んだな。
私:それっていつ頃でした。
A:4月さ。5月あたりから、ぼちぼち田んぼの鋤起こしをやらにゃならんでな。
私:Bさんには、頼む時いくらか払うんですか。
A:いや、できた時に払えばいいんだ。
私:じゃ、それまでお金はいらないんですね。
A:いるさ。材料の屑鉄を買って持っていくでな。
私:そうなんですね。屑鉄はどこで買うんですか。
A:〇〇村の市場さ。
私:ほう、そうでしたか。この鉈のためにはどのくらいの屑鉄を買ったんですか。
A:1キロだよ。
私:で、Bさんに渡すと、この(と鉈を指差して)完成された状態で返してくれるんですね
A:いや、返ってくるのは鉈の身の部分で、柄は自分でつけるんだ。
私:そうでしたか。柄にする木はどこで取るんですか。
A:家の裏庭のジャックフルーツの木さ。
私:その木は、Aさんので?
A:そうさ。
(…と、こんな調子で時間の許す限り、延々と続いていく)
もちろん、当時録音していた訳でも、その場で記録を取った訳でもないので、確かこんな聞き方をしていたなという記憶に基づいて復元(というほど大袈裟なものでもありませんが)してみたものです。この辺りまで聞いていくと、この後聞いていくこと、そしてここで時間がなくて終わってしまったら、次の機会に聞いてやろうと思うことが山ほど出てきます。もちろん、聞くネタはすでに集めてしまっているので、そのネタに従って他の人にも聞くことができ、益々村の生活についての知識が増えていくというサイクルがすでにできていました。
「ネタ」から「ネタ」へ 質問が質問を生む
では、どんな「ネタ」が集まったのか、ちょっと見て見ましょう。
まず、「鉈→山」です。「鉈を持って山仕事」という話題が出てきたので、適当なタイミングで鉈を使った山仕事のことをじっくり聞いていくことができます。この時は、鉈について聞いてやろうと思っていたので、主にそのことを聞いていきましたが、例えば、すぐに「これから山でどんな作業をするんですか」と聞いてみても構いません。自分だったらどういう風に聞いていくか、どんな話題が出てくるか、ちょっと想像してみてください。
次に、鍛冶屋が集まるXX村という話題が出てきました。これも、しめしめと言いたくなるほどの情報の宝庫となりうるネタです。Aさんは鉈や鋤の他にどんなものをこれまで作ってもらっていたのか、それぞれの道具はどのくらいの頻度で注文しているのか(言うまでもありませんが、「どのくらいの頻度で注文するのですか」なんて聞いたらダメですよ)、全て、材料の鉄は自分で買って持って行っているのか、鍛冶の料金はそれぞれいくらか、バーゲンはするのか、他で頼むことはあるのか、などなど、ここでも聞くことは山ほどあります。
さらに、「5月にぼちぼち田んぼの鋤起こし」という話題が出てきました。現地では、5月といえば乾季の一番暑い時期です。こんな時に鋤起こしをするとはどういうことでしょう。どんなタイミングでするのでしょう。その後の作業は、一日のどの時間帯で行う?など、ここでも聞くことは沢山あります。
さらに、柄の部分は自作でしたね。裏庭の、ジャックフルーツの木の枝を使っていました。ジャックフルーツは、巨大な実をつける木です。私のような者には、季節になったら出てくるフルーツ(もちろん都会でも青果市場やスーパーで売ってます)としての認識しかありませんでしたが、このような使い方を聞くと、他にも木の部位による使い方がありそうですね。ここでも、聞くことがいっぱい出てきます。さらに、裏庭にはどんな木を植えているか、山に植っている木で、自分が所有している、あるいは独占的に利用できる木はあるか、共有する木で利用しているものはあるか、などなど、話題の広がりはほとんど無限(大袈裟ですね)と言っていいものがあります。
まだまだありますよ。〇〇村の市場についても聞くことは沢山あります。屑鉄の他には、何か一緒に買ったものはあるか、一番最近いつ行ったか、その時は何を買ったか、などなど。例えば、買うだけではなく何かを売るということもしているかもしれませんね。
頭の中でパズルの全体像を組み立てる
この鉈の例でわかるように、Aさんは、エンドユーザーでもあり、製作者の一部でもあり、また材料の供給者でもあり、と、私たちの消費者というイメージからは大分違った消費者としての在り方(とでも言うのでしょうか)があります。
例えば、このように自分も消費者でありながら製作の一端を担うという消費の在り方ではなく、全く完成品を買うだけということはあるのでしょうか。その場合は何を買っているのでしょうか。そういうことも、確かめることができますね。そして、そのような「買うもの」の中で、何がAさんの村や周辺の村で作られているのか、何が他所から来るのか。
このように、上記のこれだけのやり取りでも、村というものを重層的に理解し、村の全体図のジクソーパズルのピースを埋めていくピースを得ることは十分にできます。ただ、このように対話をしながら、そういうことが一瞬で頭の中で構造化できる、そのためには、やり取りの一つ一つをその場で分解しながら対話を進めていくという技術、能力がなければいけません。
私は、気がついてみると、活動を始めてから7、8年経つとそのようなことを自由自在にできるようになっていました。そして、最初は苦痛だった村人とのやり取りが、楽しくて仕方がないという風になっていました。
和田信明(ムラのミライ海外事業統括)