シンプルな対話を通して当事者主体の学びと気づき、さらには行動変化を促すメタファシリテーション(対話型ファシリテーション)。 ムラのミライの活動現場や様々な状況での事例や学び方を紹介するブログです。
2015年2月24日火曜日
あなたの風邪はどこから?
2015年2月23日月曜日
水・森・土・人 よもやま通信 第2部 第18号「オラがミミズたい肥づくり名人」
目次
1. ミミズたい肥づくり始めます
2. ちょっとトイレに行ってきます。
3. よく肥えた土ってどういう土?
4. オラがミミズたい肥づくり名人
5. 広がり始まる農業カイゼン
2月に入り肌寒い朝が続く季節も束の間、南インドの夏がゆっくりと近づいてくる。
1. ミミズたい肥づくり始めます
前回のよもやまでお伝えした、農業カイゼンに取り組むB村とP村の村人たち。そして、そのB村とP村の指導員たちから流域管理技術の研修を受け、計画づくりとその実施を行う新規参入の村人たち。新規参入の村人たちの中から、お隣のB村やP村の農業カイゼンの様子をみて、オラたちも農業カイゼンに取り組みたいという声が上がってきた。
新しく農業カイゼンへの興味を持ち始めた村々では、その一環としてミミズを利用した有機たい肥づくりに挑戦する。村人たちは、すでにたい肥をつくって利用しているB村とP村の村人たちからその極意を学び、彼らの村でも実践を始めることになった。B村とP村での有機たい肥づくりの視察研修を前に、まずは事前研修を行った。
2. ちょっとトイレに行ってきます。
事前研修を任されたのはラトナ、スーリー、筆者。3人で研修の進め方と内容について話しあう。
「前回までの研修で学んだことを確認して、それからミミズたい肥づくりを始める目的を明確にして、たい肥について現時点で知っていることを共有して、今度の視察研修で学びたいことを確認して、それで最後にスケジュールを決める。こういう流れで行きましょう。」
と3人で合意して迎えた当日、
「今までどんな活動をしてきましたか?」
研修が始まり、これまでの活動について尋ねるスーリー。これまでの活動を振返る村人たち。
「アクションプランを作って、それを基に石垣をつくったり植林したりしました。」
「それでどんな成果がありましたか?村ごとに発表してください。」
参加者たちが村ごとに話し合って発表する。ラトナが黒板に表を描いて、そこに出た意見を書いていく。
バルダグダ村からの参加者が言う
「土壌の流出が防げて多くの作物がとれるようになりました」
ラトナが黒板の表を埋める。
そして、パンドラマヌグダ村からの参加者が言う
「土壌の流出が防げて多くの作物がとれるようになりました」
ラトナが黒板の表を埋める。。
そして、アナンタギリ村からの参加者が言う
「土壌の流出が防げて多くの作物がとれるようになりました」
ラトナが黒板の表を埋める。。。
そして、コッタグダ村からの参加者が言う
「土壌の流出が防げて多くの作物がとれるようになりました」
ラトナが黒板の表を埋める。。。。
異口同音に質問に答える村人たち、これではまったく活動の振返りになっていない。『この流れはマズい』と、思う筆者だがどうしたらいいかもわからない。ただこの上滑りした議論が続いてしまう。どうすればこれを止められるのか、そして、果たしてどうやってここからミミズたい肥につなげていけばいいのか。
焦るが何もできない筆者、質問を続けるスーリー、黒板を埋めるラトナ。
すると、一人の村人が立ち上がった。
「ちょっとトイレに行ってきます。」
それに続いて他の村人たちもぞろぞろとトイレに立つ。そう、村人たちにとってこのやりとりは退屈で仕方がなかったのだ。研修序盤からつまずきムードが漂う。。。
3. よく肥えた土ってどういう土?
これまでの研修の流れを見てその状況を見かねた和田代表の助言で、『土』と『ミミズ』についてそれぞれ知っていることを書き出してもらう作業をすることになった。元々、筆者たち3人組の計画では、『ミミズたい肥』について知っていることについて聞く予定だった。ミミズたい肥の研修だから、ミミズたい肥について知っていることを聞いても良さそうだが、この二つの質問は全く意味が違う。
30分後、『土』『ミミズ』という質問に対して、村人たちは、土とミミズのことではなく、ミミズたい肥について知っていることばかり挙げた。
そう、これは明らかに私たちがたい肥づくりの研修だ、たい肥づくりの研修だ、としつこく押し付けてしまったせいである。
そして、おそらく私たちが最初から「ミミズたい肥」について知っていることを聞いていたら、この村人たちの答えを基に、「では知らないことは、P村やB村の先輩たちに聞きましょう」という流れになっていたに違いない。
しかし、そもそも土とは何か、ミミズとは何か、どういう働きがあるのか、ということがわかっていなければ、たい肥がなぜ必要なのか、ということもわからないままである。必要性がわからないまま作り始めたら、後はどうなるのだろう?
村人たちが作業を終えて発表すると、和田代表が立ち上がる。
「おまえさんたち、たい肥をつくるということじゃが、よく肥えた土ってどういう土か知っているかい?」
「えぇーと、作物がよく育つ土。作物にとって良い食べ物がある土です。」
「それじゃ、作物にとっての食べ物って何じゃい?」
「・・・」
「例えば森の土を思い浮かべてみなさい。森には色々な草や木があって水がある。森の土にはたい肥は必要かい?」
「必要ないです。」
「土は植物が住むところで、栄養と水を含んでいる。その栄養は植物から来ているんじゃ。葉っぱは落ちた後どうなる?」
「乾燥して、虫が食べる。」
「雨季にはだんだん腐っていく。」
「誰がその葉っぱを腐らせているんじゃい?」
「水!!」
「おまえさんは水を飲むと腐るのかい?水を溜めているバケツは腐るか?」
「・・・バクテリアかなぁ?」
「そう、バクテリア。バクテリアはきみらと同じ生き物じゃ。じゃあ生きているってどういうことだい?生きるためには何がいる?」
「食べ物!!」
「そうバクテリアもおまえさんたちと同じように食べて糞をする。その糞が土の栄養分になるんじゃ。バクテリアがどれくらい小さい生き物が知ってるか?」
「うーん。。。」
「1立方センチメートルの土には、1億匹のバクテリアが住んでいる。つまり土そのものが生き物みたいなもんなんじゃ。植物がバクテリアに栄養を与えて、バクテリアが土の栄養分をつくる、そしてその土でまた植物が育つ、これが切っても切り離せない植物とバクテリアと土の関係じゃ。」
さっきまで退屈そうにしていた村人たちも、この研修を聞き入っている。
「それじゃあ、またたい肥の話に戻るが、森と農地の違いは何じゃ?」
「森にはたくさんの種類の木や草があります。」
「森は整備されてないけど、農地は整備されています。」
「整備されているっていうのはどういうことじゃい?」
「えーと、森では色々な植物があるけど、農地では何種類かの決められた作物を育てます。」
と、今までの研修で一度も自分から口を開いたことのないコッタグダ村のおっちゃんも今日は積極的に発言する。和田代表が続ける。
「そう、森では色々な植物があってそれぞれ違う時期に枯れるから、常に土がつくられ続けている。しかし農地では作物ごとに植えているし、枯れる前に取り除くから土が出来ない。つまり作物は土から栄養を取るけど、土に栄養は返さない。だから農地では意識的に作物が取った分の栄養を返す必要があるんじゃ。
さっき説明した植物とバクテリアと土の関係は覚えているかい?この循環を意識的につくるのがたい肥の役割じゃ。しかし、森で土が出来るのに時間がかかるように、バクテリアだけでは土が出来るのにすごく時間がかかる。だからミミズの助けをかりて、バクテリアが食べ物を消化しやすくすることで、土が出来るまでの時間を短縮する。それがミミズたい肥ということじゃ。」
退屈しのぎにトイレに行っていた村人たちも、和田代表の研修は食い入るように聞いている。そして、なにより、参加者全員が楽しそうに質問に答える。テルグ語が苦手で普段は研修で喋るのを躊躇しているような参加者さえ和田代表の研修では口を開く。
和田代表の研修のあとで、村人たちは視察研修で学びたいことを確認した。「土」と「ミミズ」という意識があるからこそ、「ミミズたい肥」のつくり方を学ぶのではなく、農業カイゼンのためにミミズたい肥について学ぶという意識が生まれてくる。なぜなら、村人たちは土が重要なことを誰よりもよく知っているのだ。
そして、農業カイゼン、ミミズたい肥づくりもまた、流域管理の一部なのだ。植林や石垣など構造物の構築を通した森での土づくりと、農地での土づくりの違いが、ミミズたい肥づくりと流域の関係ということ、この部分はこれから何度もつついていくことになるだろう。
4. オラがミミズたい肥づくり名人
和田代表の研修を経て、事前準備はばっちりの村人たち、今度は農業カイゼンの先輩であるB村の農家を訪ねて研修を受ける。B村での視察研修当日、たい肥づくりの指導員は村のなかでも特に熱心に農業に取り組むチランジービー。昨年P村が農業カイゼンの視察でB村を訪れた際にも農業カイゼンの普及に中心的な役割を果たした青年である。
そして、流域管理研修の指導員としておなじみのアナンドも加わる。
たい肥小屋の大きさや、たい肥づくりに必要な素材や道具などを丁寧に説明するチランジービー。葉っぱは苦みのないものを選ぶだとか、小屋は日の当たる場所に建ててはいけないなどのつくり方の部分と、牛糞など他の肥やしと比べて使い勝手が良いことや、土の質を高めることができることなどの、利用方法や効果まで漏れなく解説する。そして、一通り説明をすると
「さぁ、オラがいま説明したことを言ってみて。」
と、参加者の理解度を確認しながら研修を続ける。その姿は、まさに名人と呼ぶのがふさわしかった。
「ミミズはどこで手に入れるの?」
と参加者に聞かれれば、
「オラのミミズを売ってやるから安心しろ。」
と、しっかりと商売も意識している。彼は今までもミミズたい肥やバイオ農薬(化学薬品を使わない農薬)を作り、自分の農地で利用し、そして他の農家たちにも販売している。今まで店から化学肥料を買ってきていたころのような出費はもういらない。それどころか、今度は自分のもつ資源を利用してお金を稼ぐまでになっている。
B村で一目置かれるチランジービーは、他の村の人たちにとっても、モデル農家だった。研修が進むと少し違うトピックの質問も出てくる。すると、チランジービーは、
「まずはこの説明を終わらせてから、その話をすっぞ。」
と、参加者が混乱しないように一つ一つ順を追って説明する。事前研修の後でキョーコさんから、この視察研修で見落としてはいけない重要ポイントのアドバイスをもらっていたモニタリング担当の筆者たちだったが、チランジービーは重要な点を見落とすことなく進めていく。それどころか、ミミズたい肥づくりの研修をこえて、農業カイゼンの研修になっていく。
SRIについて、バイオ農薬について、牛糞や牛尿を利用した液肥について、チランジービーと参加者たちの熱い議論は続く。
「でもオラたちの村では、耕す田んぼを2年ごとに代えていくから、これを続けていくのは難しいな。」
コッタグダ村の村人がつぶやいた。
「それなら今度はお前さんたちが、次に田んぼを耕す人にこのやり方を教えてやればいい。」
チランジービーはそう答えた。
「オラはミミズたい肥づくりの最初の研修には参加しなかった。でも(自ら試行錯誤を繰り返して)今ではこうやって自分が研修する側になったんだ。」
チランジービーの顔は自信に満ち溢れていた。農業カイゼンへの挑戦も2年目を終えようとしているB村、その成果は個人の農業カイゼンを超え、村の農業カイゼンになり、そしてそれが今度は地域全体の農業カイゼンにつながっていく。彼はきっとこれからも先頭をきって走り続けていくに違いない。
5. 広がり始まる農業カイゼン
先輩農家たちからたい肥づくりについて学んだ村人たちは、さっそく準備を始めている。チランジービーたちの指導に基づいて、たい肥小屋の建設を終え、いよいよこれからミミズたい肥づくりが始まる。この研修で学んだ、他の農業カイゼンの技術もこれから実践していく農家は増えていくだろう。流域管理技術に続き、広がりはじめた農業カイゼン、これからの進展の様子はまた次回以降のよもやまで乞うご期待。
注意書き
ラトナ=ソムニードインディアのスタッフ。オバチャン相手に長年の研修経験を持つオバチャン。
スーリー=ソムニードインディアのスタッフ。長年の現場経験をもつ。
筆者=實方博章。現場で修行中。
キョーコさん=前川香子。ムラのミライの名ファシリテーターで、本事業のプロジェクトマネージャー。流域管理プロジェクトの他にも研修事業から出版事業まで全てを統括するスーパーチーフ。
2015年2月17日火曜日
人に期待する前に、まず自分でやってみる
2015年2月10日火曜日
見落としがちな解決方法
2015年2月3日火曜日
トークイベントでも、ファシリテーション
(事務局長代行 宮下和佳)
2015年1月20日火曜日
答えは過去にあり
2015年1月16日金曜日
水・森・土・人 よもやま通信 第2部 第17号「誰のためのモニタリング?」
目次
1. 農業カイゼン実施中
2. オラたちの村の農業
3. これはオラたちのプロジェクト
4. 誰のためのモニタリング?
5. お金の管理も大切です
「暑い」か「すごく暑い」しかない南インドの暑さが少しだけ和らぐ季節がやってきた。さらに今年の村の冬は、例年よりもだいぶ涼しい。稲の収穫を終えた村人たちは、脱穀に忙しい。ついこの前まで黄金色をしていた田んぼには、いま新しい芽が宿る。
1. 農業カイゼン実施中
前号のよもやま通信でお伝えしたように、流域管理の技術を周辺の村々に伝えるために奮闘する指導員たち。その指導員が暮らすブータラグダ村(以下B村)、ポガダヴァリ村(以下P村)では農業カイゼンのための取り組みを続けている。
「畑が水浸しになって、ナスが枯れちゃったのよ。だからチャンドラヤに聞いて畝をつくることにしたの。」と話すのは、P村のおばちゃん。失敗しても他の農家のアドバイスを活かしてまた挑戦する。
「アナンドの田んぼを見てオラも真似したんだ。」
と話すB村のおっちゃんは、害虫から稲を守るために田んぼの周りで花の栽培を始めた。
「こうしておくと虫がきても花に止まるから稲を守れるんだ。それに花は町で売れるから現金収入にもなる。」
畑やキッチンガーデンでは次々に収穫が行われ、収穫後に空いたスペースにはまた新しい作物が植えられるため、常に何かの作物を収穫できるようになった。12月を迎えると稲の収穫も始まり、村人たちは脱穀などの作業に並行して二期作目の準備に取り掛かる。
最初は手探りだったP村のモデル農業も、もみ殻燻炭や生物農薬(化学肥料を使わない農薬)など研修で得た技術の応用が増えたり、他のモデル農地を観察したりと、カイゼンへの取り組みがだんだんに積極的になってきた。
「自然に近づいた農業が出来るのが嬉しい。」と、語るのはパドマ。
畑のモデル農業と有機たい肥づくりを行う。彼女のようにたい肥づくりを進める農家に感化されて新しくたい肥づくりを始める農家もいる。
昨年度から農業カイゼンを実践するB村では、その取り組みを村のグランド・デザインとしてまとめる段階に入った。
2. オラたちの村の農業
『安全な水と土で安全な野菜を作り出す村、そして高利貸しなど外部からの融資に頼らなくても自活していける村』という目標に向けて、2020年まで村の農業を完全に有機農業にすること決めたB村。
「その目標を達成するためには何が必要ですか?」
ラマラジュさんの問いかけにすぐさま立ち上がるのは、指導員のアナンドとシマハチャラム。化学肥料の使用をやめて、村の全ての農地で有機たい肥で賄うためにはどれだけの量のたい肥が必要か、そして、そのたい肥を村のなかで生産するためには、どれだけのたい肥小屋が必要か、家族ごとの計画を細かくを計算する。2016までには、2017年までには、2018年までには、と研修に参加している村人みんなで話し合う。
「それから村を全部有機農業にするには、パンドラマヌグダ村(以下パン村)に農業に関しての働きかけも必要だね。」
B村が化学肥料の使用をやめても、流域を共有するパン村が化学肥料を使いつづければ、水や土を通してB村の農業もその影響を受け続けてしまう。現在は流域管理の技術を伝えることに注力するB村の指導員たちだが、ゆくゆくは農業への働きかけも必要になってくる。
さすがB村と筆者が感心していると、ラマラジュさんが言う。
「ちょっとだけつついてあげれば、彼らは自分たちで出来るんだ。僕たちがあーしろ、こーしろなんていう必要はないんだよ。」
今はビシャカパトナムでアドバイザーのような役割をしているラマラジュさんだが、やっぱりラマラジュさんの研修だと村人たちは活き活きとしている。
3. これはオラたちのプロジェクト
11月某日、農業カイゼンに取り組むB村とP村のもとに、JICAインド事務所からイモト次長とウエノさん、それとムラのミライの和田代表がやってきた。イモト次長とウエノさんは今回が初めての訪問、和田代表は一年ぶりの訪問だ。3人がまず訪れたのはB村。これまでの活動を3人と共有し、質問の時間が始まる。
「どうして長い期間に渡り活動を続けているのですか?」
「オラたちの村をこういう村にしたいって目標があるからです。流域を守って、外の人に頼らず自活できる村をつくりたいんです。」
「今までで一番大きな問題はなんですか?」
「石垣をつくるときに、隣の村が反対してきたんだ。でも話し合いをして、オラたちの土地がわかるように木に番号を振って解決できました。」
「指導員になる動機は何だったんですか?」
「オラたちの村は隣の村と同じ流域にあるから、隣の村も流域を守るようになればオラたちの村の利益にもつながるんです。だから隣の村にも指導員として流域のことを伝えています。」
グランド・デザイン完成に向けた研修を続けるB村、今までやってきたこと、それからこれから目指すところ、村人たちの自信がうかがえる。
そしてP村では、農業カイゼンを始めて肥料にかかるコストを削減できたことや、農業カイゼンを始めたことで得た利益を語った。農業のために村のウシをもっと増やす計画を話したP村の村人たちに、
「どうやってウシを購入する計画を立てているんですか?」と村人に尋ねるイモト次長、
「自分たちの貯金で買います。もしどうしても必要なことがあれば、村の預金から貸出を行います。」
と答えるP村の村人。JICAやムラのミライに頼ろうなんて気持ちは、村人の頭の中には少しもないのだろう。このプロジェクトはJICAの草の根事業であり、JICAとムラのミライ(ソムニード)にとっては「多角的資源活用農法(DIFS)を通した農地利用と集水地域保全普及-発展型地域住民主導マイクロウォーターシェッド・マネージメント-」という長い名前もついている。だけど、2007年からずっと活動を続けるB村とP村の人たちにとって、この活動はJICAのプロジェクトでもムラのミライ(ソムニード)のプロジェクトでもなくて、オラたちの村のプロジェクト。
4. 誰のためのモニタリング?
B村やP村が自分たちの活動をどんどん進めていくために、ムラのミライ(ソムニード)は、村人たちをうまくつつかなければいけない。キョーコさんやラマラジュさんが現場を空けるなかで、筆者たちは果たしてうまく村人をつつけているのだろうか?
B村で農業カイゼンの活動の一つであるモニタリングの話が出たとき、和田代表が質問を投げかける。
「モニタリングって一体なんじゃ?」
「ファイルをちゃんと管理しているかとか、作物の成長など評価しています。」
「ほう、誰がモニタリングするのじゃ?」
「グループになって、田んぼや畑を回りながらみんなで評価しています。」
「4点は「良い」で、5点は「とても良い」だが、例えば作物の出来具合で何が4点で何が5点か基準はあるのか?」
「、、、えっとー。。。」
そしてこれまで和田代表は、村で一番のおばあちゃんアパランマさんに質問をする。
「アパランマさんもモニタリングに行きましたかい?」
「あたしも一緒について行ったわよ。」
「そうかい。それでモニタリングって何じゃい?」
「。。。」
和田代表とのやりとりで、何人かの村人は「ハッ」としたに違いない。しかし、そのやりとりを見ていて村人以上に「ハッ」として、同時に冷や汗が流れだしたのは、何を隠そうこの筆者である。7月からモニタリングが始まり、回を重ねるごとに村人たちは自分たちだけでモニタリングを行うようになった。それぞれの農家たちがモニタリングで指摘された点を改善している様子も見られた。
「他の人のモデル農地を見て、お互いに学ぶことができる」
と、確かに村の青年たちは、モニタリングを通じてお互いのモデル農地から学んでいる。ただ、これは別に「モニタリング」なんて言葉を使わなくたってそれぞれのモデル農家たちが去年から実践していたこと。それでも今年からモデル農地を点数で評価することにした。その必要はあるのか?
このとき、筆者の冷や汗ポイントは2つあった。一つ目はモニタリングの項目の基準がしっかり出来ていなかったのに、そこを上手く村人たちに指摘することが出来なかったこと。そして、もう一つは、ボトムラインを考えることが出来なかったこと。つまり筆者たちは、読み書きができる青年たちがやっているモニタリングを、村人みんなのモニタリングと思ってしまっていたのだった。しかし現実にはアパランマさんのようなおじいちゃんおばあちゃんはなんだかよくわからないけど、グループに入ったから着いて回っているだけだった。ムラのミライ(ソムニード)の「10歳の子どもにも、80歳の非識字者のお年寄りにも分かるようにすること」という基本理念がしっかり守れていなかった。村人たちがみんなで現状を共有して、それからお互いに学び合うことを促すためのモニタリングが、いつの間にかモニタリングすることが目的のようになってしまっていた。
「これは誰の(ための)モニタリングだい?」
という和田代表の村人への問いかけが、その答えだった。今までのモニタリングは、ソムニード(ムラのミライ)のためのモニタリングで、または村の青年たち何名かのためのモニタリングで、ブータラグダ村のモデル農家たちみんなのモニタリングではなかった。
「これからもモニタリングを続けるか?」
「これからも続けます。」と答える青年たち。
「それなら、村の全員でもう一度、何をモニタリングするかを話し合ってごらん。みんなが理解できて、納得できて、それでシンプルな質問を考えて、わしが1月にまた来るときに見せておくれ。」
こうしてB村では、もう一度モニタリングに関して話し合いが行われることになった。現在は収穫作業に忙しいB村だが、村人たちがモニタリング項目を決めたら、次こそ村人みんなのモニタリングになるように筆者たちもしっかりとサポートできるようにしないといけない。
5. お金の管理も大切です
村の農業カイゼン計画も決まりB村はグランド・デザイン完成に向けて着々と進んでいる。そしてその活動の一つである流域委員会の内部資金運用もその実践が始まった。家族ごとに毎月の貯蓄を行い、その貯蓄から順番にローンを受ける仕組みをつくった。流域管理も、農業も、種の貸し借りも、お金の貸し借りも、全ての活動がオラたちの村のこれからに繋がっている。そんなB村のグランド・デザインの完成は近い。
そしてそのB村の指導員たちは、新しい村で規定づくりとその具体化のための研修を続けている。そんな指導員たちと新しい村の人々の奮闘は、また次回以降のよもやまで。
6. 注意書き
パドマ=P村の指導員。指導員のなかで唯一の女性だが、その実力で新規の村では村人にマダムと呼ばれるようになる。詳しくはよもやま通信2部11号参照。
ラマラジュさん=よもやま第一部からおなじみの名ファシリテーター。現在はビシャカパトナム市にてムラのミライ・コンサルタントとしてプロジェクトに従事。
パンドラマヌグダ村=B村の隣の村。B村の指導員が流域管理の技術を伝授中。
キョーコさん=前川香子。ムラのミライの名ファシリテーターで、この本事業のプロジェクトマネージャー。日本での業務を終え、インドに戻る。
筆者=實方博章。現場にて修行中。















