2014年7月15日火曜日

いつもと違う景色が見えてくる

事実質問を使って相手に尋ねているうちに、予想もしなかった反応が返ってくることがあります。質問者は事実を聞いているだけなのに、相手が勝手に何かに気付いたり、自分で納得したり、また時には感慨深そうに思い出を語り出すこともあります。これは偶然ではなく、これこそが事実質問の持つファシリテーション力なのです。簡単な事実質問を繰り返しているうちに、このような場面に出くわし、一気に現実に迫るという感覚。今回は、この「違う景色が見えてきた」実例を中田の実践の中から紹介します。

その日、私は、バングラデシュの首都、ダッカ市内最大のスラムにいました。用事を済ませた後、スラム内の商店街の薬屋の店先に並べてある椅子に腰をかけて、一休みさせてもらいながら、店主と以下のように会話を交わしました。

私「(棚の薬品類を見回しながら)立派な店だ。失礼ですが、あなたのお店ですか」 
薬屋「そうです」(中略)
私「店は毎日開けるんですか?」 
薬屋「ええ、基本的に休みなしです」
私「今朝は何時に開けましたか?」 
薬屋「9時半ころかな」
私「今11時過ぎだから、開店から1時間半ほどですね?」
薬屋、うなずく。
私「開店から今までに、お客さん何人来たかわかります?」
薬屋「もちろん。4人来ました」
私「誰がどの薬を買っていったか、覚えてます?」
薬屋「はい、覚えてますよ」
私「何と何の薬ですか?よかったら教えてください」
薬屋「ひとりは胃薬を買っていきました。あとの3人は皆同じで、○○薬を買いました」
私「ほー、そうだったんですか。それは意外だ。で、昨日はどうでした」
薬屋「昨日も、○○薬が一番多かったですね」

さて、ここでクイズ。この○○に入るのは何だと思いますか。
4人中3人が買ったのは一体何の薬だったのでしょうか。

正解は、「筋肉痛」の緩和薬です。たぶん当たった方はいないことでしょう。かくいう私も下痢の薬か風邪薬だろうと考えていましたから。
ここに住む人々は、リキシャ漕ぎ、荷車引き、レンガ運びや道路掘りなどなど、肉体的に最も厳しい作業を日々担って働いています。体が痛みに耐え切れず、緩和薬を塗ったり飲んだりしながら、今日も仕事にでかけていくのです。そんな光景が、たったこれだけの会話から見えてきます。周りに座って私たちのやり取りを聞いていた住民とおぼしき男の一人が、「俺たちは、きつい仕事をしているからな」とつぶやくと、他の数人も感慨深げにうなずいていました。5分にも満たないやり取りでしたが、スラムの人々の生活の現実を垣間見させてもらうことができました。人々の心の奥底も、少しだけのぞくことができました。

ここでもう一度、私の質問に注意を払ってみて下さい。私が薬屋の店主にした質問のひとつひとつは、単純な事実を尋ねるだけのものでした。以前の私であれば、「ここで一番売れている薬は何ですか?」と尋ねていたに違いありません。その質問は、実は「あなたは何が一番売れていると思いますか?」という質問に等しいわけです。仮にもし店主が少し考えてから「そうだな、胃薬かな」と言ったとしても、私には事実かどうか確かめようがありませんでした。

それに対して、朝からの客はたった4人であっても彼は確実に記憶しているはずであり、その情報はまさしく事実そのものです。あやふやな全体像よりも、確実な部分を捉えるほうが、どれほど現実に近づけるかの典型的な例です。何より重要なのは、聞かれる相手は、そのような聞き手のほうをより信頼するということです。

事実質問上達には、日頃の積み重ねが欠かせません。今日から出来る練習方法は「自主学習ブログ」で紹介しています。これを読んだ皆さんも、「いつもと違う景色を見る」ためにコツコツ練習していきましょう。

このストーリーは『途上国の人々との話し方』3部「メタファシリテーションの実践」にてより詳しく説明してあります。まだ読んでいない方はぜひお読みください。


(2014年度インターン 山下)