目次
1. 農業カイゼン振返り
2. その葉っぱ食べられます
3. オラたちの農業をビデオに残そう
4. オラが俳優、アタシが女優
4-1. ミミズたい肥
4-2. 「液肥」「バイオ農薬(葉っぱを発酵させて作った農薬)」
4-3. 「もみ殻燻灰」「キッチンガーデンでの効果的な野菜栽培」
5. テルグ映画!!いや、農業カイゼン
朝は毛布が必要なほどに冷え込んだ(南インドにしては)寒くて長い冬がウソだったかのように、日に日に気温が増した3月、照り付ける太陽の日差しがまた一段とまぶしくなる4月。今年も暑い暑い南インドの夏がやってきた。
1. 農業カイゼン振返り
農業カイゼンへの取り組みも2年目を終えるブータラグダ村。有機農業専門家のチャタジー氏を招き、今年度の取組みに関しての振返りが行われた。
「去年の4月から何をしてきたか教えてくれるかい?」
とチャタジー氏の問いかけに対して、新しいモデル農地の選択、農地利用計画づくり、保水土対策、コスト計算、活動記録付け、と取組みを一つ一つ挙げていく農家たち。
「去年までとの違いが見えたかい?」
「サイクロンでダメになって食べられなかったのが残念だけど、豆類や、ウリが昨年より良く育ちました。」
「よく育った理由はわかるかい?」
「(1平方メートルの保水土対策の構造物をつくり)土が流れなくなって、保水できるようになったからです。特に傾斜がある土地でも作物が良く育つようになりました。」
こうした振返りのなかで、水田では、必要な種もみの量を60kgから6kgに減らすことができたことや、化学肥料を使わなくなったこと、一株の穂の数が増えたことなどの成果が挙げられた。昨年度以上に田んぼの土手を有効利用して豆類などの作物を育てる農家や、田んぼの周りにマリーゴールドの花を育てることで、害虫から稲を守る方法などの工夫するモデル農家も増えた。
畑やキッチンガーデンでは、農地利用計画づくりと保水土対策により、これまでは3種類しか栽培できなかった畑で7種類栽培ができたなど、多種類の作物を長期に渡って栽培できたことが挙げられた。また以前は作物をごちゃまぜに栽培して枯れてしまっていたが、間隔をしっかりとって栽培することで防ぐこと出来たことも成果として挙げられた。2年目になって始まったグループでのモニタリングを通して、他の人もモデル農地を観察する機会も増えた。
2. その葉っぱ食べられます
農地の有効活用による収穫の向上、村の資源を使った有機肥料の採用によるコスト削減と土の保全の面では成果が見られているが、「今後の課題は何なのか?」村人たちに考えさせるため、和田代表が問いかける。
「サツマイモを切ると中身は何色じゃい?」
「白です。」
「それじゃあ、カボチャは?」
「黄色です。」
ニンジン、カリフラワー、トウモロコシ、唐辛子、ゴンゴラ(葉野菜)と、村人たちが知っている野菜を挙げて、普段村人が食べる部分の色を聞く和田代表。そして、赤、白、黄色、緑と質問に答える村人たち。
「色々な野菜があるけど、なんでそれぞれ色が違うのか誰か考えたことはあるかい?ニンジンもダイコンも同じ色でも良いのに、なんで違うんじゃろ。」
「人間も同じように色が違うから、それと同じじゃないかな。」
「でも人間は食べんじゃろ。」
考え込む村人たち。すると和田代表が問う。
「色々な野菜があるけど、共通点があるのはわかるかい?」
「うーん。」
「葉っぱの色は何色だい?」
「どの野菜も葉っぱは緑色です。それから根っこがあるのも同じです。」
村人たちが知っている知識を基に、和田代表は植物が根を通して土から栄養を取る仕組みと、葉っぱで光合成を行い、栄養を取り入れる仕組みを村人たちと一緒に確認する。
「植物に必要な栄養も、人間に必要な栄養も同じじゃよ。だから、わしらは野菜が生きているうちにそこから栄養を摂らなきゃいかん。」
「オラたち、野菜の一部分しか食べてないなぁ。」
「最初の質問に戻るが、野菜の色は何で違うんじゃろ?おまえさんたちが食べとるのは、野菜の一部だけなんじゃよ。もっと知りたいじゃろうから、ここからはチャタジーの出番じゃ。」
そして、バトンタッチを受けた有機農業専門家のチャタジー氏から、米、野菜、肉・豆の栄養についての研修が行われた。
「まず、君たちにエネルギーを与えるのがお米です。バイクに燃料がないと走れないのと同じで、私たちも動くのにエネルギーがいりますよね。」
うんうん、うなずく村人たち。
「それから豆や肉や牛乳は、からだをつくるために必要だから、これも毎日食べなきゃだめですよ。」
「それから、バイクと人間が違うのは、私たちは生きていますよね。だから体を守るための食べ物が必要です。それが野菜です。お米と野菜と肉・豆をバランス良く食べる必要があるんですよ。」
と黒板に、摂取すべき栄養バランスを分かり易く示すため、ピラミッド型のイラストを描く。
「この三角形を覚えておいてください。まず一番たくさん必要なのがお米です。それから次は野菜、次に肉や豆、それを4対3対2の割合で食べるのが一番理想です。それから、塩や油や香辛料はできるだけ減らしましょう。」
和田代表のファシリテーション×チャタジー氏の講義という2人の合わせ技で、これからは作物を増やすだけでなく、栄養バランスも考えた作物の栽培を取り組んでいく必要性に気づいた村人たち。そして、今まで食べていなかった作物の葉っぱを上手く調理して食べられれば、いま食べている食材からもより栄養を摂ることができる。とは言え、村人たちの食生活はそう簡単には変わらない。
「ヒロ、今度、村人たちを研修センターに呼んで、みんなで葉っぱの料理を食べてみろ。」
いままで食べたことのないものを食べるのには抵抗があるのは当然。その抵抗をなくして、この研修で気づいたことを村人たちが実践できるように、そして栄養バランスを取り入れた農業計画が出来るように、今後研修をしていくのはスタッフの役割だ。
3. オラたちの農業をビデオに残そう
B村に続き、2014年から農業カイゼンに取り組んできたのはポガダヴァリ村(以下P村)の農家たち。年間を通して精力的に活動してきた農家の一人、流域管理技術普及の指導員でもあるチャンドラヤが普段より少し改まって話をもちかけてきた。
「ヒロさん、オラ、良いアイデアを思いついたんだけど。」
そして、2014年7月に実施されたタミル・ナードゥ州での農業視察研修の際に、彼の携帯電話で撮った動画を見せながらこう話す。
「オラたちの農業の取組みをビデオにしたいんだ。そうすれば、オラたちもいつでも復習出来るし、新しい村で研修するときだってそのビデオを使えるし、どうだい良いアイデアだろ?」
「それは良いアイデアだね。」と同意しながら、筆者は感心していた。チャンドラヤは流域管理技術普及のための指導員として周辺の村に研修を行っているが、農業カイゼンもまた周辺の村に技術を普及しようとしている。同じ指導員のダンダシもチャンドラヤの話の横で、静かにうなずく。思い起こせば1年前、チャンドラヤもダンダシもB村の農家たちから農業カイゼンの研修を受けたのだった(よもやま12号参照)。そして今度は、自分たちが中心となって周辺の村に広めていこうとしている。『自分たちが学んだ技術を他の村に伝えていく』これまで彼らが行ってきたことが、当然のように体に染みついている。そして、映像教材による農業カイゼン技術の普及は、もちろんスタッフの意図するところでもあり、ピタリとタイミングが一致した。
「チャンドラヤからの提案もあったことですし、私たちと一緒に農業カイゼン用のビデオ教材をつくりませんか?」
と、キョーコさんとラマラジュさんからの提案に、
「待ってました。」
と意気込むチャンドラヤ。
こうして、B村とP村での実践を基にした、モデル農家主演のビデオ教材づくりがスタートした。
4. オラが俳優、アタシが女優
今回作成する教材は、「ミミズを利用した有機たい肥」「液肥」「バイオ農薬(葉っぱを発酵させて作った農薬)」「もみ殻燻炭」「キッチンガーデンでの効果的な野菜栽培」の5つ。各技術を実践しているモデル農家が主演する。ビデオ教材づくりのために日本から映像づくりのスペシャリスト・シマさんがやってきて、B村、P村での撮影を行った。
4-1. ミミズたい肥
まずは、B村でミミズを利用した有機たい肥づくりの撮影。主演は、たい肥づくり名人コンビのマレッシュとジャンマイヤ。一年前にP村が農業カイゼンについて学びに来たと時、材料を全て用意して「3分クッキング」のように作り方を教えたこともある。たい肥づくりの要領とポイントを体得しているため、今回の主演者としての白羽の矢が立った。とはいえ二人にとってはこういった映像への出演は初めての経験。毎回の研修でもシロートの筆者が彼らの写真を撮ることは何度もあるが、今回彼らにビデオカメラを向けるのはプロのシマさん。撮影開始直後、彼らの緊張する様子が伝わってくる。
「まず順番に自己紹介してください。挨拶と自分の名前と村の名前を言えば十分です。」
と、二人に伝えるラマラジュさん。
「ナマステ、サー(Sir)。私の名前はマレッ、、」
「ストップストップ。私に話しかけているわけじゃないんだから、“サー”はいりませんよ。このビデオを見るのは、村の人たちですよ。」
気を取り直してテイク2。
「ナマステ、私はブータラグダ村のマレッシュです。」
「ナマステ、私はブータラグダ村のジャンマイヤです。」
すると、今度は『ラマラジュさん、これでオッケーですか?』と聞かんばかりに正面のビデオカメラではなく横に立つラマラジュさんの方をちらちらと伺う。すると、すかさずシマさんが指示を出す。
「ラマラジュさん、私の真後ろに立ってください。」
ラマラジュさんがビデオカメラの真後ろに立つと、彼らの目線は正面のビデオカメラに向かう。
「今日は、ミミズたい肥づくりの方法をお伝えします。」
「OK」
OKサインが出るごとに、少しずつ自信が見えてきた2人。こうして撮影が波に乗り始めると、緊張も解けいつもの笑顔が戻ってきた。たい肥小屋のサイズや設置場所を解説し、たい肥づくりの実演をする2人。
読み書きのできない彼らとの撮影では、台本を使うことは出来ない。流暢に話すことは出来ても、教材に用いるテルグ語は彼らの母語ではない。ラマラジュさんがセリフの指示を出すと、それを丸暗記するのではなく、自分たちが話し易い言い回しでしっかりと話すマレッシュとジャンマイヤ。
もし筆者が英語で、いや日本語ですら、台本をもらって出演することになったら、この二人のようにわかりやすい説明ができるだろうか?たい肥づくりを実践し、ポイントを完璧に網羅している二人だからこそ、台本なんかなくても自分の言葉で説明ができるのだ。ゆっくりと一つ一つの作業を丁寧に説明する2人の映像は、この映像を見る他の村人たちにとってわかりやすいミミズたい肥の教材になるに違いない。
4-2. 「液肥」「バイオ農薬(葉っぱを発酵させて作った農薬)」
液肥とバイオ農薬の教材の主演は、よもやま通信でもおなじみの農家チランジービー。B村だけでなく、他の村の農家からも一目置かれる存在の彼は、常に農業カイゼンのための工夫を続けてきた。昨年度の水田でのモデル農業で取り入れたSRI農法は、今年度は別の田んぼにも拡大した。彼の取組みをみて、「自分の田んぼでもやってみよう」と挑戦する農家たちもいる。タミル・ナードゥ州での農業研修で液肥の作り方を学び、いち早くその技術を導入したのもこのチランジービーだった。そんな彼だからこそ、今回の教材への主演は当然だった。撮影当日は別の研修にも参加していて大忙しの彼だったが、撮影に必要な材料を全て用意していて準備は万端。普段は液肥とバイオ農薬を販売用にも作るため、ドラム缶サイズの大きな容器を利用しているが、今回の撮影ではビデオを見る人にとって分かり易いようにと、小さなバケツを用意してくれた。農業カイゼンについて、これまでもB村の内外の人に何度も話した経験を持つチランジービーにとっては、ビデオ撮影もお手の物で、初めて液肥やバイオ農薬を作る人にとって重要なポイントを分かり易く説明してくれた。セリフや作業の見せ方は自分からラマラジュさんに「こうしましょうか?」と提案することが多かったチランジービー。シマさんは、1シーンの撮影の長さや太陽との向きのことを指示を出せば十分で、
「どれだけ喋り慣れた人でも、カメラに向かうと多少は緊張するものなのに。」
と、全く物怖じしないチランジービーに舌を巻いた。もちろん、撮り直し(NG)回数は、彼が断トツで最少。そんな頼もしいチランジービーが主演するビデオ教材をみて、多くの農家たちも彼に続くに違いない。彼が地域を代表するモデル農家になる日もそう遠くない。
4-3. 「もみ殻燻灰」「キッチンガーデンでの効果的な野菜栽培」
もみ殻燻炭と畑やキッチンガーデンでの効果的な野菜栽培の教材には、P村から、ビデオ教材づくりを最初にもちかけてきたチャンドラヤと、畑のモデル農家のパドマが出演した。一度は挫折しそうになったP村での農業カイゼンを再開するために、2人はずっとP村のなかで働きかけてきた。再出発した農業カイゼンでも、読み書きの出来ない農家の記録付けを手伝ったり、作物が上手く育たたない農家にアドバイスを送ったりと、村のリーダーとして熱心に取り組んできた。そんな2人の主演は今回のビデオ教材に申し分ない。早朝から始まった撮影だが、お昼にかけてどんどん暑さが増していく。もみ殻燻炭の撮影では火を起こす必要があるため、更に暑さが増した気分になる。そんな中でも、ついに念願が叶い嬉しそうなチャンドラヤだが、ビデオ教材づくりを持ち掛けてきたときは、こんなに本格的な撮影が行われるとは思っていなかったに違いない。チャンドラヤは、少し緊張する様子も見られるが、どこか楽しそうに、そして時折NGを出しながら主演俳優としての仕事をこなす。その横でほとんどNGを出さず堂々と振る舞う主演女優のパドマ。二人のコンビネーションがその映像に味を出す。炎天下のなかで1日がかりの撮影、冬の日本からやってきたシマさんにとっても過酷な一日だったに違いない。そして、最後はヘトヘトになりながらも主演の仕事を全うしたチャンドラヤとパドマ。この経験がまた自信となり、これからも多くの農家に向けて農業カイゼンの取り組みを広めていくだろう。
5. テルグ映画!!いや、農業カイゼン
こうして、シマさんによるビデオ撮影が無事に完了し、現在は編集作業が進んでいる。B村とP村の農家たちが実践している農業カイゼンが、今度は別の村の農家にとっての教材になる。村人たちが、みんなでテレビがある家に集まってテルグ映画を見るのと同じように、これからは農業カイゼンの映像を見ながらみんなで一緒に新しい農業を学ぶようになるかもしれない。印刷物ではなく、映像で目や耳を通じて学ぶことで理解も深まるし、読み書きの出来ない農家たちも一緒に学ぶことできる。今までも、「良質な種もみの選び方」など、スタッフであるラマラジュさんが実演したビデオ教材はあった。だけど、今回の教材は、農家たちが自分たちで実践したことを、自分たちの村で、自分たちの口から語っている。この教材を見て学ぶ別の村の農家たちは、NGOスタッフや専門家ではなく、自分たちと同じような村の農家たちの取組みを見て、「オラたちにも出来る。アタシたちもやってみよう」と刺激を受けるに違いない。きっとそれは、大学のオープンキャンパスで教授や職員でなく、現役の在校生から、高校生が受験や大学の話を聞くのに近いと思う。
「実際に汗水流して試行錯誤してきたおっちゃんたちにしか出せない味が出てるよね。」
「出来る、使えるという説得力が全然違いますね。」
と、編集途中のビデオをチェックしながら、キョーコさんとラマラジュさんとシマさんが、以前のスタッフ実演時との違いを話していた。
出来上がったビデオ教材を見て、主演俳優・女優たちはどんな反応をしめすのか、筆者は楽しみで仕方がない。そして、その教材をつかってB村、P村のモデル農家たちがどうやって他村に農業カイゼンを広めていくのか、他村の農家たちは、見た目も、言葉も近い、先輩の取組みに刺激を受けて、どうやって農業カイゼンに取り組んでいくか。今後の進展の様子はまた次回以降のよもやまで乞うご期待。
注意書き
サイクロン「フドフド」: 2014年10月に事業地を襲った強力なサイクロン。
筆者・ヒロ:實方博章。現場で修行中。和田代表とチャタジー氏が野菜の話をしているときにビクビクしながら聞いていたノンベジタリアン。
キョーコさん:前川香子。ムラのミライの名ファシリテーターで、本事業のプロジェクトマネージャー。流域管理プロジェクトの他にも研修事業から出版事業まで全てを統括するスーパーチーフ。
ラマラジュさん:よもやま第一部からおなじみの名ファシリテーター。現在はビシャカパトナム市にてムラのミライ・コンサルタントとしてプロジェクトに従事。
シマさん:奈良原志磨子。普段はムラのミライの関西事務所で海外事業の補助業務を行っているが、映像のプロとしての経験があるため、教材づくりのためにインドに出張。
サー(Sir):インドの習慣で、目上の男性を呼ぶ際などに用いる。女性はマダム。(よもやま11号「村人からマダムと呼ばれる日」参照)