対話型ファシリテーションは、職場や家庭での日常的なコミュニケーションにおいて有効なのはもちろんですが、もっとも手ごたえを感じるのは、やはり国際協力の現場でその力を発揮した時です。特に、自分が直接やったのではなく、この手法を学んだ現地の人たちが実際に現場で使って効果があったことを知ると、本当にうれしく感じます。
和田さんや前川さんは海外の現場で活動しているので、それを見聞きするチャンスはいくらでもあるはずですが、私の場合、国内でも海外でも短期の研修が中心なので、変化を直接目撃する機会は多くありません。とはいえ、目の覚めるような現場に居合わすことも時々あります。
一昨年の秋、イラン東北部ゴレスタン州のJICAの参加型農業用水管理プロジェクトに招かれました。それに先立つ同年の1月に、プロジェクトの現地人関係者8人を相手に、5日間の対話型ファシリテーション研修を行い、現場で使える効果的なやり取りのパターンをしっかりと教え込みました。そのフォローアップのために現地を訪ねたわけです。
プロジェクトでは、地域の農民組合に対して、効率的な水資源の運用のための支援を行っていますが、なかなかうまく行きません。ある組合の評議員会に出席した州政府の担当職員Mさんは、組合のリーダーから「水が足りない。これでは来年の作付けができない」という声が上がったのを聞き、研修で学んだことを思い出してすかさず「どのくらい足りないのですか?」と尋ね返しました。しばしの沈黙の後、「正確にはわからない」という答えが返って来たので、Mさんは公式に従い「じゃあ、どうやって足りないとわかったんだ?」と畳みかけたのだそうです。すると、評議員たちは蜂の巣をつついたような混乱に陥りました。しばらく話し合った後、リーダーが言いました。「次来るまでには数字を出しておくから、それまで待ってくれ」
私が訪ねたのは、それから数か月後の「次」の評議員会の場でした。リーダーの若い農民は「あんたがあんなことを聞くから、情報を集めたり、計算したりで夜も眠れなかったよ」と笑いながら切り出しました。そして、貯水池を中心とした組合員全員の耕作地図を見せながら、次のように報告しました。
「これを作ったら、『水が足りない』と常に不平を言っているのは、貯水池から遠いところに農地のある組合員で、さらには、彼らの農地と貯水池の間に、最近水田耕作を始めた農地があることが多いことがわかった。水田耕作をしている農民の何人かに尋ねてみたところ、彼らは水不足を感じておらず、存分に水を使っているらしい。灌漑用水の総量が足りないのではなく、使い方に問題があるのかもしれない、と俺たちは考えた。そこで来月には会員総会を開いて、ひとりひとりの来年の作付け計画を聞きながら、全体の水使用計画と使用ルールを作ることにした。あなたもぜひ来てくれ」
たったひとつの質問が、「行政依存」から「住民主体」へと流れを一変させたわけです。これを聞いたMさんが、涙を流さんばかりに喜んだことは言うまでもありません。こんな場面に居合わせて、私も大いに勇気づけられました。
(ムラのミライ共同代表 中田豊一)