前回の続きです。前回、時間軸を引いてみる、ということを書きましたね。そう、縦軸と横軸です。
そして、縦軸にとりあえず要素に分解した「トピック:話題」を置いておく、という話をしました。話の糸口は、何でもいいのです。ま、後の話を続けやすいものが望ましいのは当然ですが。例えば、牛。日本では、畜産農家以外で牛の話が出ることはないと思いますが、いわゆる途上国の農村では、牛はまだまだ「現役の」存在であり続けています。インドやネパールでは、別に農村でなくとも、町中で牛を見かけるのは日常茶飯事のことです。はい。牛を、とっかかりの話題にしました。「途上国の人々との話し方—国際協力メタファシリテーションの手法」を読んだ方なら、中田さんと私は、こういうとっかかりの話題を「エントリーポイント」と名付けていたのをご存知ですね。さて、牛をどう要素に分解するか、です。サーロインとかテンダーロインとかに切り分けるのとは、ちょっと違いますね。どうしますか。私なら、とりあえず「雄か雌か」、「牛の年齢」、「どこでいつ買ったか、あるいは自分のところで交配し生まれたか」、「買値で幾らか」、「用途は何か」、「餌は何だ」、「餌はどこで手に入れるのか」、「牛を飼育し始めたのはいつか」、などなどに分解してみます。分解したら、どうするのでしたっけ。そうです。縦軸に、ペタッと分解した要素を貼り付けます。これで、後は一つ一つ丁寧に聞いていけばいいのでしたね。こうやっておけば、後で何回も同じ要素に戻ってくることができます。これを、前述の中田さんと私の本では、「リカバリーポイント」と呼んでいました。質問が躓いたら、戻ってこられるというのがミソですね。別の言い方をすれば、いつも参照できるところを作っておくということです。
さて、こうして縦軸を確保しておくと、その一つ一つについて、百パーセントとは言いませんが、過去に遡ることができますね。すると、分解した一つ一つの要素について、物語が浮かび上がってきます。ちょうど、縦軸と横軸というフレームの中に、ジグソーパズルのピースを置いていくような作業です。このとき、大事なことは、極力頭の中を真っ白にしておくこと。知っているつもりにならないこと。何にも知らないという前提で、こんなことを聞いたらバカだと思われるんじゃないか、ということも、ちゃんと聞いてください。「バカだ」と思われるんじゃないか、という質問は、大概が簡単な質問です。答える方も、簡単に答えられます。すると、そういう質問を繰り返していると、やりとりにリズムが生まれてきます。私の経験からすると、こんな初歩的な、常識的な、と自分で思ってしまうような質問ほど、意外な答えが返ってきます。そこで気づくんですね。ああ、この世界と(つまり今あなたが、質問をするために身を置いている場所)、自分の属する世界では常識が違うんだと。
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よく、和田さんのように村のこと(インドのこと、ネパールのこと、インドネシアのことなどなど、行く先々で)を知っているから沢山質問ができるんだなどと言われますが、それは違います。知らないことを素直に聞く(私のように腹黒い人間が、このときだけは素直になります)だけです。そして、聞いてそのとき理解したことは、すぐに忘れます。私は、こうしてその場限りの、行き当たりばったりの人生を送っています。
縦軸にペタッと付箋を付けておく。こういう癖を付けてください。これは、大分訓練が要ります。ここまで書くと、お分かりかと思いますが、この付箋が多ければ多いほど、ジグソーパズルのピースが増えていきます。つまり、描く絵の密度が高くなっていくのですね。ざっとしたスケッチだったものが、ディテールが描き込まれた濃密な油絵(ちょっと古いか)のようになっていく。
ところで、相手に話を聞くときは、なるべくノートをとらないようにしてくださいね。これも訓練です。ノートをとると、相手が緊張します。自分の言ってることがためになるから、ノートをとっているんだな、なんて思うのは脳天気な私くらいなもので、普通は、身構えます。できるだけ自然に、自然に。
私の場合、この縦軸に付箋を置いていく、ということを丁寧に(と自分では思っている)やります。これから姿を現してくる物語の土台ですからね。周囲で聞いている方としては、一体こいつ、何を聞こうとしているんだろう、と思うでしょう。時間がかかってもいいから、土台作りは丁寧に。
(和田信明 ムラのミライ 海外事業統括/ネパール事務所)