ある日、農村の道を、一人の老師が牛車に乗って旅をしていました。荷台の前に座った老師はのらりくらりと牛を歩ませながら、傍らを歩く弟子の少年に「道がデコボコで荷物が落ちるかも知れないから、ちゃんと見ておくように」と言いました。荷台には、道中の煮炊きに必要な鍋釜や老師の本など、色々と積み上げられています。
デコボコ道に時々よた付きながらも、目的地にたどり着いた二人。さて、お茶でも沸かそうかと荷台から降りた老師は、あるはずの荷物のいくつかが無くなっていることに気づきました。「ちゃんと見ておくように言っただろう」と老師は怒ります。弟子は、「ちゃんと見てましたよ、落ちていくところも。でも拾えとは言われませんでした」と答えたとさ。
これは、私たちの活動地、南インドの農村でも知られている民話の一つです。この話から、皆さんは何を汲み取るでしょうか?
「指示の仕方が悪い」あるいは「ちゃんと荷物は括っておかないと」という意見もあるでしょうか。
【相手の気づきを促す】時に、事実質問に加え、例え話(比喩)もよく使います。例えば「村人が希望しているため池のサイズが、灌漑したい水田地の面積に対して全く理に叶っていない」時に、和田さんは「それは1匹の鶏を100人で食べるようなものだ」とまず一言で返します。すると、村の人たちはハッとして、改めて池のサイズや水田面積を見直し、意味のないプランだったことに自分たちで気づくのです。
冒頭の民話は、村の人たちが山に設置した石垣など構造物のモニタリングをしなければ、と動き始めた時に、よもやま通信でもおなじみのラマラジュさんが引き合いに出した話です。村の人たちが模造紙に書きあげたモニタリング内容は、「何月に誰それが見て回る」ということを書き連ねたものでした。そこで、おもむろに冒頭の民話を語り出したのです。
村の人たちも最初は「あほやなぁ」と笑っていましたが、しばらくして呟きました。「ボク達が書いた事も、ただ見てるだけかも?」
そして、何のためにモニタリングをするのか、『荷物が落ちたらそれを荷台(元の状態)に戻す』という事が必要で、それはつまりメンテナンスをしなければいけなくて・・と、まず『モニタリングの目的』が明確になり、それに沿った内容ができあがったのでした。
事実質問を使って気づきを促す時に、まず相手にとって馴染みのある事柄に惹きつけてからポイントに持って行く、という一つの技です。
ではどうやって馴染みのある話や出来事を見つけていくのか。それは、日常での観察や会話、体験の積み重ね。これが、「10歳の子どもでも80歳のお年寄りでも分かる」ように説明することにも繋がっていくのです。
(事務局次長/海外事業部チーフ 前川 香子)
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