2009年4月13日月曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第12号「七転び八起き、活動計画への道のり(3)」(2009年4月13日、23日に前編、後編に分けて発行)

 

目次

1. 活動計画は”作ったら終わり”じゃない
2. 森林と灌漑設備の専門家に学ぼう
3. どんな地図が必要なの?

1. 活動計画は“作ったら終わり”じゃない

一年で一番涼しい時期である1月、マーミディジョーラ村(以下、マ村)やポガダヴァリ村(以下、ポ村)、そしてゴトッゥパリ村(ゴ村)のオジサンやオバチャンたちは、今まで何のメンテナンスもしてこなかったため池など、灌漑設備の底にたまった堆積土の除去や土手の補強作業をしていた。

前回から続いている活動計画作りの中から最優先活動を取り上げた、2008年度版活動計画の実行なのだが、計画したとおりの期間内に作業を開始して終わらせられるのは、十ある作業の内一つか二つ。
「どれだけ進んだかな?」と、村でもオジサンたちがファイルにとじている活動計画表を見ながら、村の人たちと巻尺で作業途中のため池の体積を測り始めると、まだ何も聞いていない内から
「いやぁ、思った以上に土が固くてねぇ」とか、
「来ると思ったオヤジ連中が来ねえんだ」とか、なんやかんやと理由をつけて予定通りに作業が進んでいない言い訳を始めるのだが、とりあえず途中で放り出すことなく完了させてきた。
「とりあえず掘っちゃえ」とならないよう、活動計画表をいつも見るように促し、ため池の体積が作業前に比べてどれだけに増えているのか、村の人たちとチェックしては目標サイズと照らし合わす。



労賃の支払い日には、自分たちで記録付けている作業記録簿を提出してもらい、各村人への支払額を算出する。そして、今回、甘く計算していた作業期間や、一日の作業ペースを見直して、これから完成させていく中期活動計画表に反映させていくべく、マ村・ポ村・ゴ村のそれぞれの作業内容や労働延べ日数を共有する。

手足だけを使う労働者ではなく、自分たちで計画して、責任者が指揮して、労働して、記録も付けるという一連の作業に勤しむ村のオジサンやオバチャンたち。

 

2. 森林と灌漑設備の専門家に学ぼう

そんな忙しいオジサンたちの元へ、南隣の州、タミルナードゥ州から列車に揺られること1日半かかってやって来たのは、森林専門家のティナガランさんと灌漑設備の専門家シバナッパンさん。

二人とも80歳近い高齢だが足腰は強く、陽が照りつけるフィールドでもヒョイヒョイと歩き回る元気なオジイチャン達。



早速村に入ると、「このため池へはどこから水が流れ込んでいるんじゃ?」「この斜面には石垣があれば良い」「この村には○○という木はあるのかの?」「岩だらけの場所での植林は、まずこうすればいいんじゃ」と矢継ぎ早に質問やアドバイスが飛び交い、ラマラジュも声をからしながらの通訳をする。
そして、二人がマ村を訪れたとき、私たちはものすごい発見をしたのだ。

今までチャタジーさんや黄門様が2回ほど訪れたチェックダム(よもやま通信第1号、第7号参照)。今回もこの場へとみんなでゾロゾロと歩いていったのだが、マ村の人たちの作業によってつもりに積もった泥が取り除かれて、以前は見えていなかった底など全貌が明らかになっていた。



そしてこれを見たシバナッパンさんは、「おい、これはチェックダムではないぞ。水の流れを変えるための水壁じゃ」と指摘。
ダンダシを含めて狐につままれたような村のオジサンたち。
これはいわば、「露天風呂」だとおもっていたら実は「池」だった、というくらいのマヌケな発見であるが、堆積土除去作業のおかげで遺跡発掘というオマケがついてきた。

ポ村、マ村は、村の中で二人の専門家から色々とアドバイスを受け、ゴ村は研修センターでのまとめの日にマ村やポ村の振り返りの発表を聞いた。そして、「理解したこと」「これからの作業」を、山頂部、中腹部、裾野のそれぞれでリストを作成、発表したのだが、ゴ村のプレゼンでは、山頂からでも作物を収穫するような植林計画を自信満々に発表した。

「これまで研修してきたことが抜けてしまったのか!?」と危ぶんだ筆者たちは、山頂から裾野までの特徴を尋ねると、青年モハーンはこう答えた。

「山頂とは、人間で言うと頭の部分。中腹はおなか、裾野は足の部分に当たります!」
さらに尋ねる。

「で、山頂が頭なら、それはどういう意味ですか?」
「え~っと、てっぺん」

「・・・・・・・・・」
このやり取りを聞いていて、文字通り頭を抱えるポ村のパドマ。

私やマ村のダンダシがゴ村に行って、山頂から裾野部分まで、それぞれの区域の特徴とか必要な作業とか話したのに・・・。なんで覚えてないの~?」
一回だけの研修で、すっかり理解できたら私たちも嬉しいんだけどなぁ、と思った私たち。「またゴ村に行かなくちゃ」と、鼻息荒く決意するパドマだったが、自分が研修で教えたことをモハーンが答えられないことにず~っと、「どうして・・・どうして・・・」とつぶやいていた。

シバナッパンさんやティナガランさんたちが来る直前の中期活動計画作りの研修では、「専門家がやってくるよ」と聞いたとたん、

「新しいため池が欲しい」

「石垣が作れたらいいな」
と、この事業が開始した当初の「何かがもらえるかもモード」に一瞬逆戻りしたオジサンたちだったが、二人の専門家がタミル・ナードゥ州へと帰っていった後から、再び「自分たちでやらなきゃモード」に突入し、体積がどれくらいあれば、自分たちの農地が灌漑できるのか、再び計算機をたたき出した。

そして次に村に現れるのは、飛騨高山からやって来た測量の専門家!

 

3. どんな地図が必要なの?

稲刈りも終わって当分農作業も無いオジサンとオバチャンたちの元へ、二人のオジイチャン専門家の次にやって来たのは、飛騨地域で農場も営む測量の専門家、ワニさん。

マ村(マーミディジョーラ村)、ポ村(ポガダヴァリ村)、ゴ村(ゴトゥッパリ村)のオジサンたちは、自分たちで描いた地図を使って、今、村にある灌漑設備や今後の植林計画などについて説明したところ、「皆さんの地図もスバラシイ」と、測量専門家のワニさんからお褒めの言葉が!

そして、「これからどんな地図が必要ですか?」「誰が使うのですか?」と、ソムニード(現ムラのミライ)でおなじみの質問攻撃がワニさんからも繰り広げられる。しかし、世の中にどんな地図が存在するのかほとんど知らないオジサンたち。
初めての場所に行くにしても、「人に聞いていけば着けるさ」

山の高低や斜面の傾度にしても、「あの山がこの山よりも高くて、斜面がちょっと急なんだよな。オラたち知ってるよ」

田んぼの位置にしても、「オラの田んぼは、○さんと□さんと△さんの田んぼに囲まれていて、水路から水を引いてるよ」

等々、地図などなくても「オラたちの取って知ったる村の中」と、感覚的に生活を営んでいける。
そこで、ワニさんが様々な地図を紹介した。

「コレはワタシの農場で使っている地図ですが・・・」と、まず最初に見せた図面は、広大な田んぼを栽培している米の種類ごとで色分けがしてある、縮小サイズの違う図面を2つ。
稲作中にどのようにこの図面を利用しているのかを具体的に紹介すると、オジサンたちからは「オラたちの田んぼも、土が肥えている所、痩せている所、灌漑のやり方とかを、こうした図面にすることができるかも」という声も挙がってきた。
そして、

「地図には、自分たちだけで使うものと、他人と共有するものの2種類がある」
ということを、田んぼの耕作用の図や温泉の位置図、道路マップ等々を見せてくれて、さらに、
「地図を作るにも、測量が必ずしも必要ではない」
と、ワニさんのおじいさん達たちが昔、測量機材を使わずに水路を築いた方法も紹介して、オジサンたちを力付けてくれた。

ポ村では、測量機材を使わずに巻尺とペンと紙と、そして観察眼で、距離や建物、田畑の位置を記した地図を実際に作ってみることになったのだが・・・

30メートルの巻尺をもって、村の入り口からある地点までを測っていく村のオジサンたち。測っているオジサンたちは30メートルごとに地面に印を付けて、頭の中で「30メートル、60メートル、90メートル・・・」と計算していった。

「で、距離はどれくらいあったんですか?」と、測り終わったオジサンたちに尋ねる筆者

「はい、360メートルです」と、村のオジサン。

「え?390メートルじゃないの?」と、ソムニードのスタッフ。

「あれ、ボクがメモしたのでは420メートルだけど」と、ワニさんがメモを見せる。

「?????」
オジサンたちが測っていくのをみんな一緒について歩いていったのだが、てんでんバラバラ、しかもオジサンたちとワニさんでは60メートルもの誤差が出てしまった!

「じゃぁ、ワニさんが正しいということで」と、オジサンたちの方が正確なのかもしれないのに、安易に何も考えずにすまそうとするオジサンたちだったが、もう一度最初から測っていくことにした。



 

スタート地点を「ゼロ」として、30メートルの印ごとに「1、2、3・・・」とマーキングをしていくようワニさんからのアドバイスどおりに測りなおした結果、

「やっぱり420メートルだった」と、なぜか得意気なオジサンたち。

距離がわかってヤレヤレと安堵しているオジサンたちに、ワニさんからさらに質問が飛んでくる。

「では、田んぼは(マーキングの)何番目から何番目までありましたか?」

「お寺はどのあたりの地点にありましたか?」

「大きなマンゴーの木はどこにありましたっけ?」

「集落は、何番目から始まりましたか?」

などなど。

「え~と4番目から田んぼだったっけ」と、感覚で認識しているためにあやふやな答えしかできないオジサンたちに、もう一度実際に見てもらって、それを黒板に落としていく。

そして集落やら田んぼ等々の情報が図に加えられていき、測量機材がなくても出来る地図の一例が、オジサンたちの目の前に現れた。



マーキングをする意味、情報の取り方、地図の書き方のポイント等にフムフムとうなずくオジサンたちだったが、これはあくまでも、地図の作り方の一例であって、根本的に考えなくてはいけないことは、

「誰のために、何の地図が必要なのか?」

ということである。

このワニさんのインプットが、いつまでオジサンたちの頭に残っているか、少々不安もあるのだが(前編の中のパドマの嘆きが再び聞かれそうな・・・)、活動計画を最終化する時、そして植林や灌漑設備の建設作業が始まるときに、きっと何人かは思い出してくれるはず・・・!

今年は、涼しいはずの1月2月も早くから暑くなり始め、今は、村に出かける時間帯が早朝か夕方に限られつつあるのだが、活動計画最終化に向けて、今日もオジサンやオバチャンたちが待つ村へ、汗を拭き吹き山を登っていく筆者たちだった。

次号に続く



4. 注意書き

ティナガランさん=元森林局のトップで、知らない植物はない植物博士。

シバナッパンさん=三度の飯よりチェックダムや石垣等々が好きな元大学教授。ティナガランさんもシバナッパンさんも、ソムニードの古きよき友人たち。

ラマラジュ=ソムニード・インディアの名ファシリテーター。村のオヤジたちに上手くアメとムチを使い分ける。

黄門様=和田信明。ソムニードの代表理事。

ワニさん=和仁一博。測量専門家でソムニードの理事。飛騨地方で休耕地を利用した農場を営む。

筆者=前川香子。一度にたくさんの専門家たちから教えを受けて、オバチャンたち並に脳みそ沸騰中。

2008年12月31日水曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第11号「七転び八起き、活動計画への道のり(2)」

 

目次

1.1 初めて作る活動計画
1.2 まずはシンプルなところから
1.3 ソムニードが何かをしてくれるんじゃない
1.4 研修センター開所式のご報告
2.1 一羽の鳥を100人で食べる!?
2.2  本当に必要なのはどれだけか

1.1 初めて作る活動計画

10月終わりのこと。
これからまた真夏に逆戻りかというような季節はずれの暑さのなか、ポガダヴァリ村(以下、ポ村)とマーミディジョーラ村(以下、マ村)のオジサン・オバチャンたちは、村を山頂部・中腹部・裾野部と3つのゾーンに分けて、現在の水、森、土地の利用状況を理解しようという、オジサン・オバチャンにとっては全く初めての調査を行うことになった。オジチャン・オバチャンたちの調査の進み具合をにらみながらモニターをしていたソムニード(現ムラのミライ)のスタッフだが、そろそろ次のステップである「活動計画の作り方」の研修をはじめようと、再び黄門様の登場となった。



研修は次の2つの例え話から始まった。
「“私は、ビシャカパトナム市へ買い物に行く”というのは“計画”とよべるか?」と黄門様。

「“行く”って言ってるんだから、計画じゃないの?」

「そうだ、そうだ、これは“計画”だ。」
(※ビシャカパトナム市とは、オジサンたちの住む村からバスを乗り継いで約5時間かかって辿り着く一番近い大都市。結婚式に必要な買い物は、この街でする人が多い。)

「では、“私は、来週の月曜日に、ビシャカパトナム市へ買い物に行く”というのは“計画”とよべるか?」

「これも、“計画”じゃないの?」

「最初の例になくて、次の例にあるものはなんじゃ?」

「え~っと、“来週の月曜日”かな?」

「つまり、それはなんじゃ?」

「・・・・・・・“いつ”っていうことかしら」

「そのとおりじゃ。単に“行く”と言っているだけでは、いつ行くのかわからんからのう。じゃが、“来週の月曜日に行く”というのも“計画”ではないのう。では、他にどんな事柄が必要かの?」

「・・・・・・・わかりません。何ですか?」

「ウォーターシェッドとは何ぞや」ということを理解したオジサン・オバチャンたちに待っていたのは、次の「活動計画の作り方」。
再び脳みそを沸騰させるような研修に突入。
例えば、この「買い物に行く」という活動。

・買い物リストが必要であり、
・どの店に行くのか
・その店までバスで行くのか、乗り合いオートで行くのか
・どこに泊まるのか
・いつ宿の予約をするのか?
・移動に必要な費用はいくらか
・いつ、村へ帰ってくるのか、ナドナド
家を出る前から買い物をして家へ帰ってくるまで、数々の活動がある。
こうした細かい活動を費用なども含めて、まとめたものが「活動計画」となるわけだが・・・。そもそも、これまでのオジサン・オバチャンたちの暮らしのなかに「計画」というものなどなかった。しかも、村全体で何かを自分たちの手で「計画」して実行したこともない。
これまでうなぎ上りの勢いで研修に参加してきたマ村の人たちも、再び活気付いてきたポ村の人たちも、この「活動計画作り」に目を白黒。
次に、村の人たちに、試しに「植林をする」という活動について、「活動計画」を作ってもらった。

その項目は、シンプルに次の5つのみ。
・「何を(作業内容)」
・「いつ」
・「どこで」
・「誰が(責任者)」
・「その作業に必要なもの」
で、村の人たちが最初に作った「活動計画」は、というと…

「何を」・・・植林。
「いつ」・・・2009年1月に場所の選定、同年3月に苗床作成、同年7月に木を植える。
「誰が」・・・村人全員。
あああああ、やっぱり「活動計画」の各項目の意味は理解できていない。

しかし、驚くべきことが1つ!ソムニードのスタッフが何も言っていないのに、村の人たち自身で、3つのゾーンごとに活動計画を作っていた!!オジサン・オバチャンたちの頭の中に、「ウォーターシェッドの考え方や取り組み方」が焼きついていて、自然とそれが「ゾーンごとの活動計画」にあらわれていたことに、スタッフ一同、感動。

「もう活動計画なんてめんどくさい、“植林をする”ってことでええやん」と、途中で言い始めるオジサンもいないではないが、弱音をはかずに、オジサン・オバチャンたち自身による活動計画づくりへの長い道のりが始まった。


1.2 まずはシンプルなところから

黄門様による第一回目の「活動計画づくり」の研修から数日後。もう一度、「植林をする」という活動計画表を作ってみるが、前回と似たり寄ったり。

「ラマラジュさん、これはもう、一つ一つの項目に絞ってやっていくしかないですよ」

「そうですねぇ。まずは、“何を”、“どこで”、“いつ”、という3つの項目だけにしましょうか、キョーコさん」
ということで、またまたトライしてみた植林の活動計画。“木を植える”までに必要な作業を細かくリストアップした。

「どこで」に関しては、各村で作ったミニチュアや地図を使って、山の名前や場所を確認した。その他、どんな研修がこれから必要か、マ村、ポ村、ゴトゥッパリ村(以下、ゴ村)とそれぞれのグループに分かれて作業をすること、約1日。ポ村は、青年達が中心になって考えて考え抜いた結果、「何を」の欄には作業の内容を、「いつ」には年月日、「場所」には作業をする場所の名前が、きちんと書かれていた。

 












「おぉ~、ポ村の兄ちゃんたちスゴイねぇ。これなら、植林場所の選定から苗木を育てて、植えるまでの作業が誰にでもはっきり分かるよ。」

「そうそう、その作業に何日かかりそうかって言うのもいいねえ。」

「ソムニードの研修を受ける日も書いてあるよ!」

「でも、2月って、31日まであったっけ?」

と、何度トライしても「活動計画」のできないマ村とゴ村のオジサン・オバチャンたちは、ポ村の「活動計画」を見て、その分かりやすさにビックリ。ひとまず「活動計画とはどういうものか」を理解してもらうことが出来てヤレヤレ。
こうして、植林以外にも、保水や土壌保全のための構造物の建設や修繕に関する活動計画を、各自、村に戻って作ってみることになった。

ちょっと出遅れていたゴ村は、活動計画を作成する前に、ポ村とマ村の協力を得て、まず「オラの村ではナニをするのか」という村の集会を開くことになった。


1.3 ソムニードが何かをしてくれるんじゃない

村人から村人への技術移転が、着実にすすんでいる。
ゴ村の村の集会に助っ人として、マ村、ポ村から次の4人が出かけていった。マ村からは前号にも登場したダンダシとプラサードの男性2人。ポ村からは、オバチャンが2人で、「マイクロ・ウォーターシェッド」について説明させたら一番分かりやすいと評判のパドマと、植物図鑑作りでも指導員だったジャンマイヤ。

ゴ村の中の集落の1つで、モハーンという青年が、まずは次のように村びとを前に熱く語った。

「ボク達も、この村の森が豊かになって、田畑が潤うように、これからソムニード、JICA、マ村、ポ村と事業を続けたいと思いますが、みなさん、いいですよね?」

「それじゃあ、なんや、ようわからん。一体、ソムニードはナニをくれるんや?」
と、モハーンの話を聞いていたオバアチャン

そこで、マ村とポ村からの助っ人登場。ダンダシとパドマが交互にゴ村のオバアチャンにもわかるように説明した。
・「マイクロ・ウォーターシェッドとは何か」
・「これまでソムニードは自分たちとどんな活動をしてきたのか」
・「これから何をしようとしているのか」



ゴ村のオバチャンたちは、自分達の山岳少数民族の言葉サワラ語がしかわからない。ダンダシやパドマがテルグ語(州の公用語)で話すのを、モハーンがサワラ語に訳しながら集会は進んだ。何度かソムニードの研修に出ていたモハーン青年は何度もこう繰り返した。
「ソムニードが何かをしてくれるんじゃない。自分たちで考えて、計画して、実行していかなければならないんだ」と。

集会が進むにつれ、ゴ村のオジサンやオバチャン、若者達の一部が、「この活動は自分達の村に必要だ」と感じ始めた。その数人が、早速、ゴ村の地形や水土保全のための様々な構造物の状態を見るために、マ村とポ村の助っ人4人、そしてソムニードのスタッフと一緒に村の中を歩くことになった。

ゴ村は今年の8月の集中豪雨の際、地すべりが起き、約500メートルに渡って山肌が2メートルほどの深さでえぐられた。今後もこうした自然災害が再び起こる可能性は高く、土砂崩れ防止と保水のために何かしたいと考えている村人は多いことがわかった。またゴ村は、政府やNGOが建設した土砂流出防止のための構造物がやたらたくさんあるのだが、そのほとんどは使えない状態になっている。(人からもらったものを自分で手間隙かけてメンテはしないので、壊れたら、そのまま放置)

マ村のダンダシは、まずは世帯毎のデータや、各ゾーン毎のデータを、ゴ村も集めるよう提案した。またマ村のフォーマットを見せながら、どのようにしてデータを集めるのか、集めたデータをどうやって記入するかなどを、その場でモハーンたち青年を中心に、指導した。

ポ村のパドマやジャンマイヤは、「アンタ達も、次回から、研修を受けにソムニードの研修センターに来なさいよ」と、恥ずかしげに逃げようとするゴ村のオバチャンや娘さんたちを捕まえて、説得していた。

ゴ村での集会が終わると、「今度はワシら自身の集会だ」と、ダンダシたちもそれぞれの村に戻っていき、筆者達も、「呼んでくれたら、いつでも研修に来るから」と約束して、ゴ村を後にした。


1.4 教育センター開所式のご報告



10月17日の研修センター開所式は、なんと115名も参加者があった。
この日は、デリーのJICAインド事務所から山田次長がはるばると、オジサンたちに会いに来てくれて、みんな大喜び。開所式の後には、文字通り足の踏み場も無いほどにオジサン・オバチャンたちでぎっしり詰まった会場で、山田次長と話し合う時間を持つことができた。
センター開所式で「これからこのセンターをどう使うのかは、あなた達次第ですよ」と黄門様に言われ、背筋を伸ばしたオジサン・オバチャンたち。そして、この式典でお披露目された「植物図鑑」の第一版を手にして、この1年間の成果をかみしめた。


2.1 一羽の鶏を100人で食べる?!

そろそろ稲穂も頭を下げる程に実る11月。

オジサン&オバチャンたちの活動計画がどこまで進んだか、楽しみに出かけたソムニード・スタッフ。そのとき、目にした農村風景は、例年とは少し様子が違っていた。



田んぼには、枯れた稲、米の入っていない稲穂が一面に広がり、無残にも土がひび割れている田んぼも見られた。この数ヶ月、降るはずの雨がまったく降らず、オジサンやオバチャンたちの「雨が降らないかなぁ」という嘆きは、11月には悲鳴となった。

マ村に到着すると、「ナマステ」の挨拶に続くのは、村人の嘆きの言葉ばかり。。

「ラマラジュさん、キョーコさん、今年の米は、ほとんど収穫できそうにありません」
暗~い気持ちで集会場に到着すると、しかしそこで目にしたのは、見事にセッティングされた集会場!!
広場は、わらを敷き延べてシートがかけられ大勢が座れるようなっているし、組み立てたやぐらにココナツの葉で日陰もつくって、持ち運びの出来る黒板とチョークも揃え、山向こうにある集落からは、マイクセットが持ち運びこまれ、とどめには、今日の研修のタイトルを書いた模造紙も広場に貼ってあった!この完璧な会場セッティング、ソムニードのスタッフが頼んだものは一つもなく、すべてマ村(マーミディジョーラ村)の人々が自発的にやったものだった。さすが上昇気流に乗ったマ村地区の人たち。一体どこまでやる気のグラフが伸びていくのか、楽しみなような、怖いような。しかも、この日はマ村の5つの集落全てから人が集められており、それぞれの集落を代表して、一人ずつがこれまでの研修を振り返ることから始まった。その中で、一人のオジサンがある告白をした。

「ワシは、こんな研修を受けることは今までなかった。テルグ語もよくわからんし。(※このオジサンは、山岳少数民族のサワラ語を普段使っている)実は、植物図鑑作りから始まったこの事業も、最初は何がナニやら、さ~っぱりわからんかった。ただ、研修センターのお昼ご飯はとてもおいしいから、それを楽しみに、いつも研修に出ておった。だけど、今は違うぞ。お昼ごはんは相変わらずおいしいけど、最近は、研修を受けたら、必ず1つは分かることとか、勉強になることがあるから、研修に参加しておる。テルグ語も前よりかは分かるようになったしの。」
オジサンの発言に、会場は大爆笑。でも、このオジサンは、この村の植物、特に薬草に詳しく、知らない植物は無いというほどに物知り。植物図鑑のデータ集めの際、マ村以外の村人たちも、このオジサンからインタビューすることが多かった。
そして、いよいよ今度こそはと、「何を」「どこで」「いつ」「誰が」「作業に必要なもの」の項目を埋めながら、活動計画作りが始まった。
もう誰一人として「ソムニードが計画をたててくれるんだろ」とは言わない。

これまでの研修に参加してきた人も、初めての人も、アイデアを出し合い、模造紙に計画を書いていった。筆者達が、時々、項目の書き方をチェックする以外は、全てオジサン・オバチャンたちだけで進められた活動計画づくり。

何度かの研修後、マ村にとってはじめての「活動計画」が完成し、あとは黄門様のOKサインを待つばかりの村人たち。

ポ村(ポガダヴァリ村)も同様に、オジサン・オバチャンたちが必死になって活動計画作りを開始した。ポ村も今年の米の収穫は例年の半分も見込めない。村の人たちの大半は、活動計画をつくりながらも、頭の中は労賃をもらうことばかり。

これまでソムニードの研修を受けてきたパドマたちは、一つひとつの活動を丁寧に計画してゆこうと呼びかける。



「植林には○○が必要よね?」

「石垣を作る場所の測量をしないといけないよね?」

村の多くの人たちのアイデアをまとめながら、活動計画を模造紙に書き込んでゆき、ようやくポ村の活動計画も完成し、黄門様のお裁きを待つばかりとなった。

ちょっと出足の遅れたゴ村(ゴトゥッパリ村)は、ようやくデータを集め終えたばかり。それでも黄門様が研修センターに来る前夜から、センターに泊りがけで、出来る限りの活動計画を作った。

いよいよ明日は、黄門様によるお裁き(活動計画の中間評価)が・・・。


2.2 本当に必要なのはどれだけか

黄門様は、まず米の収穫状況をオジサン・オバチャンたちに聞いた。オジサン・オバチャンたちによれば・・・

・干ばつで、米の収穫がほぼ全滅となったのは、約10年前に一度きり。

・2009年年明けくらいから、街に出稼ぎに行かねば村では食べてゆけないところも多数。

それを聞いて黄門様は問いかける。

「10年前の干ばつのあと、おまえさんたちは何か自ら行動したか?」

「そのとき、土の保水能力を高めるような処置をしていれば、今年のような干ばつがあっても、泣かずに済んだのではないかの?」

「じゃあ、何をすればいいの?」
と、無邪気に聞いてくる村のオジサンとオバチャンたち。

「何が必要かの?」
と、逆に問いかける黄門様。

・灌漑設備の多くが、過去一度もメンテされずに放置されている。

・ため池や水路には、長年の泥が溜まって、本来の機能を果たしていない。
そうしたことに気づいたマ村・ポ村・ゴ村の人たちは、活動計画の中から、保水能力を高めるための構造物を選び、関連する活動を最優先にリストアップした。

そして早速、活動の優先順位がつけられた。
「何を」「どこで」「いつ」「誰が」「作業に必要なもの」「費用」の項目を埋めながら、さらに詳細な活動計画づくりに取り組むオジサン・オバチャンたち。この活動計画が実施できれば、労賃ももらえるし、構造物もメンテできる!と、目にガンジーをキラキラと光らせながら、計算器を叩きまくって予算をつくる。(※インドの紙幣には、ガンジーの肖像画が使われています。)

しばらくして、活動計画を自信満々に発表するマ村・ポ村・ゴ村の人たちに、黄門様が質問。

「1メートルため池の泥を取り除くと、どれだけの水が溜まって、どれだけの田んぼに灌漑が出来るんじゃ?」

「え~と、たくさん。」

「たくさんって、どれくらいかの?」

「・・・・・・・・・」



黄門様が黒板に田んぼの絵を描き、1エーカーを灌漑するのに必要な水の量はどれくらいか、計算方法を説明。
オジサン・オバチャンたちも、0.5エーカーなら、2エーカーならと、実際に何度も計算してみる。

「1.5エーカーの田んぼに必要な水は、ため池の底に溜まった泥を深さ1メートル分だけ取り除けば、十分なのか?」
眉間にしわを寄せながら、計算するオジサン・オバチャンたち。

「あれれ??計算してみると、1.5エーカー分の水には足りないや。0.8エーカー分の水しか溜められない、どうしよう?」

「おまえさんたちの計算は、一羽の鶏を100人で食べるようなもんじゃ。」と、黄門様。
黄門様も実際に村に行き、ため池のそばで、オジサンたちに質問。

「ほぉ、このため池じゃの。泥がいっぱい溜まっておるの。ところで、ため池を造った当初は、どれくらいの水が溜められると言っていたんじゃ?」

「たしか、2エーカーです。」

「ホントにそうか、計算してみなさい。」
縦が何メートル、横が何メートル、深さが何メートル、とその場でため池を測って、体積を計算。その結果、「あれ?1エーカー分も水を溜められないや!!」

肝心なのは計算そのものよりも「どれだけの水が必要なのか」ということを、オジサンやオバチャンたちが自分達で考えるということ。ソムニードの研修を受ける前は、NGOや政府に言われるままに、ただ賃労働者としてため池建設などに関わってきたオジサンやオバチャンたち。
今は、違う。
・その設備を作ったらどれだけの水が得られるか、
・その水の量で十分なのか、不十分なのか、
・造ったあとはどうメンテしてゆくか、
当たり前といえば当たり前のことを考えながら、活動計画をつくっている。

これまで研修に参加していたオジサン・オバチャンたちに加えて、青年達や計算の得意な娘さんたちも新たに研修に参加し、お年寄りから若者までがチームで活動計画の研修を受けている。研修センターでの研修中も、お昼ご飯の時間も忘れて話し合う村の人たち。何度も何度も、「それじゃぁ、一羽の鶏を100人で食べるようなもんじゃ」と黄門様に突っ込まれる度に、ノートを広げ、ペンを走らす。とうとう黄門様へ最後のプレゼンをし、「これでよかろう」と各村、集落ごとに、活動スタートのOKがでた!

最初の活動計画は、干ばつ対策のための保水・土壌保全のための構造物のメンテナンスを中心にした一部の活動のみ。まずは、自分たちで初めて作った活動計画。

各村で決められた担当者が活動の記録を取ることを約束して、いよいよスタートだ!!と、鼻息荒く意気揚々と、村へ帰っていったオジサン・オバチャンたち。

1月、2月に新たに登場する森や水土保全、測量の専門家たちの指導も受けながら、さらに全体の活動計画を完成させていく予定だ。

◎●◎○○●◎

12月、トップバッターで活動を始めたのはゴ村、そしてマ村、ポ村でも次々と活動がスタートした。しかし・・・・。
活動計画に沿って、作業をし、各活動の記録を取る、という一連の活動を、自分たちで行うのは初めて。当然、記録が不十分だったり、活動計画から脱線したり、と、最初から活動計画通りには進まない。
しかし、最初は何でもやってみて、そして失敗しても、その失敗から学んでいこう、というのがソムニード方式。

「ココはこうしたら上手くいくかも!」とか

「このやり方はちょっとダメかも?」とか、

オジサン・オバチャンたち自身が、気づいて、改善して、またトライしてこそ「オラ達がやったんだ」と自信につながる。

1月以降もまだまだ記録の付け方、活動計画の最終化、帳簿の付け方と、脳みそが沸騰しそうな研修が続く、まさに七転び八起きの活動計画作りとその実行。
果たして、「オラが村の活動計画」、最終的にどうなるのか?
次号、乞うご期待!


3. 注意書き

黄門様=和田信明。ソムニードの代表理事。黄門様の印籠見たさに群がる村のオジサン・オバチャンたち。

ラマラジュ=ソムニード・インディアのスタッフで村のオジサンたちの人気者。

キョーコさん=前川香子。この通信の筆者。

2008年10月8日水曜日

水・森・土・人 よもやま通信  第10号「七転び八起き、活動計画への道のり(1)」

 

目次

1. 活動計画は何のため
2. オラ達が作らずして誰が作る!?

雨季も半ばに入りかけた頃、ようやく降りだした雨に喜び、田植え作業にいそしむマーミディジョーラ村(以下、マ村)とポガダヴァリ村(以下、ポ村)の人たち。

村の中ではお互いに労働力を提供しあいながら田植えをする上、水路より離れた田んぼは水が十分に溜まるのも時間がかかるので、ほぼ一ヶ月間は田植えにかかりっきりになる。

村の人たちにとっては一年分の主食を確保するためにも重要な月だが、そんな超多忙な中、マ村からもポ村からも、予想以上に早いオジサンやオバチャンたちからの連絡に、ソムニード(現ムラのミライ)・スタッフは喜び勇んで村に向かうが、村の人たちがフリーになる時間は、一日の仕事が終わって夕飯を作り終える頃。

真っ暗闇の中の農道をゴトゴト車に揺られながらマ村に着くと、疲れきった顔のオジサンたちが迎えてくれた。「活動計画作りに必要なデータ集めについて、研修をしてほしい」との要請が!


1. 活動計画は何のため?



前回の研修に参加できなかった村の人たちもいるので、まずは研修に参加したオジサン数人から、チャタジーさんや黄門さまと何を話し合って、どんな課題を与えられたのか、他の人たちに話して聞かす。

「え~っと、ボクたちが今やっている事業は、ウォーター・・なんだっけ?」

「アレだよ、雨が降って、山のてっぺんからずっと田んぼまでの水の流れる範囲のことだよ。ね?ラマラジュさん」

「そうですよ。英語では、マイクロ・ウォーターシェッドと言います。テルグ語では少し長くなりますね。」

「ほぉ~、うぉーたーしぇっどと言うのか。で、そこで何をするんだい?」

と、研修に参加していないオジサンたちから、ソボクな質問が飛び出す。
「えっ?なんだっけ?どうするんだっけ?」
と、事業名から今度は内容を思い出すのに目を白黒させている研修参加者のオジサンたち。

「山のてっぺんから田んぼまで、どういう風に分けるんでしたか?」

「水を上手に使うためには、どこの場所が一番大事なのですか?」

「植林をするには、いつの時期が良かったですか?」

「それで、作業を始めるためにいつまでに、何を作らなければならないのですか?」
と、おなじみ、質問を投げかけ続けるソムニードのスタッフ達。
研修を受けたオジサンたちも、ようように思い出し、「そうとなったら、早速、データを集めないと!」と、研修を受けていないオジサンたちもあせり始めるが、田植えが終わるもう少し先に、本格的に研修をスタートすることになった。

ポ村の人たちも、やはり田植えに忙しい。呼ばれて村に行ったものの、「やっぱり今日は無理」と言うことで、マ村と同じく少し先に延ばすことになった。
これが1年前のオジサンやオバチャンたちなら、田植え作業期間の真っ最中に、ソムニードに研修を開いてくれと連絡をすることはなかっただろう。
きっと、「ソムニードの方から来てくれるさ」「オラ達は、言われるままにすればええんだろうよ」と、のんびり構えていたに違いない。

この一年間、村の中に建てた施設や設備は一つもないし、プレゼントしたものも一つもない。ソムニードからしたことは、研修の一文字のみ。
オジサンやオバチャンたちも、一年間、モチベーションが上がったり下がったりしてきたが、意識の変化が明らかに目に見え始めている。


雨期の終わりごろ、少しは涼しくなり始めて田植えも終わり、まずはマ村の人たちと改めて今までのおさらいをした。
そして、活動計画をなぜ作らなければならないのか、そのために何を知らなければならないのか、オジサンやオバチャンたちと熱く議論を交わす。

「皆さんは、子どもの結婚式を行うことになったとき、まず何をしますか?」

「結婚式に、何がどれくらい必要か、何人の招待客が来そうか、お金はどれくらい必要か、計算するねぇ」

「で、借りて済むものは買わずにおくよ」

「そうですね、今、皆さんが作ろうとしている活動計画も、同じですよね。どれだけの水が必要なのか、そうした水を確保するために、どこに何が必要なのか、そのためにコストはいくらかかるのか、そうしたことが分からないままだと、何も作れないし買えないですね。」

そして、750万円が植林や構造物建設のために予算が組んであると聞いて、再び興奮する村の人たち。(一体、何回聞いたら驚かなくなるのだろうか?)

「よし、750万円を全部の村で使うために、活動計画を作るぞー!」

「おぉー!」
と、いきなりガンジーの顔が目にキラキラと映るオジサン・オバチャン。(※インドの紙幣は、ガンジーの肖像が使われているのです)

「ちょっと、ちょっと待ってください!一言、いいですか?」

「何ですか?キョーコさん」

「750万円を使うために、活動計画を作るのですか?」

「へ?」

「今まで話してきたように、山のてっぺんから裾野の田んぼまで、みんなで水が使えるようになるために、活動計画を作るんじゃないんですか?」

「おぉ、そうか、そうだった。」

「みなさんは、お金を使うために子どもの結婚式を開くんですか?結婚式を開くから、そのために何がどれだけ必要で、いつ、何の準備をするか、費用はどれだけかかるか、そうやって計画を立てるんですよね?」

「そうだけど、750万円あるんだったら、一円も残さず何かに使わなくちゃ損よねぇ?」

「ねぇ?」
と、お金が目の前にちらつくと、変に計算を始めるたくましい村のオジサンやオバチャンたち。とにもかくにも、活動計画を作るための下準備が始まった。

村の人たちが挙げた集めるデータは、世帯毎に調査する森、湿地、乾燥地、焼畑などの土地の所有面積、所属する村の委員会やSHG(女性の自助グループ)、過去一年にかかった病気、シーズン毎の主食パターンなどなど。
そして、山のてっぺんから平野部まで3つに分けたゾーンごとの、灌漑施設の有無、作物の耕作パターン、果実の収穫パターンなどなど。

これらデータ項目も、オジサンやオバチャンたちが必死になって考えた。
「3年後、5年後、10年後に、2008年の今から、自分たちの村がどんな風に変わったか、これで分かるなあ」


そして、植物図鑑のためのデータ集めで、何人かはインタビューするのは経験済みなわけだが、まずは世帯毎に集めるデータについて、二人一組になって質問の仕方やデータの書き込み方を、何度も何度も練習した。

いつまで世帯毎のデータを集めるか、ゾーン毎のデータをいつから集めるか、村の集会をいつ開くのか、合間にどんな研修がいつ必要なのか、そうした向こう一ヶ月ほどのスケジュールを全部、村の人たちと一緒に立てると、オジサンもオバチャンもソムニード・スタッフも、気温のための暑さと研修の熱気にやられてもうヘトヘト。

マ村の人たちへの研修が終わると、数日置いて、同じテーマの研修をポ村のオジサン、オバチャンたちが受けた。ポ村のスケジュールも、マ村とほぼ同様なのだが、一点だけ違うのは、自分達の今の村の状況をミニチュアで作ることになったこと。

今の時代、グーグル・マップで自分達の村、その周辺の村々や山の形状がどうなっているか、一目でわかるし今までも何回か村の人たちと見てきたのだが、停電も多く、いつでも見れる状況ではない。けれど、研修を受けてきているポ村のオバチャンたちは、ソムニード・スタッフとやり取りする中で、こうした立体的な鳥瞰図があると、村の研修を受けてきていない人たちとも考え方を共有しやすい、と気づいたのだ。

村の三方を囲む山の形、集落の位置、田畑の位置など基本的な地形を一目で分かるようにして、集めたデータの結果をこのミニチュアに取り込もう、という計画である。しかも、粘土を購入しようと考えていた筆者たちに対して、ポ村の人たちは、自分達の森の粘土土に牛糞を混ぜて、表面にはなにやら加工した玉ねぎの皮を貼り付ければ、その上から絵の具も付けれると、まさに「自分達の村にあるもの」を最大限に活かしたミニチュア作りを提案してきた。


そうしてマ村もポ村も、活動計画作りに向けて走り出したわけだが、ここで、久しぶりにもう一つの村が再登場する。
読者の皆さんも、覚えていらっしゃるだろうか。よもやま通信第1号には、マ村、ポ村、そしてゴトゥッパリ村で登場し、第5号まではなんとかゴトゥッパリ村の文字も出てきたのだが、それ以降はほとんど、マ村とポ村の様子ばかりであった。マ村とポ村の人たちが研修を受ければ、ゴトゥッパリ村の人たちにもオジサンたちが電話などで共有してきたし、何度かソムニード・スタッフも村に赴いて、研修の日時を伝えたりしてきたのだが、サッパリ姿を見せなかった。ところが、「マ村とポ村が、今は活動計画作りを始めようとしている。ゴトゥッパリ村も合わせて、750万円が植林や構造物の建設費として予算がある」と言うことを伝えた途端、オズオズと研修への再参加を打診してきた。もちろん、私達にとってはウェルカムなのだが、今までマ村やポ村の人たちが必死になって受けてきた研修をすっ飛ばして、いきなり活動計画作りに取り掛からせるわけにはいかない。マ村の集会に呼ばれていた私達は、ゴトゥッパリ村からの研修生にも、そこにオブザーバーとして参加してもらうことにした。


2. オラ達が作らずして誰が作る!?

雨季も終わりになりかけたのに、低気圧が再び発達して大雨が降り続き、この区域にある貯水ダムの水位が危険水位をはるかに超えたこともあった。年々、天候がおかしくなっているのを感じるとオバチャンたちも言うが、今年はさらに、雨の降り方が奇妙だと言う。

そんな雨によってぬかるんだ道を、ひたすら歩き、岩だらけの山道を登り、蒸し暑さにフーフー言いながら一山超えると、マ村の中の一つの集落に到着する。マ村は、大小さまざまな集落が山頂から平野部まで点在しているのだが、研修に積極的に参加するのは裾野部の集落からで、山頂部の集落からは1~2人程度。

まずは、この集落の人たちにもこれまでの研修内容やこれからのスケジュールを共有するオジサンたち。すると、リーダー的存在であるオジサンが言った。

「活動計画ぅ?そんなもの、オラ達につくれるわけないだろうが。」

「そうそう、そういうのは、ソムニードが作るもんだろう?ワシらは言われた通りに、なんでも作るさ」

それを聞いて、この集落から毎回欠かさず研修に参加しているオジサンとオバチャンは真っ青になるが、どう反論していいものやら分からない。すると、ただ静かに座って聞いていた平野部の集落からのオジサン、名前をダンダシと言うのだが、彼が突然大声でしゃべりだした。

「まだ、何を言ってるんだ!いいか、これは、ワシらの事業なんだ。水は、山のてっぺんから下に流れてくる。この集落も、同じマ村のエリアなんだから、一緒に考えて事業をしなくちゃいけないんだ。ソムニードは、必要な研修をしてくれたり資金を提供してくれるだけで、何をするかはワシらが決めるんだ。
この集落からは、いつも研修には1人か2人だけで、しかも読み書きできる人は参加しない。ワシも読み書きはあまり得意じゃないけど、だけど、この集落からは記録をきちんと取れる人が参加しないから、この集落での共有がきちんとできないんだよ。だから、今でもそうやって、ソムニードの事業だなんて言ってるんだ。

これは、ワシらの事業だから、ワシらがこれから活動計画を作るんだ!」
ボーゼンとする、リーダーやその他オジサン・オバチャンたち。再度、このダンダシから今までの経過が話されると、読み書きできる若者から、

「植林が必要なら、一つの季節に集中して収穫する木ばかりじゃなく、一年を通して森から何かを収穫できるような計画を立てたほうが良いよね」

という意見も出て、また、彼が今後のスケジュールなども大きく模造紙に書いて、集会所となっている教会の壁に貼る準備をした。


それを見て、息巻いていたダンダシが彼に言った。

「お前、必ず次から研修に参加しなさい。もしも参加できなかったら、集落のリーダーは、罰金500ルピーだぁ!」

思わず周りのオジサンやオバチャンたちも笑い出すが、この日の集会が始まる前の雰囲気とは、違ったものが集会場に満ちていた。オブザーバーとして参加していたゴトゥッパリ村(以下、ゴ村)からのオジサンやオバチャンたちも、この迫力にビックリ。何しろ、自分達と同じく村の一人のオジサンが、「この事業はワシらの事業だ」と声を張り上げているのだ。

言葉少なめのゴ村からのオブザーバーたちだったが、「ボク達はちょっと遅れてしまっているけど、もう一度、マ村やポ村の人たちと一緒に、この研修に参加して行きたい」と言って、村に帰っていった。
実は以前、ダンダシはソムニード・スタッフにこう呟いていた。

「黄門様や、ソムニードのスタッフ達は、ワシらが理解できるのをずっと待っててくれたんだ、と言うのがようやく分かった。

これから何をしようとしているのか、そのために何を知っていなくてはいけないのか、そうした理解をするための時間が必要だったんですね。そして、それをプロセスと言うんでしょう?そして黄門様たちは、ずっとそれを待っていてくれたんですね。他のNGOや政府の人たちは、ワシらが理解しようとしまいと関係なく、とにかく事業をスタートして終わらせて、プロセスやワシらの理解度なんて見てもくれないけど、ソムニードのみなさんは、ずっと待っててくれた。それが、とても嬉しい。」

私達ソムニード・スタッフは、「プロセス」という言葉も、その意味も、村のオジサンやオバチャンたちに対して使ったことは無い。けれど、ダンダシは、1年前からずっとソムニードの研修に参加し続ける中で、そうした過程の重要性を感じ取っていたのだ。私達にとっても、この喜びに勝るものはない。

そして、マ村のオジサン、オバチャンたちの快進撃は続く。

数日後、マ村のエリアに属する全ての集落から数人ずつ集まり、山から雨水がどのように流れて集まるか、複数の集落で共有する山はどれか、どこに植林をすれば良いのか、それぞれの考えを出し合った。
自分の田んぼにどうしたら水が来るか、ではなく、村全体が水を有効に使えるようにするには、という視点で山から山へと歩き回るオジサンたち。


「ソムニードが活動計画を作るんだろう」と言っていたリーダーも、我先に先頭を歩き、山々の名前を聞かれればすぐに答える。
薬草に詳しいオジサンたちは、立ち止まっては効用を披露しあい、州の公用語テルグ語では○○だけど、ワシらの言葉サワラ語では△△だと言って、若者たちを指導する。

そうして何時間も歩いている中で、自分達の大切な財産でもあり、これからの収入源にもなりうる薬草園を作ろう、というアイデアも出てきた。そして、世帯毎のデータを集めたんだから、今度はこうしたゾーン毎の必要なデータを早く集めよう、とエンジンフル回転が止まらないマ村のオジサンたちは、ポ村も合同の研修日に、過去最大の19人編成(半分はオバチャンたち)で研修開始15分前に研修場所へと乗り込んできた。

そんな上昇気流に乗りに乗ったマ村の人たちと対照的なのが、ポ村の人たち。今までの過去最小の3人編成で、研修開始1時間後にやって来た。

ポ村では、今は雨季の影響もあって風邪やらマラリアやらで体調を崩している人も多く、また、様々な政府からの「プレゼント」を受け取るのに忙しく、最近はかつて研修を受けてきていたオジサンやオバチャンたちも、意気消沈気味。数ヶ月前までは、ポ村の勢いが強く、マ村は少しダレきっていたのが、今は全くの正反対。19人ものマ村のオジサン、オバチャンたちで熱気ムンムンの研修会場に、後ずさりをしてしまうが、「ワシらの村ももっとがんばらなアカンのう」と少しやる気を出した。

こっちが盛り上がればあっちが下がるという、シーソーのような二つの村だが、このマ村とポ村のオジサン、オバチャンの奮闘する姿がゴ村の士気も高めるのだ。

さてさて、これからゾーン毎の必要なデータを集めて分析し、活動計画作りへと突入していくのだが、マ村、ポ村、ゴ村のオジサン、オバチャンたちは、どこまでパワーアップしていくのか、次号乞うご期待!


3. 注意書き

黄門さま=和田信明。ソムニードの代表理事。

ラマジュさん=ソムニード・インディアのスタッフで村のオジサンたちの人気者。
キョーコさん=前川香子。この通信の筆者。10月17日に、念願の研修センター開所式を開催予定。お昼ごはんのメインのカレーはチキンね、デザートは何にしようかしら、と、準備に余念が無い。


2008年8月17日日曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第9号「一年後の再会;オラたちの今までとこれから」

 

目次

1. 土地の悲鳴を聞け
2. この1年、何をやってきたんだ?
3. オラたちで作る!

モンスーンがやって来たとは言いながら、低気圧の発達が遅れているために雨が降らない農村部。去年の今頃は、田んぼも耕し始めて、稲の苗床も準備していたのに、今年は一向に水が田んぼにたまらない。

そんな7月初めの頃、マーミディジョーラ村(以下、マ村)とポガダヴァリ村(以下、ポ村)では、自分達の村の構造物を再チェックしていた。構造物とは、灌漑用のため池から、土壌流出を防ぐ石垣や水の速度を弱めるチェックダムなどのことだが、これらの設備がいつ、誰が、どのような目的で作って、今は誰が(委員会など)どのように管理しているのか、調べていた。
合わせて植物図鑑完成に向けてまだまだ調査も続けている最中、水や土の専門家であるチャタジーさんが再び村にやってくるという報せを受けて、緊張し始めるオジサン、オバチャン
「また村に来てくれる!」と大喜びで、今までに集めた植物図鑑のデータや、自分達が考えている「森を育てて守っていく方法」、他の村へ視察に行って気づいたことで構造物を自分達で維持管理していくのに必要なことナドナドを、ファイルに綴じたり模造紙に書いたりと、準備に大わらわ。
ソムニード(現ムラのミライ)のスタッフ達も、この一年間どのようにファシリテーションをしてきたかをチャタジーさんと共有するための資料作りや宿泊の準備、食事の手配なんかで大わらわ。
村でも事務所でも準備に追われる中、チャタジーさんがのっそりと、そして黄門様も軽やかに、村へとやって来た。


1. 土地の悲鳴を聞け


最初に訪れたのはポ村だが、2日ほど前から断続的に雨が降っているために道がぬかるんで車が走れず、1キロほどを足を滑らせながらも歩いて到着。

「ほほ、皆の衆、久しぶりじゃの」

「はい、黄門様!お待ちしていました。チャタジーさんも、来てくださってありがとうございます!」
村にある小学校の教室が研修場所に用意されて、そこにひしめいて座っている30人ほどのポ村の老若男女が目を輝かせながら、何事も聞き逃すまいと身を乗り出している。
「今日は生憎の雨じゃのう。ところで、ワシ達が何者か、もうみんな知ってるじゃろ?知らなんだら自己紹介から始めるが?そうか、必要ないか。では、早速じゃが、お前さんたちお医者にはかかるか?」

「はぁ・・・(何が始まるんだ?)この近くに医者はいませんので、市場がある町に行きます。」

「お医者は何を知っておる?」

「身体のことです。身体の中の色んな部分のことを知っています。」

「そうじゃな、臓器の仕組みから身体の各部分がどのように機能しているか、知っておるのぅ。では、お医者は田植えについて知っておるか?」

「まさか!黄門様、田植えは私達が知ってますよ!」

「では、田植えをするために、あるいは農業をするために、お前さんたちは何を知らなければならないんじゃ?」

「土をいつ耕すかとか、どれだけの肥料をいつやるかとか、水はどれくらいやればいいいのかとか・・・」

「うんうん。では、雨の中に立つとまず雨を受けるのは身体のどこじゃ?」

「え~っと、頭?」

「そうじゃのぅ。頭から、どうやって雨水は伝っていく?」

「顔に流れてきたり、頭の後ろに流れたり。」

「では、お前さんたちの村で、頭に当たる場所はどこじゃ?」

「え~っと、え~っと、山!」

そう、山のてっぺんから雨水は流れて、途中で色んな道を辿って、裾野の田んぼまで来るんじゃな。この、水が流れてくる所から流れ出るところまでを、英語ではウォーターシェッドと言うんじゃ。頭のてっぺんで受けた雨が顔や後ろに分かれて流れるように、山もお前さんたち村の方へ流れるのと反対側へ流れるのとあるの。この、お前さんたち村側に流れてきて、お前さんたちの田んぼがあるところまでを、マイクロ・ウォーターシェッドと言って、去年からこの場所で、お前さんたちは植物図鑑やらなんやら頑張ってきた。」

「ほぉ~なるほど、うぉーたーしぇっど、と言うんですねぇ。テルグ語ではめちゃくちゃ長くなるから、英語で言うことにしよう」


外は雨で、この学校の場所に来るまでに雨にぬれた人も多く、黄門様の例え話で、自分の雨に濡れた状態から容易に村全体の雨水の流れ方へと理解ができる村の人たち。

「山のてっぺんから雨水が流れ落ちてくる。では、水の流れる速さはどうなるかの?」

「平らなところではゆっくりだけど、坂道では早くなる。」

「途中で貯水池があると、そこで止まります。」

「お医者は、飲んだ水がどのように身体の各部分に働いて、最後にションベンとなってでてくるか知っておる。お前さんたちは農業を知っておるが、どうやって雨水を上手に使うかを知らなければならん。

今まで、お前さんたちは植物図鑑を作りながら、植物資源のことを学んできた。では、土のことはどうじゃ?今日は、この土のことをチャタジー医者が診てくれるぞ。」

そこで登場するチャタジーさん。

「みなさんはお医者さんに行ったらまず何をしますか?お医者は何をしますか?」

「え~と、身体の悪いところを言って、診てもらいます。」

「お医者さんは、いろいろと質問してきます。何を食べたとか、いつから続いているンだとか」

「そうですね。患者の顔を見て、聞いて、時には触って調べますね。あなた達の土も同じように、どこがどのように病んでいるのか訴えていますよ」

「だけど、チャタジーさん。人間はしゃべれるけど、土はしゃべれんよ。」

「人間にも色んな言葉があるように、土にも土なりの言葉があるんですよ」

そう言って、その場所の保水力不足や養分不足がいわゆる初期症状なのか、かなり末期まで進んでいるのか、自分達でもチェックできる方法を、絵を描きながら説明する。

「もしも今日、こんなに雨が降っていなかったら外に出て、実際に土の声を聞くこともできたんですがね・・・」

「でも、チャタジーさん、教えてくれた方法の一つで、土地の表面がひび割れてきたら養分がなくなってきている印だとありましたが、私達は、ひびができる土地は雑穀を栽培するのに良い場所だ、としか思っていませんでした。」

「あなたたちの土地は、人間の身体と一緒で、肉もあれば骨もある。すりむいて血が出るくらいなら簡単に治せるけれど、骨が見えるくらいの怪我は簡単には治せません。山から流れてくる水を、きちんとコントロールできずにいると土はどうなりますか?」

「土が流されていきます。」

「そうですね。栄養のある土が流れていって、最後に残るのは栄養が無くなって骨と皮だけになった土地です。水の流れをコントロールするのも、土の状態を良くするのには必要なことですよ」

村の中の場所を思い浮かべてはそこの土がどんな状態だったか、思い出そうとするオジサンやオバチャンたち。

「ほほ、これで、どうやって母なる大地と対話をするかわかったの。では、対話をしてから病気の状態がわかったら、その原因が何なのかを突き止めねばならんの。そして、その原因に対して治療をせねばならん。」

「黄門さんのいうとおりですよ。そして、その治療方法となるものが、あなた達の作った植物図鑑の中にもあるのです。」

「えっ?!!ここに?」

興奮するオジサンたちをなだめながら、チャタジーさんは続けた。

「だけど、この植物図鑑に全てがあるというのではありません。他に、集めなければならないデータや、調査があります。だけど、それもすでに皆さんが知っていたり、経験してきていることです。

そして、それらを合わせて、土の保水力を強めたり、養分を回復したりするための植林を、皆さんの植物図鑑やこれから集めるデータから決めることができるのです。」

「分かりました、チャタジーさん、黄門様。まずは、いつも気をつけて土の声を聞きます!」

村での研修が終わって、フィールド事務所に帰ってくると、通訳に徹していたラマラジュが、興奮して言った。

「キョーコさん、やっぱり黄門様とチャタジーさんはすごいですねぇ。全て、村の人たちの身近にあるものや出来事を例え話に使って、ポイントを伝えていましたよ」

「私もそう思いました。いつも、マイクロ・ウォーターシェッドの定義をどうやったら村のオジサンやオバチャンたちが理解できるか考えていたけど、今日の黄門様の例えは思い浮かばなかったですよ。それに、村の人たちも、いつも見ているものだけど、見方を変えると重要なメッセージをそこから見つけることができる、っていうのが分かったみたいですね。」

「このプログラムが終わったら、村の人たちが土の声を聞いてそれを分析できるように、研修を組んでいきましょう」

さぁ、お次はマ村へ向かう黄門様ご一行!
マ村では果たしてどんなやり取りがなされるのか?


2. この1年、何をやってきたんだ?

翌日は打って変わっての晴天となり、チャタジーさんと黄門様はマ村(マーミディジョーラ村)へと足を運んだ。
車が村に到着すると、いつもソムニードの研修を受けているオジサンたちが、集会場ではなくてある場所まで来て欲しいと、私達をそこまで案内した。
「ほほ、去年の今頃は、ここでチェックダムとは何ぞや、というデモンストレーションをやったのう。」

「そうですね、一年は早いですねぇ」(※よもやま通信第1号を参照)
と途中で和やかな会話をしながら歩く黄門様とチャタジーさんだが、数分後にはその顔から笑みが消えることを、村のオジサンたちはまだ知らない。

到着した場所は、山の中腹にあるチェックダム。

「たしか去年も、あなたたちはここに私達を連れてきましたね?」といぶかしむチャタジーさん。

「そうです。だけど、この場所は山の上から流れてくる水が一番たまりやすくって、でも、雨季にはこの水路の幅以上にあふれて水が流れるんです。だから、このチェックダムの壁をもっと高くしたいと思ってるんですけど、どうですか?ちなみに、このチェックダムはボクが子どもの頃だから・・・30年くらい前に作られました。当時は、2メートルくらい壁の高さはあったんです。」
必死になって説明する村のオジサンを横目に、1メートル弱の杖をそのダムの底へ突き刺す黄門様。みるみるうちにズブズブと泥の底に沈んでいく。その泥を掬い上げて、黄門様が尋ねた。


「これはなんじゃ?」

「・・泥です。」

「どこから流れてきた?」

「川の上流、かな」

「もしもこの壁を高くして、だけどその後にまた泥がたまって壁が低くなったら、どうする?」

「また壁を高くします。」

「そうやって、どんどん壁を作っていって、しまいにはあの山の高さと同じくらいになるのかのぅ?」

「そうですねぇ。ワッハッハハー・・・ハハ・・・ハ」(表情が凍りつくオジサン)

「泥を取り除くのが一番じゃ。」

「でも、またたまります。」

「なぜ定期的に取り除かないのじゃ?」
表情が険しくなりつつある黄門様をこれ以上興奮させないように、チャタジーさんが代わって質問をし始める。

「このチェックダムには一年間のうち、どれくらい水が流れていますか?」

「年中、流れています。乾季のときは少ないですが。なので、水をもっと溜められるように、壁を高くしたいんです。」

「去年、言いませんでしたかね?チェックダムは、水を溜めるためのものではなく、水の流れる速さをコントロールするものです。」
言い訳のように、ここに水がたまるとどれだけの土地に水が引けて、米の二期作ができるかを必死になって説明するオジサンたち。
そして、このチェックダムが建設された当時には山の頂上付近には深い森があって、地下水も豊富にあったこと、森の木々や積もった落ち葉も水の速さを弱めていたことを、あるオジサンは経験から思い出して一気にしゃべった。

「あなたたちは知ってるじゃないですか。森の役割、土の保水力の保ち方、そして水の流れを弱めるものが、何も大きな構造物だけじゃないってことも。」

「そうですけど、とりあえず今は、この下に広がる土地で二期作を・・・」
自分達で食べる米が足りないとか、どれだけの現金収入が足りないのかとか、そういう根拠も何もなく、とにかく二期作がしたいの一点張りでチェックダムに水を溜めたいオジサンたちに、いつもは穏やかな笑みを浮かべているチャタジーさんの一喝が入る。

「水が少なくても育つ農作物はあるでしょう!あなた達はそれを作っているじゃないですか。植え方などをちょっと工夫するだけで、収穫量も違うでしょう。そして、その方法は去年、伝えましたよ。この一年間、何をしていたんですか?こうやって、誰かが来て大きな設備を作ってくれるよう頼む時を待っていたんですか!?」
風に吹かれてなびくチャタジーさんの髪が、まるで怒りで舞い上がっているかのように、オジサンたちには見え始める。

「お前さんたち、このチェックダムの底の泥を取り除けば、お前さんたちに必要なだけの水はあるんじゃよ。ソムニードは、この一年間に、何かを作ってあげたりプレゼントを渡したりしたか?」

「いえ、ずっと研修をしてくれて、自分達の村にどれだけの植物資源があるのか気づかせてくれました。そして、自分達で水を上手に使っていくために何が必要なのか、自分達で考えていかなくてはいけないということにも気づきました。」

「そうじゃのう。ほほほ、チャタジーさんやワシが久しぶりに村にやって来るから、ちょっと興奮してしまったのか?」

翌日、ポ村(ポガダヴァリ村)の人たちも一緒になって研修を受けることになったマ村の人たち。
ちょっとションボリとしながら、黄門様ご一行が村を去るのを見送った。

「ラマラジュさん、マ村の人たちがあんなことを言うなんて、私はちょっとビックリしましたよ。今、オジサンたちが自分達で調べているけど、マ村の構造物の維持管理がどうなっているか、垣間見えましたね。」

「そうですねぇ、キョーコさん。でも、あのチェックダムの下流の土地で、潤うのは村の中でも数軒だけですけどね。」

「この事業は数人を対象にしたものではなくて、村全体、コミュニティ全体ですから、そのことも村の人たちはもう一回、気づかなければいけませんね」
さてさて、まるで仙人のように穏やかなチャタジーさんと朗らかな黄門様を、見事(?)興奮させてしまったマ村の人たち。次は、ポ村のオジサンやオバチャンたちと合流しての研修だが、どんな印籠が飛び出すか?


3. オラたちで作る!


翌日、コテンパンにやられたマ村(マーミディジョーラ村)のオジサンたちだが、研修開始10分前に会場へ到着。研修を受けるやる気は続いており、しかもホンモノらしい。
ポ村(ポガダヴァリ村)の人たちは、相変わらず研修開始時間の40分後にようやく到着。
まずはマ村からポ村へ遅刻に対する注意が入る。
そして黄門様から、この一年間で何をしてきたのか説明が求められ、マ村のオジサンが植物図鑑作りから始まって、それぞれの植物に対して、土や周りの植生などの状況についてのデータを集めてきたこと、こうした植物を守り、森を育てるにはどうすればいいのか考えたこと、近くの村に行って構造物を視察に行ったことなどを、順々に発表した。

「植物図鑑を作って、それに基づいていろんなデータを集めて、何が分かったかの?」

「自分達の村には植物資源があること、特に薬草が豊富なことです。」

「それに、市場で売れるもの、道具に使えるものなど、さまざまな使い道があるんだっていう可能性にもきづきました。」

「それは良いことじゃ。では、そうして集めたことを使って、これからどうするか、考えていかねばならんの?」
そう言って黄門さまは、黒板に2010年までの月をズラッと書いた。

「植林をするには、雨季に入りかけた頃がよい。6月から8月にかけてじゃな。その時期も考えて、活動計画をそれぞれの村で作りなさい。」

「かつどうけーかく???」

「今年の12月始めまでに、予算も含めて完成させなさい。もちろんソムニードのスタッフが、必要な研修は行う。本当に植林が必要ならば、どこにどんな木をどれくらい、そして何か構造物を作るのなら、どこにどれだけの大きさのものを、どんな材料を使ってするのか、植えたり作ったりした後は、どうやってモニターしたり管理していくのか、そういうことを全部含めて作るんじゃよ。」
しばしボーゼンとする村の人たちに、気合を入れさせる黄門様。

「ワシらは、ただ作ってその後は忘れ去る、というようなやり方はせん。これは、誰の事業じゃ?」

「私達のです。」

「では、お前さんたちで、計画を立てて、実行して、維持管理をしていかねばならんのではないか?
もしも、それがイヤだ、これは自分達の事業ではなくって、ソムニードやJICAだけの事業だと言うのなら、ここから立ち去っても結構。」

「いえいえ、そんな。ただ、そんなに細かい活動計画を作ったことが無いもので・・・」
そして、活動計画を立てるために、まずはウォーターシェッドとは何ぞや、ということの説明が再びチャタジーさんからあり、そして、この事業範囲となる山の頂上から平野部までが、3つのエリアに分けられた。


ポ村やマ村でのやり取りを思い出させながら、それぞれのエリアの特徴について、村のオジサンやオバチャンたちに説明する黄門様たち。

「すごいですねぇ、ラマラジュさん。またしても、黄門様やチャタジーさんは、難しい専門用語は使わずに、普段使っている言葉で問いかけ続けてますよ。」

「ほんとですね。そして、村の人たちは絶対にそれに答えることができるんですからね。ボク達も、普段の研修のテクニックをもっと磨いていかないといけませんよ、キョーコさん」

「いいですか、それぞれのエリアごとでその特徴を生かしながら、そして皆さんが感じている滅びかけている植物を守って増やしたり、土の保水力を強めたり、平野部の土地で水が有効に使えるために、何をしなければならないのか、それを考えるのですよ。」
とチャタジーさんが優しく微笑みながら、マ村とポ村の人たちを元気付ける。

「そのためには、各エリアの現状を詳しく知らなければならないのぅ。その現状は、植物図鑑や、今までに集めたデータからも分かるが、他にも必要なデータが出てくるじゃろう。そうしたデータを集めたり、調査をして、その事実に基づいて、活動計画を作るのじゃよ。お前さんたちの要請があれば、いつでもソムニードが研修をするから、安心せい」

「それに、マ村の人たちには伝えていませんが、ポ村の人たちは、土の声の聞き方を知っています。マ村の人たちも必要になったら、ポ村の人たちから土の声の聞き方を教えてもらうといいでしょう。」
そうして、これからの予定を共有したオジサンやオバチャンたちは、まずは他の村の人たちと、今回の研修で学んだこと、気づいたこと、そして活動計画作りのことを共有すべく、それぞれの村へと帰っていった。チャタジーさんも、ソムニード・スタッフに様々なアドバイスをして、黄門様と共に帰路へとついた。

後に残った私達は、各エリアごとで村の人たちが何を知らなければならないのか、そのためにはどんなデータが必要で、どうやって集められるかということを話し合った。そして、村の人たちからいつ要請が来てもいいように、準備をしながら待機していたのだった。
雨が降らない降らないと言い続けて皆が疲れ始めたころ、アーンドラ・プラデシュ州の首相がとうとう雨乞いの儀式を執り行った。雨が降り始めると、田植えで一ヶ月ほどは忙しくなるオジサン&オバチャンたち。その前に、一度でも要請は来るのか?それともそのまま一ヶ月ほどブランクが開いてしまうのか?
一ヶ月も何も研修をしないでいると、土の声の聞き方さえも忘れてしまうのが村の人たちだが、果たしてどうなる?
この後の様子については、次号に続く!


4. 注意書き

チャタジーさん=おなじみ、水と森と土の専門家で歩く大百科事典。絵も達者なことが今回判明。

黄門様=和田信明。ソムニードの代表理事。久しぶりに村を歩いてリフレッシュ。

ラマラジュ=ソムニード・インディアのスタッフで名ファシリテーター。チャタジーさんにも触発されて、最近のお気に入りの本は植物辞典。学術名まで覚え始める。

キョーコさん=前川香子。この通信の筆者。例え話の引き出しを増やそうと、生活の中からネタを探す毎日。

2008年7月11日金曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第8号「あぁ、もったいない~長く使い続けるにはどうするべ?」

 

目次

1. 他所の構造物から学ぶ
2. ポガダヴァリ村の視察
3. マーミディジョーラの視察
4. 長く使い続けるにはどうするべ

 

1. 他所の構造物から学ぶ

うだるような暑さから一転、モンスーンの到来とともに気温も下がりつつある農村部。
自分たちの村にある構造物(※)の管理で散々なものが多くても、自分に甘く他人に厳しいのが人の常。最初から自分の村の構造物を見ても、その状態を冷静に分析できないと判断したソムニード(現ムラのミライ)は、近隣の村の構造物をパートナーの村人たちに視察に行ってもらうことに。


※例えば、灌漑に使うものから、土砂の流出を防止する石垣のようなもの、雨水を貯め、土地の保水能力を高めるもの、などなどの総称。同事業では、住民が維持管理できるインフラ設置を目指す。

ポガダヴァリ村(以下、ポ村)からの視察を一日、マーミディジョーラ村(以下、マ村)からの視察を一日、と設定し、それぞれの村から10人前後が参加した。
この参加者たちも、オジサンやオバチャンたちで決めたのだが、今までの研修にずっと参加してきた人から初めて参加する人まで、新旧混ざり合い、しかも腰の曲がったジイチャンやバアチャンも、オートリキシャ(自動三輪タクシー)にゴトゴト揺られて視察の村までやってきた。

「ラマラジュさん、いつもと同じメンバーだと思ったら、初めて来る人たちもいますね」

「そうですねぇ。やっぱりアレですよ、キョーコさん。この前の、村全体でのミーティングで、今までのソムニードの研修やらこれからの予定やら全てを、研修を受けてきたオジサンたちがみんなとシェアしたときに、研修を受けてきていない村の人たちから色んな質問とか意見が飛び出してきたのが効いたんですよ。ほら、彼も質問をした一人ですよ。(※前号参照)」

初めて参加する人たちの中には「他所の村の構造物を見て、自分たちにとってナンか良いことあるの?」とソボクな質問をいきなりしてきたオバチャンもいて、常連参加のオジサンが「自分たちの村にはない設備もあるかもしれないし、どういう場所に貯水池やチェックダムを作ってるとか参考になるだろう?それに、建設や修理の方法も何か分かるかもしれないし。」と、やんわりと応える。
加えて、私たちからヒントを与える。

「これから見るものは、全てが成功例ではないかもしれないですよ。」

「それに、構造物の作り方とか直し方とか以外にも、村の人たちが建設前、建設中、建設後にどうやって係ったのか知っていますか?」

「構造物の設置や維持管理が上手くできていない村からも学べることは無いんですか?」

「もしも維持管理が上手く出来ているならば、どのように村の人たちが維持管理をしているんでしょうか?何か組織があるのでしょうか?あるのならば、どのように運営されているのでしょうか?」

「今も維持管理がきちんとされている村と、そうでない村の違いはどこにあると思いますか?」


私達の質問にもタジタジになって答えられないオジサン&オバチャンたちは、ただ見て作り方を教えてもらうだけでは自分達の村に活かせないことに気づき、どういう質問をしようか考え始めた。


2. ポガダヴァリ村の視察

そうしてポ村が行った村は、約100メートル四方の貯水池を持つA村と、頂上から裾野まで約5キロメートルに渡って、土壌流出を防ぐための石垣をもつB村の二つ。
まずA村に行って、ポ村の一人からこの約1年間ソムニードと一緒にどんな活動をしてきたのか、どうして今回視察に来たのかを話す。
お互いに同じパンチャヤート(村落自治組織)に入っているので顔見知りではあるが、構造物について尋ねあったことはなく、両村のメンバー共にちょっと緊張気味の様子。


基本的に、この貯水池の場所は、山から流れてくる雨水が溜まるにはいい場所である。
しかし、無残にも堤防の壁は崩れかけている。
ポ村のメンバーが、次々とA村の人たちに質問をぶつける。

「堤防のところに土の小山が出来てますね。あれは何ですか?」

「池の深さが足りないから、雨季の間、堤から水が流れ出て行くんだよ。だから、池の底を掘ってその土を堤防に上乗せしようと思って。」

「誰がしているんですか?」

「オレが声かけて、政府から労賃もらって何人かの人たちと工事してるんだよ。」

「あなたの田畑もここから水を引いているんですね?」

「違うよ。オレ、土地ないし。工事してるのも、土地を持ってないヤツらばっかり。」

「じゃぁ、この貯水池の水を使っている土地持ちの人たちは、何してるんですか?」

「何も。声かけても反応ないんだよね~。」

「・・・・・・・・・」

「それよりソムニードさん、この貯水池をもっと大きくしてくれんかのぉ?」

「・・・・・・・・・」


他に、建設時に「管理費」として確保していた資金もほぼ手付かずで残っており、この貯水池や他の灌漑設備を管理する委員会もあるようで無いような、ということが分かるにつれて、うなだれていくポ村のメンバー。

「場所的にも大きさ的にも、けっこう良い貯水池だと思うんだけどなぁ。ハァ、もったいない。」
成功例ばかりではない、と事前に聞いてはいたものの、『きっと、スゴイ立派な設備がある村に視察に連れて行ってくれるのよ』と思い込んでいたポ村のオジサンやオバチャンたちは、首を傾げつつA村を後にし、B村へと向かった。

B村は傾斜30度くらいの山の斜面に、幅8~10メートルの石垣を斜面に垂直になるようにして設置している。この石垣が、頂上から裾野付近までずら~っと並んでいるのだ。

「この石垣を作る前と後では、どのように違いますか?」

「作る前は、雨季のときここは泥川のように土砂が流れていったけど、今は見ての通り、土も流れずに木を育てることが出来るんだよ。木があって、土が流れていかなければ水も溜まるだろう。」

「どうして石垣を作ろうと思ったんですか?」

「みんなで話をしたし、地元のNGOや政府から研修を受けて、石垣が良いってことになったんです。」

「私たちの村でも、同じように雨水が土砂と一緒に流れていく場所があるけど、こういう石垣って良いなぁ・・・」

「もしも作るなら、僕たちが建設のノウハウを教えてあげても良いよ。ハハハ。」

そして、修理のための委員会があること、議事録を付けていることが分かり、石垣が崩れたときは自分たちで直すこともできる、ということも知り、スゴイなぁと感心するポ村のメンバー。

「でも、カシューの木の育て方はなってないわね。私たちの方が上手いわ」


3. マーミディジョーラの視察

そしてマ村の視察は、低地に流れる川から高地にある田畑への灌漑のためのリフト式灌漑設備を持つC村と、貯水池を持つD村。C村では、建設にかかった材料の名前や量の一覧がエンジン室の壁に書いてあり、コストとどんな部品が必要なのか一目瞭然である。そして、C村の建設に携わった人たちは、この一覧表を見なくても1ルピー単位で必要経費を説明していた。

「すごくよく覚えているんですねぇ」

「ワシらが作ったからの。」

「もしもエンジンとかパイプとかが壊れたら、どうやってその修理費は出しているんですか?」

「維持管理用の資金があるから、そこから使ってるんです。」

「その資金はどこからもらっているんですか?」

「もらうもなにも、自分たちが使うときに、使用料を払っているんじゃよ。これを管理する村の委員会にな。」

「じゃぁ、その口座もあるんですか?」

「いや、担当者が持っておる。」

「へぇ?では、お金の出し入れの記録は書いているんですか?」

「村の集会の議事録に書いとるぞ。」

「へぇ~・・・?」
リフト式灌漑施設そのものの立派さはもちろんのこと、建設時の委員会メンバーの数人が維持管理委員会のメンバーとしても活動しており、自分たちで修理や運営をしていることに驚いたマ村のメンバー。


D村は、対照的にほぼ残骸となりつつある貯水池。

「あのぅ、この堤防や水路の入り口は、修理しなくていいんですか?」

「どこにカネがあるんじゃ?」

「この貯水池へ水が流れてくる経路も、断たれていませんか?」

「だれもカネをくれん。」

「C村では、使用料を集めて修理に充ててるようでしたけど。」

「あそこの村はえぇのう。川が割りと近かったから、リフト式灌漑も作れたんじゃよ。」

「・・・・・・・・・・」

「誰か別の場所に貯水池作ってくれんかのぅ?」

「・・・・・・・・・・」

帰り際、「きちんと修理していれば立派な貯水池のままだったろうに。ハァ、もったいない。」とため息をつくマ村のメンバー。

ポ村もマ村も、灌漑施設を良い状態で長年利用している村とそうでない村の両極端なケースを見たわけだが、ここから何を理解できたか、次の振り返り研修で確認をすることに。


4. 長く使い続けるにはどうするべ

朝9時に研修開始と言う場合、今までなら早くて10時、遅い場合には11時半にやってきていた村の人たち。ところが、マ村のメンバーたちは今回8時50分という最速記録を樹立。
10時近くにやって来たポ村のメンバーたちに、「時間通りに来てもらわないと困るんだよねぇ」と文句を言い、研修中もリーダーが時間を見ながら制限時間内にきちんと発表材料を整えるという、今までにないマ村の、特に常連メンバーたちの変わり様に驚く私たちとポ村のメンバー。

「それでは、視察でいろいろと見たり聞いたりしたと思うのですが、各村での良い点、悪い点は何でしたか?」

「A村の貯水池はダメで、B村の石垣は良かったです。」

「C村のリフト式灌漑施設はものすごく良くって、D村の貯水池は最悪でした。」

研修へ臨む姿勢は変わるものの、発表の中身は相変わらずのポ村とマ村。

そこでラマラジュと筆者でオジサンやオバチャンたちに問いかけて、自分達が4つの村で何を見て聞いてきたのか、思い出させる。その過程でも、「委員会がないっていうのは良くないよね」というメンバーに対して、「なぜですか?委員会があるとどういう利点があるのですか?」「何の委員会が必要なんですか?」と問い続け、どれだけ村の人たちが理解しているのかを測っていく私たち。
そうして、A村やD村で利用されている構造物が何故ダメになっていたのか、B村やC村では何故良い状態で使われていたのか、ほぼ同じ時期に建設されている4つの村で、まるで正反対の結果となっている理由は何か、ポ村とマ村のメンバー達はさらに詳しく考えていった。
そして最後には、メンバーたちは、「村の全体集会を開き全員の意見を取りまとめる」「建設実行委員会を作り、特定の口座をもつ」「活動内容を明確にして全員に知らせる」「議事録、帳簿、出席簿などを管理する」「建設後には維持管理委員会を作って、毎年メンバーを入れ替える」というような、構造物を長く運用するためのポイントを、今回の視察から掴み取った。


もしも視察をせずに、「村全体で集会を開いてみんなの意見を聞きなさいよ」「建設実行委員会を作りなさいよ」「定期的な委員会を開きなさいよ」「議事録などを付けなさいよ」とソムニードから言っていれば、オジサンやオバチャンたちは「なぜそれらが必要なのか」を理解しないまま、「言われた通りにやります」という待ちの姿勢になってしまう。けれど、オジサンやオバチャンたち自身が視察から理解できたからこそ、「まずは村の集会からきちんと実行しないと」と、今回やる気を見せた。
視察の思惑、いや目的が果たせてラマラジュとほくそ笑む筆者。
そして他人の村については、あーだこーだと散々言い尽くしてみたポ村とマ村のメンバーたち。

「では、あなたたちの村の構造物の状況は、どうなっていますか?」

「え~っと・・・・・」

ということで、マ村とポ村、それぞれが自分たちの村にある、チェックダムや貯水池、水路などなど灌漑設備について、どういう目的で建設して、今はどのように機能しているか(チェックダムとして建設したものが、今はそこで稲が育てられている所もあるのだ!)、どのようにメンテナンスをしているか等、自分たちで振り返ってみることにした。
はてさて、自分たちの村でも「もったいない」と、ため息をつかなければならないのか!?

そして同時に、自分たちの村にはどれだけの委員会や組織があり、メンバーは何人で、代表や書記は誰でどのような仕事をしているのか、議事録や帳簿はあるのか等々も自分たちで調べ始める。
長年、地元NGOや政策の恩恵を受けるために、多くの農村では雨後の竹の子のように委員会や組織を設立してきている。ポ村やマ村も例外ではない。

はてさて、一体いくつ委員会があって、どんな活動をしているのか!?やる気を見せつつも、一歩、研修会場を出ればそれが続くかどうかは別のこと。ましてや、田植えの準備も始めなければならない今の時期。

はてさて、マ村とポ村、どれだけ調べることができるのか!?
結果は、次号で!

 

5. 注意書き

ラマラジュ=植物図鑑の研修をしてからというもの薬草に興味を持ち、トレーニングセンター敷地内にある雑草が薬草かどうか確かめるのに楽しみを覚える。

キョーコさん=前川香子。この通信の筆者。トレーニングセンターの雑草が薬草と分かれば、肝臓が悪くないのに肝臓病に効くという草を試食し、ハゲてないのに育毛剤になるという草を持ち帰らされる。

パンチャヤート(村落自治組織)=「よもやま通信Vol.4」を参照。

2008年6月10日火曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第7号「必要なものとは、欲しいものリストではない」

 

目次

1. 必要なものとは、欲しいものリストではない!
2. みんなって、誰?

 

1. 必要なものとは、欲しいものリストではない!


インドの季節は、hot、hotter、hottestの3つだ、という言葉をどこかで耳にしたことがあるが、4月下旬から6月にかけての約1ヶ月間は、それこそhottestの時期になる。ポガダヴァリ村(以下、ポ村)やマーミディジョーラ村(以下、マ村)でも、日陰でさえも休まる気がしないほどに日中の気温は上がり続け、汗は流れる前に蒸発する。マンゴーで喉と心を潤したいのに、今年は不作なため欲しいときに市場にない。

そんな夏真っ盛りな中、ポ村とマ村からの研修参加者たちはお互いの村を訪ねて、宿題の結果を共有しあった。宿題とは、「土壌を良くする」「水源地を涵養する」「苗床を作る」「山火事から守る」と彼らが考える活動の中身を、はてどうするか、考えるというものだった。

ポ村では、研修参加者たちがまず村全体の景観を見渡しながら、山のどこから水が流れてきて、チェックダムやため池がどこにあって、そこからどうやって畑や田んぼに水を引いているか、マ村の研修参加者たちに説明したそしておもむろに一行をある場所まで連れて行き、宿題で考えたことを発表した。

「この斜面に、新しく石垣を作って土砂崩れを防ごうと思うの。」

「それで、斜面の下のほうにはため池を作ってそこから水路を引くと、荒地も田んぼに使えるし、水が土壌に染込んでいって、地下水が枯れるのも防げると思うの。」

「苗床は、あそこの土地に作ればいいかなぁ、なんて考えてるんだけど。」

「あそこってどこ?」と尋ねるラマラジュ。

「あの山の向こう側に、村共有の土地があるんです。だけど、あそこまで行くにも、今日はもう陽が高くなっているのでやめましょう。」といって、ずーっと先の山の端の裏側を指すポ村のオジサン。

マ村でも、村人がまずは村の土地の景観を説明して、早速山登りが始まった。

マ村は4つの集落からなっているが、その内3つは山の頂上付近にある。といっても、山は一つだけでなく、一つの集落から次の集落へ行くときは、一つの山から次の山へ、という移動になるのだ。
3つの集落からの研修生が口をそろえて訴える。

「このチェックダムの水路を直せば下流部で畑が広げられるんだ、たぶん。」

「ここに石垣を作ってため池を作れば、もっとたくさんの水がチェックダムに流れる、ハズ。」

「ここにもため池を作れば、周りの田んぼが潤う、と思う。」
そして、4つめの集落からのオジサンが不満を言う。
「オラのとこには水が来ねえじゃねぇか」

こんな、「チキン・カレーが食べたい」「フライド・チキンも食べたい」「あと、魚のカレーも欲しいよね」という食べきれるかどうかも分からない状態、つまり、ほんとにソレが必要なのかどうかさえも分からないままの状態では、作った後で「やっぱり要りませんでした」と言うことになり、残骸が増えるだけのことになる。

「なんで、今まで作ってきたチェックダムやため池なんかが使えなくなってるのですか?」
「キョーコさん、それはですね、私たちが作ったんじゃないからです。政策の一部で、役人が勝手に作って、私たちは単に言われるままに石を運んだり土を掘ったりしただけですから。」

「でも、それだけじゃないでしょう。役人が勝手に作ったとしても、上手く使い続けられることもあるだろうし、自分たちが作っても、ほとんどダメになってるため池もあったわけだし。」

「(ある集落のため池を思い出すオジサンたち)・・・・・・・」

村全体の地形と構造物の関係や、植物や水などの自然資源の状況をまだ全体的に掴めない村の人たちは、とりあえず、あったらいいかなぁというモノを考えていた。
そして、あったらいいかなぁという理由だけでは、ソムニード(現ムラのミライ)だって、JICAだって、好きなようにため池やチェックダムを作る支援はできない、けれど、750万円が3つの村で使えるように予算は作ってある、ということを伝える。

750万円というニンジンがいきなり目の前にぶら下がり、興奮状態に陥ったマ村とポ村の研修生たちは、もう一度宿題を考え直します、と鼻息荒く宣言してそれぞれの村に帰っていった。
再度開かれた宿題発表の日、意気揚々と集まったマ村とポ村の発表の中身は、要約すると次のようなものになった。
『100人の村人がちょっと良い感じの食堂でチキン・カレーを食べることが必要。』
なんかヘンな智恵を付けたな、と開いた口がふさがらないラマラジュと筆者。
しかも、村でミーティングをしての結果だと言う。
それなのに、今回初めて研修にやって来たポ村の数人は、今まで何が行われてきたのか知らんなぁ、と言う。
研修を受けた後には「村のみんなで共有しました」「村のみんなで話し合いました」と言ってきた研修生たち。
一体、村のミーティングとはどのようにしているのか、「みんな」ってどれくらい?と不思議になった私たちは、研修生たちに許可をもらい、村のミーティングを訪ねてみることにした。


2. みんなって、誰?

村に一番近い町にある温度計は50度を指すくらい、人も温度計も暑さにやられる夏も峠を過ぎ行く頃、順々に村や集落のミーティングを訪ねて回った。
早朝は農作業で大抵の村人が不在なため、夕飯が終わった頃に村に行くことに。


南インドの村や集落というのは、大抵、一つの場所に家々が固まって建てられている。幅2メートル強の道を挟んで、10軒くらいの家が一列になって、両側に軒を並べている。大きい村では、3列、4列と家々が立ち並ぶ。家というのは、うなぎの寝床のように横幅が狭く、縦に長い。長いと言っても、日本の感覚で言うと4畳半と6畳合わせて二部屋あるくらいなもので、その家に3世代6~8人が暮らす。

そして、村のみんなで集まるというときは、村の広場に丸く座ることが多い。しかしどこの村でも、NGOスタッフが来るということは、その人たちが最初から最後まで仕切るもんだ、と思っているため、村のミーティングであるにもかかわらず、私たち用のイスが用意されてそれに向き合うように人々が並んで座っている。
まずは、ミーティングを見させてもらうことの許可を取り、人々の円の外側にイスを持っていった。
今回のミーティングを見て分かったのは、今まで「みんなで話し合ったよ」と言ってきた「みんな」とは、隣の家の人たちだったり、男性たちのことだった。
今、オジサンやオバチャンたちが村からの代表として頑張って研修を受けてきているのは、村にある植物資源や水や土を上手く利用しつつ、子どもや孫の世代まで残していきたいと思っているからである。
だけど、今までに何が起こってこれから何をしようとしているのか、村の数人しか知らなければ、それは村の事業ではなく、その人たち数人の事業になってしまい、後々、「だって私たちは○○さんが言ったように石運びをしただけだし」と、今オジサンたちが言っているのと同じことが起きかねない。
「みんな」が知っているものだと思っていたことは、実はほとんどの人たちがよく知らなかったため、研修を受けてきた人は、ソムニード、JICAと事業をすることになった経緯から今まで受けてきた研修について順々に話をした。

それを、特にマ村のオバチャンたちは「へぇ~、へぇ~」と楽しそうに聞いていた。

そうした事情に加え、マ村のある集落内では、人々が多数派と少数派に分かれており、少数派からなんやかんやとイチャモンがつく。

ポ村では、酔っ払いのオヤジたちが野次を飛ばし、そのオヤジたちを黙らせるために、オバチャンたちが大声で叱り飛ばす。オヤジたちの野次とシャックリとオバチャンたちの怒鳴り声で、いつの間にやらミーティングは終わっていた。

マ村のある集落では朝にミーティングが行われ、グループ間の対立も酔っ払いもなく、平穏に進められたが、やはりオバチャンたちは今までの経緯や研修について何も知らされていなかった。

なので、この事業の始まりから、今までの研修の内容について、そしてソムニードやJICAは、他のNGOとは違って、ただ座って待ってるだけでは何もくれないということ、自分たちで考えて決めていくために研修を受けているということなどを、州の言葉(テルグ語)ではなく、自分たちの山岳少数民族の言葉(サワラ語)で、研修に参加してきた人が発表した。

「女性のみなさんは、田畑の仕事はしますか?」

「しますよ、キョーコさん。」、と答えるオジサンたちを黙らせて、オバチャンたちに答えてもらう。

「森に行って燃料を集めたり、井戸や池で水を汲んだり洗濯したりしますよね?」

「もちろん。」

「田畑に使う水はどこから来て、村の中にはどんな種類の木や植物があって、池や井戸の水がお嫁に来た頃より増えてるとか減ってるとか、色々と知ってるんじゃないんですか?」

「知ってます。」

「それじゃぁ、今進めている事業は、村の男性たちだけのための事業ですか?」

「違う、と思う。私たちも、山で仕事したり水を使ったりしてるし・・・」

まだまだ、男性の前で話をするということに慣れていない女性たちだが、オジサンたちは、なんとなく「オラたちだけが研修に参加するのは、間違ってるのかも。カアチャンたちも連れて行った方がいいのかも」と考えた。

そして、マ村の4つの集落のどのミーティングでも、「次の研修からは、アタシたちも参加します」とオバチャンたちは答えた。

イチャモンがついたり酔っ払いが騒いだり、色々と騒々しいミーティングだが、他の村人から研修生たちへ質問も出てきた。

「なんで、新しいものばかり作るんじゃなくて、今あるものを修理しないの?」

「うちの集落だけじゃなくて、全部の集落とか、もっと下流にある村のことも考えた方がいいんじゃないの?」

「水を皆が上手に使うには、他に、どんなものが作れるの?」

これらの質問に答えられない研修生たち。

そこで、マ村やポ村の周辺にも、さまざまな灌漑施設を持つ村がいくつかあることを知った村人たちは、自分たちの村にはどういう建造物が必要なのか考えるために、一度そうした建造物を見てみたい、と視察のリクエストを出してきた。

なにやら暴走気味のオジサンたちの思考回路を修正するためにも、私たちのこの視察の思惑、いや、目的は別にもあるのだが、オバチャンたちも参加すると言うこの視察、果たして、オジサンやオバチャンたちが見るものは!?

以下、次号に続く。


3. 注意書き

ラマラジュ=今年の夏は日中に停電が続くためインド人の彼もさすがにバテる。日本製のウチワは軽くてしなやかと、フィールド事務所の中ではウチワを扇いで暑さを凌ぐ努力をするが、とうとう暑さに敗北。

キョーコさん=前川香子。この通信の筆者。インドに持ってきた日本のウチワが、今年の夏ほど役に立ったことはない、と密かに感動しながら、涼しい場所とマンゴーを求めてさまよった夏。