2019年8月21日水曜日

セネガルからのお便り 〜プロジェクト&研修報告以外のお話編 その2

最先端の働き方〜アンテルモンドの事務所


原康子が2019年7月2日から8月28日までNGOスタディという研修制度で訪れているセネガルからお伝えしているシリーズ記事です。(その1はこちら

綾乃さんのお休みはいつ?

夜の9時を過ぎると会社中の電気が消えたり、休日にパソコンにアクセスしようとしても自動でログインできないという話を聞いたことがあるという方は多いのではないでしょうか。

ムラのミライでは、以前から日本とセネガルとの時差9時間に関わらず、日本が昼間の時間に綾乃さんからメールが来るのを不思議に思っていました。セネガルなら、真夜中とか早朝とかの時間なのです。

「一体、いつ休んでいるのかしら?」

1人だけの駐在員で、セネガルの皆さんとの仕事、日本語での報告の仕事も、何もかもやらねばいけない状況ではあるものの、働き過ぎが以前から心配されていました。

今回の私に与えられたセネガルでの裏ミッションは、綾乃さんの働き過ぎを阻止することも含まれていました。

ムラのミライは、セネガルのカウンターパートNGO「アンテルモンド」の事務所を間借りしているのですが、綾乃さんの部屋ではいつもパチパチパチとパソコンをタイプする音が聞こえてきます。しかし、他の6部屋からは、話し声ばかりが聞こえてきます。

アンテルモンド事務所の入り口
2階が事務所になっていて、会議室を含めて6部屋あります。綾乃さんの部屋はメラニーさんという女性スタッフ(アンテルモンド副代表)と一緒です。

パソコンに集中する綾乃さんに、メラニーさんをはじめ、ママドゥさん(アンテルモンド代表)、その他のスタッフもしょっちゅう、声をかけてくるそうです。
 「あやの、5分に1回は他のスタッフと話さないとだめだよ。」
 「パソコンばっかりみてないで、散歩でもしておいで。」
 「あやの、ご飯できたよ。」
 「ちょっとランチに行くなら、僕の分もついでに運んできて」
 「今日は夜遅くに3階のゲストルームにお客さんが来るから、綾乃も一緒にいて、話しを待っていてよ」などなど。

綾乃さんは、かなり早い時間に事務所にやってきて、かなり遅くまで事務所で働いている唯一のスタッフ。ママドゥさん、メラニーさんからのあれこれ相談を受けて、頼りにされているだけでなく、会計担当スタッフ、警備員さん、運転手さん、料理担当のスタッフまでみんなが綾乃さんを頼りにしている様子でした。

これが実は彼女の仕事時間を長くしている一因でもありそうですが、それはともかく、アンテルモンドの最先端の働き方をご紹介します。

最先端のアンテルモンドの働き方


まず、何時から何時まで終業時間、お昼みは何時間という決まった勤務時間がありません。

代表のママドゥさんが、たった1人で暗くなるまで、残業しているような、新聞を読んでいるような感じで事務所に残っていても、他のスタッフはさっさと好きな時間に帰宅します。

午前10時頃に出勤し、お昼休みもなく夕方まで仕事をする人もいれば、午前11時頃に出勤してきて、半分仕事の話をして、あとの半分は政治と親戚の話をして、午後2時には帰宅してしまうスタッフもいます。毎日1人1人の働き方が、バラバラなのです。

私も、アンテルモンドの運転手さんに「今、ちょっとプールに入っているから、迎えに行くの30分後にしてね」と言われたり、メラニーさんに「今日は親戚のお祝いパーティがあるから、帰りにみんなで寄っていきしょう」と言われ、突然パーティに連れて行ってもらったりしました。

この自由な働き方、私には最先端に思えたのです。

インドとも、ネパールとも違う、アンテルモンドの働き方の自由さは突出していました。

特に3年間日本で暮らし、久しぶりに2カ月間という長い期間、セネガルに滞在しているから余計そう思えるのかもしれません。連日のように日本のニュースで耳にする長時間労働、過労、孤独などの言葉を忘れてしまうようなアンテルモンドの働き方です。

あるとき、日本からアンテルモンドを訪れた人が「何時に帰宅されるのですか?」と何気なくママドゥさんに聞いたら、「疲れたときに帰ります。」との返事。

また「昼ご飯は何時に食べるのですか?」と聞いたら、「お腹が空いたときに食べます」との答え。
こうした答えはまさに「その通り!」と思いました。

アンテルモンド事務所の会議室でママドゥさんとミーティング

綾乃さんのお休みをつくる

そんな自由な働き方のアンテルモンドの中でも、というかそんなアンテルモンドだからこそ、なかなか綾乃さんの仕事が減りません。

働き方最先端のような自由なアンテルモンドのスタッフのようにはいかなくても、何事も「やってみせる」ことが大事だと、率先して綾乃さんと一緒に息抜きをすることにしました。買い物に行ったり、海で泳いだり、おいしいものを食べたりなど、休む、休む、働く、休む、休む、働くというのを、徹底的に肩の力を抜いてやってみました。

ひと月近く経ったある日、綾乃さんがつぶやきました。

「あるとき久しぶりにセネガルの音楽を聴いたらですね、音楽があることを忘れて仕事してた自分に気づいてしまったことがあったのですよ。音楽っていいなあ〜としみじみ思ったのです。私、そんなに肩に力を入れて、仕事しなくてもいいんだな、と原さんの働き方をみて、音楽に気づいたときのことを思い出しました」

「おお〜肩の力を抜くというのをやってみせた甲斐があった!」と喜びつつ、20数年前、1人でインドに駐在していた頃の私の姿がまた重なりました。インドでの駐在をはじめて、最初の5〜6年間は綾乃さんのように仕事、仕事、仕事という時期がありました(今の綾乃さんの5分の1の仕事量やスピードだったかもしれませんが、私にしては猛烈な仕事量、高速スピードでした)。今の駐在2年目の綾乃さんの「頑張ってしまう」働き方は、身に覚えのあることなのです。

その当時の反省から、数年かけて、一生懸命、肩の力を入れないようにしてきましたので、50歳に近づいた現在では、かなり肩の力を抜くことが出来るようになりました。しかし、今度は一体どこに力をいれるかわからなかったり、力を入れたいときには肩こりがひどかったりと、脱力状態が続いています。

セネガルに来て、少し脱力状態から回復するかな、と期待したのですが、アンテルモンドの最先端の働き方を見せられ、「私などまだまだ〜」と実感。さらなる脱力状態を目指そうと思っているところです。


(ムラのミライ 研修事業チーフ 原康子

2019年8月15日木曜日

セネガルからのお便り 〜プロジェクト&研修報告以外のお話編 その1

はじめに:「報告書」ではない理由を800字以内で述べる


皆さん、こんにちは。

このお便りは私、原康子が7月2日から8月28日までNGOスタディ(注1)という研修制度 で訪れているセネガルからお伝えしています。
アフリカ大陸最西端の地が見えるところにも行きました
もう帰国してしまってから、皆さんにお便りしている可能性大なのですが、そこはセネガルと日本の1万4千キロという距離と、時差(注2)のせいということにしておいてください。

「NGOスタディって何?」
「セネガルで何の研修を受けているの?」
「研修とか言って、ホントは、夏休み(ヴァカンス)なんじゃないの?」
という疑問をお持ちの方もおられると思います。

帰国後、真っ黒に日焼けした私の姿をみた方は、その疑問が確信に変わるかもしれませんが、研修のお話は追々することにして、今回はセネガルでの研修やプロジェクト報告以外のお便りを中心にお伝えします。

それには理由が2つあります。

一つ目の理由は、日本も暑いでしょうし、セネガルも暑いので、ちょっといつもの報告以外の、のんびりとしたお話を夏休みスペシャルでお伝えしたかったという点。
スーパーの魚売り場の氷に突き刺さるセネガル国旗カラーのパプリカ


二つ目は、私の反省からくるものです。

インドやネパールにいた頃から、そしてどこの国に仕事に出かけても、「ワタシは○○プロジェクトの担当でこの国にいるのだから」と、プロジェクトのことばかり書いていましたし、プロジェクトのことで本まで出していました(注3)。

「○○プロジェクトでその国に行っているのに、それ以外のことをやっているのではないか?」と思われてはダメだとか、「仕事をしている(研修に参加している)アピールをしなければいけない」とか、自分でプロジェクト以外のことを書くこと、写真を撮ることなどに、勝手にブレーキをかけていました。もちろんそれは、税金や寄付金を使わせていただいているプロジェクトであれば、当然のことです。今回のセネガルでの研修もきちんと研修報告書を提出し、公開もする予定です 。(注4)

しかし、その国に行ってみなければわからない、見たこと聞いたこと、出会った人のことなどは、こうした報告書には全く書けません。

というのも報告書というは、事前に枚数や字数が決まっていて、さらに渡航する前から計画書が決まっていて、さらにその計画書にあること以外を書くのは歓迎されないことが多いのです。

長年、そんな報告書ばかり書いてきたものですから、プロジェクトや研修報告以外のことは書かないようにしようという体質になってしまったのだと思います。そんな反省から、今回はいさぎよくプロジェクトでもなく、研修でもない、セネガルで見聞きしたことをお伝えしようと思ったのです。

注1 外務省「NGOスタディ」というNGOスタッフへの研修制度があり、それに応募したところ「アンテルモンド」というセネガルの団体で、「循環型有機農業をテーマにした住民参加型の研修が組み立てられるようになる実地研修」を受講できることになりました。セネガル滞在中はダカールから車で2時間ほどのンブール県内の民宿に滞在しながら、アンテルモンドが所有する3ヘクタールの農場に通っています。

注2 セネガルと日本の時差は9時間。日本のお昼の12時は、セネガルの午前3時です。

注3 原康子著「南国港町おばちゃん信金〜支援って何?おまけ組共生コミュニティの創り方〜」新評論2014年

注4 NGOスタディの報告書は外務省のページで公開予定です。

1)やっと本題、セネガル便り:最初の3回は綾乃さんのこと

前置きが長すぎまして、読者の皆さんがお疲れになったような気がします。お待たせしました、やっと本題です。最初にご紹介するのは、菊地綾乃さんのお話です。

2017年5月からムラのミライのセネガル駐在員としてダカールで暮らしつつ、プロジェクト地のンブール県まで車やバスやタクシーや馬などを乗り継いで通っています。

秋田県の出身で、イギリスの大学院の修士号を持ち、ベナンやバングラデシュでの海外経験があり、福島の障害を持つ方の施設でのボランティア経験があり、フランス語、英語、ウォルフ語(セネガルで使われている現地語)、秋田弁を巧みに操り、関西弁リスニングを難なくこなします。

年間330日ほどセネガルに赴任しているので、京都に住んでいる私はこれまでなかなか綾乃さんと一緒になる機会がありませんでした。私はセネガルのプロジェクト担当でもないので、綾乃さんとメールでやりとりすることも少なく、年に1回の総会前後の会議で会うくらいでした。

こちらに来て、1日、2日と綾乃さんと一緒にいる時間が長くなりにつれ、「なんと、素敵なひと!」ということがわかり、まず3回にわたって綾乃さんのことをお伝えします。その1は、「通訳と綾乃さん」です。その2は「小銭入れと綾乃さん」、その3「バッグと綾乃さん」と続きます。

1−1)通訳と綾乃さん


言葉が出来ない私


セネガルでは、フランス語が公用語です。

しかし、私はフランス語がさっぱりできません。

「そんな地で研修なんて出来るの?」と呆れる方もおられるでしょうが、研修中は通訳してもらっているので安心です。問題は、それ以外のときです。

滞在中の民宿のスタッフにちょっとした相談があるとき「ガラスのコップを割ってしまったのでホウキとちりとりを貸してほしい」とか、アンテルモンドのスタッフに「A4サイズの紙がほしい」などの用事を頼むとき、お店で「おつりがどうも少ない?」と感じたときなど、そばに綾乃さんがいると、ウォルフ語に通訳してもらうことになります。通訳してもらいながら、ふと自分がインドに駐在していた頃を思い出しました。

蘇る20数年前の私


当時、ちょうど今の綾乃さんの年齢くらいだった私は、インドのムラのミライのプロジェクト地を訪れる日本人の方の通訳をすることがたびたびありました。よくテルグ語(インドで使っていた現地の言葉。日本でも公開されたテルグ映画「バーフバリ」で使われている言葉)や英語で通訳していました。綾乃さんの流暢なウォルフ語に比べれば、かなりいい加減な英語やテルグ語でしたが。

綾乃さんは会う度に、セネガルのカラフルな民族衣装を着ているのですが、そんな民族衣装を着て、通訳してくれる姿も、インドの民族衣装(サリーとかパンジャビドレスという上下)ばかりを着ていた当時の自分の姿に重なります。洗濯の繰り返しで、色の褪せた民族衣装のよれっとした感じ、現地の食べ物ばかりをモリモリと食べる姿も自分の姿と重なるのです。

ただ、つるつると小麦色に焼けた綾乃さんの姿と、カサカサと日焼けした現在の私の姿はさっぱり重ならないのですが、それはさておき。
アフリカの布を使った服を着る綾乃さん
上の写真に並べて「20年前のインドの民族衣装を着る筆者」の
写真を載せようとしましたが、デジタル写真でないのと
その他の理由で思いとどまりました


20数年前の自分の姿が綾乃さんに重なると同時に、私に通訳されていた日本から訪問者の方たちの姿は、現在の自分に重なります。

「ああ〜日々の小さなことが、なかなか相手に伝わらなくてもどかしい〜。」という一方で、「あれこれ面倒な交渉も、言葉が出来ないと、通訳さんに頼れて、楽ちんだなあ」とか。

今更どうにもなりませんが、綾乃さんに通訳してもらいながら、反省もします。

水のボトル一本という買い物も、お店まで一緒に付いてきてくれて、丁寧に通訳してくれる綾乃さん。彼女が私にしてくれるように、20数年前、日本からの訪問者の皆さんに通訳できていただろうかと。今後、セネガルで私が綾乃さんに通訳することはないでしょうから、日本や他の国に行って通訳をすることになったときは、綾乃さんを思い出そうと思うのでした。

携帯電話で日本語


綾乃さんはセネガル赴任してから習い始めたというウォルフ語が、とても流暢です。彼女の携帯電話は鳴りっぱなし。かかってくる電話の9割くらいは、ウォルフ語でやりとりをしています。

あるとき、珍しく日本語で電話をかけているのを見ました。「こんにちは、ムラのミライのきくちあやのです」と言いたかったようなのですが、舌を噛んでしまい「けくちあやのです」と言っていました。「ウォルフ語にない発音が、難しくなってるんだ」と、とても感心しました。「セネガルの人には、Kが続くKIKUCHIという発音が難しくて、なかなか名字は覚えてらえないんですよ〜」と話していたのを思い出したからです。

私が一緒のときは、なるべくウォルフ語と日本語の通訳をしてもらって、日本語を思い出してもらおうと思いました。「要するに、フランス語もウォルフ語を覚えるのが面倒なのでしょう?」という読者がいたら、それは考え過ぎというものです。
綾乃さんに村で通訳してもらう筆者

本屋でウォルフ語の辞書を見つけて、嬉しそうな綾乃さん


1−2)小銭入れと綾乃さん

ある日、ダカール市郊外にあるアンテルモンドの事務所に向かう途中、大渋滞に巻き込まれました。クーラーの効かない車の窓を全開にして、少しでも風が入ってこないかと外を見ていると、渋滞で数センチずつしか動かない車と車の間をぬうようにして、次から次へ物を売りの人たちがやってきました。売っているものは、バナナ、みかん、カシューナッツ、車のワイパー、ティッシュペーパー、水、大きめの扇子、USBケーブル、洗剤など様々です。どんな商品が売られているのかと、飽きずに見ていたのですが、言葉が出来るわけでないので、ただ見ているだけです。

インドにいた頃など、物売りの人と目が合おうものなら、ものすごい勢いで「買え、買え」と迫られ、買うまで車のあとを付いてこられることもしばしばだったので、なるべく物売りの人と目を合わせないように、最初は商品を見てないふりをして、見ていました。しかし、セネガルの物売りの人たちは、物静かに「買ってくれないかな?」という感じで近づいてきて、2回ほど「いまは要らないです」と手振りで伝えれば、すぐに次のお客さんを探しに行くので、とてもあっさりしていました。

綾乃さんは、物売りの人たちに話しかけられれば、「みかんは1キロいくら?」とか「このUSBメモリーはどこの国の製品?」「この扇子は素敵だけど、大きすぎて、バッグに入らないから要らない」など、ウォルフ語で話し始めます。渋滞を利用しておしゃべりを楽しんでいるかのようでした。

こうした物売りの人たちに混じって、子どもの物乞いがヨーグルトの空き容器を片手に、車の窓から小銭や食べ物を恵んでほしい、と綾乃さんに話しかけてきました。話しかけれてすぐ、小銭入れをカバンから取り出し、子どもに小銭を渡す綾乃さん。小銭をもらって去っていく子どもの背中に向かって「車があぶないから気を付けなさいね」と一声かけ、また小銭入れをバックに戻したのです。この一連の流れに全くのムダがなく、あまりに自然な動きで、私は心を打たれたのでした。最後の一声など、まるで知り合いの子どもに声をかけるような様子でした。


物乞いする少年の後ろ姿(注:ダカール市内の渋滞のときではありません)

その後、その小銭入れが素敵だったことを思い出し、後日、見せてもらいました。2011年の東日本大地震の後、福島の障害者の方の施設でボランティアをしていた際、その施設で作られた小銭入れを買ったのだそうです。

思えば、2019年6月、ムラのミライの2018年度活動報告会のときも、綾乃さんの、ぽつりとつぶやくひと言に感動したことがありました。報告会は綾乃さんのセネガル事業の報告から始まったのですが、小さなお子さんが椅子に座っているのに退屈し、会場内をよちよちと歩き始めたのでした。その時もサラリと「今日は、小さいお子さんにも参加してもらえて、心が癒されます」と一声添えてから活動報告を始めたのでした。そのあまりに自然なひと言に、他の参加者もほっとして、報告会が和やかな雰囲気で始まったのでした。

さて綾乃さんが小銭を少年に渡した自然な姿に感動して以降、自分も実践しているかというと、そういうわけではなく、小銭をあちらのカバンのポケットに入れてはなくし、こちらの服のポケットに入れてはなくし、という具合に、まず小銭がなくなる状態をなんとかせねばなりません。おそらく小銭入れを持ったら、その小銭入れをなくしそうです。ムダのない動きで、物乞いの少年に小銭を渡し、「気をつけなさいよ」と声をかけられるようにはなかなか時間がかかりそうです。しかし、物乞いの少年から「おばちゃん、ちゃんと同じところに小銭をしまっておかないとダメだよ」と注意される日は近そうです。
綾乃さんの小銭入れ

1−3)バッグと綾乃さん

ムラのミライのスタッフとしては1人でセネガルに駐在する綾乃さんは、やっぱり仕事が多くなってしまいます。もちろん綾乃さんだけがセネガルの事業をしているわけでなく、アンテルモンドのスタッフもファーマーズスクール(私が研修で通っているところです)のスタッフもとてもたくさんの仕事を同時にこなしています。

しかし、フランス語、ウォルフ語、日本語を扱い、パソコンもスマホも使いこなせる人は綾乃さん以外におらず、結果、1人で何役もこなすことになっています。

おそらくアンテルモンドの事務所中で一番忙しい人ではないかと思いますし、ムラのミライのスタッフの中でも抜群に仕事量の多い人です。一方、抜群に仕事量が少ない代わりに、抜群に口数が多い私。研修の合間をみつけては、何かと綾乃さんを手伝おうとするのですが、手より口が動いてしまい、綾乃さんの仕事を減らすどころか、逆に増やしてしまっている感が大です。

それはさておき、綾乃さんの仕事量の多さは持ち運ぶバッグの数からも伺えます。

最初の写真は、8月に一緒に村に行った時のことです。ファーマーズスクールのスタッフが綾乃さんと同じ村に行く、というので私も付いて行きました。その時の荷物の数が3つ。
荷物が3つのとき

これまでの20数年間、私も様々な国で、何人もの人たちと村を訪れましたが、畑の中で村人の話を聞くという日に、3つの荷物を抱えて行く人は綾乃さんが初めてでした。

「何が入っているの?」を聞くと、「もしものときに、この書類も、あの書類も必要なるかもしれないから」と、書類棚ひと棚分相当のファイルや書類をバッグに入れて持ち歩いているようなのです。この日は、荷物が3つでしたが、畑を歩く予定だったので、綾乃さん的には少なめの日だったそうです。

小柄な綾乃さんなのですが、軽々と3つの荷物を肩にかけて、畑を歩いているのをみて、「1つ持とうか?」と気軽に声をかけたのですが、肩にぐっと紐が食い込む重さで、断念。綾乃さんは「大丈夫、大丈夫、今日はそんなに重くないですから」と言うのを、今度は村の人が見かねたのか、1つ持ってくれました。

話はそれますが、セネガルに来てからというもの、何かと相手を見上げて話しをする機会が増えました。「実は、私も小柄な方だったのだ」と人生で初めて思う日々です(筆者の身長は170センチ)。

話を元に戻して、次の写真はこれからンブールの宿を発って、セネガルに戻るという日の綾乃さんの写真です。
荷物が6つのとき

この姿をみて、畑を歩いていたとき、「今日はそんなに重くないですから」というひと言に納得。私にはとても重そうなこの大荷物なのですが、この日も、荷物を6つも持っていているのに、なんとも爽やかに、軽々と歩いていく姿をみて「ただ者ではない綾乃さん」としみじみと思いました。

さて、ここまで、綾乃さんのことを3回続けてお知らせしましたが、続いて綾乃さんには登場してもらいつつ、今度はアンテルモンドのスタッフの皆さんのことをご紹介しましょう。テーマは「働き方改革」です。

(ムラのミライ 研修事業チーフ 原康子

2019年7月30日火曜日

地域で助け合う、子育ての輪_第4話_「あなたのための報告書」完成!1.5キロ圏内のつながりが鍵

 【記録】「あなたのための報告書」完成!1.5キロ圏内のつながりが鍵(プロジェクトの記録 第4話)

「西宮で広げる、地域で助け合う 子育ての輪プロジェクト」の記録

第4話(2019年7月31日号)「あなたのための報告書」完成!1.5キロ圏内のつながりが鍵

執筆=原 康子 ムラのミライ研修事業チーフ

前回に引き続き、原が西宮で迎える産前産後の子育て実態調査についてお伝えします。
2018年12月、アンケート結果の集計やその分析が続いていましたが、アンケートやインタビューに協力してくださった方たちの回答は、育児も家事も一人で担っている産前、産後の女性たちの「助けて!」という声にならない声が聞こえてくるようでした。
まずは104人を対象にしたアンケート結果について、続いて59人の方に個別にインタビューした結果の一部をご紹介します。

産後の心の状態

たとえば、こんな回答です。産後に直面した悩みをいくつかの選択肢から複数回答してもらったものです。(0〜3歳の子どもがいる方:81名の回答)

・わけもなくイライラしておちつかない(49人)
・気分が落ち込んで涙がでてくる(35人)
・ばくぜんと不安になる(29人)
・わけもなく子どもやパートナーにあたってしまう(23人)
・他人との交流を面倒に感じる(21人)

相談できる人は家族が中心

「産前、産後の悩みを誰かに相談したことがありますか?」という質問には、8割の人が「相談したことがある」と答えていました。その相談相手は、7割以上がパートナーと母など家族や個人的なつながりのある人でした。一方、公的機関への相談はわずか3割弱でした。


相談できる人は近くて遠い

相談相手の1位となっていたパ−トナーに関する質問では、「最近パートナーと15分以上話したのはいつですか?」というものがありました。80人の回答者のうち30人近くが「1週間以上前」というものでした。
相談相手の2位は実母でしたが、約8割の人が実家から離れて暮らしているという結果もでました。
これらの点から、困ったときにすぐにパートナーと実母に相談できる状態ではないことがわかりました。

妻と夫が行った家事と育児の種類

相談できる人はすぐそばにいない。産後の心の悩みは尽きない。そのうえ、育児や家事の量は多い。1週間で妻/夫が行った家事の内容(種類数)を比較したのが次の結果です。


頼った人数の平均は2.08人

個別インタビューにご協力いただいた59人中、51人の人たちが悩み事を相談したり、具体的なサポートを頼んだことがあるという結果でした。では、その頼れる人の数は何人くらいだったでしょう。平均でわずか2.08人でした。
「8人」。
この数字は何だと思いますか?そうです、59人中の8人。産後に誰の助けも受けなかった人の数です。

1人で女性が抱え込む育児と家事

調査の結果、産後を迎えた女性たちが育児・家事を1人で背負っている、悩みを抱えていることが明らかになった一方、「助けて」とパ−トナーと実母以外に言えない状態が明らかになりました。

「助けて」と言えた人は?

一方で、59人中、わずか2人でしたが、頼った人の数が8人、9人という人もいました。この人たちの特徴は、家族や友人など、個人的なつながりだけでなく、公的な支援をいくつも活用していたことでした。
個別インタビューでは調査員が西宮市の地図を広げながら、自宅の位置に赤いシール、「頼った人」を黄色のシールで貼っていきました。



1.5キロ圏内のつながりが鍵

その結果、自宅から「頼った人」までの距離が、半径1.5キロ圏内にいた人が72%を占めていたことがわかりました。
私たちは、この半径1.5キロ圏内で、産前産後の悩みを相談したり、具体的な家事・育児の手助けをしたり、手助けしてもらったりする関係づくりが鍵だということが分かりました。


調査結果をギュッと凝縮したカラーリーフレット

細かな調査結果は、全60ページの調査報告書をぜひご覧ただきたいのですが、この「全60ページ」というのは、読むのにかなり気合いを入れなければならない分量です。
たとえ数ページでも「報告書」と聞くと、尻込みしてしまうのは、私だけではないはず。そこで、多くの人に調査結果を手にとっていただけるよう、報告書の中身をギュッと凝縮したA3両面カラー八つ折りのリーフレットを作成することになりました。

朝も夜もメッセージが続く

Facebookのメッセンジャーでグループをつくり、a little(ア・リトル)のようこさんが作ってくれたリーフレットのたたき台をもとに、調査チームのリーダーのア・リトルの*かなさん、そして原の3人で、「あーでもない、こうでもない」と**早朝も夜中もメッセージを送り続け、納得するまでリーフレットの中身づくりのやりとりをしました。
下記でご紹介するのは、何度目かの文章の訂正をしていたときのやりとりです。

ようこ「“孤独な子育て”の記載が十分でないような気がする。」
かなこ「個別インタビューで、“産後に辛かった”というデータがあったよ。他にも“産前にもっと自分の身体と心について知っておきたかった”、“産後にこんなに辛くなるなんて思いもしなかった”とあったし、こうした声もリーフレットに載せようか?」
やすこ「そうしよう。あとは、アンケート結果の女性の家事・育児の分担量、産後に頼った人などの数字も女性の孤独な子育てにつながっていると思うので、リーフレットに載せようか?」
ようこ「数字のところは円グラフがいいかも。リーフレットでは、“孤独に子育てをしていることに気づいてほしい、そして家族以外にもSOSをだしてほしい”というメッセージを全面に出したいな。“1人で頑張りすぎていませんか”と最初にひと言つけたいと思うのだけど、どうかな?」
やすこ「それは、いい考えだと思う。そのひと言、ぜひ入れよう!」
かなこ「そのメッセージ、いいよね。ようこさん、ありがとう〜。」


あなたのための報告書

こうしたやりとりを何度も続け、他の西宮プロジェクトのメンバーからのコメントも反映して、完成したのがリーフレット「あなたのための報告書」です。

リーフレットは、こんなメッセージで始まります。


近くに頼れる人はいますか?
1人でがんばりすぎていませんか?
半径1.5kmという距離はあなたのための距離です。



リーフレットには、半径1.5キロでサポートを活用した方たちのコメント、調査結果、西宮市で利用可能な公的な子育・家事のサポート一覧を記載しました。

ムラのミライは、これまでに何度も調査報告書を作ってきましたが、わずかA3サイズ両面という分量で、こんなふうにメッセージを伝える報告書を作ったことは1度もありませんでした。ア・リトルと一緒だったからこそ、忙しい子育て中の方でも手に取ってもらえるようなリーフレットを完成できたものだと思います。

イラストはどのページもとても素敵ですが、私が特に気に入っているのが、この赤い線を引くコンパスが描かれたページです。

赤鉛筆で、途中まで線が引かれています。


1人だけで子育てや家事をがんばり過ぎる必要はなく、コンパスの針を自宅におき、そこから自分が動ける範囲で線を引いていけば、あなたと話をしたい、あなたと子育てや家事を分かち合いたいという人が必ずいますよ、という私たちのメッセージです。

西宮には、ア・リトルがいます。そしてムラのミライも。

調査から得られた学びを生かして

ア・リトルとムラのミライは、2018年度、1年間かけて行った調査の結果から得られた学びを2019年度の活動に反映させました。

それは自宅から半径1.5キロ圏内のつながりを作ってゆけるような仕組みを生み出す講座や取り組みです。

例えば、産前産後のカップルを対象にしたパートナーシップ講座、そして地域子育てサポーター養成連続講座、そしてその両方の講座参加者をつなぐ「ファミリースタート」という産前・産後の方のご家庭を訪問する活動です。
次回からはこうした2019年度の新しい活動の数々をご紹介していきます。

「西宮で迎える産前産後」調査報告書まとめ

●アンケートに協力いただいた産前産後の方:104人、個別インタビューに協力者: 59人(104人のうち)
●調査チーム:9人(ア・リトル:7人+ムラのミライ:3人)
●「西宮で迎える産前産後」調査報告書:60ページ
●「あなたのための報告書」: A3カラー両面リーフレット

ダウンロード

「あなたのための報告書-a little for you-」子育て中の104名の方の生の声が聞ける調査報告書のダウンロードはこちらから

調査報告書とリーフレットができるまで

2018年4月〜6月

・調査担当チーム決め、調査の目的、調査票づくり、インターネットアンケート調査試験運用、調査員の研修(個別インタビューの試験的実施)、アンケート協力依頼チラシの作成と配布

2018年7月〜10月

・ インターネットアンケート開始、SNSやブログ、チラシでの調査協力PR、6人の調査員による個別インタビューの実施、月例ミーティングで進捗報告、個別インタビュー日程調整、調査票の回収と調査員への支払

2018年11月〜12月

・ 12枚の地図を2つの地図(つながりの地図と訪れた場所の地図)に統合、インターネット104名のアンケート集計、59人の個別インタビューの回答集計、調査員による報告(感想)とそのまとめ

2019年1月〜3月

・ 調査報告書作成、報告書要約版A3両面カラーリーフレット「あなたのための報告書」作成

目次へ

プロジェクト通信 第1話へ
プロジェクト通信 第2話へ
プロジェクト通信 第3話へ
プロジェクト概要へ

注釈
*調査チーム・リーダーのかなさん
59人の個別インタビュー回答用紙1枚1枚全てに目を通し、調査員が調査票の用紙の空いたスペースにちょっとメモした回答者のつぶやき「産後、朝が来ただけで涙がでた」「産後1カ月くらいから、この子を1人で育てられるかと不安になった」など、漏らさずまとめてくれました。
**早朝も夜中も
地域の活動をしながら、子育てをしながら、家事をしながら、ア・リトルの別の活動をしながら、西宮プロジェクトの他の講座をしながら、国内外に出張しながらと、3人ともリーフレットに取り組むことができる時間がバラバラだったので、作業できる時間に、それぞれが作業しながら進めました。

2019年7月23日火曜日

「水不足」と洪水の関係とは??

ムラのミライの和田、中田さんによる村での研修が行われた際の様子を少しだけご紹介いたします。

今回のキーワードは「洪水(水が溢れて家に浸水したりすること)」。
前回、「村に十分な水がない」と言っていた村人たち。その一方で、最近洪水が起こったという話も出ていました。
この「洪水」というポイントを取っ掛かりとして研修は始まりました。以下、Ndianda(ンディアンダ)村での研修のやり取りをご紹介します。

和田「この中で一番年上なのは?」
村人1「私です。57歳です。」
和田「あなたが覚えている限りで、最初に洪水が起こったのはいつですか?」
村人1「うーん、1960年代かな。」
和田「そのあとは?」
村人1「1990年から2000年の間かな」
和田「そのあとは?」
村人1「・・・去年。」
和田「今までなかった洪水が起きているようですが、いったい何が起きたのでしょう。」
村人2「雨の量が多くなったのかな。それとも・・・」
和田「じゃあその流れ出た水はどうなった?その水を使うことができますか?」
村人3「はい。水をためて、畑の水やりに使えます。」
和田「(ため池などに)残っている水ではなくて、あふれ出た水はどうですか?」
村人「・・・」

あふれ出て流れてしまった雨水はもう使うことができない・・・その事実を、和田は土壌の役割(雨水を貯えておく唯一の物質であること)や土壌侵食との関係(水を貯える土が流れてしまったこと)にも触れながら明らかにしていきます。こうして、村で起きている洪水の意味するところを理解していきました。


自分の足で村を観察する

さらに、実際にみんなで村を歩きました。干上がった井戸、根が露出したヤシの木、塩化した畑の土などを観察し、すべてが関連して「水不足」という現象として現れていることが明らかになっていったのです。
村で見たことをみんなで共有した後で、和田はこう言いました。
「あなたたちは洪水が起き始めた40年前から、土壌を守るために何もしてこなかったということです。そのために多くの水を失ってしまいました。このまま何もしなければ、30年もたったらンディアンダ村はなくなってしまうでしょう。」

この言葉の持つ現実味を、それまでの観察と説明から感じた村人たちは、どうしたら土壌を守り、水を貯えられるか、その対策をひたすらに考え始めたのでした・・・。

(セネガル事務所 菊地綾乃)

2019年7月16日火曜日

セネガル研修の一コマ~「今年は水がない?!」

農業をするには、まずは土と水を守ることが必要。
その基本の考えが実践に結び付くよう、根気強く復習をしています。
研修の様子をちょっと覗いてみましょう。

最初の村での一場面。

村人「今年は水が足りないので野菜栽培をしていないんですよ。
降水量が少なかったんです。」

和田「足りないって、何リットル足りないの?」
村人「それは今は分からないけど・・・」
和田「いくらの水が足りないか分からないで、どうやって足りないって分かるんですか?
「水が足りないというけれど、それはどういう意味なのか。いくら水があって、栽培にいくら必要で、そのためにはいくら不足しているのかが分からなければ、水が足りないのかどうか分かりませんよ。」


実際に必要な水の量はいくらなのか?

村人「昔は水が豊富だった。降水量も多かった。」
和田「それはどうやって知ったの?」
村人「昔はモロコシを植えていた。モロコシは粘土質の土壌で良く育つんだ。
そのころは雨がたくさん降ったから植えられたということだよ。」
和田「それは何年前?」
村人「30年前かな。今は気候が変わったから、モロコシ栽培をやめて、違う種類に変えたんだ」
和田「今と昔で何が変わったのかな?昔は雨が多くて、今は雨が少ないのは?」
村人「昔は農業をする人が少なかったけれど、今は農業用地の範囲が増えたから?」
別の村人「…そういえば、昔はここにたくさん森があったけれど、今は消えてしまった。」
和田「森の役目は何?」
村人「うーん・・・南のカザマンス地方には森がたくさんあって、それで雨がたくさん降るな。」

和田「ふむ。ここで疑問が二つあります。
それは、あなたたちが木を切ってしまって、それで雨が降らなくなったのか。
それとも、神が怒って雨を降らなくしてしまったのか、どちらでしょうかね。」
村人「それは難しい質問だね。」

和田「言い換えれば、解決策は二つあって、もし神が怒ったのなら、モスクに行ってお祈りすること。でも森がなくなったからだとすれば、森を作り直すこと。
このまま続けていたら10年後にはこの村は地図から消えてしまうかもしれないよ。」
村人「・・・」

和田「今の状況は長い年月を経てきた結果、長い間何も対策をしてこなかった結果です。
水を確保する方法もお話しましたが、本気で向かい合ってこなかった。
そして今になって「水がない」と言っている。
土と水を守る対策をしたら時間はかかりますが数年で成果は出ます。それをする用意はできていますか?」

「水がない」ことへの取り組みの本気度を再度問われた村人たち。
さあ、この耳の痛い言葉に対して、村人たちはどう反応するのでしょうか。

(セネガル事務所 菊池 綾乃)

2019年7月10日水曜日

セネガル研修「このヤシの木、なにか変?!」

ムラのミライ和田によるセネガル研修のワンシーンをご紹介しています!

村のある畑で。
和田「この畑に3本のヤシの木があります。よく見ると1本は他の2本とは違います。
種類が違うわけではなく、発育も高さもほとんど同じです。一体何が違うのでしょうか。」

研修生たちは研修最初のこの質問に不意を突かれながらも、考え始めます。
遠くからでは分からないのでヤシの木のところまで行って、3本の木を上から下まで観察します。

研修生「中央の一本だけ、幹の下の部分の形が違う。まっすぐではなく、膨れている。」
別の研修生「木の根がしっかりと地中に埋まっていない。」

和田「それはどういう意味かな?」

研修生「地面がなくなった?」
和田「そう、つまり地表は以前はもっと上にあったといういうことだ。
それが、いつのことかは知らないが、雨水などで土の表面が削られたんだ。」

「では、この畑にあるもの、利用できるものを使って、土を守る計画を作ってみましょう。」

和田が投げかけたこの課題により、研修生たちによる熱い議論が始まるのでした。
研修生1「畑のここに、この方向で小さな土手を作って、植物を植えるんだ。」
研修生2「いやいや、雨はこっちの方角から流れてくるから、この方向に植えないとダメだよ。」
研修生3「いやいや、ここにも何か対策をしたほうがいいんじゃないの?」

とにかく熱い議論でした!


そんなこんなで研修も終わりに近づいた頃。
「どうして私たちは畑でこの研修をしたのか分かる?」と和田。

和田「それはね、畑で起きている現実を知るため。土の声を聴くためだよ。
もしあなたたち農家と土の関係がよい関係なら、土は満足している、そう言ってくるんだ。けれど、時には土の悲しみも聞こえてくる。
あなたたちも畑の土と対話してごらん。土は喜んでいるかなと。」

研修生たちは苦笑いしていましたが、農業には土の存在が欠かせない。土の状態によって農業が左右されます。その土を労わるのか、痛めつけるのか、ということを問われている気がしました。

そして最後に、
「今から2~3年後には研修でやったことを実践しているのを、見に来てください。」
そういった研修生の言葉が印象的でした。

数年後に良い土と水を蓄えた畑になるように、研修生たちは何を実践していくのでしょうか。楽しみにしましょう。

(セネガル事務所 菊池 綾乃)





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2019年7月2日火曜日

助ける勇気、助けられる勇気(活動報告会参加報告その2 西宮・子育て編)

後半、西宮での子育て事業の活動報告。
女性の自立を支援しているa little(ア・リトル)の坂本さんによる説明、また子育て事業に携わっている原さん、山岡さんとの座談会もあり、にぎやかになりました。
お話の中で、私の印象に残ったポイントが幾つかありました。

①助ける⇔助けられることの両立(共生)を目指すということ。 
私が驚いたことが、調査によって「産前または産後に誰のサポートも得なかった女性が一定数存在する」ことが明らかになったことです。心身ともに不安定な時期だからこそ、誰もが助ける、そして助けられる仕組みづくりの重要性を痛感しました。

② 半径1.5km以内に、行政や親戚などサポートを受けられる人がいるという調査結果。
何かあったときに頼ることのできる存在が1.5km以内にいるという安心感は、ないと感じる場合よりもとても大きいなと想像しました。「一歩」外に出て助けを得ることで、日常の大きな支えになります。

それぞれの持ち味を活かした支援

自分の時間、夫婦の時間を持つこと。
自分の時間や、パートナーとの時間を改めて作ること。聞き取り調査では、「最近の一週間で15分以上、パートナーと話したのはいつですか?」と質問をしたそうです。すると、15分以上の会話をしていた夫婦の数が驚くほど少なかったとのこと。日常の忙しさの中では、ゆっくり考えたり家族と話したりする時間がなかなか持てないのだな、というリアリティを感じました。なので、パートナーシップ講座が、夫婦間の情報格差を埋め、主に男性がより育児に協力できる機会提供の場としても、印象深かったです。

出産や育児の悩みは、個人個人のものに見えて、社会全体の課題であり、誰もが参加できる空間づくりはこれからも重要です。子育てにとどまらず、助ける勇気、助けられる勇気を持てる人でありたいなと感じる報告会でした。

(笠見 友香 ムラのミライ インターン)

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