2026年3月3日火曜日

「水破産」の時代に生きるということ (1)


第 7 回「SDGs 岩佐賞」を農林水産・食の部でムラのミライが頂きましたので、受賞の直接の理由となった水と土の保全で、ムラのミライがどのような取り組みをしてきたのかを、お話ししようと思います。

ところで、この一文のタイトルが、ずいぶんとセンセーショナルなのが、気が引けますが、これは私の造語ではありません。

「水破産」、英語では「Water Bankruptcy」。

この言葉は、国連大学の「水、環境、健康研究所」が今年2026年に出した報告書のタイトルに使われています。正しくは、「Global Water Bankruptcy」、地球規模で水が破産状態にあるということですね。副題に「Living Beyond Our Hydrological Means in the Post-Crisis Era」とありますから、「危機の後の水資源の限界を超えた時代に我々は生きている」と言うことでしょうか。
危機などという時期はもう過ぎている、すでに水資源は破産状態だと言うのですから、穏やかではありません。でも、「相当やばい状態だぞ」というのは、この20年ほど私たちムラのミライのメンバーが現場で感じ続けていたことです。そして、この20年ほど、ムラのミライはこの「やばい」状態をなんとかする闘いを、微力ながら続けてきたと言えます。



私たちが、何を見、何をしてきたかを述べる前に、この国連大学の報告書で言う「水の破産」状態とは何を指すのか、巻頭の要約の部分の記載を見てみましょう。この要約では、水の破産状態を12の見出しで紹介しています。

1.        地球は世界的な水破産時代に入った。

2.        数十億人が水不足に苦しんでいる。

3.        地表の水は広範囲にわたり減少している

4.        湿地帯は大陸規模で消滅させられてきた。

5.        地下水の枯渇と地盤沈下は後戻りができないほど広範囲にわたっている。

6.        氷圏の減少は、重要な「水の貯蔵庫」の消滅につながる。

7.        主要な農業地帯で水資源が枯渇しつつある。

8.        土地と土壌の劣化が水につながるリスクを増幅させている。

9.        干ばつの人為的要因が増大し、それに伴う損失が非常に高くついている。

10.     水質の悪化により、利用可能な水資源が縮小している。

11.     惑星規模の淡水境界が越えられた。

12.     既存の水資源管理と課題の設定はもはや目的に適わなくなった。[1]

 

会社で言うと、経営危機という状況ではなく、すでに破産してしまっていると、最大限の表現で水資源の状態を表現していますね。もう本当に後がないのだよ、と。

いわゆる先進国の都会に住んでいると、水資源の危機(もう危機と呼べる時期は終わっているのでしたね)と言われてもピンときません。だって水道の蛇口を捻ると水がジャブジャブ出てくるのですから。それに夏になると、近年決まって大雨、洪水の災害のニュースが飛び込んできます。これって、水が必要以上にある、余っているのでは、などと思わせるような印象を与えますよね。しかし、実は毎年の洪水と水の破産状態は、同じコインの裏と表、同じ原因に基づいています。このことは、おいおい説明していきます。


ところで、上記の「破産状態」の項目のうち、私たちムラのミライに直接関わっているのは、7番目と8番目の項目です。何せ、ムラのミライは、団体の創設以来主に関わってきたのは農村です。私も、主な国を挙げるだけでも、インド、ラオス、ネパール、インドネシア、イラン、ケニア、セネガルで多くの村をつぶさに観察してきました。これから、そこで何を見てきたのかをお話しするのですが、その前に、上記2項目、

7. 主要な農業地帯で水資源が枯渇しつつある。

8. 土地と土壌の劣化が水につながるリスクを増幅させている。

のそれぞれが、どのように要約されているのか、ざっと全体の状況を理解するために、少し長くなりますが、引用しておきます。

まず、農業地帯での水資源の枯渇については、こうあります:

世界の淡水取水量の約70%が農業に使用されている。約30億人と世界の食糧生産量の半分以上が、地表水・土壌水分・積雪・氷河・地下水を含む総貯水量が既に減少中または不安定な地域に集中している。17000万ヘクタール以上の灌漑農地(フランス・スペイン・ドイツ・イタリアの国土面積を合わせた規模に相当)が、高いまたは非常に高い水ストレス下にある。[2]

 

また、土地と土壌の劣化については、以下のようです: 

世界の農地の半数以上が現在、中程度から深刻な劣化状態にあり、土壌の保水力を低下させ、乾燥地帯を砂漠化へと追い込んでいる。塩害だけでも、約8200万ヘクタールの天水耕作地と2400万ヘクタールの灌漑耕作地——合わせて1億ヘクタール以上の農地——を劣化させ、世界の主要な穀倉地帯の一部で収穫量を減少させている。[3] 

ここで注意しておかなければならないのは、上記の現象は全て人為的行為によってもたらされたということです。そのことは、このレポートの本文にもはっきりと書かれています。以下がその引用です。 

世界の主要な帯水層の約70%が長期的な減少傾向を示しており、その多くは帯水層の圧縮や貯留能力の喪失により、人間の時間尺度では事実上不可逆的な状態にある。並行して、農業由来の塩分・硝酸塩・農薬汚染、産業・鉱業汚染、深層揚水により溶出する天然ヒ素・フッ化物により地下水質は劣化しており、一部の帯水層では物理的には存在するものの、経済的・生態学的に利用不能な状態となっている。[4] 

さらに、こう続けられています。 

世界の農地の50%以上がすでに中程度から深刻な劣化状態にあり、土壌の保水力を損ない、乾燥地帯の砂漠化進行を加速させている。塩害だけで約8200万ヘクタールの天水耕作地と2400万ヘクタールの灌漑耕作地が劣化している (合計面積はフランスとスペインの国土を合わせた面積を上回る)。これにより土壌肥沃度が損なわれ、地下水や地表水が塩類で汚染され、世界の主要穀倉地帯の一部で収穫量が減少。地域・国家・地球規模で食料安全保障、健康、生計が直接脅かされている。[5]



なぜこんなことが起きるのか、結論から言ってしまえば、水の使い過ぎです。あるいは、水を使いすぎることを前提とした農業を、この数十年続けてきたことの結果としてこのような危機的状況、いや破産状態でしたね、になっています。でも日本は大丈夫だ、などと思っていたら、それは戯言です。日本の食料自給率がカロリーベースで38%だということは、よく知られていますね。

つまり、私たちは、自分たちが食べるものの6割以上を輸入に頼っているわけです。国産の肉も、その飼料はほとんど輸入に頼っているわけですから、輸出元で水資源が枯渇すれば輸入している食料が途絶える可能性だってあるわけで、畜産業はそのものが成り立たなくなることもありうるわけです。 

さて、前振りが長くなりましたが、これからが本題です。昨年の3月まで、土と水の保全のプロジェクトをしていたセネガルの話からしましょう。

 

続く


出典
[1]GLOBALWATER BANKRUPTCY -Living Beyond Our Hydrological Means in the Post-Crisis Era-“United Nations University Institute for Water, Environment, and Health Richmond Hill, Canada, 2026  p10

[2] ibid. p11

[3] ibid. p11

[4] ibid. p28

[5] ibid. p28 


和田信明ムラのミライ シニアコンサルタント)

2025年11月10日月曜日

多職種で連携するために

ムラのミライの山岡です。今回は、講師派遣先である全国小規模保育協議会 医療的ケアチャプター様のご協力をいただき、保育者向けのメタファシリテーション体験セミナーについて、研修内容や参加者の声をご紹介します。


多職種で連携するために

まだ夏の暑さが残る9月、私は神戸市にある(特活)こどもコミュニティケアを訪問しました。こどもコミュニティケアさんも所属する全国小規模保育協議会 医療的ケアチャプター様から講師派遣の依頼をいただき、メタファシリテーション研修を行うためです。
研修は90分で、全国組織であるため対面とオンラインハイブリッドでの開催でした。参加者は、小規模保育施設で医療的ケアが必要な子どもたちの保育を行っている施設管理者、保育士、看護師、言語療法士など約30名。みなさん大変熱心に聞いて下さり、ワークにも主体的に取り組んで下さいました。


子どもの権利とメタファシリテーション

研修では、以下のような5つの内容をお話ししました。

・子どもの権利の紹介

・コミュニケーション・セルフチェック

・メタファシリテーション3つのルール

・事例紹介(管理者と保育士が、現場での課題を振り返る編)

・練習問題

ムラのミライでは、子ども・子育て支援者を対象とした研修は、まず「子どもの権利」の紹介から始めています。それは、子どもの権利を知っていただき、子どもの権利を尊重する手段の一つとして、メタファシリテーションを活用して欲しいと考えているからです。



次に、自団体のコミュニケーション・セルフチェックには、3月に発行した『子ども・子育て支援活動サポートブック』のチェックリストを利用しました。みなさんの組織では、いくつチェックが付くでしょうか?チェックが2つ以上付いたという方は、サポートブックに他団体の事例が掲載されていますので、ぜひ読んでみてくださいね。



保護者の話が聞けないのは、「人手不足」が原因?

事例紹介では、管理者がスタッフの課題を整理できなかった事例と事実質問への置き換え例をご紹介しました。

<登場人物>

・スタッフ(保育士3年目):保護者から子どもの話をうまく聞けないと悩んでいる

・マネージャー(保育士10年目):管理責任者、現場での課題を知り保育の改善に繋げたい

下図のような会話、みなさんの職場でもないでしょうか。マネージャーは、『人手不足だけが本当に課題なのか』と疑問を抱きながら、その場を離れてしまいます。

 さて、ここでクイズです。仕事で「保護者(クライアント)の話が聞けなくて…。」と悩んでいる部下の話を聞く時、何を質問すれば、部下がその時の出来事を思い出して答えてくれるでしょうか?

1. なぜ、聞けないの?

2. どんなふうに難しかった?

3. 最近、いつ保護者(クライアント)と話した?


・・・答えは、3番です。1番のように、何があったかを聞く前に『理由』を聞いてしまうことで、忙しいから、人手不足だからなど、言い訳を引き出してしまいます。2番は、相手の認識から質問することで、何が起きたかが見えにくくなってしまいます。そこで、「最近、いつ〇〇した?」と実際に起きた出来事(事実)を思い出してもらいます。そして、「誰と何を話したのか、その前にも同じようなことがあったか」と時系列で聞いてみると、相手と一緒に課題を整理して、振り返ることができます。

最後の練習問題では、保育現場での支援者同士の会話の中から、事実を聞く質問と事実を聞けない質問を答えるドリルに取り組んでいただき、質疑応答に移りました。 参加者からは、保護者に子どもの状況を聞きたかった事例や、支援者間で情報共有をする方法などについてご質問いただきました。

また研修後、参加者から感想や実践報告をいただきました。『自分の質問の癖』に気づいた方や、保護者や子どもたちの状況を知るために、早速「いつ」質問を使い、『相手の状況把握』に役立てている方もおられました。今後も、保育や子ども支援の現場でこうした研修ができれば嬉しいです。ご参加下さった皆様、ありがとうございました!



<参加者の声>

・今回の研修で尋問にならない聞き方や、思い出しながら聞き出していく方法がとても勉強になった。医療機関受診のタイミングやこうした方がいいよなと思っていても、すぐに解決策やアドバイスをせず、話を聞きながら一緒に整理して、保護者が主体的に受診行動をとれるように関われたらいいなと感じた。

何を聞くべきなのか、把握しておくべきことは何なのかを自分の中で前もって考えておくことも必要であると思うし、問題を決め付けたまま質問を重ねるのではなく、相手と同じ目線で事実を確認していく中で、一緒に課題を見つけられるような姿勢も忘れずに持っていたいと思った。

・トラブルや課題のある話では、なんで?どうして?と聞きたくなるが、それを、いつ?の問いに変えることで、答える側は事実を思い出しやすくなることを知った。実際に演習する中で、すべての質問を「いつ?」に変えてみると、答えがはっきりと浮き出し、答えやすくなることを体験できた。

・講座の中で、講師の方から実際に事実質問を投げかけられたとき、とても答えやすく、そこから詳しく質問をしていただくことで思い出す内容がはっきりとしていくことを実感した。また、事実を知っていく質問の投げかけが、尋問となってしまわないよう、要所要所で相手の言葉を復唱し、共通理解につなげていく大切さを改めて学んだ。

・今回の研修で自分の質問の仕方ひとつで、相手から得られる答えが全然違ってくること、相手との関係性に大きく影響が出ることを学び、実際に保護者とのやり取りで実践してみた。
園での食事量が少ない子どもの保護者に「何時に朝ご飯を食べている?今朝は何を食べた?どれくらいの量を食べた?昨日は何を食べた?」と質問することで、朝ご飯を食べる時間が遅く、どのメニューであってもたくさんの量を食べていることがわかった。そして、この子どもはお腹があまり空いていないから園でのお昼ご飯が進まないんだなとアセスメントすることができた。

・特にスタッフへの言葉かけは難しく感じており、スタッフの困りごとなどを知りたくても、情報が少なくわかってあげられなかったことが多かったと思う。質問の仕方を変えてみるなど、本日教わった手法を取り入れてみたい。

・相手の話を聞きながら、すぐに自分なりに解釈してしまうこともあるなと気が付くとともに、俯瞰して聞く練習をしていきたいと思った。自己肯定感に配慮するというところでは、改めて大人も子どもも個人は尊重されていることを実感した。

・メタファシリテーション手法を意識して職場内の対話が進むと、お互いの自己肯定感や達成感を保ちながら、気持ちよく仕事ができると思う。まずは自分が実践できるよう今回の学びを少しずつでも活用していきたいと思う。

・メタファシリテーションの3つ目のルールに『求められないアドバイスはしない』とあり、アドバイスまでいかなくても、相手の話を遮ってしまうことや、先に提案をしたり、話をかぶせてしまったりする癖があるので、話したくなっても意識して我慢し、相手の主体性を大切に会話するようにしたいと思う。

・「メタファシリテーション」という言葉は、今まで私生活であまり聞かない言葉で、研修を受けるまでは具体的にどんな話が聞けるのだろうかと思っていた。実際に研修を受けてみると、とても身近な課題内容でした。特に日頃の子どもたち、保護者とのやり取りや個別面談での場面が浮かびやすかった。

・講義の中で印象に残ったのは「相手のペースに合わせること」という言葉。言葉数か少なく、コミュニケーションが苦手な方との最近の会話を改めて振り返り、言葉数やペースの違いに改めて気付くことができた。まずは相手の話をじっくり聞くこと、そこから会話を広げていくことや、無理強いなく答えやすい質問をしていくことを意識して今後も密にかかわっていき、まずは信頼関係を築くことを目標にしていきたいと思う。

・職場でも、相手の話を自分なりに解釈して聞き、事実を理解しないまま、求められていないアドバイスをしたことも多くあっただろうと思う。問題解決をするためには、何が問題かを知る必要がある。まず「事実」を共有することから一緒に考えることができる。相手が本当に伝えたいことは何かを知ることができるように、質問の仕方や聞く姿勢を変えていきたいと思う。コミュニケーションの大切さを改めて感じた。


===

ムラのミライでは、保育や子ども・子育て支援の現場で子どもの権利を尊重するための事業や研修を行っています。講師派遣について、ご関心がある方はお問い合わせフォームから予算・内容などお気軽にご相談ください。

山岡 美翔 ムラのミライ事務局長)

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2025年11月6日木曜日

イベント報告:代表継承記念イベント「18年ぶりの世代交代とこれから」

11月に入り、また気温が下がってきていますが、皆さんお変わりないでしょうか。今回は、代表継承記念イベント「18年ぶりの世代交代とこれから」について報告します。

イベントレポート「18年ぶりの世代交代とこれから」

7月の代表継承記念イベントには、国内外から34名もの方が参加して下さいました。
新旧代表の活動への想いはもちろん、活動の歴史やこれまで協働下さった方々のことを知っていただく機会となり、皆様からのあたたかいお言葉に大変勇気づけられました。

 イベントの詳細については、参加者の大森さんがご自身のnoteにレポートをアップしてくださいました。当日の新旧代表のあいさつなども丁寧にまとめて下さっています。まだ読んでいない方は、ご一読いただければ嬉しいです。

📒レポート:認定NPO法人ムラのミライ代表承継イベント「18年ぶりの世代交代とこれから」|大森 雄貴 / Yuki Omori

 


また、イベント後のアンケートにも多くのご回答をお寄せいただきましたので、ご紹介させていただきます。

<イベント参加者の声>

・発表や発言をされる方が、良いお顔をされていて素晴らしい組織だと思いました。

 ・貴団体の歴史を改めて知ることができました。また新旧の代表のお話をお聞き出来たこととで、これからの進展にも期待が大きくなりました。

 ・時間が短くて惜しいなぁ、と思うくらい充実した会でした。2時間でも3時間でも、ずーっと聴いていられそうでした。原さんの心境の変化とかももっと伺いたかったですが、それはまた個人的にお伺いするとして。質問形式もよかったです。
そんな感じで中田さんとさんのパネルトークみたいなものも聴いてみたいなぁと思いましたが、きっとこの前の総会に出席していたらそういう話もあったのでは、と悔やまれるところです。またみなさんにお会いできたら内輪話などこっそり伺ってみたいとおもいます!

 ・これまで触れることのなかった「ムラのミライ」の活動を深く知る機会となりました。一方で、時間が短く限られた場だったため、まだまだ聞きたい話も多かったように思います。

 ・ますます希薄になっていく人と人とのつながりを、濃厚・確実に支えていくことのできるコミュニケーションツールとして、メタファシリテーションが役に立ち、また危うさを裏打ちしていってもらえることを期待しています。

 10年ほど前に、体験講座に参加させていただいたことが、初めての出会いでした。今でも話を聞くとき、「いつ」から聞くととてもスムーズに話が進み、ムラのミライとの出会いをありがたく懐かしく思っています。これからもじわじわとファンを広げていってほしいと思います。

 ・久しぶりにZOOM越しに皆さんにお会いできてとてもうれしく思いました。ムラのミライのこれまでの活動についても知ることができ、また今後の思いを共有いただけたことで私自身も会の活動に対してできることを模索したいと思いました。原さんがおっしゃっていた土壌が地域で、ムラのミライの役割=ミミズの例は、とてもしっくりきました。ミミズを活用して多様な生き物が住む土壌を作っていきたいですね。

 ・率直に心開いてお話ししてくださる態度、そして、イベント前後に頂戴したメール文章や当日の司会進行からも他者尊重と心配りを感じたため。お話を初めて伺いましたが、これらは皆様が海外でも大切に育んで来られ点かと感じました。とても爽やかで清々しい体験でしたし、勉強になりました。ありがとうございました。

 ・私の現場は保育のため、子育て支援についてはとても興味があります。本来、保育所や保育士も子育て支援の業務を担っておりますが、保育を回していくことに精一杯な状況であり、保育所任せにならない保護者主体の子育てをどう支えていくのか模索しながら広場提供などの支援を行っています。
地域という別のアングルからの支援との連携など必要なことは山ほどありますが、保育所側からどのようにアプローチしてよいのか、地域の子育て支援では具体的にどのようなことがなされているのか、いろいろと具体的なお話をざっくばらんに聞く機会があれば、個人的にうれしいです。

===
たくさんのご感想をありがとうございました!支援者の皆様に、ムラのミライの新しい門出を応援いただき、心強く感じました。今後もこうしたムラのミライの役職員の顔が見えるイベントを続けられたらと思っています。

 次回は、9月に行った保育現場でのメタファシリテーション研修について研修内容や参加者の声をご紹介します。お楽しみに! 

山岡 美翔 ムラのミライ事務局長)
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2025年10月10日金曜日

セネガル事業報告会レポート3:「普及活動」や「持続性」の秘訣は何ですか?

セネガル報告会レポート後編です。

菊地さんと和田さんによる対話形式の報告のあと、参加者からもたくさん質問が上がりました。その一部をご紹介します。

 

Q:元々、事業地の小規模農家たちは「農業で生計が立てられなくなって都市や欧州に出稼ぎに行く」という問題を抱えてたとのことでしたが、ため池などで土壌の保水能力が向上し、(水やりなど)水のマネジメントがうまくいった場合、出稼ぎに行かなくても済む営農パターンというのはありますか?

和田:それはわかりません。ただ、教えたのは『何事にもコストがかかる』ということです。種や肥料を買うことだけがコストではない、労働時間や売る時の経費を含めて、すべての工程でどれだけのコストをかかるのか、ということが明らかになるようにしました。そこから、各自が判断すれば良いと思っています。(つまり、それぞれが自分で考えて「こういう農業をする」と決めて、実行する、それを続けていくということ)


Q:「指導員養成」や「指導員による循環型農業の普及」という活動について、指導員はどのように農法を普及していったのですか?ムラのミライから動機付けはどのように行ったのですか?

和田:普及方法は、自分の畑の周りのひとたちに伝える、ということです。まず、農民は遠くまで行けません。また、指導員の畑の周囲の農民たちが、「なにやってるんだ」と思い、(指導員に)聞く。そこで、指導員は系統的に教えるのではなく、それに応える・教える、という感じ。興味を持った人が聞いてきた時に、その場で教える、ということです。
また、ムラのミライは動機付けはしません。そうなるだろう、という予想がつくのです。ンディアンダ村の指導員の一人が、「土壌の塩化を防止するのが自分だけではだめだ」と気づいたように、それ(知識や発見)が動機づけになるのです。(場所を)限定的にするのではなく広範囲でしないとだめだ、ということに村人自身が気付くようになること。それが重要だと考えています。



他にも、最後の1年間にンディアンダ村で整備されたため池の使い方や効果、既存の灌漑設備の有無や研修に来ていた農民たちの選出方法など、終了時間ギリギリまで、参加者の質問は続きました。

 

まだまだあるエピソード

たくさんの方々に参加していただき、質問もいただき、本当にありがとうございました。

「大変勉強になりました。農民の皆さんの意識が少しずつ変化していく様子を思い描くことができ、大変興味深く拝聴いたしました」
「沢山の実践ベースのお話を聞くことができ、大変勉強になりました!」
などの感想もいただきました。

まだまだエピソードはあります。

続きは、11月1日(土)のイベント「セネガルのお話&ランチ交流会in 京都(西アフリカ料理)」でみなさんと共有できればいいなと思います。
ぜひご参加ください!
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2025年9月26日金曜日

セネガル事業報告会レポート2:村での研修のやり方を再現

セネガル報告会レポート中編です!


ムラのミライの事業では、スタッフが一方的に村人(相手)に何かを教えるのではなく、対話をベースに活動をすすめます。なので、報告会でも、菊地さんと和田さんの対話がベースとなりました。
和田さんと菊地さんのほのぼのとしたやりとりに笑ったり、なるほど〜と思ったりしながら、あっという間で内容が盛りだくさんの時間となりました。その中でもとっておきの場面をお伝えします。

セネガルでムラのミライがやったこと・やらなかったこと

さて、セネガル事業は2017年から2025年まで続きましたが、2017年に開始した直後に、私、前川も初めてセネガルを訪れました。それまでは、山に囲まれたインドの村で活動していたので、セネガルの果てしなく続く地平線と視界を遮るものがほとんどない赤茶けた広い大地に驚き、絵本「星の王子さま」に出てくるバオバブの木を初めて見て感動していました。


私は10年近くインドやネパールで和田さんの研修を間近で見てきたので、セネガルでも変わらず「メタファシリーテーションの鉄則だなぁ」と思って和田さんや中田さんと農民の皆さんとのやり取りをみていたのですが、綾乃さんは当初、その研修スタイルに驚いたそうです。

菊地さんは事業が始まって数か月後の2017年5月にムラのミライに入職と同時にセネガルで駐在を始めました。報告会では、初めてセネガルで和田さんの研修に参加したときの様子をこう話していました。

菊地:私、最初に和田さんの研修に出た時、とってもびっくりしたんですね。私の知っている研修って、必ず講師が最初に「今日は○○の研修です」と言って始まったり、どこかに「○○の研修」と書いてあったりしてました。でも和田さんの研修では、そういうことが何もなかったんです!農業の事業と聞いていたので、研修も種とか農法の話から入ると思っていましたが、和田さんの村人への最初の質問は「最近、洪水はいつありましたか?」とか「朝、太陽が昇ったら何が起こりますか?」なんです。「えっ、今から何が始まるの?」「今日は何の研修なの?」と私も村人も一緒にびっくりしてました。和田さんは、毎回、研修のテーマを決めていましたか?事業の全体的なテーマも決まっていたのですか?
和田:菊地さんや村人たち、確かに驚いてましたね。研修全体のテーマ、事業期間を通してどのようなことを(村人に)わかってもらおうか、というのはあらかじめ決めていますよ。でもね、毎回の研修のやり方は、その日の村人たちの顔を見てその場で決めるのです。
菊地:だから「畑への水やり」という同じテーマでも、訪れる村ごとに研修のやり方が違ったのですね!

和田:なんで僕が村人に「太陽が昇ったら何が起こる?」というような質問をするか菊地さんはわかりますか?
菊地:うーん、村人たちの興味をひくためですか?
和田:それもあるけど、僕が村人との対話をベースに研修をする理由はね、村人たちが『何を知っていて何を知らないか』を分かってもらうためなんです。それが研修。『農作物への水やりはどのタイミングでやるのか、それは朝です』と言ったって村人は腑に落ちないし、頭にも残らない。「太陽が昇ったら何が起こるか」という現象を、自分の体験を、時系列で追体験してもらう。そのために村人に質問をしていくのです。


そこで、菊地さんが「私も追体験してみたいです」と和田さんにまさかのリクエスト。苦笑いしながら、和田さんが菊地さんに聞いていきます。

和田:日が昇るころに起きたことある?その時、あなたの身体に何が起こりましたか?
菊地:体、特に顔が暖かくなりました。
和田:そうだね、ぽかぽか暖かくなるね。その時、地面で何が起きているか知っていますか?
菊地:う~ん、・・・知りません
和田:その体験は、どこでしたの?
菊地:初詣です。
和田:なるほど、そこでは地面のことは体験し辛いかもしれませんね。だけど、セネガルでは相手は農民です。周りに土があります。朝日が昇ってくると、朝露がでてくる、地面が温かくなる、ということを思い出せるのです。
菊地:なるほど。私と同じように「体が温かくなる」という体験は一緒ですが、それ以上に「同時に地面で起きている現象」を具体的に答えられるのですね。

実際に「その場で体験しながら現象を理解する」という研修のワンシーンを、菊地さんは動画でも見せてくれました。
動画では、和田さんがコップの中にティッシュで作った「こより」の先を浸しながら、村人たちと会話をしています。それは、見えない土の中の「毛細管現象」を説明している場面でした。村人たちは、ティッシュがコップの中の水を吸い上げ湿っていく様子を見たり触ったりします。


メタファシリテーションを1対複数人でする時のポイント

和田:例えば「熱伝導」という科学用語をいきなり伝えるのではなく、「やかんでお湯を沸かすと、中の水がどうやって温まっていくか」という例をとったりするのも同じです。こうした現象を利用して、植物は水や養分を吸い上げる、という説明をするのです。
菊地:だから、村の人たちも最後は大きく頷いているのですね。
和田:そうです。最初の質問ではポカーンとしていた村の人たちも、質問に答えていく形で、自分たちの経験を知識と結びつける、ということができるのです。

菊地:全員が理解していたのでしょうか?
和田:優秀な人たちはいます。研修で10人に1人が喰いつけばいいし、20人に1人が実践し、その人から広まれば良いのです。事業開始当初、優秀だなと感じ入った人は3~4人。その中でも特に優秀なひとりは「わたしは何も知らなかったことを知りました」と嬉しそうに言っていました。最初から、全員が理解する必要はありません。
菊地:そうでしたね、何人かは研修後にすぐに実践しましたね。
和田:農業プロジェクトと言っても、ピーマンのつくり方を教えることはしませんよ。私自身も作ったことは無いですしね。ただ、ピーマンの栽培過程のどの時点で、水を集中的にやるか、というようなことは教えることができます。

つまり、和田さんが一貫して村人たちに教えてきたのは、彼ら自身が考えて実践するための知識や方法です。それを受けて、菊地さんがあるエピソードを思い出しました。

菊地:畑の面積を測って、必要な種の数や作業人数、日数などを算出するというような研修をした時、それまで面積を出したことはない人たちがほとんどでした。その計算中、トマトが一番効率よいということがわかって実践した農家もいました。こちら側が言わなくても、自分で発見して実践する、ということですね。

このように、写真や動画も見ながら、二人による和やかな対話の時間が終わりました。
後編は、参加者からの質問と和田からの回答を一部ご紹介します。

 ★2025年11月1日(土) には、イベント「セネガルのお話&ランチ交流会in 京都(西アフリカ料理)」を開催します。ぜひご参加ください! 

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セネガルの小規模農家が抱えていた問題とは?

2025年9月8日月曜日

セネガル事業報告会レポート1:ムラのミライとセネガルとの出会い

こんにちは、ムラのミライの前川香子です。
8月23日(土)にセネガル事業報告会をオンラインで開催しました。その一部を、3回に分けてお伝えしたいと思います。

私の報告会の当日の担当は、司会進行でした。
スピーカーは2人のセネガル事業担当者。
1人は、和田信明さん(ムラのミライ シニアコンサルタント)、そしてもう1人は、菊地綾乃さん(元セネガル駐在員、ムラのミライ認定メタファシリテーション®トレーナー)でした。菊地さんは、ムラのミライ入職前にJICAの海外協力隊としてベナンでの活動経験がありました。(なので、菊地さんは駐在前からフランス語が堪能で、駐在中に現地語のウォロフ語も話せるようになりました)

2時間と長丁場の報告会でしたが、菊地さんが和田さんに質問する形式で和やかに進み、参加者の方(国内外のNPOの方々が多かったです)からの活発な質問も飛び交うとても楽しい時間でした。
では、報告会レポート前編です。

 

そもそも、なぜセネガルに??

「なんでムラのミライがセネガルで事業をするの?」
セネガル事業をするにあたって現地調査を始めた2012年、私は海外事業チーフとして主にインドやネパールの事業担当だったのですが、あちらこちらで聞かれました。
報告会でも、この部分に触れています。

菊地:ムラのミライって、セネガル事業の前まで20年近く、インドネパールといった南アジアが活動拠点でしたよね?私もムラのミライ=南アジア、というイメージでした。「セネガルで」というのは、誰が最初に言い出したのですか?
和田:僕と中田(前代表の中田豊一)の2人です。2人とも時期は違うのですが、フランスに留学経験があって、西アフリカならフランス語が使えるかなと思ったのです。そこは、一種のノスタルジーですね。
あと、僕と中田で開発した方法論(メタファシリテーション®)が南アジア以外でも汎用性を持つのか、というのも試してみたかったんです。インドでは、水資源を管理できる範囲で(1つの村)、水と土と森を村人が管理できるようにしていこうという事業をやっていました。村人はいわゆる家族で農業を営む小規模農家(以下、小農)の人たちです。この小農って、全世界の農家人口の85%を占めているんです。アフリカは全人口の51%が農民で、その大多数が小農。だから彼らが水や森を管理できないとなると、地球環境的にも大変なことになります。もうあちこちで猛スピードで大洪水や干ばつで大変なことになっていますよね。だからこそ、小農の彼らが使える資源を適切に活用して、水や土を再生していくよう方法論を確立したいという思いで、セネガルでの事業をスタートしたんですよ。
菊地:そうだったのですね。
和田:西アフリカといっても広いからね。最初からセネガルだった訳ではなく、ブルキナファソやマリも検討しました。でも、治安上の問題や、何よりこの方法論を理解してくれるセネガルの現地NGOに出会えたことで、最終的にセネガルとなったのです。

カウンターパート団体との共通認識のつくり方

和田さんから、セネガル現地NGOの話が出ましたが、それが、セネガル現地NGOアンテルモンドの代表ママドゥさんです。

和田さんや中田さんがママドゥさんに出会ってすぐに、セネガルでの事業がスタートしたわけではありません。まずは2014年、2015年とアンテルモンドのママドゥさんとメラニーさん、それと中田さん、和田さんの4人でセネガルの5州を巡り、ローカルNGOや農民の話を聞き、現地の様子を見ました。2016年には、ママドゥさんとメラニーさんにインドの事業地に来てもらい、村人による小規模流域管理事業を見てもらうことになりました。

ママドゥさんたちはいくつかの村を訪れ、「流域管理委員会」のメンバーである村人たちから、ため池や土壌流出防止のための石垣や植林地について、そして今後の計画についての説明を受けました。(ムラのミライのスタッフは、村では事業の説明をせず、ママドゥさんたちの通訳をしたり、村人の説明に少し補足説明をしたりするくらいです。)

『村にある知識やノウハウと、土壌・水保全の科学的な知識を結び付ける』そして『外から来たNGOが一方的に押し付けるのではなく、農民自身が考えて決める(自己決定)』というムラのミライのアプローチに、ママドゥさんたちは、大変驚きました。

そうして、「同じように土や水の問題を抱えるセネガルで、ムラのミライとぜひ一緒に事業がしたい!」とセネガルでの活動が始まりました。

セネガル事業開始エピソード続き、報告会では、「セネガルでムラのミライは何をしたの、何をしなかったの?」という話に続きます。続きは後編で。


★2025年11月1日(土) には、イベント「セネガルのお話&ランチ交流会in 京都(西アフリカ料理)」を開催します。ぜひご参加ください!

サポーター会員募集中:一人ひとりの「小さな声」を社会の変化につなげるために


村人による小規模流域管理事業(インド)とは

2025年7月18日金曜日

18年ぶりの世代交代(3)名前のついていない時代に、橋をかける

 “空白の時代”を生きる私たちができること
経済、コミュニティ、環境のあいだに橋をかける――メタファシリテーションを片手に、“名前のついていないミライ”をつくる仲間を募ります!

分断を越えて橋をかける
こうした「ケアの危機」、「環境の危機」は、もはや未来の話ではなく、「今ここにある危機」です。私たちムラのミライは、そうした危機の最前線で、地域の実践者とともに取り組みを続けてきました。一人一人の力では決して背負いきれないその重みに向き合う仲間として、理事や監事認定トレーナー会員やサポーターのみなさんの存在があります。


 写真:セネガル・ンディアンダ村のため池。乾季に入っても水をたたえ、周囲の井戸水も干上がっていない。

“空白の時代”をつなぐ
イタリアの思想家アントニオ・グラムシが、20世紀前半に語った言葉です。
「古いものは死にかけていて、新しいものはまだ生まれていない。」まさにいま、私たちはその「空白の時代」を生きています。ムラのミライが目指すのは、この空白を“つなぐ”こと。あちらこちらで分断されてしまった領域のあいだに橋をかけることです。そして、その橋をかける技術が、メタファシリテーションです。

(出典:アントニオ・グラムシ『グラムシ獄中ノート』(三一書房、1978年/大月書店、1981年)原文:The old world is dying, and the new world struggles to be born.)


無視されてきた声に耳をすます
設立から32年間、ムラのミライが取り組んできたのは、インドやネパールでの水や森の保全、スラムの女性による信用金庫の立ち上げ、西宮での産前産後の家族支援の仕組みづくり、セネガルでの大地の再生、日本各地での子ども支援団体やひとり親家庭の支援団体との協働、そして公共の制度への働きかけなど、いずれも「無視されてきた声」に耳を傾け、そこから人びとが立ち上がっていく支援でした。

そして、これからも、就労困難を抱えた若者支援、子どもの権利を軸とした子ども支援団体・海外ルーツの子ども支援団体への伴走、ひとり親家庭の実態と可能性に関する調査、国内外でのメタファシリテーション研修や認定トレーナー等育成、自然資源の再生への取り組みなど、複数の現場で展開していきます。

橋をかけるという挑戦
昨年、前代表の中田は年次報告の中でこう語りました。「いま求められているのは、“自助”と“公助”のあいだに橋をかける試み」

その橋をどうかけるか——これは、いま私たちが直面する問いです。

ムラのミライは、まだ名前のついていない時代へ、迷いながらも一歩ずつ、仲間とともに歩んでいきます。これからも、名前のついていないミライづくりへのご参加、ご支援をどうぞよろしくお願いいたします。

 写真:京都の会場で参加してくださった新旧役員・会員・サポーターの皆さん

原康子 ムラのミライ代表理事)

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2025年7月11日金曜日

18年ぶりの世代交代(2)グラスを洗いながら思った誕生日

新しい理事・監事との出会い
総会では、新しく選ばれた理事、監事の挨拶がありました。ベテランのライター、フェアトレードの先駆者、伝統野菜を使った企業の経営者、企業CSR部門で長年NPO支援をしてきた方など。この日は欠席でしたが、メディアで活躍する記者も新しく理事に加わってくれました。彼女たちと一緒に、新しいスタートが切れることが嬉しくてワクワクが止まりませんでした。また再任された河合監事は、「ここは気をつけないと!」と毎年ビシッと背筋を伸ばすのを手伝ってくださる組織基盤強化のプロフェッショナルです。新しい理事・監事たちに向けて「NPO法人の理事って?監事ってどんな役割、ムラのミライでは何をする?」という勉強会も予定しています。とっても心強い皆さんなのです。

話を元に戻すと、会場に集まった新旧の会員やサポーターの新理事、監事の皆さんは、初対面の方が多いとは思えない空気感。なんというか「お久しぶり!」という雰囲気で、オンライン参加の皆さんも含め、なんともいえないほんわかした空気が会場に満ちていました。

 


グラスを洗いながら思ったこと
総会後の理事会も無事終わり、ほっとして会場の後片付けをしている時ことです。流し台で、使ったグラスを洗っているとき「あっ、今日は新しいムラのミライの誕生日だ!」という気持ちになりました。グラスを洗う手を止めた途端、その場にはおられないけれど、何十年も支えてくださった正会員や、サポーターの皆さんの顔が、浮かんできました。そのおかげなのかどうか、グラスをよく割る私も、その日は1つもグラスを割らずに片付けることができました(「誕生日!」と私がぼーっとしている間に、新理事の一人が素早く洗ってくれましたし)。

“見えないもの”と向き合う
少しだけ、認定トレーナーの現場で起きていることの続きを、そして新理事・監事のみなさんの専門分野にも共通するテーマについて触れたいと思います。
私たちは「資本主義」という巨大な構造の中にいます。この仕組みを成り立たせてきたのは、本来は不可欠であるにもかかわらず、ずっと“見えないもの”とされ、正当に評価されてこなかった存在たちです。たとえば、植民地主義の名残として奪われた土地や資源、女性が担うものとされてきた再生産(ケア労働)、一方的に搾取・収奪されてきた生態系、そして国家が支える制度やインフラ。これらは「便利な土台」として当然のように資本主義社会で消費され続け、疲弊しきってしまっています。


写真:セネガルの土壌の塩化が進む大地(白い水玉模様の箇所が塩化している部分)

「今ここにある」危機の現実
その影響は、私たちの活動地でも危機的でした。たとえばセネガルでは、過酷な植民地時代を経てなお、今も土地と水資源の枯渇が猛スピードで進んでいます。そんな中、2024年度にはンディアンダ村から「よみがえる大地」の報告が届きました。動画もありますのでぜひご覧ください。

一方、日本では148カ国中118位というジェンダーギャップのなか、母親ひとりによる子育てが極めて困難な現実があります。そして、10〜19歳の死因の1位が「自殺」であること。2024年度には小中高生の自殺者が529人と過去最多となり、女子が初めて男子を上回ったことなどです。女性や子ども、若者にとって、どれほどこの国が生きづらいか、数字でも突きつけられています。さらに、高齢化の進行により、国民の5人に1人が75歳以上という時代に入り、医療・介護体制の整備は待ったなしの課題となっています。続きは3回目で!


写真:困難を抱える若者の就労応援プログラム(休眠預金等活用事業カウンターパート団体 一般社団法人nimo alcamo開催@京都)

原康子 ムラのミライ代表理事)

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2025年7月4日金曜日

18年ぶりの世代交代(1)出演者ほぼ総入れ替えから始まる新シリーズ

「代表就任の日、もうマンゴーラッシーしか喉を通らない!?」

2025年6月、ムラのミライに訪れた18年ぶりの世代交代。プレッシャーに押しつぶされそうになりつつのぞんだ代表就任日の出来事を3回にわけてお伝えします。

代表就任のご挨拶

みなさん、こんにちは。このたび、認定NPO法人ムラのミライの代表理事に就任しました原康子です。2025年6月、18年間にわたって代表を務めてくださった中田豊一に続いて、代表理事のバトンを受け取りました。また10年〜30年の長きにわたって支えてくださった理事・監事の皆さんの多くが任期満了で退任されていきました。これはもう、ドラマなら最終回どころか「出演者ほぼ総入れ替え」の衝撃展開なのですが、ムラのミライはここで終わりません。むしろ、ここからが新シリーズのはじまりなのです。


プレッシャーとラッシーと代表初日

そんなわけで、人生初の代表挨拶を書いているのですが、あまりの緊張で喉を通るのはマンゴーラッシーくらい。大手出版社からを出されたばかりの中田の後の代表挨拶ですよ。中田さんの前なんて、ムラのミライ創設者の和田信明の挨拶だったのですよ。お二人の代表挨拶や年次報告書の巻頭言は、いつも読みやすくて、簡潔で、知性と教養にあふれていて…。(たまに小難しすぎて読み飛ばしていたのは、私です。すみません。)

そんな二人に続く代表理事が、どれだけ大きなプレッシャーか!?胃をキリキリさせながら、代表理事就任の日となる2025年6月14日の活動報告会・総会・理事会にのぞみました。


 写真:一番暑いときが一番おいしいマンゴー


全国各地のトレーナーたちの実践

当日は22名もの方が(オンライン5名含む)参加してくださいました。朝からの雨にも関わらず、遠方から参加くださった方も多数おられました。彼女/彼らたちは、私の心細さやプレッシャーなどを吹っ飛ばしてくれた面々でした。その日は、活動報告会と総会、理事会と朝から丸一日がかり。まずは午前中の認定メタファシリテーション®トレーナーによる活動報告会でした。その報告会を皮切りに、私の胃の痛みは次第に消えていきました。

青森県、秋田県、福島県、東京都、神奈川県、兵庫県と各地で活躍する8人の認定トレーナーたち。子ども支援、高齢者向けのアートサロン、上司と部下のコミュニケーション、福祉系の大学の授業、農村の獣害対策、日本語教室、まちづくり、中間支援NPO、と多様な現場でメタファシリテーションを駆使している報告がされました。認定トレーナーたちの活躍ぶりに圧倒されたのと同時に、メタファシリテーションが使われている現場の意味を考え、その感動でウルウルしてしまいました。「現場の意味」については、後述します。

次回新しい理事、監事との出会いに続きます。

写真:6月14日認定トレーナー活動報告会開始前の様子

原康子 ムラのミライ代表理事)

2024年10月30日水曜日

セネガルで学んだ「自分の認知を知る」ということ 〜ムラのミライのプロジェクト視察〜

 「ムラのミライの海外事業地へ行く和田さんに同行し、ファシリテーションスキルを見てみたい!」
ということを和田さんに伝えると、OKの返事をいただいたので和田さんと原さんの渡航に合わせてセネガル農村部で行っている持続可能な農業プロジェクト地を訪問させてもらいました。


セネガルの農村部では、近代農業の普及と人口増加が自然環境に負担をかけ、農業が続けられない状況が広がっています。若者たちは希望を求めて都市部に移り住み、農村は活力を失いつつあります。
そんな中で、ムラのミライは地域資源を活用し、雨水を効率的に土壌に浸透させる技術を導入することで、作物の生産性を向上させるプロジェクトを推進しています。
このプロジェクトが始まって3年、住民たちはその成果を実感し始めていました。

 

訪問の目的は、プロジェクトを遂行する中でどのようにメタファシリテーションを使っているのかを学ぶことでした。
 

実際に和田さんの質問を聞けたのは、村の関係者による会議に参加したときのことです。
 

プロジェクトが来年初めに終了するため、ため池を管理するための土壌保全委員会の結成について話し合っていました。
村人たちは新しい委員会を作るべきか、他に方法はないかと議論していましたが、和田さんはその間、ずっと耳を傾けているだけでした。

そのうちに、既存の村落自治委員会で管理はできないかという提案がありました。
和田さんはそこでもただ聞いていましたが、最後にこう質問しました。
「その定款を最後に読んだのは誰ですか?」

村人たちは「読んでない」「どこにある?」と話し始め、最終的には「次回のミーティングまでに定款を読んでおきます」という結論に。

和田さんは「ではそうしましょう。次回のミーティングはいつにしましょうか?」と確認して会議は終了しました。
 

「その定款を最後に読んだのは誰ですか?」と和田さんが聞いた時、ただ「事実を確認する質問」に見えますが、実は自分も知らないことを知りたいという姿勢がそこにあると思います。
この質問により、村人たちは「自分たちがやるべきこと」を自然に意識し始め、和田さんが答えを押し付けるのではなく、彼ら自身で気づきを得る場となりました。


会議後、和田さんにこの対話について聞いたところ「質問というのは、自分がわからないことを聞くことだ」とおっしゃっていました。
この言葉はシンプルですが非常に重要です。
 

メタファシリテーションでは、相手に気づきを与えることだけでなく、相手を知ろうとする姿勢が欠かせません。
事実に基づいた質問をすることで信頼関係が築かれ、対話は自然と深まり、相手との関係も強くなっていくのです。
 

もしあなたが誰かに自分のことを聞いてもらう場を想像してみてください。質問してくる相手が本当に自分のことを知ろうとしてくれる、その気持ちが伝わると嬉しいですよね!
相手を知ろうとする気持ちから生まれる質問は、決して上から目線ではなく、対等な対話の中で生まれるものなのです。
 

次回のブログでは、セネガルで学んだもう一つの重要なポイント、「要素を分解すること」について具体的な対話事例を用いてお話しします。
特に、相手の話を聞きながら、どのように重要なポイントを見極めて深掘りするか、そのプロセスについてご紹介します。
お楽しみに!


松浦史典 ムラのミライ認定トレーナー) 

 


2023年12月28日木曜日

メタファシリテーションのできるまで(20)

この連載は、一応今回で終わりということにします。タイトルで「できるまで」と謳っておきながら、「できてしまった」後のことまで延々と書いているので、看板に偽りありと言われそうですが、メタファシリテーションは、技法、教授法、そしてそれを支える制度までまだ発展途上なので、完成形ではないという意味で「できるまで」なんだとご了解ください。


「メタファシリテーションができるまで」の現在までを3つの時期に分けるなら、私が国際協力の世界で、自分で団体を立ち上げた1993年から2006年辺りまでが、メタファシリテーションの「ネタ」の仕込みの時期と言えます。この間、私の南インドの現場での悪戦苦闘があり、徐々に自分なりの方法論と言いますか、技術を身につけ始め、それに従って資金を調達する以外の現場仕事が楽しくなってきた時期です。この間、中田豊一さんとの第2の出会いがあり、彼が私の現場でのパフォーマンスに感心してくれ、彼と様々な議論をする中で、私自身の学びもパフォーマンスの向上もあり、自分のやり方があながち的外れなことをやっているのではないという自信がついてきた時期でもあります。


第2の時期が、2006年あたりから、中田さんがメタファシリテーション(当時はメタファシリテーションという言葉はありませんでした)の講座をやり始めた、つまり私の現場でのパフォーマンスを言語化し、体系化し、それを教授し始めた頃からの時期です。中田さんの偉いところは、この言語化という作業の過程で、様々な練習方法を自ら編み出し、それを自身で実践し、技術を身につけていったことです。そして、途上国の現場で現地のNGOや日本人の駐在員に、地元住民とのやり取りをやって見せて、技法の有効性を示していることです。自分で言うのも気が引けますが、「和田の現場でのやりとりはすごいんだよ、でも、こう言う理屈を理解してこうやって練習すれば、和田のようにできるんだよ」と言うことを実践しているわけで、まさに彼が体系化した技法の中身が「看板に偽り無し」ということを実証して見せています。


この間、2010年には、メタファシリテーションとは何か、ということを詳細に説いた「途上国の人々との話し方-国際協力メタファシリテーションの技法」を中田さんと私の共著で上梓しました。思えば、「メタファシリテーション」という言葉を公に使ったのは、この時が初めてです。そして、これ以降、私も中田さんが編み出した「メタファシリテーション」の講座を少しずつ講師としてやるようになってきました。このような講座をやることの最大の利点は、受講生の中からメタファシリテーションをより深く学び、自分も講師になるという人たちが出てくることです。言語化され、体系化された手法の凄さは、こういうところにあります。メタファシリテーションという手法として確立される以前は、私のパフォーマンスを実際に現場で見て、それを真似していく、つまりは徒弟制度の親方と弟子のような継承のされ方しかなかったわけで、中田さんも、当初はわざわざ私の現場まで訪ねてきて、私を観察するということをしていたわけです。しかし、手法として確立し、教授方法も確立してくると、多くの人が私を直接見ることなく、技法を学び、望めば自分で習得していく道が開けるわけです。おかげで、私が長年現場で直接鍛えた数少ない弟子たち以外に、講座の講師としてメタファシリテーションを広めてくれる人たちが、段々と増えていきました。


第3の時期が、2016年頃以降、現在に至る時期です。宮下和佳さんが中心になって、メタファシリテーションの制度化を積極的に進めてくれた時期になります。中田さんや私の次の世代に、メタファシリテーションが引き継がれた時期です。私は現場の職人、中田さんはいわば現場の思想家なので、きちんと制度を整えたり、さらに多くの人々へのアクセスをよくしたり、など必要性は理解していても中々できません。中田さんが開いた課程をステップ1からステップ3という形で展開し、教材を整え、ビジュアルの面でも工夫を凝らし、さらには、3段階の検定試験を設け、誰でも望む人は試験を受けて講師の資格を得ることができる認定トレーナーの制度を設けるなど、中田さんや私などの手を煩わせることは、何もなくなっていると言って過言ではありません。


何よりも嬉しいのは、次世代の皆さんそれぞれ、職場、子育て、医療、福祉など、そもそもの国際協力の現場を超えた分野で、メタファシリテーションを応用し実績を積み上げつつあることです。この後、どんな展開を遂げていくのか、楽しみです。今後、メタファシリテーションのプロジェクトでの応用など、まだまだ言語化しなければならないことがあるように思えます。それは、才能豊かな後輩たちがやってくれるでしょう。


最後に、蛇足であることを恐れずに言えば、私がのちにメタファシリテーションと名付けられた手法を発見し、その手法に熟練していくにつれ分かってきたことは、この手法を身につけると余計なことで思い悩むようなことがなくなってきたことです。もやもやしていることなど、その根拠が明らかになってみれば、なあんだ、こんなことでクヨクヨしていたのか、ということが多いのです。そうなると、私にとっての悩み事は、家族のために作るご飯を何にしようかということだけになります。歳をとるにつれてあれこれ出てくる体の不調はともかく、心だけは随分と軽くなります。
では皆さん、いずれまた。


和田信明(ムラのミライ インハウスコンサルタント) 




2023年11月30日木曜日

メタファシリテーションのできるまで(19)

のっけから横道に逸れます(って、いつもそうじゃないかというツッコミは無しに願います)。
今月の半ば頃(本稿を書いているのは、2023年10月)、膀胱結石の摘出手術を受けました。とても自力では排出できないほど肥大化した石が、私の体内に居座り続けていたわけで、それが膀胱まで降りてきて、「まあ、取った方がいいですね」と医師に言われ、「ではお願いします」ということで受けた手術です。別に開腹手術をするわけではなく、内視鏡ですかね、を尿道から差し込んで、中で石を砕いて摘出するというもの。順調に行けば1時間強で終わるようなオペです。

と、ここまではよかったのですが、私がびっくりしたのは、これをするのに全身麻酔をするということ。幸いにも(あるいは不幸中の幸いか?)、私は薬にもアレルギーがなく、これまで歯を抜いたり胃カメラを呑んだりしたときに部分麻酔をかけてもなんの問題もなく、今度も全身とは言え大丈夫だろうとは思ったのですが、正直、ちょっとビビりました。医師も、100%大丈夫だから、などとは決して言いません。万が一などと脅かされると(別に医師が脅かしているわけではありませんが)、元来が小心者の私は一抹の不安を抱えて手術に臨むことになります。で、終わってみればなんということはない、無事に手術も済み、この身もなんの問題もなく(血糖値とか尿酸値とかそういう話はこの際無しですよ)3泊4日で退院できたという次第でした。


で、何が言いたかったかというと、麻酔がかかっている間のことは、一切意識にない、記憶にない、つまり何が起こっていたのか全く分からないという状態だったということです。いつ麻酔で意識を無くしたのか、そしていつ麻酔から覚めたのか、全く分からず、いつの間にか「また」この世に存在していたという不思議な感覚を味わったのです。「また」というのは、記憶まで失ったわけではないので、己が何者かという記憶はあるわけで、人生の連続性とでもいうものはあった、和田信明は不滅だ、ではないにしても和田信明の人生は再開されたというわけです。


何を大袈裟な、普段でも深い睡眠の時は、記憶などないだろうに、とおっしゃるなら、その通りというしかないのですが、やはり、眠りに落ちてしまう前後がまるで違います。睡眠の場合は、うう、眠いな、眠いな、もう目を瞑って寝てしまおうという過程があり、そして目覚める前も妙な夢を見たり、あるいは尿意などを催したりして、夢現の中にぼちぼち目を覚まして起きるかなどという過程もあります。でも全身麻酔の場合は、このような諸々が全くない。いきなり意識がなくなり、いきなり目覚めている。気がつくと、あ、この世に存在していた、そんな感覚です。


それ以来、再び日常の些事に一喜一憂する生活をしているわけですが、思い返せば、この様な感覚は、あるいは似たような感覚はこれまでにも何度か持った記憶があります。それは例えば南インドの山の村で、インドネシアの南スラウェシの村で、イランのハマダーンの近郊の村で、あるいは…


この、あ、気がつくとここにいた(あるいは存在した)という様な感覚は、私の話し相手の村人のふとした表情と分かち難く結びついています。なんと言いますか、私が、あ、気がついたらここにいたという感覚を覚える時、相手は心持ち顔を横に向け微風に頬を嬲らせながら神々しいとでもいうほかない表情をしているのです。別にその人が神々しいとか、その人の人生が神々しいとか、そうではありません。そうではなくて、あえて言えば、存在自体の(その人の、ではありませんよ。存在すること自体の、とでも言いましょうか)神々しさとでも言うのでしょうか、侵し難さとでも言うのでしょうか、そんなものを感じさせる表情を、相手がふと見せるのです。この相手は名もない庶民、相対する私も名もない庶民、偶然この世に生まれ落ち、もちろん生まれ落ちた時間も場所も選んでいません。そして彼らも私も、日常の些事をこなしながら小さく、小さく地球の片隅で(死ぬまで)生きている、そんな感覚です。


ならば私はその「小さい、小さい些事(意味重複ですがあえて)」をできる限り知りたい、できる限り詳しく知り、相手と私、その場は狭い空間ながらも彼我の間に何か繋がるものがあるのか、見てみたい、といつの間にか思うようになっていたのでしょう。昔々、クロード・レヴィ・ストロースの本を、一生懸命赤線を引っ張りながら読んでいたら、「神は詳細に宿る」みたいなフレーズがありました。どの本のどのページだったか覚えていません。そもそも、読んだ内容も、このフレーズ以外はさっぱり忘れているのですから、私も余程学問からは見離された存在なのでしょう。でも、このフレーズだけはその時から半世紀以上経っても忘れず、今は、ひたすらこの「詳細」を知るために相手の話を聞いています。


そう、「詳細(英語で言うと‘detail’ですね)」には神か何かは知りませんが、明らかに何かが宿っているのです。相手の話を丁寧に、詳細に(分解して、というメタファシリテーション定番の方法です)聞いていくと、その人の個人史もさることながら、その人が生きてきた時代、環境の変化など浮かび上がってきます。そして、「彼らの問題」ではなく、彼我を貫く問題まで浮かび上がってきます。言い換えれば、社会や文化や文明の問題ではなく、中田豊一さんが言うように「私の問題」が浮かび上がってくるのです。中田豊一さんが練り上げた、そして、彼に続く認定トレーナーたちが日々改良を加えているメタファシリテーションを使う醍醐味は、まさにそんなところにあります。

和田信明(ムラのミライ インハウスコンサルタント) 

2023年11月16日木曜日

メタファシリテーションのできるまで(18)

前回は、例え話とは、相手に対する共感がないとできません、というか、相手の腑に落ちるような譬えは、自分が相手だったらどう考えるだろうという想像力、もっと言えば洞察が働かなければできないということをお話ししました。その相手に対する想像力とは、畢竟自分に対するメタ認知がなければ働きません、ということころで終わりましたね。

メタ認知と言ってもそんなに難しいことではありません。自分だったらこんな時は楽をしたいな、休みたいな、そんな時にどうしたら自分はモチベーションが上がるだろうか、など具体的な状況で自分ならどう反応するか、それを自分の胸に手を当てて正直に考えてみればいいだけの話です。それでも、これがなければ、相手に対する想像力も働きません。こうあるべきだ、などというメタ認知が決定的に欠けた上から目線では、相手の共感も何もあったものではないということです。相手に対する想像力が働けば、こんな状況ではどんな発想をするだろうかという想像も働きます。そして、そのような発想に沿った、相手の身近な習慣、話題、などを例え話として話すと、相手の腑に落ちるという可能性は高まります。


以下は、私の例え話の「最高傑作?」として、中田さんが「途上国の人々との話し方」(みずのわ出版、2010年)p336〜337に紹介してくれたものです。インドネシアのスラウェシ島北部の海岸沿いのバジョ族(海洋民族です)の村での話です。その村を訪れた時、村を案内してくれた女性リーダーが、「みんな(プラスチックゴミを)ポイポイ捨てるものだから、ご覧の通り村はゴミだらけです。(略)なにかいい方法はありませんか」と私に相談しました。そこで私は同行していた村人たちにこう語りかけました。

和田「命はどこから来ますか。」
村人「アッラーからいただいたものです。」
和田「では、終わったら誰に返しますか。」
村人「地上の生命が終われば、アッラーにお返しします。」
和田「そう、アッラーにいただいたものは、アッラーにお返しする。」
和田は天を指しながらそう言うと、次に波打ち際のプラスチックのゴミを指差して尋ねた。
和田「このゴミは、もともとはどこから来たものですか。」
村人「お店で買ったものです。」
和田「その商品はどこから来たのですか。」
村人「町の工場でしょうね。」
和田「これを捨てた人はどこに返したのですか。」
村人「海ですね。」
和田「工場から来たものを、この人は海に返したのですね。あなたたちはアッラーから来たものはアッラーに返すと言いました。では、工場から来たものはどこに返さなくてはならないのですか。」
村人「工場です。」
厳粛な顔つきになった村人に、和田が言い添えた。
和田「町から来たものは町に返す。陸から来たものは陸に戻す。海から来たものは海に返す。これがエコロジーです。」

この例え話はよく覚えています。その時の詳しい状況は、もう忘れてしまっていますが、村の海の波打ち際にプラスチックのゴミが散乱していたことは、よく覚えています。この浜辺にプラスチックゴミが散乱しているという光景は、このスラウェシ島のバジョ族の村ではなくとも、現在は途上国の海岸の至る所で目にする光景です。日本の海岸も、散乱というほどひどくはなくとも、プラスチックゴミを見かけます。敢えて言えば、この「海辺のプラスチックゴミ」が象徴する課題を私たちムラのミライは、彼我の共通の課題として解決するために、日本と途上国で活動しているのです。この辺りの事情は、中田と私の共著「ムラの未来、ヒトの未来」(竹林館 2016年)に書いていますので、よかったら読んでみてください。

さて、話を戻せば、例え話をするとして、毎回クリーンヒットというわけにはいかないので、できのよかったネタは覚えています。このバジョの村での話も、よく覚えているのですが、残念なのは、できがよくても2度と使う機会は巡ってきません。私の場合の例え話とは、その場の状況に合わせてその場で思い付かなければならないもので、同じ状況が2度と巡ってこない以上、せっかくいいネタを思いついても、その場で1度使えば終わりということです。

まさに、そのような状況そのものが滅多にはないことですが、状況が巡ってくれば私は「神様ネタ」を時々使います。私自身は特定の宗教、信仰に帰依することがこれまではありませんでしたが(そして、これからもないのではないかと思っていますが、何が起こるか分からないのが人の世の常、断定はしないでおきましょう)、他人の信仰は尊重します。途上国では敬虔な信仰心を持った人が多いし、特に回教国では、そのように感じます。彼らは、たとえ研修中でもお祈りの時間が来れば、研修を中座して、祈りを捧げに行きます。ここで紹介した例え話は、そのような彼らの信仰心への信頼とも言えるものがなければ出てくるものではありません。彼らの敬虔さ、誠実な信仰心を日頃感じていたからこそ、このような例え話を真摯に受け止めてくれるだろうという確信めいたものがあり、その場で咄嗟に出てきた話だったわけです。

ところで、この例え話は私が一方的に話したものではなく、あくまでも私が問いかけ、相手に答えてもらうという形をとっています。そして、「掴み」のところの「命はどこからきたか」という問いかけ以外は、すべて事実を聞いています。つまり、メタファシリテーションの基本に沿って対話を組み立てています。くどい様ですが、相手が多数でも、例え話をするときも、必ず問いかけ、相手とともに事実を確認していくというのが基本です。


和田信明(ムラのミライ インハウスコンサルタント) 

2023年11月7日火曜日

メタファシリテーションのできるまで(17)

おばあちゃんがふむふむと頷いてくれるような例え話

前回の続きから。おばあちゃんにどんな例え話をすれば、空気中の酸素の存在をそれなりに納得させることができるか、というのがお題でしたね。みなさん、何か思い付かれましたか。私のは、こうです。


「サンバル(南インドの、野菜がいっぱい入ったいわば“味噌汁”のようなものだと思ってください)を作るとき、何を入れる?」。
恐らく毎日のようにサンバルを作っているおばあちゃんは、即座に材料を答えてくれる。
「じゃあ、ダル(ま、これも豆の“味噌汁”のようなものだと思ってください)を作るときは?」。
これも毎日作っているので、即座に材料を答えてくれる。
「で、この二つに共通の材料は?」。
ふむふむと考えながら、これもおばあちゃんは答えてくれる。そこで、次の問い。
「この中で、入れると溶けちゃって見えなくなる材料は?」。
数秒の間ののち、「あっ、塩だ!」とおばあちゃんは答えてくれる。
「そうだね。塩は溶けちゃうと見えなくなるね。でも、入っていないと食べてみれば絶対分かるよね。」
おばあちゃん、頷く。「塩の入っていない料理なんて、考えられないよね。」
おばあちゃん、これにも当然だという表情で頷く。
「料理に塩が入っていないと、料理にならないように、空気の中にも、見えなくてもないと困る、それがあるから私らが、息ができる、それが酸素というものなの。」ここでおばあちゃんは、なるほどという表情で頷く(はず)。

実際には、集会の後で思いついたので、こういう風に行ったかどうかは分かりませんが、まずこんな感じで行けたのではないかという予想というか、確信というかは、これまでの経験からあります。残念ながら、この譬え話のネタはこれまで使う機会がなく、これがあの時できていればなぁ、という私のほろ苦い経験としていつまでも覚えています。だいたいうまく行った時の話なんてすぐ忘れてしまうものですが、失敗というか、後でああすればよかった、しまったな、という経験はいつまでも覚えているものです。

無自覚な上から目線

ところで、海外協力、援助(国内の支援活動でも同じことが言えますが)をする側が陥りやすいのが、自らの使命の高尚さ、崇高さとでも言うのでしょうか、理想の社会の実現に向けて活動をする、しているという思いの強さ、思い込みの強さが、ともすると相手にも理想の姿を求めてしまう傾向があります。決してスーパーヒューマンを求めるのではないにしても、これはコミュニティのためだから、このくらいは無償でボランティアするのは当たり前、自分の健康のためだから毎日薬を飲むのは当たり前、子どもの学校を建てるのだから積極的に協力するのは当たり前、自分たちのための施設だから、自分たちで管理運営していくのは当たり前、などなど、相手側の役所、住民に対してこのような期待を持ってしまうことが多々あります。というか、ほとんど百パーセントがこんな具合ですかね。

なぜ私が確信を持ってそんなことを言えるのか。それは、私たちのところに持ち込まれる国際協力NGOの相談事が、全て「相手がこちらの期待通りに動かない」というものだからです。これは、相談を持ちかけてくれるNGOの規模の大小には関わりません。それこそ、その名を聞けば誰でも知っているような大きな団体から、みんなが無償ボランティア、予算規模も年間せいぜい100万円前後というような小さな団体まで、事情は変わりません。


メタ認知が欠如すると例え話はできない

こんなことが起こる理由は、簡単です。それは一言で言えば、要求する側のメタ認知が足りない、あるいは全くないからです。平たく言えば、あんたは他人に理想のあり方を求めるほど理想的な人間か、ということ(つまり、他人に要求するようなことを、自国で、自分の生活圏で、自分の日常でやっているか?ということ)に対する自覚がない、ということに尽きます。

そうやって、自分の胸に手を当てて考えてみると、プロジェクト先の住民には地域の保健委員として家庭訪問を定期的に巡回することを要求しながら、自分は住む地域でボランティアをやったこともない、せいぜい年に一度か二度お祭りなどのイベントに参加するだけだ、などということはザラにあります。ましてや、外国の任地に長期間いる場合、本国でそのような時間はないということです。


また、地域の助け合いが必要などと呼びかける側の地方自治体職員が、自分は家には寝に帰るだけで、地域の助け合いどころではないというのもよくある話で、これも自分のことは棚に上げて、という例です。

当然ながら、自治体の職員はいくつものプログラムを兼務して極端に忙しいという方も大勢います。ですから、問題は、さまざまな事情があって地域のボランティア(持続的、かつ定期的な)ができないことではありません。問題は、そのような自分に対するメタ認知があるかどうか、そして、自分がそうなら働きかける相手も十分にそのような事情にあるのではないか、という想像力があるかどうかの問題です。

しかも、働きかける方は、給料をもらいながら仕事としてそれをやっている。働きかけられる方は、特に途上国では、それでなくても身を粉にして必死に働いて生き延びている。例え、家庭の主婦といえども、朝から晩まで厳しい労働をしている(水汲み、農作業、薪取りなどなど)ので、自分が地域でボランティアができない以上の厳しい条件にあるかもしれないということです。


要は、そのような想像力もなく(従って必要な配慮もできず)、そしてメタ認知もないのに上から目線で偉そうに相手に要求するなということです。しかも、住民参加というのはこのような現状認識に立って、初めて築き始めることができるものなのです。で、例え話は、実はこのような現状認識がないとうまく使えないということを言いたかったのですが、そこに辿り着くまでに長々と語ってしまいましたね。

要は、例え話とは、相手に対する共感がないとできません。というか、相手の腑に落ちる譬えは、自分が相手だったらどう考えるだろうという想像力、もっと言えば洞察が働かなければできないということです。その相手に対する想像力とは、畢竟自分に対するメタ認知がなければ働きません。

この続きは、次回。

和田信明(ムラのミライ インハウスコンサルタント)