2014年4月8日火曜日

どこの国でも基本は同じ

おススメの一冊:「ローマ法王に米を食べさせた男~過疎の村を救ったスーパー公務員は何をしたか?」(高野誠鮮 著)












今、南インドの農村では流域管理プロジェクトを実施中で、2013年度は有機農業への転換となる農業を実施し、水や土壌の使い方のカイゼンにも取り組んできました。
誰が?
村人たちが、です。
 一言で、「村人たちが取り組んできた」と言っても、一筋縄ではいきません。村の人たちにとって初めての事(畝を作る、稲の苗は4・5本で一株ではなく1・2本で一株にして植える、その株と株の間も密集させずに25センチ間隔にする、ミミズを使ったたい肥を作る等々)には不安が先立ち、どのようにすれば慣行栽培からカイゼンできるのか、意識改革から行動に移すまでには多少のプロセスが必要でした。














ご紹介する本でも、従来の農家としての意識から脱皮していく様子が、細かく面白く描かれています。
この本の舞台は、石川県羽咋(はくい)市の限界集落地と言われていた神子原(みこはら)地区で、農業の担い手もほとんどが高齢者という状況にありました。
「若者がいない」
「農業では食っていけない」
「農家が物を売れるわけがない(ビジネスなんかできない)」と、
「ないない尽くし」の嘆き節が至るところに噴き出ています。そのような環境で、著者が市役所職員としてどう関わり、どのように神子原地区の農家の人たちが自信を醸成し、行動変化へと移していったのか。
痛快なエピソードがあちこちに散りばめられているのですが、

 例えば、若者を他都市から呼び込む際には、神子原地区の住人に若者を「選ばせる」。
多くの過疎高齢化地域への若者移住の推進は、その地域の人たちが知らない所で若者が選ばれ、準備され、送り込まれますが、著者が神子原地区の人たちと行ったのは「お願いだから来てください」ではなく、「来るんだったらどうぞ、その代り試験します」というもの。
 その試験を経て(3次試験まで!)移り住んだ若者は、過疎高齢化の進む地区に来た「外部者」から、地区の課題にも取り組んでいく「当事者」へと変化していきます。

 国際協力の場でも「参加型」が連呼されて久しいですが、活動に参加するのは誰でしょうか?
もちろん、途上国の村の人たちやスラムの住人ではなく、外部から来た私たちの方です。
なので、私たちは研修を行う時、農業を実施する時、そこに来る人たちを私たちが選んだりはしません。誰を研修に送り込むか、活動に参加するかは、村の人たちで決めてもらいます。

私たちは、呼ばれる限り研修に赴きますが、そこで何が起こっているのかについては、ぜひムラのミライ(旧称ソムニード)のHPにある「土・森・水・人~よもやま通信 第1部第2部」をご覧ください。



 












他にも、この本で紹介してあるエピソード「会社を作って直売所を開いて売る」というくだりでは、
「会社を作るといっても、倒産したらどうするげん?」
「失敗したら、誰が責任とるがいや!」
「赤字になったら役所が全額補てんしろ!」
と、初めて行うことに対して、農家の不満と不安が爆発します。
そんなネガティブな失敗予測ばかりの集会が何十回と続きますが、著者は最終的に、一人の農家に「1日パチンコ2万円負けたと思って150世帯集まってみんか?」と言わせて、地区の農家たちによる自分たちの会社設立へと動き出します。

JAも市も1円も出さずに、農家たちだけで、自分たちの製品を扱う会社を設立・運営していく様は、歳も学歴もオッチャンもオバチャンも関係なく農家たちで出来るという、著者の強い信念と農家たちとの信頼関係に基づいているのが分かります。
 
 そして、神子原地区の農産物のブランド化のために、次から次へと動いていく著者の行動と結果は、痛快の極みです。
現在、神子原地区のお米を完全に自然栽培にシフトする試みが続けられているようですが、南インドのブータラグダ村の人たちの姿と重なります。

 コミュニティに関わって活動していく時の基本的スタンス、そしてマーケティングの基本的なことなどについて、そして農家(村の人)の不安や気持ちなど、日本だから途上国だからと関係なく共通する部分を、一冊を通して実感します。


(事務局次長/海外事業部チーフ 前川 香子

2014年4月1日火曜日

たった一つの質問が「力」を持つ

「この地域で1年に何回米を収穫できるか知ってる?」
農村での移動中、プロジェクトマネージャーの前川から投げかけられたシンプルな質問。


1回じゃないんですか?」

「この時期(2月初旬)、田んぼによって何か違いがある?」


辺りには12月に収穫を終えた田んぼが広がっています。
村に到着するまでこれらの田んぼをじっくりと見渡すと、
私が今まで田んぼのことを全く気にしていなかったことがわかってきました。
見えてくるのは苗床がある田んぼと無い田んぼ。
そして、苗床がある田んぼの近くには水があることにも気付きます。
水を確保出来さえすれば、通常この地域では年に2回の稲作が行われるのです。


この質問が私にとっての重要なのは、
1年に何回稲作が行われるか?」という問いへの答えそのものではなく、
私が今まで、いかに「観察」を疎かにしていたかという点です。
この質問は、既に農村部での駐在が7ヶ月目に入った私は当然知らなければならないことですが、
私はこの答えを知りませんでした。

この質問を投げかけられたのが赴任一ヶ月目だったら、
この質問は単純に知識を伝えるだけの質問だったかもしれません。
私が正しい答えを知っていたら、この質問から多くのことは伝わって来なかったかもしれません。
この質問を都市部の事務所で聞かれていたら、
「そういえば知らなかったなぁ」で終わりだったかもしれません。

しかし、実際には私はこのシンプルな問いに対して答えられず、
それが一面に広がる田園風景に重り、
私が今までいかに「観察」をしていなかったかを気付かせました。
たった一つの質問が、それほどの力を持っていたのです。


ムラのミライが誇るファシリテーター達と共にインド農村部の地域開発に関わる中で、
ファシリテーションとは質問力そのものではなく、
総合的な対話のスキルだと考えるようになりました。
ここで総合的というのは、対話のための要素をしっかり準備して、
うまく整理して、適切なタイミングで繰り出すスキル。
そして、その準備を日頃から行う心がけだと考えます。


まずは「誰に何を伝えたいか」が明確でなければファシリテーションは出来ません。
そして、そのためにいつ、どこで、誰に、どんな質問をする必要があるかを
考えられる力がファシリテーションのスキルということではないでしょうか。
その総合力を意識しなければ、ある特定のスキルだけが向上しても、
それをファシリテーションとして使うことは出来ないのかもしれません。
そんな総合的な対話のスキルを身につけるべく、一歩ずつ進んで行けたらと思います。


(海外事業コーディネーター  實方博章 )

2014年3月25日火曜日

必要なものとは、欲しいものリストではない!

今回は、インドで活動するコミュニティファシリテーターが、「村人が私たちに語っている問題は、本当の問題でない可能性がある」という仮説を立て、その検証を行った事例をご紹介します。

 1. 必要なものとは、欲しいものリストではない!
Visiting the villages
インドの季節は、hot、hotter、hottestの3つだ、という言葉をどこかで耳にしたことがあるが、4月下旬から6月にかけての約1ヶ月間は、それこそhottest の時期になる。ポガダヴァリ村(以下、ポ村)やマーミディジョーラ村(以下、マ村)でも、日陰でさえも休まる気がしないほどに日中の気温は上がり続け、汗は流れる前に蒸発する。マンゴーで喉と心を潤したいのに、今年は不作なため欲しいときに市場にない。


そんな夏真っ盛りな中、ポ村とマ村からの研修参加者たちはお互いの村を訪ねて、宿題の結果を共有しあった。宿題とは、「土壌を良くする」「水源地を涵養する」「苗床を作る」「山火事から守る」と彼らが考える活動の中身を、はてどうするか、考えるというものだった。

ポ村では、研修参加者たちがまず村全体の景観を見渡しながら、山のどこから水が流れてきて、チェックダムやため池がどこにあって、そこからどうやって畑や田んぼに水を引いているか、マ村の研修参加者たちに説明した。

そしておもむろに一行をある場所まで連れて行き、宿題で考えたことを発表した。
「この斜面に、新しく石垣を作って土砂崩れを防ごうと思うの。」
「それで、斜面の下のほうにはため池を作ってそこから水路を引くと、荒地も田んぼに使えるし、水が土壌に染込んでいって、地下水が枯れるのも防げると思うの。」
「苗床は、あそこの土地に作ればいいかなぁ、なんて考えるんだけど。」
「あそこってどこ?」と尋ねるラマラジュ(※1)。
「あの山の向こう側に、村共有の土地があるんです。だけど、あそこまで行くにも、今日はもう陽が高くなっているのでやめましょう。」といって、ずーっと先の山の端の裏側を指すポ村のオジサン。
マ村でも、村人がまずは村の土地の景観を説明して、早速山登りが始まった。
マ村は4つの集落からなっているが、その内3つは山の頂上付近にある。といっても、山は一つだけでなく、一つの集落から次の集落へ行くときは、一つの山から次の山へ、という移動になるのだ。
3つの集落からの研修生が口をそろえて訴える。
「このチェックダムの水路を直せば下流部で畑が広げられるんだ、たぶん。」
「ここに石垣を作ってため池を作れば、もっとたくさんの水がチェックダムに流れる、ハズ。」
「ここにもため池を作れば、周りの田んぼが潤う、と思う。」
そして、4つめの集落からのオジサンが不満を言う。 
「オラのとこには水が来ねえじゃねぇか」

こんな、「チキン・カレーが食べたい」「フライド・チキンも食べたい」「あと、魚のカレーも欲しいよね」という食べきれるかどうかも分からない状態、つまり、ほんとにソレが必要なのかどうかさえも分からないままの状態では、作った後で「やっぱり要りませんでした」と言うことになり、残骸が増えるだけのことになる。
「なんで、今まで作ってきたチェックダムやため池なんかが使えなくなってるのですか?」
「キョーコさん(※2)、それはですね、私たちが作ったんじゃないからです。政策の一部で、役人が勝手に作って、私たちは単に言われるままに石を運んだり土を掘ったりしただけですから。」
「でも、それだけじゃないでしょう。役人が勝手に作ったとしても、上手く使い続けられることもあるだろうし、自分たちが作っても、ほとんどダメになってるため池もあったわけだし。」
「(ある集落のため池を思い出すオジサンたち)・・・・・・・」

村全体の地形と構造物の関係や、植物や水などの自然資源の状況をまだ全体的に掴めない村の人たちは、とりあえず、あったらいいかなぁというモノを考えていた。
そして、あったらいいかなぁという理由だけでは、ムラのミライ(旧称ソムニード)だって、JICAだって、好きなようにため池やチェックダムを作る支援はできない、けれど、750万円が3つの村で使えるように予算は作ってある、ということを伝える。
750万円というニンジンがいきなり目の前にぶら下がり、興奮状態に陥ったマ村とポ村の研修生たちは、もう一度宿題を考え直します、と鼻息荒く宣言してそれぞれの村に帰っていった。

再度開かれた宿題発表の日、意気揚々と集まったマ村とポ村の発表の中身は、要約すると次のようなものになった。

『100人の村人がちょっと良い感じの食堂でチキン・カレーを食べることが必要。』
なんかヘンな智恵を付けたな、と開いた口がふさがらないラマラジュと筆者。

しかも、村でミーティングをしての結果だと言う。

それなのに、今回初めて研修にやって来たポ村の数人は、今まで何が行われてきたのか知らんなぁ、と言う。
研修を受けた後には「村のみんなで共有しました」「村のみんなで話し合いました」と言ってきた研修生たち。
一体、村のミーティングとはどのようにしているのか、「みんな」ってどれくらい?と不思議になった私たちは、研修生たちに許可をもらい、村のミーティングを訪ねてみることにした。

注意書き
※1 ラマラジュ;今年の夏は日中に停電が続くためインド人の彼もさすがにバテる。日本製のウチワは軽くてしなやかと、フィールド事務所の中ではウチワを扇いで暑さを凌ぐ努力をするが、とうとう暑さに敗北。
※2 本名、前川香子。この通信の筆者。インドに持ってきた日本のウチワが、今年の夏ほど役に立ったことはない、と密かに感動しながら、涼しい場所とマンゴーを求めてさまよった夏。

 
さて、村のミーティングでは何が話されていたのか?続きは、下記よりお読みください。
ムラのミライホームページ プロジェクトの道のり 水・森・土・人 よもやま通信(インド)第7号 「必要なものとは、欲しいものリストではない」

2014年3月23日日曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第2部 第11号「村の人からマダムと呼ばれる日」

 

目次

1.オラたちの代わりに
2.無難に過ぎる研修初日
3.スタッフの役割
4.パドマ・オバチャンの本領発揮
5.「マダム」になったパドマ・オバチャン
6.エンジン再始動!?

前回10号、そして番外編3で、B村での快進撃をお伝えしたが、村のオッチャンオバチャンそして青年たちの猛撃は止まることを知らず、文字通り自分たちだけで村の公民館(コミュニティ・ホール)を建設中だ。G村ではホウキ草の大量収穫で、他州から人手を雇うほどの繁盛ぶり。
1月にはお米の収穫、脱穀を終えてホクホク顔の村人たちだが、新たに事業に加わった村の人たちも、とうとう石垣作りに取り掛かった。研修による収穫も続いたこの数か月。山やら谷やらを乗り越えてきたオッチャンオバチャンたちの様子を、とくとご覧あれ。



1.オラたちの代わりに

11月下旬ごろから、このよもやま通信の舞台である農村地域ではお米の収穫が始まるが、お米を皮切りに様々な作物の収穫が山で始まる。タマリンド、ホウキ草、ターメリック、そして4月以降にはカシューナッツ、マンゴーが待っている。とりわけホウキ草は、刈り取っておしまいではなく、ホウキを作って仲買人に卸すので、ホウキ草が採れれば採れるほどに大量のホウキを作ることになる。
2007年から一緒に活動をしているゴディヤパドゥ村(G村)は、以前から「丈夫で軽くてしなやかなホウキ」を作ることで有名だったが、山での石垣による土留めや植林による土作りなどをしてきた効果で、一株の大きさ・量がだんだん増えて来ているのを実感している。

ラマラジュさんキョーコさん今年のホウキ草もグングン伸びています!今年は、去年の何倍もホウキが作れそうですよ」
「ワシのホウキ草畑も、土が流れないだけで、植物の育ちが全然違うわい」と、ガンガイヤ始めG村の村人たちは、11月頃からすでに筆者たちに「2月以降はボク達は忙しいです」宣言をしていた。
その言葉通り、2月どころか1月から徐々にホウキ草の刈り取りが始まり、ガンガイヤは他州から10人も人を雇って(仮住まいと食事と労賃を支給)、夜明けから日暮れまでホウキ作りに余念がない。30世帯弱のG村全体でこんな感じなので、筆者たちスタッフも村には行けない。ガンガイヤ他3名が、近隣の村で流域管理についての研修をする指導員となっていたが、もう研修どころではない。何しろ、このホウキ草での収入が、彼らの年収の9割に相当するのだ。
「それでも、ボクはもう一人の指導員と一緒に、なんとかして研修を行います!」と言っていたラヴィという青年指導員もいたのだが、とうとう彼もホウキの山から抜け出せず、ソムニードから指導員たちへ行う指導員研修にも出席できなかった。
研修のテーマは「活動計画」。いわゆるアクション・プランである。計画とは何か、活動計画とは何か、そして予算はどうやって計算するのか。アクション・プランを作って初めて、石垣や植林などの作業に入れるから、7か村のオッチャンオバチャンたちは、指導員たちによるアクション・プラン作り研修を今か今かと待っていた。ソムニード(現ムラのミライ)による指導員研修に来たのは、B村とP村の指導員10人のみ。G村からはとうとう一人も参加しなかった。
「14人で1チーム。チームとして3つの流域での研修をしていこう」と、今年だったか去年だったかに話していた指導員たちだったが、今までは自然と、B村はB村の流域、P村はP村の流域・・と、それぞれの流域内での研修を受け持っていた。G村の指導員が活動計画についての研修を行えない。となると、B村なりP村なりの指導員たちがG村流域の村々に研修に行かないと・・・と白羽の矢が立ったのが、B村の青年アナンドとP村のオバチャン、パドマ。G村が研修を受け持ってきた村々は「サワラ語」という彼ら独自の言葉を使う。アナンドたちB村の人たちも普段からサワラ語を話すが、P村の人たちは全くわからない。言葉も通じない、しかも女性。政治家や何か組織のリーダーでもない村の女性は、自然と低く見られがちな村社会。「指導員」と自称するだけでは、その実力が認められない限り、男性以上に女性が言うことは受け入れられない。オバチャン指導員パドマによる、言葉が違う村での初めての研修である。



2.無難に過ぎる研修初日

今まではG村の指導員たちから研修を受けて来たM村とK村。アクション・プラン作りに関して、B村のアナンドとラメーシュ、そしてP村のパドマが研修第1日目を担当した。
「みなさんこんにちは。僕はB村のアナンドです」とそれぞれが自己紹介をし、「G村の指導員たちがホウキ作りで忙しいとのことで、ボクたちが研修に来ました。さて、前回の研修は、いつでしたか?その時は、何についての研修でしたか?」
「コメの収穫の前だったからなぁ・・・」と、遠い目をして思い出そうとするM・K村のオッチャン、オバチャンたち。そうして順々に思いださせて、M・K村の人たちの理解度を探るアナンド。このやり取りは全てサワラ語なので、パドマはラメーシュに通訳してもらいながら、研修進行を追っている。
流域とは何か、石垣の役割は何か、川の水流を弱めるためには何が必要か、そういうポイントをアナンドが村の人たちと再確認して、いよいよアクション・プラン作り研修に突入した。
「では、みなさんに質問です。『スリカクラム(町の名前)にピクニックに行く』これは、計画ですか?」と、パドマが聞く。
「・・・え??」ぽかーんとする村の人たち。同じ質問を繰り返すパドマ。オッチャンたちはテルグ語(州の公用語)をある程度理解するので、これくらいのやり取りはテルグ語だけでも十分だ。
「え~っと、行きたいということは行くんだから、計画じゃないの?」
「いや、行きたいというだけじゃぁ行かないかもしれないし」
「それでは、『来週の土曜日に、スリカクラムにピクニックに行く』これは、計画ですか?」と、村の人たちの答えにはイエスともノーとも言わずに、次の質問を重ねる。
「あぁ、それは計画だろう」うん、うんと他のオッチャンたちもうなずく。
「では、最初の質問と次の質問では、何が違いましたか?」
「来週の土曜日、という言葉がついている」
「つまり、どういうことがはっきりしているのでしょうか?」
「来週の土曜日」
「つまり??」
「あぁ、『いつ(when)』ってことか」
ここまでは、村の人たちもテルグ語で応答していたが、だんだんとサワラ語で発言し始め、そして自然とアナンドがやり取りを引き継ぐことになっていった。顔の表情や、何となく出てくるテルグ語の単語で、村の人たちとアナンドのやり取りを推測するパドマ。いつの間にか、村の人たちも「計画とは何か」についてポイントを押さえ、計画を実現するための「アクション・プラン」作りの内容へと移っていっていた。
2月半ばは、夏直前の嵐が吹き荒れることもあって、この日も午後からは突風が襲い、村の人たちも指導員も、そして筆者たちも目が明けられないほどに砂埃が舞う研修場。予定よりも早く研修を切り上げることになった。次からは、アナンド達B村も、自分たちがソムニードから受ける研修やら石垣作りやらで忙しいので、M・K村への研修は、P村の指導員たちだけで行うことになった。



3.スタッフの役割

アクション・プラン作りは、例えば『来週の土曜日にスリカクラムにピクニックに行く』ということを実現させるために、一つひとつの行動について、誰がいつ何をどうするのか、について時系列でまとめるものだ。例えば、「タクシーの手配をする」とか「お弁当作りをする」とか「スリカクラムの公園にケータリングできるか調べる」などなど、来週の土曜日に確実にスリカクラムに行き何をするか(遠出をすることを「ピクニック」とこちらでは言う)、そしてそれにいくらかかるのか、を一目で明らかにする。M・K村から約10人ずつ参加した2日目の研修では、それぞれの村ごとにグループを作って、アクション・プラン作りの練習をした。この日の指導員は、P村のパドマと、青年指導員チャンドラヤ、そして睨みを利かすにはぴか一の年輩指導員ダンダシの3人。ソムニードからは、ヒロアキとスーリーというフィールド・スタッフが、研修のモニタリングを行った。
その日は、ラマラジュと筆者はB村での農業に関する研修を行っていたため、ヒロアキとはそれぞれの研修が終わって後、途中の町で合流する。
「今日は、スーリーが何かとしゃべっていたのですが、これって、良いんですか?指導員による研修ですよね?」と車中で筆者に尋ねてくるヒロアキ。詳しく確認していくと、指導員たちがポイントを言う前か後かは言葉の問題もあって判別していないが、何かとスーリーが口を挟んでいた、ということは明らかになった。
「村の人たちの理解度を助けるために、私たちスタッフが介入することが必要な時もあるけれど、それはやり方と聞き方次第だよね」とのみ伝えた。
そしてアクション・プラン作り研修の最終日となる3日目を迎えた日、この日の指導員はP村のパドマとダンダシの2人。この日は、ビシャカパトナムの町、M・K村、B村と3か所に筆者たちスタッフも分散してのそれぞれの業務。筆者は、パドマ達による研修のモニタリングをスーリーとすることになった。
「では、前回の確認をしましょう。誰か、前回学んだことを話してくれますか?」とパドマがテルグ語で言うと、M村の青年がすっくと立って、前回使用した模造紙を見せながら、他の参加者たちにサワラ語で話した。そして、「今、こう言いました」とテルグ語でパドマに簡単に共有している。
この時、青年のパドマに対する言葉遣いや態度が、1日目と少し違うことに気づいた。きっと、前回の研修で、口を挟まれようが何をされようが、パドマの研修のやり方がうまくいっていたのだろう。


4.パドマ・オバチャンの本領発揮

「では、予算の計算の仕方のおさらいです。ミールス(お昼の定食)一人分が30ルピーで15人が食べる時、お昼代は合計いくらになりますか?また、その計算式は、どう書きますか?」すると、またM村から別の青年が立って、黒板に何とかして計算式を書き出す。パドマと何回かやり取りして、ようやく正しい計算式と答えが出る。M村は参加者10名中、文字の読み書きできるのが5・6名。K村は参加者10名中0名。村の中で唯一読み書きできる青年が、今日の研修には参加できていないのだ。前回の練習問題でも、この青年がほぼしゃべったり練習問題に取り組んだりして、他のK村の村人たちは、ただ座って見ていたらしい。
「他のみなさんも、わかりましたか?」とパドマがM・K村合計20名の参加者に尋ねる。
「うん、よくわかった」と、オッチャンオバチャンたちが口をそろえる。
「じゃぁ、次は自分たちの山で行う石垣作りなどのアクション・プランを作っていきますよ」と進めていこうとするパドマに、筆者は「スミマセン」と手を挙げた。
「次に進む前に、ちょっとお聞きしていいですか?」
「はい、どうぞどうぞ」なんだろう、と参加者たちも興味津々の顔で見つめてくる。
「私、テルグ語文字を読むのが得意じゃないので教えてほしいのですが、今、『一食30ルピーの定食を15人が食べる』という例を挙げたのですよね?その式の中では、どこが『一食30ルピー』でどこが『15人』というようになっているのですか?」
「こことここです」と、M村の青年が答えてくれる。
「じゃぁ、前回のおさらいででてきた『バス一人分チケット150ルピーを15人分買う』というのは?」
「こことことです」と、またM村の青年が答えてくれる。
「じゃあ、今度はK村の人に教えてほしいんですけど、30ルピーの定食を10人が食べる、と言う時にはどこの数字をどのように変えればいいですか?」
「えぇぇ、そんな事言われても、どこに何が書いてあるのか知らないよ」と、K村の人たち。


この様子を見て、パドマはぴんと来た。(この時、何かを言いかけるスーリーを目で制す筆者。)
「皆さんが石垣を作る、堰堤を作る、植林をする、という時に予算を立てますよね。予算の書き方、つまり必要なお金の計算の仕方、書き方は決まっています。なので、文字が読めなくても書き方が分かっていれば、どの数字が何を意味するのか、分かるんじゃないですか?」と、パドマ。
「じゃぁ、もう一回言ってよ」とK村のオバチャンたち。
「M村のバンパイヤさん、絵を描いてみてもらえますか?」と、パドマが言う。照れながら、ご飯の絵を『一食30ルピー』の下に、人の形をした絵を15体、「15人」の下に描くバンパイヤ。
「じゃぁ、一食30ルピーの定食を10人で食べる、という計算はどこをどのように変えますか?」とパドマが聞くと、お互いの背中を押しあいながら、K村のオッチャンが一人ようやく前に出てきて、15人の絵から5人分の絵を消し、「ここが10人だ」と数字を入れて、そそくさと黒板から逃げる。
「合計金額がそのままだ」と、別のK村のオッチャン。お前が書けよ、と別のヤジが飛んで、合計金額も300ルピーに直される。
こうして、色々な例で試して、テルグ語での計算式は『単価がxxで量がyyなら合計金額はzzルピー』と書くようになっているんだということが、K村の人たちにも染み込んだ。

 

5.「マダム」になったパドマ・オバチャン

そして、自分たちの山で設置する、石垣や堰堤に関するアクション・プラン作り。すでに、山のどこに何メートルを設置するか測定をしているので、例としてM村の測定表から石垣2基を取り上げて、アクション・プランを全員で考えてみる。
「では、この役割分担という項目には、誰の名前を入れますか?」とパドマが尋ねる。
「AさんとBさんとCさんとDさん」とM村の人たちの答えのままに、模造紙に書く青年。
「何の役割ですか?」
「いろいろ」
「人を集めたり、作業記録を付けたり、長さを測ったり・・」この時、スーリーが何かを言いかけるのを、「まぁ待ってみて」と制止する筆者。
「じゃあBさんが、急にお腹を壊して、この日に作業ができない場合、Bさんの役割はどうしますか?」とパドマが訊く。
「Eさんに代わってもらう」
「何をしてもらうのですか?」
「・・・・あ、そうか。誰が何の役割をするのか、最初にはっきりさせておかないといけないんだ」村人たちの顔つきが、より一層クリアになっていく。
ポイントを、村の人たちから言わせるパドマ。もう立派なファシリテーションのスキルでもって、研修を行っている。パドマたち指導員たちのファシリテーションのサポートも、筆者たちモニタリングの役割の一つだ。そして、M村、K村それぞれのアクション・プランを作成する時には、パドマがK村の人たちの言うとおりに紙に書いた。
「1メートル当たり80ルピーで50メートル設置なら・・・・・・4,000ルピー」と、ブツブツK村のオッチャンオバチャンたちが言っている。
「パドマ・マダム、ここはこうやって書けばいいんでしょうか?」と、M村の青年たちがパドマに質問してきた。初めてパドマが研修に来た日は、名前すらも呼ばなかった村の人たちが、今は「マダム」と呼んでいる。
そして、予定より2時間ほどオーバーしてアクション・プラン作りの研修が終わった後で、M村とK村の人たちがパドマに言った。
「パドマ・マダム、ぜひ今度も、ボク達に研修をしてください」
研修後、近くのバス停まで車で送っていく途中、パドマが言った。
「キョーコさん、また別の村で研修が必要な時は、ぜひ私に声をかけてくださいね」
「ワシも行くぞ」と、ダンダシもボソッと言う。


6.エンジン再始動!?

そんなキラリと光るパドマの住むP村では、農業研修を2012年に行っていたが、途中でゴニョゴニョと尻すぼみ状態になり、結局農業研修は続かなかった。ところが、パドマやダンダシなどP村の指導員たちがB村の指導員を通じて、やれタミル・ナードゥ州に視察に行ったの、やれ堆肥づくりや植え方の工夫で収穫が3倍以上になっただの、B村の農業研修の成果を聞いて、
「自分たちも、もう一度研修を受け直したい」と言ってきた。
「一度、ワシらとミーティングを持ってほしい」とダンダシに請われ、P村を訪れた筆者たち。パドマの声がひときわ朗らかに響くP村で、待ち受けていたものは・・!?続きは次号で。


注意書き

1 ラマラジュさん=ソムニード・インディアの名ファシリテーター。よもやま通信第1部からおなじみ、事業に欠かせないスタッフの一人。
2 キョーコ=前川香子。この通信の筆者で、プロジェクト・マネージャーを務める。
3 ヒロアキ=2013年6月末からインドに赴任してきた新人駐在員、實方博章。ヒーローのニックネームで、村の人たちにも人気者。


2014年3月18日火曜日

「自分もまるで同じ」という気づき

現在ネパール駐在員として環境教育を通した地域づくりプロジェクトを担当しています。

ネパールのプロジェクト現場で和田代表のファシリテーションを観察し、いつの日か自分も実践あるのみという修行中のわたしが、最近ようやく気がつき、これって多分大事なことなんだろうなとぼんやり思うこと。

それは、
自分は全く何も知らないし、分かっていないし、脳みそを使ってもいないということに気がつくこと。

 なぜ最近それに気がつくようになったかというところですが、プロジェクト通信を執筆しながら、「あっ」という気づきに出会ってしまったのです。それはでこぼこ通信第7号「自分たちもまるで同じ」の章でお伝えしました。

 ムラのミライの研修を欠かさず受け、今度は自分が「リソースパーソン」となり、子供たちを課外授業(モデル・レッスンと呼んでいます)に連れていくことになった中学校の環境教育担当のクマール先生。
クマール先生主導のモデル・レッスンであるべきところが、ムラのミライからの指示待ちの姿勢をガンとして崩さないクマール先生。そして、その授業にオブザーバーのつもりで参加したソムニードスタッフ(この時、たまたま、ファシリテーター和田は不在の日)が、指示待ちをするクマール先生に翻弄されてモデル・レッスンが終わってしまったのでした。

「指示待ちのクマール先生をみて、準備が甘く、考えが足りないと思っているうちに、自分たちもまるで同じではないかということに気がついた。
指示待ちの先生を前にしてその場その場で慌てふためく。
自分たちこそ、普段からプロジェクトマネージャー・和田からの指示を待ち、指示を受けて初めて動くことしかしていなかったからこそ、和田不在で自分たちの準備不足が明らかになり、そして誰も指示してくれないから慌てふためく。」

 クマール先生の動き方をみて、「なぜそれができないの?」と訝しげ(いぶかしげ)に感じて終わるのではなく、あぁ、そうか、自分も同じだったと気がつけること。まさに自分も準備不足で、ありとあらゆる場面を想定することをハナからせず、何も考えずにとりあえずモデル・レッスンに参加してみたという自分がいたこと。
この気づきがなければ、私の視線の対象は常に相手に向けられており、自分には向くことはない。思考の対象が自分に向いていなければ、自分に関する気づきは生まれない。その結果、自分の行動変化は望めないということになります。

他人の行動変化を望むなんていう偉そうなことを言う前に、まず自分の行動変化。そのためには、やはり「気づき」が必要なのですね。

 今はまだ何も知らず分からずに、「脳みそを使う」こともなく、「ちょっとは考えようよ、自分」と一人つっこみを日々いれる私ですが、少なくとも「自分はわかっていない」という認識にようやく立てたことで自分を少し認め、まだまだいけるよ自分!と思いながら、ファシリテーションを使った研修をツールとしたネパールでの地域づくりに貢献しようと思うのです。

(海外事業コーディネーター 池崎翔子 

2014年3月11日火曜日

『そこにいる人』が『参加者』になる方法


地域づくりの「主役」は誰でしょうか?そもそも、『地域づくり』とは何でしょうか?

事例の舞台は、ネパール首都カトマンズ。

ムラのミライ(旧称ソムニード)のネパール駐在員ハチ公とネパール人スタッフであるクマ公は、親分(ムラのミライ共同代表 和田信明)からプロジェクトを始めるときの心得を学んでいます。



プロジェクトが始まって、親分が最初に始めたのが、ハチ公とクマ公を叩き直すこと。
というのも、ハチ公もクマ公も、それなりにこの道(「国際協力」のお仕事)で経験を積んではきたものの、ムラのミライのお家芸である
「人をいつの間にかその気にさせる」技、
「あぁ、俺っちはこいつがやりたかったんだと、自分で何かをやり始める」技
(ムラのミライ的に申しますと、メタファシリテーション、または対話型ファシリテーションと申します)
については、残念ながらまだまだ素人。
親分としては、こいつらを早いところ何とかしないと、プロジェクトの進めようがありません。

親分「よし、ハチ公、クマ公、俺たちは、まずは学校の『環境教育』の先生たちに、バグマティ川や地元の環境のことを子どもに教えようぜ、と働きかけようと思ってるよな?で、そのために先生たちを研修するとしたら、お前たちなら、まず何をやるよ?」

ハチ公・クマ公「へっ・・・」「ええと・・・あの・・・」
親分「何おろおろしてるんだ。なんでもいいから言ってみろ」
ハチ公・クマ公「えーと・・・地域環境についての・・・」
親分「おい、『地域環境』っていったい何のことだ?お前ら、『地域環境』が何かって、10歳の子供や読み書きできない80歳のばあちゃんに説明できるか?」
ハチ公・クマ公「うっ・・・」

ちなみにこの、
「10歳の子供や80歳のばあちゃんでも分かるように説明できるか」
というのは、ムラのミライの基本的な考え方の一つなんですねぇ。

あたしらのおります「国際協力」業界では、やれ「参加型」だの「住民主体」だの、あるいは「貧困層」の「貧困削減」だの「インクルーシブな開発」だのと、きらきらしい言葉があふれていますが、じゃあこういう言葉を使って、あたしらはいったい何を言いたいのか、やりたいのか。
改めて聞かれてみると、誰も肝心の「住民」の方々には、はっきりと答えることができません。

親分曰く。
「村の10歳の子供や、80歳の字が読めないばあちゃんが納得できる言葉で説明できなければ、それはお前自身が、きちんと分かってねえってことなんだよ」。
逆に、子供やおばあちゃんが「ああ、それそれ、そういうことね、わかるわかる」という言葉で話すことができれば、それが「業界用語」で何と言うかはどうでもよくて、地域の人たちと思いを同じくして、「じゃあこれから一緒に何をしていこうか」という相談を進めることができる、ということだってわけなんです。

親分「お前らに宿題だ。『環境』『評価』『モニタリング』『マネジメント』・・・こいつらを、子供やばあちゃんにわかる言葉で言い直せるようにしておけよ」
ハチ公・クマ公「へ、へい・・・」
親分「さ、話を戻すぞ。先生たちの研修だ。まず最初の日の、最初のお題は何にする?」
ハチ公・クマ公「ええとー・・・ゴミ処理の問題・・・」「バグマティ川の汚染・・・」
親分「いきなり『今日はバグマティ川の汚染について勉強します』っていうのか?お前ら、先生たちに“講義”でもするつもりか?ムラのミライの『研修』って何か、わかってるのか?『研修』ってのは『場』なんだよ。そこにいる人が興味を持って、自分なりに考える場を作るってことなんだよ、わかってるか?みんなが自分で考え始めて、初めて『そこにいる人』が『参加者』になるんだ。『バグマティ川の汚染について勉強しましょう』って言われて、先生たちが『おっ、なんだなんだ?』って興味をひかれると思うのか?」
ハチ公・クマ公「・・・・・・・・・」
親分「しょうがねえなあ。・・・最初のトピックはな、『川』でどうだ?」
ハチ公・クマ公「はぁー」
親分「はぁーじゃねえよ(笑)。バグマティ川の話に持っていくにも、まずそもそも『川』ってなんなのか、みんなが同じレベルの理解をしなけりゃ、話が進まねえだろ?」
ハチ公・クマ公「そうか・・・なるほど・・・」
親分「で、研修始まりました、と。さあ、参加者にまず、何ていう?何を質問する?」
ハチ公・クマ公「えーーーーーーーと・・・・えーと・・・『川って何ですか?』」
親分「(笑)お前たちも懲りねえなぁ。いきなり『空中戦』してどうするんだよ?」
ハチ公・クマ公「あっ、そうか・・・」

この『空中戦』というのも、ムラのミライ流の「技」では大事な考え方です。

ムラのミライでは、『空中戦』=『事実』に基づかない(いわば頭でっかちの)コミュニケーション、『地上戦』=『事実』に基づく具体的なコミュニケーション、と位置づけ、実践的かつ具体的な行動につなげていくためには、いかなるコミュニケーションにおいても『空中戦』を避け、『地上戦』をしていかなければならない、と考えておりやす。

親分「全く、お前らも覚えが悪いな。研修の最初はな、『あなた(たち)が『川』について知っていることを、50リストアップしてください』ってのでどうだ?・・・なんで50なのか、わかるか?」
ハチ公・クマ公「えーと、50じゃなくてもいいけど、とにかくなるべくたくさんってことで・・・」
親分「まあそうだな。でもじゃあ、なんで『なるべくたくさん』じゃなくて50、って数を出したのか、わかるか?」
ハチ公・クマ公「・・・・・・」
親分「あのなぁ、人間は、『なるべくたくさん』って言われたら、10か15考えて、はいできました、おしまい、って思っちゃうもんなんだよ。でも50、って言われたら、とにかく何でもいいから、一つでも多く絞り出そうとするだろ?」
ハチ公・クマ公「ふむふむ」
親分「そうするうちにな、理屈で知ってること(『空中戦』的な知識)だけじゃ足りなくなって、どうしても自分が生で経験したことが絞り出されてくるんだよ。つまりその人なりの具体性が出てくるってわけだ。さあ、じゃあ、参加者が50とか60とか、『川』について知ってることをリストアップしましたよ、と。その次は何だ?」
ハチ公・クマ公「えっ・・・あの・・・」
親分「じゃあ、今日はここまで。明日までに、お前ら自身が『川』について知ってることを50書き出しておけ。自分でやってみると、少しはこっちの意図が実感を持ってつかめるだろうからな」

・・・という具合の特訓が何回か続き、二日か三日分の研修内容をざっくりイメージするにも、ハチ公クマ公は大苦戦でしたが、そこは親分、身内の教育にも「技」(対話型ファシリテーション)を繰り出していたんですねえ。

「50書き出しておけ」と言われたハチ公・クマ公は、それをすることで、自分が『川』について何を知っているか、逆に何を知らなかったのかを理解することになったからです。
そうすると、「あ、このことはおいら、よくわかっていなかったな。これってどういうことなんだろう」と考えるようになります。

つまり、ムラのミライの「技」の勘所というのは、相手に、『自分が何をどこまでわかっていて、何をわかっていないか』『ではこれから、何を知れば、学べばいいのか』を、「教える」のではなく「自分自身で考えるように『つついていく』」ことなんです。

・・・親分に絞られて、すこーしはムラのミライの「技」がどう相手に(この場合は自分に)作用するか、まさに実感したハチ公とクマ公ではありますが、しかし自分でこの「技」を駆使できるようになるには、まだまだ道のりは遠そうです。

ただし、これも親分に言わせれば、
「いくら理屈を勉強したってダメなんだよ。例えばこれからやる研修でな、参加者の前に立って、『あれっ、次どうしよう、何を質問したらいいんだろう??』って、頭が真っ白になる体験をしない限り、こいつは身につかないのさ。ま、これからいくらでも真っ白になる機会はつくってやるさ(ニヤリ)」

・・・ということであります・・・

(引用:ムラのミライホームページ よみがえれ、聖なる川 ~バグマティ川再生プロジェクト でこぼこ通信~ 第1号 「まずお前たちの『頭の枠組み』を変えてみろ」


人間相手のプロジェクトは、電車の時刻表ではないので、予定通り進むことは稀です。そのあたりのことを考慮して十分余裕をもった予定の組み方をしなければ人は育ちません。

では、「人が育つ」とはどういうことでしょうか?

人が育つということは、人が理解したことを実践する、つまり行動変化が起こるということです。


ポイントなのは、「教える」のではなく「自分自身で考えるように『つついていく』こと。

最初から、結論に入るのではなく、当事者自身が考える機会を持ち、「育つ」のを待つことです。


では、最初は何をお題に始めたらいいのでしょうか?

親分が「何をお題に研修をするのか?」とハチ公・クマ公に聞くと、

ハチ公・クマ公「ええとー・・・ゴミ処理の問題・・・」「バグマティ川の汚染・・・」

と答えました。すかさず親分はこう続けます。

親分「いきなり『今日はバグマティ川の汚染について勉強します』っていうのか?お前ら、先生たちに“講義”でもするつもりか?ムラのミライの『研修』って何か、わかってるのか?『研修』ってのは『場』なんだよ。そこにいる人が興味を持って、自分なりに考える場を作るってことなんだよ、わかってるか?みんなが自分で考え始めて、初めて『そこにいる人』が『参加者』になるんだ。『バグマティ川の汚染について勉強しましょう』って言われて、先生たちが『おっ、なんだなんだ?』って興味をひかれると思うのか?」

そして、まず「川」について知っていることを50書き出すというワークをハチ公・クマ公自身が
やってみるということになりました。

このように最初に、当事者が何を「理解している」のか、「理解していない」のかを知る機会を持つことはとても大切です。

また当事者に年齢のばらつきがある場合、理解してもらうボトムラインは、高齢者や子どもたちに置きます。

高齢者や子どもたちが、何が起こっているかを理解できているかが、他の人たちが理解しているという指標になるからです。

次週は、コミュニティファシリテーターとして修行中のネパール駐在員の体験談をご紹介します。


(研修担当インターン)

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詳しい解説は、『途上国の人々との話し方』345~348ページ「③パートナーシップとは、ギブ・アンド・テイクの関係:参加ゲームを避ける」をご参照下さい。

2014年3月4日火曜日

組織の問題を検証する②


  前回に引き続き、対話型ファシリテーション講座・中級編フィールド研修で学んだ質問パターンをご紹介します。





 今回は、組織の意思決定方法を検証する質問について勉強したいと思います。


 「意思決定の方法はどうなっていますか?」というような抽象的な質問は効果的ではありません。

 質問を受ける側からしたら、何を答えたらよいか分かりませんし、答えるにしても質問を受けた人の意見(思い込み)を回答しがちで、ファシリテーターもこれに対して意見(思い込み)を述べることになりかねません。

 こうなってしまうと、組織の意思決定方法に関する具体的な事実を把握することができなくなってしまいます。

 

 このように具体的な事実の分析を欠いたまま、意見(思い込み)の応酬を繰り広げることを「空中戦」といいます。

 ファシリテーターとしては、事実質問を駆使して相手と対話を繰り広げる「地上戦」を展開し、相手との間で具体的な事実についての洞察を深めていく共同作業をしなければなりません。


 具体的、具体的と何回も書きましたが、では具体的に(笑)どのように質問をしていけばよいのでしょうか?


 まず、意思決定の場面を思い出してもらう必要がありますので、次のような質問をしてみましょう。

「一番最近の会議はいつでしたか?」

「誰が参加していましたか?」

「議題は何でしたか?」

「その議題は誰が決めたのですか?」

「その人はその議題をどこで決めたのですか?」

「どのようにして決めたのですか?」


このように聞いていくと、会員が議題を提起するシステムがあるかどうかが見えてきます。例えば、全ての議題を事務局長が決めているということになると、どのようにして議題を決めているかを事務局長本人に聞かなければなりません。
 

また、次のような質問も有効でしょう。

「議題以外に何か話し合われたことがありますか?」

「それは何ですか?」

「誰が提案したのですか?」


 このように質問することで、会員が自由に発議できるのかどうかが見えてきます。

 また、議題としては取り上げられていない雑談の中にヒントが隠れていることもあるでしょう。


 大事なのは、具体的な意思決定の場面を思い起こさせることです。

 そうすると、意見に覆い隠されない生の事実が見えてくると思います。

 (2013年度インターン 藤川真之介)