2014年6月13日金曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第2部 第13号「オラ達の村の銀行」

 

目次

1.種の銀行をつくろう
2.事前準備は完璧?
3.準備は準備、本番は本番
4.反省、前進、デジャブ
5.三度目の正直
6.やっぱりラマラジュさん
7.振返れば

灼熱の南インドの夏も大詰めの5月、40度を超える暑さのなかで降る雨は、暑さに参る人々と野山の草木を潤し、夏の終わりを感じさせる。来る雨期に向けて村々では着々と研修に励む。
「ブータラグダ村(以下B村)の人たちは、去年もモデル農地の活動計画を作っていて、何をどうするかは知っているから、あとの研修はお願いね(ラマラジュさんとキョーコさんから残りの研修を託されたヒロアキとスーリー。今回のよもやまはヒロアキがお送りします。

1.種の銀行をつくろう

昨年から農業研修を続け、着実に成果が見え始めているB村(よもやま通信バックナンバー参照)。昨年から続いている世帯単位での新しい農業への挑戦に加わり、村全体の活動として村の中で種を保管、貸借りできる「シード・バンク(種子銀行)」の設立も目指している。種子銀行では、金銭の貸借りの代わりに種の貸借りが行われる。種まきの季節に銀行から種を借りて、収穫後に利息として借りた量以上の種を返済し、保管された種は、また次の季節に使われる。種子銀行を運営することで、村人たちは村の中で毎年必要な種を確保することができる。

これまでは必要な種を種苗店や市場から現金で購入していたB村。種の購入のために高利貸しから借金が必要なこともあった。また、村のお年寄りが若い頃は存在したのに現在ではB村では姿を消してしまった種もある。種子銀行の設立は、種を外から現金調達することなく自分たちでまかなうことを可能にし、同時に在来種を守ることもできる。

5月中旬には、種を保存するための保管庫が完成し、種子銀行設立に向けての準備が着々と進む。種子銀行で取扱う種と、種ごとの収集、保管作業の責任者も決まった。次のステップは、村に現在ある種の収集作業と、良質の種の選別から管理、貸付、回収という一連の流れを流域管理委員会の規定づくり。
これまで研修を担当していた名ファシリテーターコンビのラマラジュさんとキョーコさんに代わり、ヒーローこと筆者とスーリーという迷ファシリテーターコンビが種子銀行の設立の研修を任された。


2.事前準備は完璧?

あれよあれよという間に決まったヒーロー、スーリー・コンビによる研修の引継。キョーコさんは日本国内での研修業務で一時帰国、ラマラジュさんはアドバイザーのような役割で、インド事務所のある町、ビシャカパトナム市から研修を統括する。

「ぼくとキョーコさんは、1回の研修のために2,3日かけて準備します。まず君もその日の研修がどうやって進むかしっかりイメージしてみなさい。」というラマラジュさんからのアドバイスを受ける。

新しい研修とは言え、ラマラジュさんとキョーコさんの研修を経て、すでに種子銀行設立に必要な基本的な考え(例えば収集、管理、貸出、回収という流れや、その責任者)は話し合っているB村。ということで今回の筆者とスーリーの役割は、B村の人たちが自分たちの考えを銀行の規定として定めるうえで、ヌケやモレがないかを確認し、必要に応じて彼らの気付きを促すような働きかけをすること。筆者はまず研修がどのように始まり、どのように終わるかをイメージして、ラマラジュさんにアドバイスを求めた。

「まずは、中心となる若者2,3人が、他の参加者たちに今日の流れを説明するのではないでしょうか?それから前回の研修で決まった各責任者を中心に、持ち寄った種の選別を始めます。私とスーリーの役割は、村人たちの作業で抜けている点がないかと、お年寄りが話についていっているかを確認し、もしそうでなければ修正するような質問をするという形でよろしいでしょうか?」
「ふーん。じゃあ、もし村人全員が同じ種類の種を持ってきたらどうしますか?」
「あっ、、、まずは種を集める量を決めないといけないですね。」
「そう、まずはそれぞれの種をどれだけ集めて保管するかを決める。それから、各家庭から持ち寄る種の種類と量を決める。持ち寄った種の中から虫食いや大きさなどを見て種を選ぶ作業はその後」
このような形で、種の収集と選別、管理、貸付けに関してことラマラジュさんから細かくアドバイスを受ける。
研修前日、早めにビシャカパトナムの町から村にある研修センターに移動し、ラマラジュさんからもらったアドバイスをスーリーと共有する。
「まずは集める量が彼らの中で決まっているかを確認しましょう。決まっていればそれでいいし、決まってなければどうやって量を決めるかを聞きましょう。それから、種選びの方法を村全体で統一して共有できるようにして、、、それから、、、それから、、、」と意気揚々と翌日の流れについて話す筆者とスーリー。
流域管理も新しい農業でも他のどの村より熱心なB村だからこそ、筆者とスーリーは自信に満ちていた。この自信は、「おれたちなら大丈夫!!」という研修への自信というより「あいつらなら大丈夫!!」という、B村への圧倒的な信頼だった。B村へ向かう車の中で、再度スーリーとの確認作業。
そして、いざB村へ、、、


3.準備は準備、本番は本番

B村に到着すると、村の人たちの姿がちらほらとしか見えない。隣の村で政府スキームによる食料の配給が行われているとのことで、村の人たちの多くは隣の村に行ってしまっている。青年リーダーの一人であり、たびたびスーパー研修員としてよもやま通信にも登場するアナンドから、1時間ほど待つように告げられる筆者とスーリー。しばらくするとポツポツと村の人が現れはじめる。この日の研修は、保管する種を選び、選んだ種を保管庫に移す作業と、そのプロセスを種子銀行の規定として定める作業を並行しなければいけない。筆者たちは、まずは保管する量や条件など種選びのルールを決めて、それに基づいて村人みんなで種を選んで保管する、という流れをイメージしていた。しかし、実際にはポツポツと集まってきた村人たちは、特にルールを決めることなく種選びを始めた。

(待てよ、この流れはさっき確認したものとは違う。種を選ぶ前に量を決めないと。)
「その種は何キロ集めるんですか?」村人に尋ねる筆者とスーリー
「この種も、あの種もどの家族からどれだけ集めるかノートに書いてあるよ。」とアナンドが答える。さすがはB村。これまでのラマラジュさん、キョーコさんの研修を踏まえてしっかり村で話し合っている。この点は全く心配はいらない。とは言え、量が決まっていても選定のルールも決めずに選んでいたら種の品質が統一されていない状態で保管することになってしまう。
(とにかく種を選ぶための条件を統一して、種子銀行の規則としてまとめるように働きかければいいんだな。)
種選びの作業を種子銀行の規則につなげるために、様子を伺う筆者。筆者たちがB村に到着して1時間ほどが経過する頃、村人たちが次々に配給から戻ってきて種選びに参加する。
「スーリーさん、彼らの種を選ぶ作業はいいんですけど、収集量や方法についてしっかり記録する作業もやらなきゃいけませんよね。ちょっとここらでそれぞれの種をどれだけ集めるかと、どんな基準で集めているかを確認してみましょう。」
「わかった。(村人に向かって)おい、まずは保管する量を決めないと。」と叫ぶスーリー。しかし村人からの反応はない。種選びに集中している村人たちは筆者やスーリーに見向きもせず黙々と作業を続ける。
「おい、じゃあ種をどういう基準で選んでいるんだ?」と、もう一度叫ぶスーリー。
「虫食いと、サイズと、色と、乾き具合と、、、」と面倒くさそうに答える2,3人の村人たち。
(ダメだ。みんな完全に目の前の種に夢中でこちらの話は全く聞こえていない。)
そして、昼が過ぎ、作業は夕方まで続いた。この日、B村の人々は非常に精力的に働き、以前の研修で定めた28種類の種のうちB村にある豆や雑穀など21種類を収集した。その後、収集した種を布の袋に入れて名札を張り、種保管庫に設置した素焼きの壷に入れてフタをして保管作業まで完了した。

結果的には作業の進んだ1日だったが、種子銀行の規定づくりの研修としては、村人たちのなかでの暗黙のコンセンサスを明らかにして、規定として定めることができなかった。つまり、筆者とスーリーの任務は失敗に終った。
(準備はしていたのに、本番はどんな条件が加わるかわからない、、、)
研修の難しさを実感した筆者だった。


4.反省、前進、デジャブ

2回目の研修は、前回の種集めの作業をどういう形で種子銀行の規定づくりにつなげて行くかが重要なポイントだった。村の人たちは、知識や技術は十分に知っている。ただ、時にそれらの知識や技術が上手く整理されていない。なので、今回種子銀行の規定をつくるためには、ソムニード(現ムラのミライ)のファシリテーションの基礎を守り「思い出させる」ことで、種子銀行の規定につなげていくのが筆者とスーリーの役割だった。再びラマラジュさんのアドバイスをもらい研修に向かう。

今回のポイントは、前回村の人たちが何をしたか?という点である。村人が自然に行っていた種の選定を今一度整理して、記録することでそれが種選びの規定になる。そして、ヌケやモレがあればこちら側からその点を気づかせる。前回は、バラバラに集まった村人に改めて話をすることをしなかったので、研修の開始が明確ではなかった。どんどん人が増えていき、規定づくりよりは、種選びに夢中になってしまった。今回はそのようなことがないように、まずスーリーが前に出て、前回の振返りと規定作りについて話してからスタートする。

銀行の規定作りに関して少し話したあと、スーリーが村人に尋ねる。
「種選びの方法ってなんですか?」
「大きさ、虫食い、色、とか」
(これは完全に意見・考えを聞く聞き方になってしまっている。これじゃ前回の経験を意識して話さないし規定にならないな)
研修開始早々からスーリーが曖昧な質問をしてしまったことに焦る筆者
「スーリーさん、ここは(ラマラジュさんのアドバイス通り)前回、種を選ぶ作業で何をしたか?を一つ一つ具体的に聞きましょう。それに規定ですから、その場にいなかった人もわかるように、大きさ、色、など単語ではなく文章で記録しないといけません。」

「基準は何だ?」と聞けば、「虫だ」「サイズだ」と答えられてしまうことも、「何をした?」と聞けば、「虫が食ったのを避けた」「大きいものと小さいものを避けた」などと、その経験を具体的に聞くことができる。B村の研修では、相手にすでに知識や技量がある場合は経験を聞くだけで重要な要素が浮かび上がってくるということがよくわかる。それが、『種は大きすぎず、小さすぎず、同じサイズのものを選ぶこと』のように具体的な種選びの規定につながる。また、このように一つ一つの経験を細かく議論すると、モレやヌケにも気がつきやすい。

「古い種と新しい種を見分けるには、種を一度植えて新芽が出るかで判断しよう」
「規定がいつでもわかるように、この規定を保管庫の中に貼付けておこう」などと村人の中から新しい意見も出てくる。
「なかなかいい感じに進んでいますね」という筆者に、「おれも、今日は良く出来ていると思う」と答えるスーリー。どんどん進む具体的な話し合いに満悦の二人だった。種子銀行の規定づくりは軌道に乗り始めた、、、
そのとき、ドスン、ドスン、一人の村人が前回集めきれなかった種を大きな籠に入れて持ってきた。すると、今まですっかり種子銀行のルールづくりに集中していた村人たちの注目が、一気に種に移った。それから村人たちはルール作りを忘れて、種を選ぶことに集中し始めてしまった。
(研修参加者に最後まで集中してもらうのはこんなに難しいのか、、、ラマラジュさんとキョーコさんはこれをずっと、、、)

このときアナンドだけはまだこちらに集中していたため、議論の内容はしっかりと記録が出来た。しかし、もし今日の研修にアナンドがいなかったら、今日の研修はどうなっていたのだろうか、、、
本来、この研修は2回で修了する予定だった。しかし2回の研修を経て、目標の半分も進んでいない。今回は少なくとも参加者全員でルールについて話合ったというのは、前進だった。しかし結局最後は参加者の集中力を途切れさせてしまった。種選びの他に、保管の方法や貸付けの基準など、種子銀行の規定づくりはまだまだ残っている。


5.三度目の正直?

3回目の研修前夜は雨が降った。この雨が恵みの雨だったことには違いない。気温が下がったせいか、3回目の研修時は、村人たちの集中力が前回2回とは違うように思えた。この研修では、前回の研修で話し合った種の選別、保管に関する規定に加えて、種の貸付と回収、そして村としてその一連の流れをどのようにモニタリングをするか?という種の銀行全体の規定作りにつなげる必要があった。今回のケースも今までと同様で、村人は種の選別や保管に関する技術はすでにもっている。貸付や返済についても村の中ですでに話し合っている。あとは、それを規定として今後も続けられるように整理すること。

この日はまずモニタリングをどうするか?という話から話題をスタートさせた。種の保管には、集めた種を素焼きの壷に入れるだけでなく、種の品質を守るためのモニタリングも、種の保管の規定として定める必要がある。

「誰が?」「何を?」「何回?」「どうやって?」モニタリングするのかを明らかにするため、筆者とスーリーはまずは「何を?」というポイントから話を始めた。というのも、この「何を?」という部分に関して言えば、前回(途中までではあるものの)青年たちが熱く議論を繰り広げた種を選ぶ条件と、基本的には同じと考えたからである。例えば、「虫に食われている種は選ばない」という選別のポイントは、つまり「虫に食われていないかチェックする」ということであり、村人が持ち寄った種の中から、「乾燥した種を選ぶ」という種選びのポイントは、モニタリングでは「種が濡れずに保管されているかチェックする」ということに他ならない。つまり「何を?」という点に関しては、種の収集の規定をモニタリングの規定に応用することができる。

村人が次々に重要なポイントを挙げる。
「雨漏りがないか屋根を確認しないと」
「種が虫に食われてないか見ないとな」
「種が湿ってないか調べないと」
「床のメンテナンスも必要だな」
このように続く議論の中で、アナンドが、
「いくつかモニタリングとは違うポイントが出ていると思う」ということを口にした。スーリーに一つ一つのポイントを訳してもらいながら聞いていた筆者もそれまで気がつかなかったが、確かにこの議論では、種そのものに関するモニタリングと、保管庫という建物のメンテナンスの話が一緒になって話されていた。
それにいち早く気付いたアナンドは、
「種の保管と施設のメンテナンスを別々に考えてモニタリングをしよう」と参加者に提案した。すると、他の参加者たちも、
「確かに、種のことを何でも知っている人もいれば、家を建てるのが上手い人もいるからな。別々に考えた方がいいな」と、アナンドに賛同した。アナンド恐るべし。これは本来、筆者が先に気付いて、議論のポイントを整理できるような質問を投げかけるべきだが、アナンドに先を越されてしまった。

その後は議論が進み、種子銀行の規定が出来上がってきた。例えば、農業経験は豊富だが読み書きができない年配者と、読み書きは出来るが農業の経験は未熟な若者が2人一組になってモニタリングをするというルールや、種の貸出はまずは希望する世帯に平等に分配して、追加で欲しい世帯は一旦希望者全員に貸出を終えたあとで、なお残っている種の量によって考慮すること。その際に各世帯で必要量のリストを作ってそれをもとに来年度の計画を立てる、など。B村は29世帯なので、種子銀行の頭取とその家族を除く28世帯が14ペアになり、1ペアあたり2週間に一度モニタリングをすることが決まった。毎日記録用紙に記載し、問題があった場合は頭取に報告してすぐに村の会議を開いて対応策を検討することも決定し、モニタリングの方法から、問題を発見した場合のアクションまで種子銀行の規定が出来上がった。

こうしてB村の種子銀行の規定は、種選び、保管、貸付、回収という一連の流れにそってモレなく決定された。もちろん最初から完璧なルールなんて無い。ただ、村の現状やこれまでの農業の知識など、知っていることをとにかく総動員して彼らがまとめた種子銀行の規定は、B村オリジナルで、B村の人にとって最適の規定になった。そして、種子銀行の規定ではこう言っている。
「B村では、種を種苗店や市場などB村以外の所から購入しません」これは、【安全な水と土で安全な野菜を作りだす村、そして、高利貸しなど外部からの融資に頼らなくても自活していける村】をつくっていくというB村の目標に根差している。


6.やっぱりラマラジュさん

B村で種子銀行の設立に並行して、今年度も行われる新しい農業への挑戦は2年目を迎えた。
5月下旬に行われた研修は久々のラマラジュさんの登場。各モデル農家から1名ずつ、合計で24名が参加し、今年度の農業計画を完成させた。

研修が始まると、まずラマラジュさんは参加者たちに半円に座るように指示した。参加人数は違うといえど、筆者とスーリーは参加者の座り方には注意を払わなかった。ランダムに座る場合は数名のやる気のあるメンバーが前に来て、その人たちを中心に話が進んでしまう。しかし、このように座れば全員が同じ距離感で研修を受けることができる。そして、24名を読み書きの能力を考慮して6つグループに分け、青年リーダーを中心にどんどん計画作りが進む。

筆者とスーリーは参加者に直接働きかけるのが精一杯なのに対して、ラマラジュさんの場合は何人かの参加者を通して他の参加者に働きかけている。結局、筆者とスーリーが行った種子銀行の研修より参加人数が多く、時間も長く、なによりお年寄りも多数参加する条件のなかで、始めから終わりまで村人の集中力を切らさずに研修を終えたラマラジュさん。
「研修ってのは映画みたいなもので、とにかく流れが大切。私たちがその流れさえ上手く作れれば、あとは彼らは自分たちでどんどん先に進めるんだ。」


7.振返れば

今回の種子銀行設立のための3回の研修は、筆者とスーリーで終らせた最初の研修になった。なんとか目的は果たせたものの、最初のラマラジュさんとキョーコさんの研修がなかったら?これがB村でなかったら?この研修を終らせることは出来なかった。今回の研修は、まるで超特進クラスでの教育実習みたいなものだったに違いない。つまり、筆者とスーリーが研修をしたというよりは、別に筆者とスーリーなしでも自分たちで出来たB村に、研修という形で行かせてもらって、研修をするための研修をさせてもらったのだ。今後は、これを他の村での研修とモニタリングに活かしていかなければならない。

また、B村がいち早く種子銀行に取り掛かったが、他の村々でも、有機農業に取り組み、安全で安心なコメや野菜作りを続けていくためには、将来必要になってくる活動である。その時は、現在B村やポガダヴァリ村(P村)の指導員が行う流域管理の研修のように、B村の村人たちが指導員になって他の村に種子銀行の方法論が伝わっていくだろう。

無事に種子銀行をスタートさせ、新しい農業の年間計画も完成させたB村。これからモデル農家たちは、それぞれの農業計画にそって農作業を始める。また、村全体としてのグランドデザインづくりも本格的にスタートする。他の村々でもそれぞれの活動が活発化しており、B村に触発されたP村でも、新しい農業への挑戦が始まった。B村とP村の指導員から流域管理の研修を受けてきている村々でも、村の流域管理委員会の設置について話し合いが始まっている。それぞれの村の未来に向けて、どんどん先に進む村人たち。そんな村人たちの活気と能力に応えられるため、筆者も立ち止まってはいられない。


注意書き

 1 ラマラジュさん=ソムニード・インディアの名ファシリテーター。よもやま通信第1部からおなじみ、事業に欠かせないスタッフの一人。

 2 キョーコさん=前川香子。この事業のプロジェクト・マネージャーを務めるソムニードの名ファシリテーター。

 3 ヒロアキ(筆者)=インドに赴任してきて1年になる駐在員、實方博章。ヒーローのニックネームで村の人たちにも人気者だが、人気だけでなく実力を伴うように修行中。

 4 スーリー=ソムニード(現ムラのミライ)のフィールドスタッフ。ヒロアキと共に今後の研修の実施を告げられ焦っているが、やる気は十分。

2014年6月10日火曜日

「いつも」では聞けない本当の「いつも」

今回は日常会話によく登場する「いつも」という言葉について考えます。
関西事務所のある神戸には、九州や四国など様々な地方からたくさん人が集まってきます。私もその一人ですし、皆さんの周りにもけっこう多いはずです。

大学生である私は、一人暮らしの話になると決まってこう聞かれます。
「…じゃあ、いつも自炊しているの?」
そして私はたいていの場合、
「そうですね、いつも自分で作っています」と返します。
一見すると他愛のないこのやり取り。皆さんも一度はしたことがあるでしょう。
しかし、実はここに大きな食い違いが生じてしまっているのです。

先ほどの例に似た質問を挙げてみます。
①    「あなたは何を料理するのが好きですか」
②    「あなたは昨日の晩、何を作りましたか」
どちらも先ほどの例と同じく、ごくごく普通に聞かれるものです。
まず、①の質問は「好み、感覚、感情(feeling)」を聞く質問。
そして②の質問は「事実(fact)」を聞く質問です。

それでは先ほどの「いつも自炊しているの?」という質問はどうでしょうか。
「事実」を聞いているように思われがちですが、
実は、これは「思い込み、考え、意見(perception)」を聞く質問なのです。
先ほど「いつも自炊する」と答えた私ですが、昨晩は大学の食堂で済ませたため実際に料理はしていません。このように、自分では「事実」を聞いたつもりでも、相手には「思い込み」を尋ねてしまっているのです。

日常で使いがちになる、この「思い込み」を聞く質問。
「いつも自炊しているの?」と聞くのではなく、
「昨晩は自分で作ったの?」「お昼は?」「じゃあ、一昨日の晩は?」という具合に事実質問に置き換えてみましょう。そこで初めて、その人の「いつも」がわかるはずです。

とはいえ、事実質問で質問攻めにしてしまうと、相手は尋問されているように感じるかもしれません。コミュニケーションはあくまで相互のやり取り。矢継ぎ早に質問するのではなく、相手の話に耳を傾けることも忘れないようにしましょう。


(2014年度インターン 山下)

2014年6月3日火曜日

事実質問の観察

以前ブログでも紹介した、
対話型ファシリテーションにおいて事実のみを引き出す「事実質問」。
この事実質問は主に2種類に分けることができます。
(1)いつ、どこで、誰が、何を、といった単純な疑問詞を用いた質問 ※「なぜ」は使わない
(2)経験(~をしたことがありますか)、知識(~を知っていますか)、有無や存在(~がありますか)を尋ねる質問

一見すると簡単な事実質問ですが、いざ使ってみようとするとなかなか思うようにいきません。では、上達させるにはどのような練習をすればよいのでしょうか。今回は一人で出来る練習方法を紹介します。

「事実質問の観察」
会議や集会といった議論が行われる場において、そのやり取りが「地上戦」なのか「空中戦」なのかを観察してみましょう。なお、ここでの「地上戦」とは、事実に基づいたやり取りのことで、対する「空中戦」とは両者の思い込みによるやり取りのことです。実際に目の前で行われている議論・やり取りがこのどちらなのかを考え、「空中戦」になっている場合には「地上戦」に引き摺り降ろすためのワンフレーズを考えてみましょう。

では、簡単な例を見ていきます。
ある大学で学生が映画に関する授業を受けていた時の話です。
授業をしていた映画監督に、学生が次の質問をしました。
「最近は○○な傾向の強い映画が多いと思うのですが、監督はどのように思われますか。」
その質問に対して監督は、
「○○な傾向の映画は具体的に何がありますか。」と返しました。
すると学生は1本しか作品名を挙げることができませんでした。
この例において学生は事実ではなく、思い込みによる質問(空中戦)を投げかけており、監督の返した質問が議論を「地上戦」に引き戻したと言えるでしょう。

このように、日常的なやり取りにおいて、それが事実質問による「地上戦」なのか、はたまた思い込みによる「空中戦」なのかを観察することで、自分の身の周りにある事実質問に気付くことができます。さぁ、これを読んだあなたも、隣の会話に耳を傾けてみてはいかがですか。


(2014年度インターン 山下)

2014年5月27日火曜日

風景を3次元で「見る」

 あまりの自明さに、いささか気が引けるが、「見る」というのは、見ていないとできない。別の言い方をすれば、見ていないと、見えない。

 メタファシリテーションでいうところの「エントリーポイント」。「これは何ですか?」と、とりあえず対話を切り出すためのきっかけとしての問いは、当然ながら、問いかけるためのネタ、対象が必要となる。しかし、そのような対象は、都合よく話しかける相手が持っているとは限らない、あるいは、身近にあるとは限らない。むしろ、そんな都合のよいものは、ない方が多い。ではどうするか?たまたま語りかける相手が見つかるまでに、そのような「ネタ」を探しておくしかない。相手を前にして、えーと、えーととネタを探すようでは、相手が呆れるのは必定である。あるいは、しらける。ではどうすればいいのか?

例1:インドネシアの南スラウェシ州のとある山の小さな村で、行き会った村人に私が最初にした質問。むろん、私がこの村を訪れたのは、このときが初めてだった。
私:あの植林はいつやったんですか?
村人:ああ、あれかね。5年前に森林局の人が来てやったんだよ。
同行していた地元のNGOの職員は、このやりとりに目を白黒させた。彼は、この村に1年以上通っていたが、その植林の存在を知らなかった。その植林は、集落の背後にある山の頂になされていた。

教訓:「見る」ときは、周囲360度のみならず、地面から空まで観察すること。つまり3次元で。

例2:セネガルの中西部のカフリーヌ州のある村で。ある農家で、その家のおばさん(主婦)へ最初にした質問。むろん、私がこの村を訪れたのは、このときが初めてだった。
私:庭の奥の倉庫に積んである袋、あれは落花生ですか?
おばさん:はいな。
私:あれは、お宅の自家消費用ですか(当然商品作物とは知っていたが、一応知らないとして聞く)それとも・・・
おばさん:いえいえ、あれは、地主のもので、うちで預かっているのです。
私:とすると、あれはお宅の収穫物ではない?
おばさん:はいな。うちは、地主の畑で、落花生の季節に働くんです。
私と一緒にいた海外青年協力隊の隊員、この村に通い始めてほぼ1年。この家ともむろん馴染みだったが、倉庫にも、その中に積んであるものにも気づいていなかった。

教訓:よく見えるところにあっても、気がつかなければ、ないのと同じ。情報とは、情報と認識して初めて情報となる。

 「見る」とは、文字通り「見る」のであって、それは、つまり「見る」という行為は、目的地に向かって一歩踏み出したときから始まる。むしろ、目的地に着くまでが勝負で、着いたときには、質問の80パーセントは、実は組み立てられている。では、何を見るか?風景である。では風景とは何か?文字通り、風習も景色も、である。風景に対する感覚を研ぎ澄ます。これが、メタファシリテーション上達へのもう一つの柱。




(ムラのミライ共同代表 和田 信明)


2014年5月20日火曜日

住民組織をつくらない②

今回は、インドでの事例から、村の構造物を維持管理するための自分たちの住民組織について村人たちが考えるようになったきっかけ、の続きです。

2つの村の構造物の視察を終え、振り返り研修の日。

朝9時に研修開始と言う場合、今までなら早くて10時、遅い場合には11時半にやってきていた村の人たち。ところが、マ村のメンバーたちは今回8時50分という最速記録を樹立。

10時近くにやって来たポ村のメンバーたちに、「時間通りに来てもらわないと困るんだよねぇ」と文句を言い、研修中もリーダーが時間を見ながら制限時間内にきちんと発表材料を整えるという、今までにないマ村の、特に常連メンバーたちの変わり様に驚く私たちとポ村のメンバー。

「それでは、視察でいろいろと見たり聞いたりしたと思うのですが、各村での良い点、悪い点は何でしたか?」

「A村の貯水池はダメで、B村の石垣は良かったです。」

「C村のリフト式灌漑施設はものすごく良くって、D村の貯水池は最悪でした。」

研修へ臨む姿勢は変わるものの、発表の中身は相変わらずのポ村とマ村。

そこでラマラジュと筆者でオジサンやオバチャンたちに問いかけて、自分達が4つの村で何を見て聞いてきたのか、思い出させる。

その過程でも、「委員会がないっていうのは良くないよね」というメンバーに対して、「なぜですか?委員会があるとどういう利点があるのですか?」「何の委員会が必要なんですか?」と問い続け、どれだけ村の人たちが理解しているのかを測っていく私たち。

そうして、A村やD村で利用されている構造物が何故ダメになっていたのか、B村やC村では何故良い状態で使われていたのか、ほぼ同じ時期に建設されている4つの村で、まるで正反対の結果となっている理由は何か、ポ村とマ村のメンバー達はさらに詳しく考えていった。

そして最後には、メンバーたちは、「村の全体集会を開き全員の意見を取りまとめる」「建設実行委員会を作り、特定の口座をもつ」「活動内容を明確にして全員に知らせる」「議事録、帳簿、出席簿などを管理する」「建設後には維持管理委員会を作って、毎年メンバーを入れ替える」というような、構造物を長く運用するためのポイントを、今回の視察から掴み取った。

もしも視察をせずに、「村全体で集会を開いてみんなの意見を聞きなさいよ」「建設実行委員会を作りなさいよ」「定期的な委員会を開きなさいよ」「議事録などを付けなさいよ」とソムニードから言っていれば、オジサンやオバチャンたちは「なぜそれらが必要なのか」を理解しないまま、「言われた通りにやります」という待ちの姿勢になってしまう。

けれど、オジサンやオバチャンたち自身が視察から理解できたからこそ、「まずは村の集会からきちんと実行しないと」と、今回やる気を見せた。

視察の思惑、いや目的が果たせてラマラジュとほくそ笑む筆者。

そうして、オジサンやオバチャンたちは自分達の村の委員会や組織を振り返り始めた… 続きは下記よりお読みください。




2014年5月13日火曜日

住民組織を作らない①

今回は、インドでの事例から、村の構造物を維持管理するための自分たちの住民組織について村人たちが考えるようになったきっかけを、2回に分けてご紹介します。


うだるような暑さから一転、モンスーンの到来とともに気温も下がりつつある農村部。

自分たちの村にある構造物(※)の管理で散々なものが多くても、自分に甘く他人に厳しいのが人の常。最初から自分の村の構造物を見ても、その状態を冷静に分析できないと判断したソムニード(現ムラのミライ)は、近隣の村の構造物をパートナーの村人たちに視察に行ってもらうことに。

※例えば、灌漑に使うものから、土砂の流出を防止する石垣のようなもの、雨水を貯め、土地の保水能力を高めるもの、などなどの総称。同事業では、住民が維持管理できるインフラ設置を目指す。

ポガダヴァリ村(以下、ポ村)からの視察を一日、マーミディジョーラ村(以下、マ村)からの視察を一日、と設定し、それぞれの村から10人前後が参加した。

「ラマラジュさん(※1)、いつもと同じメンバーだと思ったら、初めて来る人たちもいますね」

「そうですねぇ。やっぱりアレですよ、キョーコさん(※2)。この前の、村全体でのミーティングで、今までのソムニードの研修やらこれからの予定やら全てを、研修を受けてきたオジサンたちがみんなとシェアしたときに、研修を受けてきていない村の人たちから色んな質問とか意見が飛び出してきたのが効いたんですよ。ほら、彼も質問をした一人ですよ。(※前号参照)」

初めて参加する人たちの中には「他所の村の構造物を見て、自分たちにとってナンか良いことあるの?」とソボクな質問をいきなりしてきたオバチャンもいて、常連参加のオジサンが「自分たちの村にはない設備もあるかもしれないし、どういう場所に貯水池やチェックダムを作ってるとか参考になるだろう?それに、建設や修理の方法も何か分かるかもしれないし。」と、やんわりと応える。

加えて、私たちからヒントを与える。

「これから見るものは、全てが成功例ではないかもしれないですよ。」

「それに、構造物の作り方とか直し方とか以外にも、村の人たちが建設前、建設中、建設後にどうやって係ったのか知っていますか?」

「構造物の設置や維持管理が上手くできていない村からも学べることは無いんですか?」

「もしも維持管理が上手く出来ているならば、どのように村の人たちが維持管理をしているんでしょうか?何か組織があるのでしょうか?あるのならば、どのように運営されているのでしょうか?」

「今も維持管理がきちんとされている村と、そうでない村の違いはどこにあると思いますか?」

私達の質問にもタジタジになって答えられないオジサン&オバチャンたちは、ただ見て作り方を教えてもらうだけでは自分達の村に活かせないことに気づき、どういう質問をしようか考え始めた。

注意書き
※1 ラマラジュ;植物図鑑の研修をしてからというもの薬草に興味を持ち、トレーニングセンター敷地内にある雑草が薬草かどうか確かめるのに楽しみを覚える。
※2 本名、前川香子。この通信の筆者。トレーニングセンターの雑草が薬草と分かれば、肝臓が悪くないのに肝臓病に効くという草を試食し、ハゲてないのに育毛剤になるという草を持ち帰らされる。

視察に訪れたポガダヴァリ村のオジサン&オバチャンたちの様子は、下記よりお読みいただけます。


次回は、この視察を通じて、ポガダヴァリ村の村人たちが自ら気付いた“住民組織”の重要性をご紹介します!

2014年5月9日金曜日

水・森・土・人 よもやま通信 第2部 第12号「オラ達の再出発」

 

目次

1.もう一度始めよう
2.あの言葉を言って!
3.本気でやりたい人は誰?
4.農家がこれから受ける農業研修とは?
5.「モデル」ってどういうこと?
6.魅せるオッチャン、魅せられるオッチャン

日本では桜が咲き誇り、穏やかな春の訪れとなる4月、南インドでは気温が一気に40度まで上がり始め、お昼を過ぎるともう野外に出るのは億劫になってくる。村の人たちも、「お昼ごはんの後は、もう研修に参加できません」と宣言する酷暑期の始まり。山では、土壌流出防止対策が効果を発揮し、厚く積もった土壌にどっしりと立つカシューナッツやマンゴーの木々は、たわわに実をつけている。



1.もう一度始めよう

マダムと呼ばれるようになった指導員、パドマの活躍を前号でお伝えしたが、パドマが暮らすポガダヴァリ村(P村)では、ブータラグダ村(B村)のような農業カイゼンの研修が一時ストップしていた。専業農家の村人たちにとって、今までの農業のやり方を変えるというのは、不安がつきもの。今までと方法を変えることで、もしもお米が採れなかったら、もしも野菜の収穫量が減ったら、もしも、もしも・・・と色々想像し、政府スキームの労賃作業に取り掛かる内に、「研修をしてください」という声が聞こえなくなっていった。なので、自然と2013年には、ソムニード(現ムラのミライ)からの研修はなくなった。
対してB村は、P村と同じような不安を抱えつつも「やってみよう」という気持ちが大きく、根気強く研修を受け続けた。そして、これまでに、このよもやま通信でお伝えしてきたように、収穫量が増えたり、お米の色つやが良くなったり、野菜を市場で買わなくても済むようになったり、とB村では様々な成果が表れた。指導員が新しいトピックの研修を隣村にする前に受ける、ソムニードからの指導員研修。

こうした場で、B村の指導員からその農業カイゼンについての『進捗状況』を耳にしてきたP村の指導員、パドマやダンダシ、チャンドラヤと言った面々は、「オラたちのP村でもやらねば」と、再びやる気のスイッチが入ったのだ。
「一度、ワシらとミーティングを持ってほしい」とダンダシに乞われ、P村を訪れたラマラジュさんや筆者たち。3月下旬のある日、ミーティング開始15分前にP村に到着すると、村には人影が無い。ニワトリと犬がノロノロと歩き回っているだけ。何をしているのかなと思いつつも、村の入り口となるコミュニティホールで待っていると、パドマが集落裏手から現れた。

「ナマステ、みなさん。もうみんな、準備万端で待っていますので、ミーティング会場に来てください」なんとまぁ、開始15分前で、老若男女混在で50人は居ようかという村人たちが、もうすでに会場(2部屋ある学校の使われていない1部屋)に車座になっている。こんな風景を見るのも懐かしいなぁ、と思いつつ、村人たちの間に座らせてもらう。
「みなさん、ナマステ。久しぶりですね。私がP村に来るのは・・・約1年ぶりですよ」とラマラジュさんが笑って言う。
「私たちが誰だか覚えていますか?」と冗談めかして尋ねるラマラジュさんに、「もちろん、ソムニードですよ!」と村人たちも笑顔で答える。
「今日はミーティングに参加してほしいと言われて来たのですが、何のミーティングですか?」と、まだ笑顔の筆者の質問に、「さぁ、なんだか集まれってチャンドラヤに言われてねぇ」と、まだ笑顔のオッチャンが答える。
「そんな言い方してないだろう!農業についての研修を始めるためのミーティングだろう」とチャンドラヤが、ちょっと怒る。それを受けて、なんだかザワザワしてきた会場。
「今まで山頂や中腹で色々活動してきたでしょ。だから、今度は農業をもっと良くしようって、ソムニードから研修を受けるのよ。そのために、研修を受けたい人は今日のミーティングに集まって、って言ったじゃない!」と、ざわつく中、パドマが大声を張り上げる。


2.あの言葉を言って!

筆者たちは、デジャブを感じる予感のするミーティングになりそうだ、と思いながら、質問を重ねていった。
「『山頂や中腹で色々活動をしてきた』って、パドマが言っていましたが、どんなことをしたのですか?」
「植林とか、石垣作りとか、堰堤作りとか」
「あと、ため池も溜まった泥を取り除いて、水門を付けたり」
「新しいため池も作った」

こうした答えを、パドマたち指導員には黙ってもらっていて、他のP村の村人たちから答えてもらう。誰が植林に参加したのか、どんな木を植えたのか、石垣や堰堤はそれぞれどこに設置したのか、作ることでどんな効果が得られるのか。かつて研修によく来ていたオッチャンたちの他にも、オバチャンや若者も答えてくれる。
「植林は、マンゴーとかチークとか、カシューナッツとか・・」
「マンゴーは食用ですね?じゃぁチークは何のためですか?」と用途についても質問していくと、
「そうそう、植林は、食用、木材用、薪用、飼料用、薬用、あと山頂を守る樹冠が大きい木、のそれぞれで選んだ種類を植えたんです」と、段々と細かいことも思い出していく。
「山頂は水源地帯だから、牛やヤギの放牧もしない。薪や木材は中腹かそれより下の地帯で採るようにしないといけないのよ」と、オバチャンも思い出していく。
「そうしているのですか?」と聞くと、
「いや~、まだ植林した苗木が育ってないから・・」と苦笑いする村の人たち。山から麓までのゾーン分けや、石垣など各構造物の役割をきちんと説明し、どのように水が流れていくか等々を話してくれる、村のオッチャンオバチャン、若者たち。だけど、村の人たちと話し始めて30分以上経っても、アノ単語が出て来ない・・・
「ラマラジュさん、なかなかあの言葉が出てきませんね?」ヒソヒソと言葉を交わす傍らで、チャンドラヤやパドマといった指導員たちは、アノ言葉を言いたくて仕方がないとモゾモゾしている。
「みなさん、だいぶ思い出してきたようですね。ところで、先ほどからよく説明してくれている『山の上から田んぼの先の川まで』というその範囲のこと、何て言うのでしたっけ?」と尋ねる筆者。
「???」「山頂(トップ・ゾーン)、中腹(ミドル・ゾーン)と分けていますけど、何の考えに基づいて分けていたのでしたっけ?」とうとう我慢が利かなくなったパドマが、まるで隣村で研修をしているように、会場に集まっている自分の村の人たちに説明を始め・・・
「そうだ!ウォーターシェッド(流域)だ!」と、叫ぶオッチャンオバチャンたち。たちまち、あちこちから「ウォーターシェッド」という言葉が聞こえてくる。
「まぁ、ウォーターシェッドという単語は忘れても、その意味と活動のコンセプトは覚えているから、良しとしましょうか」と、ラマラジュさんも苦笑い。


3.本気でやりたい人は誰?

そうしてようやく、「今までは、流域の中でも山を中心に、土を作ったり水を守ったりする活動をしてきたけれど、今度はもっと視野を広げて農地でも活動をしてみよう」という、今日のミーティングの趣旨がクリアになった。「ほぉぉぉ」と、感心したようにうなずく約50名のオッチャンオバチャンたち。なんだか、こんな風景を数年前にも見たなぁと、やっぱりデジャブに襲われる筆者。
「ところで、あなたは見かけない人ですが、P村の人ですか?」と、ラマラジュさんが一人の青年に尋ねる。「いや、オレはコイツ(隣に座っている青年)の所に遊びに来ているだけで、なんかこのミーティングに来れば?ってコイツに言われたから、来てるんですよ」と、悪びれずに答える。
「先ほど今日のミーティングの趣旨が、全員で分かりましたね?では、このミーティングに参加すべき人を、みなさんでもう一度考えてください。」
「ちなみに、もうみなさん分かっているかと思いますが、ソムニードは『アレをしましょう、コレをしましょう』と皆さんに提示はしませんし、すぐに何かを造ったりはしません。研修を受けて、考えて、計画して、実行するのが、皆さんがこれからすることです。」と、筆者たちは、ソムニードができることをP村の人たちと確認する。嬉しそうな顔、誇らしげな顔に混じって、怪訝な顔や落胆の顔をしている村の人たち。
あとは彼らが決めること、と筆者たちは会場の外でしばらく待つ。夏の始まりを実感させる熱風が流れ込む会場で、喧々諤々と、村の人たちは、一旦止めた研修を、本当にこれから再開して受ける気があるのかどうか、話し合っていた。そして次々と会場を後にする村の人たち。「研修なんて、かったるい」と笑いながら出ていく青年や、「やっぱりお金はもらえないのねー」と話しながら出ていくオバチャンたちも。さて、誰が残ったかな、と再び会場に入ってみると、パドマ達指導員を含め約20名が、会場の中に残っていた。本気で「農業カイゼンに取り組んでいこう、そのために研修を受けたい」、という20名である。60代のオッチャンから20代の若者まで、男性も女性も入り混じったメンバーとなった。


4.農家がこれから受ける農業研修とは?

その20名と、後日改めて農業カイゼンについて研修のセッティングをして、いざ研修開始である。
「ところで、あなたは田んぼを持っていますか?」と一人のオッチャンに尋ねる。「おぉ、持っとるよ。12月に米を収穫した後、豆を植えとるよ」
「その田んぼの水は、どこから来ますか?」
「オラの田んぼは少し下の方にあるから、上の方の田んぼから流れてくる」
「その田んぼには、どこからその水が来るのでしょうか?」
「ため池だ」
「ため池にはどこから?」
「雨じゃ」
「水路からも流れてくるよ」と、他の人たちも会話に交る。
「雨が降ると、その雨はどう流れますか?」すると、滑らかに説明してくれるオッチャンたち。
「つまり、山からの土がため池に流れ込まないように、今まで石垣などを作ってきたのですよね」と、オッチャンたちの話を受けて、確認する。
「そうして溜めている水を使って、皆さんは稲作をしているのですよね?」
「そうじゃ」

すると、今の稲作方法よりも水を使わない『SRI農法(幼苗一本植え高収量稲作法)』を聞いたことのある別のオッチャンが、そういうようにコメを作りたい、と口にした。今の状態で雨がちょっとでも降らなくなると、ため池だけでは間に合わない、と不安を口にするオバチャンも。
「そうですね。作って守っている水を使いながらも溜めていくことが必要ですよね。それに、水を溜められるのは、今ある大きなため池だけではありません。」と、含みを持たせる。P村の人たちも、今まではいつも、「山の上から田んぼへ」と上から下へと見ていた水の流れを、今度は「農地から水源地へ」と下から上へ辿っていくことで、「自分たちの農業も流域を守る活動の一部なんだ」と、現実味を帯びて実感できるのだ。
「みなさんは、農業に詳しいです」と、また話しかける筆者。「私は町のアパートのベランダで、ゴーヤや花を育てているくらいですので、ほとんど何も知りません」
「なので、これから私たちソムニードが行っていく農業の研修は、農地で土を作り、水の利用を抑え、化学肥料や農薬を使わないようにするには、どんな方法があるのか、年間を通じて作物を栽培するにはどうすれば良いのか、ということについての考え方、選択の方法を提供します。実際にどう実践するかは、皆さん次第です」
「そうだ、ワシらは農業で食ってきた。だけど、ワシの息子たちもそうできるかと言うと、分からない。今よりももっと良くなれるのならば、必死で研修を受けていく」と、指導員でもある50代のダンダシは、力強く言った。

こうして農業カイゼンのための研修の初日、本気で残った20名のオッチャンオバチャンたちは、ソムニードからの提案に真剣な表情で聞き入り、『もっと良くなれる』とは具体的にどういう姿なのかを知るため、「先輩であるB村へ視察に行こう」と決めた。


5.「モデル」ってどういうこと?

一方で、P村が来る前に、今年の農業研修について話し合っているB村の人たち。去年、一家族が一農地を「モデル農地」として担当し、有機農業や多種目の野菜栽培など、農地を無駄に遊ばせることなく行った農業を、今年はまた別の農地でもやりたいと、また30名弱が集まった。去年は田んぼを担当していた人が、今年は畑を、という具合にである。

「ところで、『モデル』って何ですか?」と尋ねるラマラジュさん。
「カッコいい洋服を着て、ステージを歩く人のこと?」と、B村で一番ファッションに敏感な青年が答える。
「そうですね、それもモデルですね。つまり、最新のデザインや縫製の仕方を、ステージで歩く人が見せているんですね。じゃぁ、他の人に見せている目的は何だと思いますか?」
「え~っと、広めたいから?」
「そう。他の人にも、こうしたデザインの服を着て欲しい、他の技術者にもこうした服の作り方があるよと見せたい。だから、モデルが新しい服を着て、こうして他の人に見せているのですね。皆さんも『モデル農地・モデル農家』と言っていますが、何を誰に見せて来たのでしょうか?」
「・・・えへへ」と苦笑いするB村の青年たち。
「今までも、何回か尋ねてきましたが、田んぼを担当したモデル農家の人たちは、キッチン・ガーデンのモデル農地を見ましたか?何かを発見したでしょうか?」
「オラは通り道だから見ていたよ」と、慌てたように言う人もいるが、ほとんどの人たちは他のグループの農地は今まで見ていないし、また、見せようともしてこなかった。
「みなさんがしてきた『モデル』は、自分の家の中で『一人ファッション・ショー』をしていたようなものですねぇ」と、筆者がツッコミを入れると、「その通り!」と苦笑いしながら返してくれる青年たち。
では、『モデル農家』を実践する目的が一人ファッション・ショーで無いならば、『モデル農家』の役割とは何か?『実践して、見せて、広めて、他の人たちにも真似してもらえるようになるのが、モデル農家だ』と、青年たちも改めて気合を入れた。また、それに合わせて、ソムニードが行うモニタリング形式も去年と変更することにした。
こうして「今年こそは本当の『モデル農家になるぞ』」と決意をしたB村の人たちは、黙々と、今年の自分担当のモデル農地についての栽培デザイン・活動計画を作り始めた。
「B村の人たちは、去年もモデル農地の活動計画を作っていて、何をどうするかは知っているから、後の研修はお願いね」と、ラマラジュさんや筆者から、残りの研修を託されるヒロアキとフィールド・スタッフのスーリー。若干顔が強張っているのは、気のせいだろう。


6.魅せるオッチャン、魅せられるオッチャン

そして、P村の人たちがB村に視察研修に来た日。
B村の【田んぼ、キッチン・ガーデン、畑、ミミズを使った堆肥制作】の各チームから各一人が、講師としてP村からの10名を迎えた。SRI農法で二期作を行っているソンブルさん始め、各講師であるB村の人たちに対して、P村からの参加者は、曖昧な質問をせずに、細かく質問を重ねていく。その姿に、「さすがこれまでソムニードから研修を受け続けてきただけのことはあるよなぁ」と、ソムニード・スタッフ達は全員、内心で感心していた。
B村の講師たちも、どのように各農地での経験を伝えるか、という事前研修のようなものは特にしていなかったにも関わらず、「P村の人たちにもやって欲しい」という気持ちがヒシヒシと伝わるような見せ方だった。

田んぼを担当していた青年の講師は、ミミズを使った堆肥作りではB村一であり、植物の葉っぱだけで作ったバイオ農薬など数々の試作をしては改善に取り組んでいる。その青年の田んぼの隣りの堆肥小屋に入った時、P村の人たちは彼に堆肥作りの事について質問したが、青年は一言、「後で、堆肥作り担当講師の小屋に行くから、その時に訊けばいいよ」と、役割をきちんと把握して動いていた。堆肥の質はこの青年と1、2を争うオッチャン講師が待つ小屋に行くと、そのオッチャンは「やって見せるから」と、葉っぱ、ワラを混ぜた牛糞、水、ミミズ、と、まるで料理番組の様にあらかじめ準備してあった材料をまずは披露した。そして、「まず最初に葉っぱを敷きます。葉っぱは、油分を含むモノはダメですよ」と、やっぱり料理番組のようにコメントを挟みながらその場で実践していく。「そして45日間発酵させて出来上がったのが、こちら」と、すでに出来上がっている堆肥も披露する。3分間クッキングならぬ3分間堆肥メイキングだ。「難しくなく簡単にできるよ、とアピールするオッチャン。もちろん、乾季から夏にかけてはミミズが死なないように、頻繁な水やり作業が必要になってくるが、誰でも有機農業に必要なたい肥が作れることが伝わってくる。目が爛々と輝くP村のオッチャン達。

さらに場所を変えて、こうして農業を実践をする前に、どんな目標を掲げて、農地デザインとはどんなことをしたのか、どういう風にモニタリングや記録付けをしたのかなども、聞き込んでいくP村からの参加者。
「よし、オラたちも本当にやっていくぞ!」
「分からない時なんかは、B村のあなた方も指導に来てくれると、嬉しいなぁ」「ワシも、絶対SRIをやってみせる」と、次々とやる気の炎をメラメラと燃え上らせていくP村の人たちだが、はてさて、どのような展開を見せていくか、次号からも乞うご期待。


注意書き

ラマラジュさん=ソムニード・インディアの名ファシリテーター。よもやま通信第1部からおなじみ、事業に欠かせないスタッフの一人。
筆者=キョーコ=前川香子。この通信の筆者で、プロジェクト・マネージャーを務める。
ヒロアキ=インドに赴任してきてもうすぐ1年になろうかという新人駐在員、實方博章。ヒーローのニックネームで、村の人たちにも人気者。